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第54話 探さない場所

翌朝、点呼が始まる前。

白い札はまだ扉に掛かっていた。


文字のある面は扉の方を向いている。


廊下から見えるのは、何も書かれていない裏側だけだった。


名札の持ち主は、その札を自分で外した。


白い面をましろたちへ向けたまま、下の縁を指さす。


「前に見た粒を、確かめるの?」


その子がうなずく。


ましろは、すぐには名札へ近づかなかった。


「名前のある面は見ない。裏と縁だけでいい?」


もう一度、うなずく。


名札は、その子の手にあるままだった。


ねむが隣にしゃがむ。


杖の宝石の奥で、レムも目を開けていた。


「少しだけ、下へ傾けて」


レムが言った。


その子は、白い面をこちらへ向けたまま、名札の下の縁を持ち上げた。


朝の光が、木の角に当たる。


前に黒い粒が付いていた場所には、何もなかった。


ましろは、指を伸ばさなかった。


ねむは、名札の横へ回らなかった。


見えるところだけを見る。


裏側にも、縁にも、黒いものは見つからなかった。


「なくなった?」


ましろが聞く。


「見える範囲にはないわ」


レムが答えた。


ねむは、何もない下の縁を見ている。


「前に見た時は、ここに一粒あった」


「ええ」


「同じ粒が、どこかへ行った?」


「それも、まだ分からない。落ちたのか、移ったのか、見えなくなったのか」


レムは、言葉をひとつずつ置いた。


「今、言えるのは、この札の見えるところにはない。それだけよ」


「いつから?」


ねむが聞く。


「前に見た時から、今までのどこか。昨日とは限らないわ」


名札の持ち主は、札を胸元へ戻した。


文字のある面を、自分だけに向ける。


しばらく見てから、顔を上げた。


「全部は探せないけど、通った場所を見てもいい?」


ましろが聞く。


「扉の前から、ねむの部屋まで。床の見えるところだけ」


その子は考えた。


それから、ゆっくりうなずく。


レムが先に言った。


「見つけても、触れないで」


ましろとねむは、床へ手をつかないように歩いた。


扉の前。


廊下の壁際。


窓の下。


昨日、名札を運んだ道を、順番に見る。


埃はあった。


糸くずもあった。


朝の光で黒く見える木の節もあった。


けれど、光を受けても色の変わらない粒は見つからなかった。


ねむの部屋まで来る。


ねむは、自分の机を指した。


「置いた場所も見る?」


その子がうなずく。


ねむは自分で扉を開けた。


机の上では、ランタンの火がまっすぐ立っていた。


ねむは、名札とノートを置いた場所を見た。


何もない。


机の下も、椅子の脚のそばも見る。


黒い粒はなかった。


入口には、悠太が立っていた。


わすれないノートを胸に抱えている。


閉じたままだった。


ましろの視線が、表紙で止まる。


次に、廊下の先にある、名札の持ち主の閉じた扉を見た。


「ノートと、部屋の中は?」


その子の手が上がった。


止める時の形だった。


ましろは、ノートへ近づかなかった。


閉じた扉にも手を掛けなかった。


「どちらも、今は探さない?」


その子がうなずく。


悠太はノートを抱え直した。


「開かないよ」


レムは、閉じたノートと、廊下の先の扉を見た。


「探さない場所が残ったことは、覚えておくわ」


ねむも、自分の部屋をもう一周はしなかった。


探していい場所は、もう見終わっていた。


名札の持ち主は、自分の扉へ戻った。


札を掛ける。


文字のある面は、また扉の方を向いた。


白い裏側だけが、廊下へ向く。


黒い一粒は見つからなかった。


なくなったとは、誰も言わなかった。


閉じたノートも、閉じた部屋も、今は探さない場所として残った。

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