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第52話 白い札の音

翌朝、名札は扉へ戻っていた。


けれど、文字のある面は扉の方を向いている。


廊下から見えるのは、何も書かれていない白い裏側だった。


名札の持ち主は、その扉の前に立っていた。


悠太も、少し離れたところにいる。


わすれないノートは、胸に抱えられていた。


閉じたままだった。


ましろは、白い札の前で足を止めた。


「裏を向けたの?」


その子がうなずく。


「名前は、扉とのあいだにある?」


白い札の端に、指が触れた。


それだけだった。


ましろは、名札を裏返さなかった。


「ノートも、開いてないよ」


悠太が言った。


名札の持ち主は、閉じた表紙に触れる。


それから、悠太を見る。


「今日も、ぼくが持ってていい?」


ゆっくり、うなずいた。


悠太はノートを抱え直した。


朝の点呼が始まった。


澄の声が、廊下を順番に進んでくる。


呼ばれた名前に、返事が戻る。


白い札の前まで来ると、澄は口を閉じた。


その子の顔を見る。


名札を裏返そうとはしなかった。


名前も呼ばなかった。


澄が次の扉へ向かおうとした時、名札の持ち主が手を上げた。


止める時の形ではなかった。


人差し指を曲げ、白い札を一度だけ叩く。


コン。


小さな音が、扉に残った。


澄は、その音を返事だとは言わなかった。


ただ、その子を見て、一度うなずく。


次の名前を呼ぼうと息を吸った時。


廊下の向こうから、もう一度、音がした。


コン。


今度は、木の札からではなかった。


ねむが顔を上げる。


「私の部屋の方」


誰も、二つの音を同じものにはしなかった。


点呼が終わってから、ねむは自分の部屋へ向かった。


ましろが続く。


名札の持ち主も、白い札の前から離れた。


悠太のそばまで来ると、閉じたノートに手を置く。


それから、ねむの部屋を見た。


「ノートも、持っていく?」


その子がうなずく。


悠太はノートを抱えたまま、一緒に歩く。


ねむは自分の扉の前で振り返った。


「入る?」


その子がうなずく。


部屋の中では、ランタンの火が燃えていた。


青黒い硝子の奥で、金色の火がまっすぐ立っている。


音はしない。


壁の方を向いた内側の跡も、ここからは見えなかった。


ねむはランタンを回さなかった。


名札の持ち主は、机の前まで歩いた。


火を見る。


次に、悠太が抱えているノートを見た。


片手を差し出す。


「ノート?」


その子がうなずく。


悠太は、すぐには渡さなかった。


「閉じたまま?」


今度は、片手が上がった。


前と同じ、止める時の形だった。


悠太はうなずいた。


「開かない」


閉じたノートを、その手に渡す。


名札の持ち主は、ランタンから手のひら一つぶん離れた場所へノートを置いた。


表紙が上を向いている。


名前の書かれた頁は、まだ閉じられていた。


金色の火が、細く揺れた。


窓は閉まっている。


誰も動いていなかった。


火は、ゆっくりと傾いた。


閉じたノートの方へ。


ましろは、表紙に手を伸ばさなかった。


ねむも、ランタンには触れない。


名札の持ち主だけが、二つのあいだに立っていた。


しばらくして、その子はノートを持ち上げた。


火は、すぐには戻らなかった。


ノートを置いた側にいた悠太へ返す。


表紙は閉じたままだった。


扉では、名札の白い裏側が廊下を向いている。


ねむの部屋では、読まれない頁が表紙の内側にある。


どちらにも、名前は見えなかった。


それでも火は、閉じたノートの方へ傾いたままだった。

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