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第47話 硝子のこちら側

その夜、ねむはランタンを机の真ん中に置いた。


青黒い硝子の奥で、金色の火が燃えている。


消えていない。


音もしていない。


それは、昨日までと同じだった。


違っていたのは、指の跡だった。


前は、火のすぐそば、奥側の内面にあった。


今は、ねむの方を向いた内面にある。


椅子に座ったねむと、ちょうど向かい合う場所。


内側から押しつけられた小さな跡が、そこに残っていた。


ねむは、指を近づけなかった。


まず、前に跡があった場所を見る。


何もない。


火だけが燃えている。


扉の外で、床が小さく軋んだ。


「入っていい?」


ましろの声だった。


「うん」


扉が開く。


ましろは部屋へ入り、机の前で止まった。


「火、まだ消えてないね」


「そこは同じ」


ねむは、こちらを向いた硝子の面を指した。


「跡の場所が変わった」


ましろが顔を近づける。


「動いたの?」


「場所が変わってた」


「同じ跡?」


「形は似てる」


ねむは、それ以上を言わなかった。


ましろも、誰の指かは聞かなかった。


「いつから?」


「分からない。今朝は見てない」


「昨日の夜は?」


「火のそばにあった」


ましろは、机の端に手を置いた。


ランタンには触れない。


「どうするの?」


ねむは、硝子の内側の跡を見た。


「触る」


「開けるの?」


「開けない」


「叩く?」


「叩かない」


ねむは右手の人差し指を上げた。


「こっち側に、置くだけ」


ましろは、すぐには頷かなかった。


「向こうが触っていいって言ったわけじゃないよ」


「うん」


「それでも?」


「向こう側には触らない」


ねむは硝子を見たまま言った。


「開けない。入らない。返事にも決めない」


「じゃあ、何をするの?」


「ここにいる」


ましろは、今度は何も言わなかった。


ねむの指が、硝子の外側へ近づく。


内側の跡と同じ高さ。


指先が触れた。


硝子は、思っていたより冷たかった。


火の熱は、こちらまで届かなかった。


音はしない。


火も揺れない。


内側の跡も動かなかった。


ねむは、そのまま指を置いていた。


ましろは机のそばに立っている。


二人とも、何かが起きるとは言わなかった。


少しして、硝子の内側の跡の縁が、前よりはっきり見えた。


ほんの少しだけ。


指の形が、さっきより見分けやすくなっていた。


ましろが息を止める。


ねむは止めなかった。


「返事かな」


「見え方が変わった」


「そうだった」


それ以上は決めなかった。


ねむは、触れたまま言った。


「離すね」


返事は待たなかった。


指を硝子から離す。


外側にも、薄い指の跡が残った。


内側の跡は、消えなかった。


火は静かに燃えている。


ましろが、二つの跡を横から見た。


「重なってる」


ねむも、少しだけ顔をずらした。


正面から見れば、ひとつに見える。


横から見れば、間に硝子がある。


「同じ場所に見えるだけ」


ねむが言った。


硝子のこちら側に、ねむの指の跡が残った。


向こう側には、前からあった跡がある。


二つは同じ場所に見えた。


硝子一枚ぶん、触れてはいなかった。

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