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第41話 白くなる名札

朝の点呼は、いつもより少し長くかかった。


名前が順番に呼ばれていく。


悠太。


ユリ。


カナ。


リオ。


トウマ。


薄くなった札の前で、名前が呼ばれた。


「はい」


返事は、いつもの声だった。


返事が、ひとつずつ返ってくる。


ねむは、声よりも廊下の扉を見ていた。


扉には、小さな名札が掛かっている。


名前は読める。


けれど、いくつかの文字が薄くなっていた。


札の上に、白い線が浮いている。


ましろが、ねむの視線を追った。


「どうしたの?」


「朝、全員分の名前を確認した」


「点呼で?」


「名札で」


ねむは、薄くなった札を指さした。


「名札が薄くなってる子が何人かいる」


ましろは、扉の前まで近づいた。


指で触れなくても分かる。


文字の端が、昨日より白い。


「昨日の夜、少し見た」


ねむが言った。


「夢で?」


「夢になる前のやつ」


ましろは、ねむの顔を見た。


ねむは名札から目を離さなかった。


「寝る前、目を閉じたら廊下が見えた」


「夢の中じゃなくて?」


「まだ、夢になってなかった」


ねむは、ゆっくり息を吐いた。


「名札が並んでて、そのうち何枚かが白くなってた」


ましろは、薄い名札をもう一度見た。


「ましろの部屋も?」


ねむが聞いた。


ましろは頷いた。


自分の部屋の札は、他のものより読みにくいわけではない。


それでも、白い部分が少しだけ増えていた。


「レムに見せよう」


ましろが言う。


杖の宝石の奥で、レムが目を覚ました気配がした。


「見せるだけなら、いいわ」


「それ以上は?」


ねむが聞く。


「分からないものを、分かったことにはしない」


レムの声は、朝から静かだった。


点呼が終わっても、星守澄は食堂の入口に立っていた。


子どもたちではなく、廊下の名札を追っている。


ひとつ見て、次へ移る。


薄くなった札の前では、足が止まった。


「昨日、みんなで書き直したはずだった」


澄が言った。


ましろは、返事を急がなかった。


「いつ?」


「昨日の夜」


澄は、名札の白い部分を見ている。


「書いたの?」


「うん。白くなったところを」


少し間を置いて、澄が続けた。


「それから、何度も呼んだ。ちゃんと、濃くなった」


「呼んだら、戻るの?」


「一度は」


「今朝は?」


澄は答えなかった。


答えの代わりに、別の札へ視線を移した。


そこにも、白い線があった。


「また薄くなっていた」


ねむが言った。


澄は、ねむを見る。


「見たの?」


「少し」


「夢で?」


ねむは首を横に振った。


「夢になる前のやつ」


食堂の中から、椅子を引く音がした。


いつもの朝の音だった。


それなのに、誰もすぐには動かなかった。


澄が、薄い名札の前に立つ。


「名前を呼ぶわ」


ましろは、札を見た。


名前はまだ読める。


読めるから、呼べる。


呼べるから、呼んでいいとは限らない。


ましろは、澄を止めようとはしなかった。


ただ、隣に立った。


澄が名前を呼ぶ。


一度。


二度。


三度。


名札の文字が、少しだけ濃くなった。


ねむは、それを見ていた。


「戻った?」


ましろが聞く。


「濃くなった」


ねむが答えた。


「戻ったかどうかは、まだ分からない」


文字が濃くなるたびに、名札の白い部分が消えるわけではない。


読めるようになるだけだった。


食堂の中から、椅子を引く音がいくつか聞こえた。


そのあいだに、濃くなった文字の端が、また白くなった。


ましろは、白く戻った一画を見た。


「呼んでも、また薄くなる」


澄は答えなかった。


「レムに見せる」


ましろは、もう一度言った。


「うん」


ねむは頷いた。


「ランタンは?」


「部屋」


「置いてきたの?」


「今日は、ここを見たいから」


ねむは、廊下の端を見た。


夢の中で見たものと、今ここにあるもの。


同じだとは言わなかった。


ただ、似ているとも言わなかった。


澄が、もう一度名前を呼ぶ。


今度は、名札の文字が薄くならなかった。


ましろは杖を握り直した。


ねむは、薄い名札の前から動かなかった。


朝の点呼は終わった。


名札だけが、まだ薄いままだった。


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