91夜半の語らい
食事の時間は、まるでお通夜のように静まり返っていた。
ぎすぎすとした空気を放つベルコットとガウル、イレイナは何も気にしていないように淡々と食事を勧める。
ネストは少し胃が痛むのを感じながら、干し野菜のスープを口に運ぶ。それなりに出汁が出ているかと思っていたスープは、けれどひどく塩辛く感じた。
食事のあと、火の当番を決めて眠りに入る。
最初に火の番をすることになったネストは、少し弱まった焚火に砕いた家具の木片を放り込む。
塗装のせいか、少し鼻腔を異臭がなでる。バチバチと小さくはぜる音を聞きながら、ぼんやりと炎を眺める。
どれくらいそうしていたか。ネストは背後から近づいてくる気配を感じて視線を向ける。
「もう交代の時間?」
「……いいや」
ぶっきらぼうに告げたガウルが焚火の反対側に座る。天井付近にある亀裂へと煙が立ち上る。それを視線でたどっていたガウルは、改めてネストに向き直る。
暗い瞳がネストをとらえる。その目には、少しの不信があった。
「あんたらも、ベルコットの祖母の知り合いか?」
「…………まあ、そうだね。特にイレイナは自分の料理について相談に乗ってもらっていたし、弟子みたいなものかな」
「魔女の弟子……か」
「んー、少し違うかな」
何が違うのか。鋭い視線で問うガウルに対して、ネストはあくまでも冷静に話を続ける。
「イレイナが相談したのは料理に関してであって、魔女の秘奥とかそういったものではないからね。最も、ゴーレムの調理方法とか、おかしな知識も教えてもらったみたいだけれど」
「……つまり、正確には、イレイナにとって魔女は料理の師匠ということか」
「そうだね。ガウルはイレイナの料理についてはどれくらい知ってる?」
「どれくらいって……どういうことだ」
そういえばイレイナはまだガウルの目の前で料理をしていなかったと思い出す。
少し笑みを引きつらせながら、ネストは壁にもたれかかるようにして眠るイレイナへと視線を向ける。
「イレイナはね、料理ができないんだ」
「……器用なやつに見えるが?」
「確かにたいていのことに対しては器用だよ。ただまあ、料理になると途端に不器用になるんだ。イレイナ曰く、体が思ったのと違う行動をするというか、体と脳がきちんとつながらなくなるというか、とにかくそんな感じみたいだね」
「なんだそりゃ」
だよねぇ、とネストはガウルの言葉に同意する。イレイナの料理はわけがわからない。料理になると致命的な不器用を発揮し、料理という工程でおかしな異物を作り出す。実際にその現場を目撃していないガウルには、その異常性が理解できない。想像もできない。
「不器用で、さらに料理をすればおかしなものが出来上がるんだ。たとえば、スライムみたいな、ひとりでに動くゲルとかね」
「それは料理、なのか?」
「料理だよ。魔女の秘奥なんかではなく、工程自体は間違いなく料理なんだ。原因はイレイナの魔力にあるんだけれどね。魔力が特殊な性質を持っていて、そのせいで料理をしようとすると途端に不器用になって、作った料理がおかしなものになってしまうんだ」
「……ああ、そういうことか」
そこで納得を見せたことに、ネストは目が点になる。一体今の言葉のどこでイレイナのことを理解できたのか、ネストは視線で尋ねる。
焚火へと視線を落としたガウルは、どこか遠くの光景を思い出しながら、かみしめるように告げる。
「俺の村にも同じようなやつがいたからな。そいつは『緑の手』って呼ばれている。触れた植物を活性化させる魔力をしてるんだ。たとえばそこらに茂っている雑草に振れれば急成長するし、種に振れれば100パーセント芽吹いて健康に育つ。さらには切り倒して加工した木製品に振れると、それが命を取り戻して芽が伸びるぞ」
「……すごいね。ひょっとして、種さえあれば希少な薬草も作れるんじゃない?」
「……ああ、まあそうだな」
歯切れの悪いガウルの反応に、ネストはどうしたのかと考えて。
ふと、先ほどのガウルの言葉を思い出して目を伏せる。
同じようなやつがいた――過去形で語られるそれは、ガウルが現在村を出ているからというわけではなく、ガウルが村にいたときに村からいなくなったということを意味しているように思われた。
「その人は今どうしているのか、聞いてもいい?」
「……獣人の地位向上のためにできることがあるかもしれない。そんなことを言って飛び出していったきりだ」
深いため息を吐く。そこにこもった哀愁にネストは目を瞬かせる。
脳裏をよぎった下世話な考えを、首をふるって追い払う。
不思議そうな目を向けてくるガウルに何でもないと告げてから、ネストは焚火に追加の燃料を放り込んだ。
火の粉がはぜる音が二人の間に広がる。すぐに静寂が戻り、かすかなベルコットの寝息が聞こえてくる。
「……ベルコットのおばあさんは、いい魔女だよ。薬を作る魔女で、難病の治療薬なんかをいくつも発明した人なんだ。おかげで、治療不可能だった病が二桁に上る数、治らない病ではなくなったよ。彼女は、現在、そして未来にわたって、その病にかかった人を救ったんだ」
「……そうか」
「そうだよ」
こんなことを話したところでガウルの気持ちが変わるわけではない。けれど伝えるべきだと、ネストはそう判断した。
少なくとも、これからもパーティメンバーとして同行していくのなら、ガウルはベルコットに歩み寄らないといけない。ネストとイレイナは、パーティが分裂しそうだと判断すれば、ガウルよりベルコットを選ぶ。それは互いが積み重ねた信頼ゆえであり、そしてベルコットが手にした力のため。ベルコットはすでに、イレイナたちにとって、人類にとって替えの利かない存在なのだから。
「……精霊に愛された魔女の孫娘、か」
ため息のように告げて、ガウルはそっと目を閉じる。剣聖が感嘆の声を上げるほどの存在。自分が敗北した相手。精霊の祝福を授かった人。
ベルコットが悪人ではないことはわかっている。彼女が慕う祖母が、悪い魔女などではないと、ガウルにだってわかっている。
それでも、魔女への悪感情は消えない。魔女だからという理由で、ベルコットの祖母に、ベルコットに、イレイナに、ネストに、怒りが沸き起こる。
けれどそれは、今後ともに戦っていく相手に向けていい感情ではなかった。
「別に、思っていることをすべてぶち分けてくれていいんだよ」
「……ああ」
そのうち、な――苦笑を共に告げたガウルは固く口を閉ざす。
ネストもまた、膝を抱えてぼうっと焚火を流れる。
遠く、屋根から雪が滑り落ちる音が聞こえた。吹き抜ける風が、部屋の中で音を広げる。
「……そろそろ交代の時間だね」
「ああ、任せろ」
体を軽く伸ばしたネストは、少しだけ焚火から距離をとって、横になって目を閉じる。
視線を上げたガウルはネストを、イレイナを、そしてベルコットを眺めてから、少しだけ苦い笑みを浮かべる。
そうして、彼は再びじっと焚火を見つめ始める。その目に、かつての記憶を映しながら。




