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呪われし料理音痴イレイナの挑戦  作者: 雨足怜


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118新たな神

完結まであと二話です。

 信仰に包まれる中、イレイナは、その声を確かに聴いていた。

『汝、如何』

 それが「世界」と呼ばれる存在の声であると、なぜだかイレイナは確信していた。

 激しく、それでいて穏やかな声。人間を相手にするには大きすぎるそれは、何とか思念を弱め、そうしてようやく、イレイナと会話を成り立たせようとしていた。

 如何――どうするか、どうであるか。

 何を求められているかは、深く考えるまでもなかった。

 エルフォードの術に抗い、違う選択肢を選び取ろうとする自分の行動への問いかけ。あるいは、どうなろうとしているのかという疑問。

『私は、私よ』

 自身の体の感覚もない不思議な状態の中、虚空に向かって声を投げる。

 自分は自分。他の誰にも、自分を曲げることはできないと。自分で選んだ、自分の道を行くのだと。

『是非』

 語るイレイナに、やはり世界は疑問を重ねる。

 そのような選択でよいのかと。この世界にとって、正しい道を考え、選ぶべきではないのかと。

 そんな言葉に、イレイナは自然と笑っていた。

 世界は、笑う理由を問う。

『わからないの?それなら、つまり、私は人間ということね』

 自分は別に神になるに足る器だと、イレイナは思っていない。

 ただ神という領域に足をかけたと、そう言われただけ。

 だからどうした――それが、イレイナの感想だった。

『思い出したの。私の、原点。もしくは、源泉』

 幼い頃の思い出。故郷で暮らしていたころの記憶。

 温かな思い出の象徴が、料理だった。

 家族で囲むごちそう。

 仲間とともにする食事。

 それが、イレイナの源泉。イレイナという人間をなす根幹。

『料理は好きよ。だって、料理は、人を繋げてくれるから』

 過去に思いをはせながら、歌うように、ささやくように、イレイナは言葉を重ねる。どこにいるか、本当に聞いているかも定かではない、強大な存在に。

『それが、私の一番の芯。料理があったから、料理を身に着けようと思ったから、私はここまで歩いてこれた。ここまで、生きてこられた。料理が私とネストを繋いでくれたから、ここまで来られた』

 もし一人だったら、きっと魔王討伐なんてしなかった――どこか自嘲気味に、イレイナは笑う。

 イレイナは、英雄志望ではない。ありふれた凡庸な人間で、世界の滅びとは遠い存在に生きていたはずの女で、ただ、幼馴染に巻き込まれるようにして、あるいは繋がりに引かれるように、勇者とともに旅をした。

 凡人で、だから、勇者と別れれば、イレイナには魔王を討伐する理由はなくなる。

 それなのに気づけば魔王を倒し、魔王がいなくなった世界のために旅をしているのだから、何か大きな流れのようなものに導かれているような感覚があった。

 そしてその答えは、エルフィードたちの術によって得られた。

 守護者の職業によって、イレイナは神の力を行使できる器となった。魔王討伐によって、人々の信仰を集めることになった。そうして集まった信仰によって、イレイナはエルフィードたちの手によって、神へと変えられる――そういう、導き(シナリオ)だった。

 だが、イレイナはそれを蹴り飛ばす。

 己が求めるもののために、利用し、手を伸ばす。

『大義』

『そんなものは、勇者にでも求めておけばいい、でしょ?私はただの料理好き……ううん、料理音痴だから』

 声は、沈黙する。どうにでもなれと、どこか突き放すような気配を感じながら、イレイナはうっすら笑う。

 そうして、熱の宿った手の先へと、一歩を踏み出す。

 手をつなぐネストのところへと、歩き出す。

 背中に、世界が手を伸ばすのを感じた。

 けれどその手は背中に触れることはなく、イレイナの歩みを止めることはない。

『審議……未確定』

「神にはなる。でも、どういう存在になるかは、選ばせてもらう」

 そうして、イレイナは世界に戻る。

 ゆっくりと目を開く。

 目の前、幼い頃からの絆がつないだ相手を前に、ふわりと、花が咲くように笑う。

「無事に神になったわ」

 そう、報告して。

「……えぇ?」

 全身から力が抜けたように放心するネストがかろうじて漏らした声に、イレイナは首をひねる。

 ネストは自分の選択を苦笑しながら受け入れると思っていただけに、その反応はイレイナにとって想定外だった。

 じっと見つめ、それから、ネストの背後に並ぶ面々を順にみていく。

 困惑しながら、どこか迷いを見せるベルコット。あちゃぁ、と天を仰ぐエルフィードと、彼女に平謝りするエアリー。ガウルはなぜか立たせたしっぽの毛をブワと広げて、呆然とイレイナを見ている。そしてリエルリルルは、やや体を揺らしながら、粛々と頭を下げる。

「無事に、神になられたのですね」

 寿ぎに笑いかけ、イレイナは改めてネストへと視線を戻す。

 長くともにいた相手。そして、これからもともにいるであろう相手。

 彼に、自分の新たな門出を祝ってもらうために。

「ネスト。私、料理の神になったわ」

「そう料理の神に……料理?」

 オウム返しし、それから、改めて首をひねる。なにやら今、ひどく場違いな声が聞こえやしなかったかと。

 思考が回りだし、ぐるぐると渦巻く。

 勢いよく背後を見たネストは、助けを求めるようにエルフィードを見る。返ってきたのは、あきらめに満ちた苦笑。

「えぇ……イレイナ、もう一度、聞いてもいい?」

「私は料理の神になったわ。これなら、ずっと料理が上手になれそうでしょ?」

「は、はは……そう、だね。確かに料理が下手な料理の神なんて想像もできないよ」

 人の神にでもなるのかと、ネストは思っていた。守護者という職業、そして、世界とエルフィードの会話。それら超常の事情を思いながら、ネストはイレイナを見る。

 変わったところは、何一つ見当たらなかった。先ほどまで、エルフィードの術を受ける前の姿と何一つ変わらない。

 ただ、少しだけその髪の赤みが増し、艶めいたくらい。

 何かを望むように、イレイナがネストを見る。

 ネストは必死に、イレイナが求めることを考える。

 料理の神に慣れてよかったね――いいや、と、考えて。

「神であっても、一緒にいてくれる?」

 その問いに、イレイナは大きく目を見開いて。それから、満面の笑みで笑って、ネストにとびかかるようにして抱き着いた。

「もちろん」

 清々しさをはらんだ声が、新しい森に響いていく。

 抱き着くイレイナの柔らかさやら香りやらに目を回すネストは、ふらつきながら、何とかイレイナを支える。


 そんな二人を、ベルコっとはじっと見ていた。

 わちゃわちゃと、子どものように絡み合う二人。そこにはわずかな遠慮もなく、気安い関係ができていて。

 いいなぁ――心の声にハッとし、自嘲する。

 最初から、わかっていたのだ。

 ベルコットが本当に求めたのは、ネストという恋人ではなく、全幅の信頼を置いている、イレイナとネストの関係性だったのだと。あるいはその関係性に嫉妬し、自分がネストと同じような立場に立ちたいと、イレイナを押しのけてその座に就きたいと、そう思った。

 けれど、理解した。

 どうあがいても、イレイナの立場を奪うことなどかなわない。固いきずなで結ばれた二人が道を分かつことは、おそらくもうない。

 ならば――と、固くこぶしを握り、ベルコットは己に活を入れる。覚悟を決める。

 二番手だっていい。たとえネストが自分から逃げようとしても、止まらない。

 あの二人と、一緒にいたい。あの二人の輪の中に入って、一緒に、自分をさらけ出し、心から笑って生きていたい。

 眩しい二つの笑みに向かって、ベルコットは一歩を踏み出す。

 その時、ベルコットは、自分を縛っていた鎖が、音を立てて切れるのを聞いた。

 将来への不安だとか、そういった、足を止めていた鎖から解き放たれ、ベルコットは二人に飛びつく。


 イレイナは神になった。

 ネストは、そんなイレイナとともに、これからも歩いていく決意をした。

 ベルコットもまた、二人とともに生きていく決意をして、恥ずかしがり、逃げようとするネストの肩に手を回し、イレイナと笑いあう。

 そんな光景を、ガウェインガウルは眩しそうに見つめていた。

「……いいの?」

「俺はまだあの輪には入れねぇよ」

 どこか寂しそうにガウルは告げる。

 リエルリルルはしばらくじっとその横顔を見つめてから、何も言わずに空を見上げる。

 晴れ渡った空。それはまるで、新たな神の誕生を、その歩みを讃えているようだった。

「……私は、役に立てたのかしら」

 言いながら、そっと目を閉じる。

 これまでの、孤独な戦いを思い出しながら、ふっと力を抜いて、もたれかかる。

 ガウルは、無言でその体を支え、かつてただの幼馴染だったころのように、並んで世界を見つめていた。


最終話は明日投稿予定です。

あと少しだけお付き合いください。

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