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呪われし料理音痴イレイナの挑戦  作者: 雨足怜


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109抗う者

 もぐもぐと、両手いっぱいに持った料理をほおばりながら、ガウルは目を見開いてイレイナが連れてきた獣人を見つめる。

 灰毛の獣人リエルリルルは、額に手を当てて呆れをにじませた吐息を漏らす。

 二人の獣人をよそに、再開したイレイナ、ネスト、ティルメニアの三人もまた、微妙な顔で互いの顔色を窺って無難な会話の始まりを考えていた。互いに初手を押し付けあうために、一行に話は進まない。

 ガウルがさらに料理を口に放り込む。リスのように膨らんだ頬袋の中で、バキバキゴリゴリと魚の骨が頭ごとかみ砕かれる音がする。

「……おじさん、ジュースもう一杯」

「あいよ」

 そんな五人から逃げるように屋台の一つに向かったベルコットは、我関せずの精神で傍観者に徹することにした。


 獣人ペアで口火を切ったのは、やはりリエルリルルだった。

「……久しぶりね、ガウル」

 涼やかな、ともすれば凍えそうなほどに冷たい声音に、ガウルはぴんと背筋を伸ばして直立する。その背後で、同じくぴんと立った尻尾の毛が大きく開いていた。

「あ、ああ。久しぶりだな、リエルリルル……いきなり手紙なんてどうしたんだよ」

「それはイレイナ様たちと一緒に話すわ。それより、ずいぶんとやんちゃをしていたそうじゃない」

「や、やんちゃ?なんのことだ?」

「しっかり耳に入っているのよ?魔女と敵対して回っていたそうじゃない。私が火消しのためにどれだけ影で奔走したと思っているの?」

「はぁ、リルルはもうそのところにはとっくに里を出て……」

「私は緑の精霊様の使徒よ?かの精霊様が狂っておられようと、眠りにつかれようと、森との会話くらいできるわ。木々との親和性の高い者と、会話をすることだってできるわ。魔女だからという理由で襲撃して、殺すか、あるいは商売道具のすべてを破壊して、庵に火を放って、魔女と取引をしたという人間を攻撃して……あなた、どれだけ恨まれていたのか本当にわかっているの?」

「俺たち獣人の恨みに比べれば大したことないだろ」

 はぁ、とこれ見よがしな溜息にガウルはぴんと耳を伸ばす。

「確かにあなたは被害に遭いかけたわ。実際に、同胞の中には被害に遭った者もいる。けれど、魔女すべてが悪というわけじゃない。あなたの行為が、獣人と魔女の間にさらなる亀裂をもたらしていたと、本気で分かっていなかったわけじゃないわよね?」

 決して、牙をむき出しにしてうなっているわけではない。ただ、静かに語る。けれどガウルには、どれだけリエルリルルが激怒しているかがわかってしまった。その剣呑な瞳に宿る熱が、彼女の怒りを表していた。普段であれば理性で怒りを抑える彼女が、瞳に怒りをにじませている――過去のトラウマが、リエルリルルによる折檻の記憶が脳裏によぎる。頭の上がらない幼馴染を前に、ガウルはもう、股に尻尾を挟んで縮こまることしかできなかった。

「仲間のあの子にもずいぶんとひどいことを言ったみたいね?でも、あなたの方がよほど罪深いのよ?一族の恨みを都合よく使って、あなた自身が、多くの善良な魔女を、その善良な取引相手を傷つけたの。それを、心に刻んでおきなさい」

 タジタジになるガウルは、ただ何度もうなずくことしかできなかった。

 仲間のぺこぺこする姿を、ベルコットはジト目で見つめていた。


 対して元勇者パーティの三人は、ようやくネストが口火を切ったところだった。

「……久しぶりだね、ティルメニア」

「そう、ね」

「…………」

 ちらと二人を見てはうつむくティルメニア。無言を貫くイレイナ。顔をしかめるネスト。

 そわそわと落ち着かないイレイナを横目に、ベルコットは深いため息を漏らす。びくりと、ティルメニアの肩が跳ねる。

「イレイナ、行ってきてもいいよ」

「……でも」

「いいから、ひとまずは行ってきて。どうせそんな状況じゃ話の半分も頭に入らないでしょ」

 本当にいいのかときらきらと目を輝かせて詰め寄るイレイナの上目遣いにたじたじになって、ネストは頬を紅潮させつつ何度もうなずいた。

「じゃあ、行ってくる」

 そう告げるが早いか、イレイナは一瞬にして姿をくらまし、再び料理のために町の外へと戻っていった。もはや、町を取り囲む城壁を飛び越え、大幅にショートカットして、だ。

「えっと……どこへ行ったの?」

「料理をしに、町の外に。まあ、とりあえず腰を落ち着けない?ひとまず向こうも話が終わったみたいだし」

 ネストがちらと視線を向ける先では、道の端で正座をするガウルを叱り続けるリエルリルルの姿があった。

「…………相変わらず、ネストさんはイレイナに甘すぎるんですよ」

 バリ、と甘辛いタレを絡めた焼き鳥をほおばりながら、ベルコットはやれやれと首を振った。


 ところ変わって、喫茶店の一室。

 軽く三十分ほどで料理を終えてストレスを発散したイレイナは満面の笑みで机に座って鼻歌を歌っていた。そんなイレイナをティルメニアは不気味なものを見るような目で見て、ガウルは戦々恐々と、ベルコットはあきれたまなざしで見ていた。ちなみに、リエルリルルとネストは同じくらいイレイナに甘かった。

 イレイナが消えてから再び現れるまでの三十分間。エーデルフェルデの町をかつてない連続的な揺れが襲った。魔物の襲撃かと人々がパニックに陥りそうになる中、ベルコットとガウルは悟った。これはイレイナによるものだと。

 そこまで予想できずとも、いまだに混乱状況の名残が残っている中で笑みを絶やさないイレイナを、ティルメニアはやや恐れていた。まるで、自分の知るイレイナとは全く別の何者かがイレイナという皮をかぶってそこにいるのでは――一瞬そんなフィクションを考えるくらいには。

 食休めのドリンクが運ばれてきたところで、リエルリルルが改めてイレイナに向き直る。

「改めて、イレイナ様にお願いがございます。どうか私とともに、世界を救うために協力してはいただけないでしょうか」

「世界を救って、ずいぶん大きく出たな」

 ガウルが茶々を飛ばし、リエルリルルがにらむ。

「ガウルは黙っていなさい?いい子ね」

 一瞬にして子犬のごとき無力な存在に変貌したガウルを捨て置き、リエルリルルはイレイナに事の次第を話す。

 自分が緑の精霊の使徒――精霊から力を授かった存在であること。緑の精霊は魔王に支配されながらも、「緑」という力の源の変遷・流動性によってわずかに支配の力から逃れてはリエルリルルに情報を提供していたこと。それによって、いつか勇者が魔王と討伐したとき、大陸各地で魔王という支配者から逃れた魔王軍の残党が好き勝手に行動し始めるだろうという未来図を手にしたこと。

 暴れる魔王によって多くの村や町、国が滅び、森は禿、水源は尽き、世界は荒れ果てるだろうと。

 それに対抗するために、リエルリルルは動き出したのだということ。

「直近の課題は二つでした。一つは、圧倒的な食糧不足。魔族たちはこうしている今も森を荒らし、田畑を荒らし、人々の食料生産量は低下しています。このままでは暴動、人類どうして戦争をして略奪を繰り広げるという自滅の道をたどります」

 それを防ぐために、リエルリルルは大陸各地に魔族・魔物が森を荒らせないように神聖なる力を生み出す大地を作り出した。

「緑の手によって生み出した植物のための聖域によって、魔物にあまり荒らされない土地を確保してきました。これによって、人類に残された期限は長引きます」

 それは、気の遠くなるような作業だった。大陸各地を歩き回り、あちこちの土地を耕して、聖域を作っていった。もはや狂気を感じらせる孤独な闘いを、リエルリルルは行い続けた。すべては自分を使徒に選んでくれた精霊のため。そして、世界を救うため。

 その成果の一部を、すでにイレイナは教授していた。実際に、リエルリルルが整備した聖域を利用して、そこに生えたマンドラゴラを採取していたのだから。

「そして、聖域を用意したのは、霊薬などの素材になる貴重な薬草の数を増やすためです。文明などかけらもない魔族たちに対して、私たちのアドバンテージは、知識です。あるいは、工夫です。その力を十全に発揮するためにも、素材の確保は欠かせませんでした」

 だから頑張りました――こともなげに告げる幼馴染を、ガウルはただ呆然と見つめるばかりだった。

 リエルリルルが緑の手などという不思議な力を持っていることは知っていた。賢く、未来を見ているように先へとつながる行動する優れた人物であることも知っていた。けれどこれほどに壮大な未来を見据えて動いていたなど、予想もできなかったのだ。そしてそれは、イレイナたちも同じだった。

 一体だれが、これまでどの勇者も倒せずにいた魔王が倒される前提で動き、その後の対応のために大陸をまたにかけて行動すると予想できるだろうか。

 集まる敬服の視線に、リエルリルルは恥ずかしそうにうつむいた。


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