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呪われし料理音痴イレイナの挑戦  作者: 雨足怜


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102決戦

 ネストが踏み込み、竜滅剣を振り下ろすのと同時に、無数の魔法陣が虚空に出現する。赤黒い血のような色合いをしたそれらは、すべてがまっすぐネストへと向かっていた。

 通常であれば回避不可能。魔王の速射を対処することはできない。

 だが、ネストは先ほどとは違う。イレイナ手製の丸薬を食らったネストは、かつてなく体に力がみなぎっていた。

 竜滅剣を振り下ろす剣圧で、大気がびりびりと震える。魔法陣が次々と砕け、発動直前だった魔法がキャンセルされる。

 魔王はとっさに魔法陣ではなく簡易の形で魔法を発動する。魔法陣ではなくイメージで無理やり発動した魔法は、先程よりも幾分か制御が甘い。ただ、そのためにじゅうたん爆撃のような形になる。

 ネストは魔法の嵐に飲まれ、舞い上がった砂塵にその姿が隠される。

 その砂煙の中で漆黒が揺れる。

 一閃。再び剣に漆黒の闇を纏わせたネストは、五体満足で魔王の懐へと飛び込む。

 とっさに上空へと逃れようとした魔王だが、気づけばその頭の上にたどり着いていたイレイナが頭頂部にこぶしを叩き込む。

 激しい衝撃に思考が乱れ、魔法を発動することもかなわなくなる。

 地上へと落ちる魔王へと、ネストが竜滅剣を叩き込む。その剣に宿る闇は、ネストの体から逆に送り込まれた丸薬に含まれるドラゴンの力のおかげだった。

 魔王がドラゴンとしての性質を失っていようが、丸薬によって超強化された今の刃なら届く――確信とともに振り下ろされた竜滅剣は、悪魔の前に出現した無数の魔法陣を、大気の壁を、空間の壁をたたき割り、その体へと刃を届かせる。

「~~~なめるなッ!!」

 魔王が全方位に向かって魔力を放出する。それは、もはや魔法にせずとも強烈な攻撃力を有する。濃密に圧縮された魔力が無数の刃となって周囲にばらまかれる。

 すでに魔王は、なりふりをかまっていなかった。

 無数の魔力の刃を前に、ネストはとっさに竜滅剣の腹で体をかばう。

 イレイナもまた両手にナイフを握って迫る攻撃を弾き――けれど空中という不安定な体制も相まって、魔力の刃はイレイナの体に突き刺さって。

 瞬間、イレイナの脇腹と右腕が吹き飛んだ。

「……え?」

 呆然としながら、イレイナは衝撃で回転しながら吹き飛ぶ。

「……は?」

 その姿を呆然と眺めていたネストの顔が、蒼白に染まる。

「……はは、はははははははッ!そうか!

 勝利へと至る道を見出して、魔王が笑う。

 先ほどの攻撃は確かに脅威だった。けれどそれは、イレイナであれば大した傷にもならない程度のものだった。それが、魔王による攻撃でなければ。

 イレイナたちの誤算は、世界特攻という魔王が有する力が想像以上で、そしてイレイナが精霊エルフィードの力によって至った「守護者」という職業が、この世界の色が強すぎたということ。

 精霊やドラゴンでは魔王を倒せない。その理由が、魔王の有する世界特攻の力であるということは予想がついていた。そのせいでドラゴンや精霊が魔王の手に落ちたのだから。

 そして、世界の化身ともいえる精霊によって転職したイレイナもまた、精霊同様、魔王の力の影響を強く受けるようになってしまっていた。

 だから、魔王の魔力の刃を受けた瞬間に、その部分が吹き飛んだ。

 次に攻撃を食らったらイレイナが死んでしまう――恐怖によって動きが悪いネストは、魔王の魔法によってあっけなく吹き飛ばされる。

 そうしてフリーになった魔王が、倒れるイレイナへと飛んで行って、その頭をつかむ。

「――従え」

「ぁ、ああああああああああああああああ!?」

 膨大な魔力がイレイナへと注ぎ込まれる。自分がぐちゃぐちゃになるような感覚に、イレイナが絶叫を上げる。

「や、めろ……ッ」

 魔法によるダメージで痛む体に鞭打って、ネストは竜滅剣を杖にして立ち上がる。けれど、届かない、イレイナのところへ走っていけない。

 悲鳴が、ネストの心に浸透していく。イレイナが魔王に支配される。イレイナという人間がいなくなる。自分のところから消える。

 涙がにじむ。まだ、告白の返事だって聞いていないのに――随分と昔に思えることを考えながら、ネストは必死に歩き出す。

「やめろおおおおおおおおおおおおっ」

「やああああああああああああああ!」

 ネストの叫びと同時に、裂帛の気合を叫びながらベルコットが魔王へと襲い掛かった。その手に持っていた大きなカバンを投げ、魔王の体にたたきつける。ガシャン、とガラスが割れる音が響いて、瓶の中に入っていたものがあふれる。

 強烈な爆発が生じ、あらゆる液体が、粉が、ゲルが、魔王の体に降りかかる。

「#$%&■■■■ッ!?」

 魔王の口から、声にならない悲鳴が漏れる。そして口にイレイナの料理が入ったことによって、さらに狂ったように声を張り上げる。

 ベルコットが叩きつけたのは、リリスティアが作り上げたあらゆる料理。

 衝撃で爆発するもの、超強力な麻痺毒、熱を奪う強力な冷却材、浄化のための聖水、骨が液状化する呪術薬、悪魔だけを食らうスライムもどき。

 無数の、料理とも呼べない料理たちが外から内から魔王を襲う。

 魔王の手が、イレイナから離れる。

 危険物を飛び散らせながらもがき苦しむ魔王から距離と取るべく、ベルコットはイレイナを引きずって移動する。その体に劇物がかかろうと、ベルコットは止まらない。歯を食いしばって痛みをこらえ、イレイナを遠ざける。

 ぎょろりと、血走った目で魔王がベルコットをにらむ。

「■■■■■■■■■■■■――」

 異界の言葉で、詠唱を始める。膨大な魔力があふれ出し、空に幾何学模様が描かれ始める。それはもはや、この近辺一帯を吹き飛ばして余りある魔法で。

「俺を忘れてくれるなよッ」

 どこか自暴自棄に叫びながら、ガウルがその爪で魔王の目を切り裂く。

 絶叫を上げる魔法から噴き出した魔力の壁にガウルが吹き飛ばされる。

 ネストが竜滅剣を投擲する。ベルコットが爆発瓶を投げつける。

 それでも、魔王は止まらない。魔法の発動を止められない。

 魔法はいよいよ発動目前となり、その輝きを強くする。

 ベルコットが絶望に膝をついて。その隣に、起き上がる影が一つ。

 片手を失い脇腹を大きくえぐられてなお、イレイナは立ち上がる。腹部を片手で抑えながら、前をただじっと魔王を見据える。

 その目には、ただ静寂があった。まるでイレイナが自分の知らない何者かになってしまったような感覚を覚えながら、ベルコットは名前を呼ぶ。

「…………イレイナ?」

 返事は、ない。ただ、代わりに一歩、前へと踏み出す。点々と血の跡をつけながら、魔王のところへと歩いていく。

 気づけば、その手には血のように赤い一振りの刃が握られていた。それが、己を料理して作ったものだと、ベルコットは反射的に考える。

 もはや完全にめちゃくちゃ。けれどイレイナならやりかねない。

 その刃は、片刃の包丁。それを水平に構えたリリスティアは、すっと目を閉じて。

 次の瞬間、その包丁を包み込むように、鮮やかな青がイレイナの掌の中からあふれ出す。

「……竜、神の」

 呆然とネストがつぶやく。

 青い流水は、一瞬にして銀に染まり、一本の巨大な包丁を作り上げる。

 それは、イレイナがかつて踊り食いした竜神の、その「神」としての力の残滓。あるいは、守護者という職業によってもたらされた力。

 『守護者』とは、精霊エルフィード曰く、この世界を守護するに足る者に与えられる職業。守護するものが多いほどに力が増し、だからこそ世界を脅かす魔王と戦うときにはすべての人類、あるいは精霊や動植物を守るための莫大な力が宿る可能性がある。

 そして、その条件は今、最高の形で満たされた。

 魔法が発動しようとしている魔法は、確実な形で世界の一部を吹き飛ばす。イレイナたちはもちろん、北に近い土地も、そこで暮らすすべての生物が消し飛ばされる。それを、世界は許容しない。

 世界は、イレイナに力を与えた。その体に、力を送り込んだ。

 膨大な力、それは魔王たち悪魔をなす負の情念とは真逆の、正の力。

 思いの力であり、祈りの力であり、願いの力。

 それは、言い換えれば信仰の力。

 膨大な力に感応した竜神の残滓をその手に握り、イレイナはまっすぐ刃を振り上げる。

 魔王は、わずかに引きつった笑みを浮かべながら、それでも気丈に笑う。

「勝つのは俺だ!」

「……魔王のステーキ」

「…………………は?」

 魔王がきょとんと眼を見開いたその瞬間、魔法が発動されて。

 それと同時に、イレイナはその包丁を魔王めがけて振り下ろした。

 その武器は、イレイナの魔力の性質が最大の力を発揮するもの。

 料理をする――その意識をもって、イレイナは包丁を叩きつける。

 その刃は、空より落ちる破滅の奔流を両断する。

 その先にいる魔王の超圧縮魔力を切り裂き、肌を切り裂き、肉と骨を断つ。

 一閃。魔王は真っ二つに分かたれて、けれどイレイナはそれでは終わらない。

 超速で繰り出される連撃が、魔王の解体を進める。魔王を、肉に変えていく。

 内臓が排除され、皮がひん剥かれ、肉と骨が分けられる。一瞬にして体が消失する異常事態に悲鳴を上げようとすれば、舌が切り飛ばされる。

 それでも、彼は魔王。悪魔の王。ここで諦めて死を受け入れるなら彼はそもそも魔王になどなっていない。

 魔王はありったけの魔力を放出してイレイナの支配をしようともくろむ。

 すでに切り分けられた肉体の魔力が動かせないのに気付いたのはその時。イレイナの魔力によって、肉から魔力が抜け出さないように変質させられた魔力を捨て置き、魔王は己の本質たる支配の力でイレイナに対抗する。

 イレイナの動きが止まる。

 バチバチと二人の間で火花が散る。黒と白の火花は、少しずつイレイナのほうへと迫っていく。

 これでイレイナを支配すれば自分の勝利だ――魔王の顔にわずかな希望が灯った、その時。

 横から、強い力の奔流を感じた。思わず支配の手を緩めてしまうほどの力、それはネストが構える竜滅剣から放たれていた。

 柄から刃の先まですべてが真っ赤なその剣の輪郭がおぼろげになっていく。光へ、エネルギーの塊へと変わっていく。

 それは、それこそが、ネストが新たに会得した奥の手。剣聖キグナスより伝えられた、最後の一手。

 伝説に語られ、信仰という力を蓄えた武器、それを破壊してエネルギーに変えて放つ一撃。

 暴走させた竜滅剣が完全なエネルギーの奔流に代わる。竜殺しとして名をはせてきたその剣に宿ったすべての物語を、畏敬を、信仰を、魔王に叩きつける。

 その名を――

「オーバードライブッ」

 振り下ろされた光の剣が、魔王の頭部を両断して。

 支配が止まった瞬間、イレイナは目にもとまらぬ早業をもって魔王の頭部を切り刻んで塵に変えた。


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