2章 振り切った感情 残ったのは想い
いつもの「5人」が「6人」になり、取り巻く環境も変わる。
まだまだ、夏は始まったばかり。
-1-
地獄かと思われた1学期の期末テストも終わり、富良野は本格的な夏を迎えていた。
あれからの俺たちはというと、図書室で勉強するくらいなもんだった。
とはいえ、ハルナはクラスに馴染みつつあったし、なにより来た初日よりはずっと表情が明るくなった。
さすがに俺やユータやヨシツグはまだ「ハルナちゃん」という呼び方しかできないが、ハルナからも君付けで下の名前で呼ばれる間柄にはなった。
まだ2週間しか経っていないが、「仲間」の一人にはなってもらえたと思う。
そして、今日は期末テストの結果表(上位30人の自己満足表とも言う)が張り出される日だった。
当然、楽しみでもなんでもない。
ちなみに、クラス内での順位は、俺が前回とほぼ変わらず。 ユータとヨシツグの順位は上がり、サキの順位は少し下がった。
それよりも、ハルナの成績である。
さすがに札幌からの編入というべきなのか、3教科での満点をはじめ、ほとんどの試験で最高点近くをマークしていた。
クラス内では間違いのないトップ。 全体で言うと5位以内は間違いないだろうと思われる。
その日は、いつもどおりのメンバーで登校した。
サキは少し元気がないように見えたが、たまにあることなので特に気にしなかった。
玄関を抜けると、いつもと違って廊下に人だかり。
おそらく自己満足表を見ているのだろう。
それにしてもだ、そこには「確実に」名前が載っていないだろう女子やら男子までもそこにいるのを見ると少し滑稽に思う。
一応ちらっと自己満足表を横目に見てみる。
2位 瀬戸 春奈
これはすごい。
試験範囲もよくわからなかったであろう転校生が、いきなりの快挙である。
モノが違うんだな、ということがわかった。
そして、自己満足表の後ろの方にも見知った名前があった。
28位 倉島 勇太
これは見なかったことにしよう。
教室に入ると、ハルナの席を何人かの女子が囲んでいた。
いじめ…なわけがなく、どうやら試験結果を祝福でもしているようだった。
自分の席に近づきづらかったが、女子のうちの一人が俺に気づいて俺の席方面を開けてくれた。
カバンを机に投げ出し自席に座ったはいいが、後ろでワイワイやっているとどうにも落ち着かない。
とりあえず、廊下側のユータの席に向かうことにした。
「あーあ。 面白くない日だな。」と俺。
「お前だけじゃねーの?」
腹が立つことに、ユータは微妙に笑いながら答えてきた。
まったく、まぐれというのはこうも人を変えてしまうものなんだろうか。
「もう一生こんなことはないだろうし、記念にあの表をもらって来れば?」
ユータは無言で笑顔。
なんか憎まれ口を叩いている自分が情けなくなる。
「それよりも。」
ユータは普段の顔に戻って言った。
「サキはいつも載るか載らないかだけど、ナミちゃんの名前は無かったよな?」
普段は30位近辺を行ったり来たりしているのがサキ。 自己満足表には載ったり載らなかったり。
ナミはたいがい15位前後に名前が載っていて、たぶん今まで名前が載らなかったことはない。
「気のせいじゃねーの。 俺もお前も、28位の誰かさんの名前に驚いて見逃したんだろ。」
「いや、確かに載ってなかったと思う。」
だとすると、相当成績が落ちたんだろうか。 ナミに限ってはあまり考えられないけど。
「ちょっと見に行こうぜ。」
2人して自己満足表を見に行くことにした。
「無いな。」
「ああ、無い。」
確かに、30位までのところに三浦菜実という名前は無かった。
少し不可解ではあるが、きっと調子が悪かったんだろう。
それ以上の理由なんて、本人に聞かなければわかるわけがない。
予鈴が鳴ったので、教室に戻ることにした。
ハルナの席周辺の喧騒はすっかり収まり、教室内にいる生徒は自席についていた。
俺も自席につき、振り返って小声で言った。
「おめでと。 すごいね。」
「ありがとう、ナツキ君 でもきっと偶然だよ。」
とハルナの答えが返ってきたと同時に担任が入ってきたので前に向き直った。
偶然で2位になることはないよ、ハルナちゃん。
なんてことを言ってあげたかったが、やめておいた。
右斜め前のナミの席は空席だった。
-2-
3時限目が終わった。
ナミの席は空席のまま。
朝、担任がサキに理由を聞くと、どうやら夏風邪をこじらせてしまったらしい。
昨日は元気だったように見えたが、サキが言うには夏風邪を引いてから治りが遅かったとのことだ。
「明日にはたぶん元気になると思います…」
少し寂しそうに言ったサキの声が、やけに印象的だった。
4時限目は体育。 部活をやっていた頃の体育はあまり嬉しくなかった。
何しろ毎日部活で体を痛めつけた後の体育である。 いつでも筋肉痛との戦いだった。
しかし、今は憂鬱なテスト期間から解放された後の貴重な体育だ。
しかも今日はサッカー。 野球の次に好きなスポーツだ、
今日のサッカーは散々だった。
ユータの野郎、今までになく張り切って俺たちのチームに得点を許さなかった。
俺も5〜6本はいいシュートを打ったが、全部ユータにセーブされる。
試合は0−3で負け。 確実に優勢だったのはこちらのチームだった。
「お前よ、野球やらずにサッカーやってた方が良かったんじゃねーの?」
と言ってみた。
「俺は何でもできるクチなの。 やってたのがたまたま野球だったってだけ。」
いつもなら一笑に付すところだが、今日のユータにはやけに似合う一言だ。
「はいはい、お前はすげーわ。 参った参った。」
今日だけは、お前の方が上だよ。
グラウンドから表玄関に着いたとき、既に体操着から着替えたサキが玄関から出てきた。
「あれ? どうした?」とユータ。
「んー ちょっと家に帰ってまた学校に来る。」とサキ。
弁当でも忘れたのか?と言いかけて、気づいてたので言い直した。
「ナミの様子を見に行くのか?」
「うん。 ちょっと心配だし。」
すっかり微妙な仲の姉妹だと思っていたが、俺たちの誤解なのかもしれない。
「そうか。 元気になってるといいな。」
「うん、そうだね。 何かナミに伝えておくことはある?」
別に伝えなきゃいけないことはないな。
「それじゃあさ。」とユータ。
「さっさと元気になって学校に来ないと、夏休みでみんなに会えなくなるぞって伝えておいて。」
「うん、わかった。 伝えておくね。」
そういえば、もうすぐ夏休みなんだな。
北海道の夏休みは、本州のそれと違って若干短い。
その代りに、冬休みが長い。
夏が短く、冬が長くて過酷な北海道には、ちょうどいい設定なんだろう。
そう、夏は短い。
「さすがにサキも元気がないな。」
教室で着替えていると、ユータが近づいてきて言った。
「なんだかんだいってやっぱり双子なんだな。 心配なんだろ。」
やっぱり同じことを考えていたようだ。
「高校に入ってからはあんま仲良さそうに見えなかったけど、そうでもないのかもな。」
「ああ。 俺たちが勝手に思ってるだけなんだろうな。」
さて、飯だ。
一応ハルナが戻ってくるまで待つか。
着替え終わって自席についた。
「ああ、ナツキ。」
まだユータが近くにいた。
「今日は俺も久々に学食だ。 前の賭けは覚えてるよな?」
「…」
「返事がねーぞー」
わかったよ、おごればいいんだろ。
「あれ? ナツキ君、2つ食べるの?」
ハルナ… そこはスルーだろ。
「いいや、1つはここのバカの分。 ほれ。」
右手に持った定食をユータに渡す。
「なんだよ、おごりいいなぁ。」
ヨシツグ、お前もスルーしろよ。
「ゴチ! いや、持つべきものは友達だね。」とユータ。
なんでまた今日みたいな日に弁当を持ってこないんだ? こいつは…
悔しさは何重にもなって返ってくる。
「何かあったのね?」
だからさ、ハルナ。 楽しそうに聞かないでくれ。
「いやね、こいつと〜」
「男同士の約束なんだよ、これは。」
ユータが何かを言いそうになったので止めるように言った。
少し不満そうにこちらを見るユータ。
既にガツガツと音が鳴るくらい飯に夢中になっているヨシツグ。
少し疑問がありそうな感じでハルナは言った。
「なんかいいね。 男の約束って。」
君はにこやかに言っているが、全然いいものではない。
「そういうことで、じゃあサクッと食べちまおう! いただきます!」
これ以上、かっこ悪いところを見せたくなかった。
「今日はうるさいのがいなくて平和な屋上だな。」
ハルナは日直で(どうせ仕事もないだろうが)教室にいることになった。
ヨシツグは飯を食い終わったと同時くらいに、校内放送で職員室に呼び出された、
本人は、「たぶん進路調査の件だ」と言って職員室に向かった。
あまりに現状から飛び抜けた進路を書くと呼び出されてしまうらしい。
あいつは一体なんて書いたんだろうか。
結局。屋上には俺とユータの2人だけだ。
「そうだな、サキがいないだけでずいぶんと静かだ。」
大きく伸びをしながら、ユータはそう答えた。
たまの静けさもいいもんだ。 少し寂しい気もしたが。
まあ、こんなことはサキには絶対に言えないけど。
「ところでナツキ、お前は進路調査になんて書いたんだ?」
思い出したようにユータが言った。
「俺は… とりあえず札幌の私大を書いておいた。 さすがにまだ働く気はないし。」
「そうか。 じゃあお前だけには呼び出し来ないな。」
どういうことだ?
「俺は東京の私大を書いておいた。 結構有名どころの。 俺のとこにも、担任から進路の確認があるだろ。」
へぇ。 ユータは東京に出たいのか。 初めて聞いた。
「なんでまた東京の私大なんだ?」
「んー 特に理由はないな。 なんとなく、だ。」
こいつはいい加減さを装う。 でも行動にはそれなりの意味を持たせる奴でもある。
なんとなくとは言っているが、きっと何かあるんだろう。
「そうか? だからっていきなり東京の私大もないだろ。」
「うーん。 本当に大した理由はないんだよな。」
「ふーん。」
まあこういうこともあるんだろう、たまには。
「変か?」とユータは聞いてくる。
「ああ、お前らしくはないよな。」
「だよなぁ。」
そのままユータは寝転んだ。
少しの沈黙。 そしてユータは起き上がった。
「あのな、お前には東京への憧れってないもんか?」
「は? 東京に?」
急に聞かれたので驚いた。
「いや、都会ってのに憧れはないのか?」
どうなんだろう。 考えたこともなかった。
「俺はあまりないな。 札幌でも充分都会だし。」
「札幌も都会だよな。 うん、都会だよな。 都会。」
何かに納得したように、ユータは都会という言葉を繰り返しつぶやいた。
また少しの沈黙。
「俺が東京へ行こうと思っているのって、兄貴の影響かもな。」
そういえばユータの兄貴も東京の大学に通っていた。
確か今年の春に卒業して、東京が本社の何とかって名前の企業に勤めているはずだ。
「兄貴の後を追うってことか?」
「違うな。 そんなつもりでもないはずなんだけど…」
珍しく歯切れの悪いユータ。
「わかんねぇや。 なんとなくだ、なんとなく。」
ユータはまた寝転んだ。
「そうか。 まあやっぱりお前らしいよ。」
そう言って、俺も寝転んだ。
-3-
6時限目の終了を告げる鐘が鳴り終わった。
今日も何とか乗り切った。
結局5時間目の始業に5分ほど遅れて、サキは戻ってきた。
やはり少し元気がないように見えたが、鐘が鳴り終わるといつもの表情でこちらへ向かってきた。
「ナツキ、今日は暇?」
「?」
何のことやらわからない。
「まあいつもの通りだよね。 どうせ暇でしょ。」
「ん? ああ、特に用事はないけど。」
「だよね。 わかった。」
「?」
俺にはよくわからなかった。
「ユータ、ヨシツグ。 ちょっとちょっと。」
サキは2人を呼び出した。
「あと、ハルナ。」
当然ハルナも疑問顔だ。
「みんな暇でしょ?」
「?」
一様に疑問顔。
「いいの。 暇だったらついてきて。」
何が何やらわからず、それぞれが自分以外の3人を見回した。
「じゃあ、ホームルームが終わったら出発ね!」
だからどこにだよ。
帰りのホームルームが終わり、何が何だかわからないうちに帰り支度をした。
幸か不幸か、日直のハルナにも仕事はないようだし、掃除当番もこの5人の中にはいない。
「はい、さっさと行くよ〜!」
「だから、どこにだよ。」
ユータが当然の疑問を呈する。
「それは出てから話すよ。 さあ行く行く!」
完全にいつものサキに戻っていて、若干安心した。
と同時に、何やらわからず連れて行かれることに少し不安だった。
道中も、なぜか押し黙っているサキ。
ひたすら4人を引き連れて歩く、歩く。
10分ほど歩いた時、さすがに我慢できなかったので聞いた。
「おい、何があるんだよ。」
サキは振り向いてため息をついた。
「ナミのことなんだけど…」
なぜかそのまま黙ってしまう。
「なんだよ、お見舞いに行くって言うなら最初からそう言えばいいのに。」
どうにも解せない。
「うん、そうなんだけど…」
どうにも煮え切らない。
「それじゃ歩きながら話すね。」
少しトーンダウンしたサキ。
どうにもイヤな予感がしたが、おとなしく従った。
「ナミね…」
なんなんだろう。 とてもイヤな予感がする。
「これ以上は言えない。 会ってもらってから話すね。」
サキの家、要はナミの家に到着した。
結局あの後は一言も喋らないまま歩いた。
悪いことが待っているとしか思えない。
なぜかテストの点数が下がったナミ。
そして、無理をするタイプのナミが、あっさりと学校を休んだ。
悪い方にしか想像は立ち行かなかった。
サキが鍵を開けようとしている。
その時間すら、とても長く感じた。
ドアを開け放った。 そこには普通にラフな格好のナミがいた。
あれ? 普通に?
「おかえり。 結局連れてきたのね。」とナミは言う。
「うん、ただいま。 具合はいいのね。」とサキ。
いや、起きてはいるけど、きっと具合は…
「で… 騙せた?」とナミ。
!?
「たぶん、ばっちり。」とサキ。
何が?
「とりあえず入って。」
玄関には狐につままれた4人が取り残された。
「あはは。 やりすぎちゃったね。 ごめんごめん。」
いつになく元気なナミが俺たちに謝っている。
「ナミの言った通り。 何も言わない方が効果的だった。」とサキ。
要はナミ(とサキ)に、はめられたということらしい。
深刻さを装って、俺たちを強制的に見舞いに来させた。 結果から言うとこうだろう。
「はぁ…」
取り越し苦労と心配のためか、本気でため息が出た。
「ごめんってば。 こんなにみんなが心配してくれるとは思ってなかったの。」
ナミはやっぱりいつもより明るめに言った。
「でも、本当に不治の病とかじゃないの? 隠しているとか?」
ヨシツグはまだ騙しの騙しという可能性を探っているようだ。
「うん。 それは間違いないよ。 ただの夏風邪。」
「本当に? 嘘はついてない?」
「嘘じゃないよ。 ごめんね、ヨシツグ君。」
さすがにヨシツグから心配している様子を感じたのか、真摯にナミが謝った。
「まあ、仲間の1人が重病で死の床をさまよう。 なんてありふれた小説やドラマみたいなことはないよな。」
なんだかんだいって心配していたのか、ユータも安心したように言った。
「ハルナさんもごめんね。 一緒に驚かせちゃったみたいで。」
「ううん。 気にしないで。 元気ならいいの。」
しかし人騒がせな姉妹だ。
ナミのテスト結果が悪かった理由もわかった。
どうも三浦家では父親から順に母親、ナミと数珠つなぎで夏風邪を引いたらしい。
父親の治りかけと母親のかかりかけのタイミングで期末テスト開始。
ナミは家事に追われて勉強はあまりできなかったそうだ。
まあサキに家事をやらせるのは無理なんだろう。 きっと。
結局期末テストの終わり頃にはナミに風邪がうつり、その時に試験だった教科は結構めちゃくちゃな点数になってしまったそうだ。
その後も、何とか休まずに学校に来ていて、土日でほぼ完治。
月曜は大丈夫だったのだが、今日は朝から少し熱がぶり返したので大事を取って休んだということだった。
「休んだのはいいんだけど、体調はすぐによくなったから暇だったの。」
やはりいつもより少し元気な調子でナミは言う。
「だからみんなを連れてきたの。 怒るならナミに怒ってね。」
いつも通りのサキ。
「人騒がせなことはもうやめろよ。」
少し安心したようなユータ。
「なんかあるならちゃんと言ってよ。」
まだ心配しているようなヨシツグ。
ハルナと俺は何も言わなかった。
「ナツキ君?」
ナミに名前を呼ばれた。
「なんだよ。」
「怒ってる?」
「怒ってないよ。」
正直言うと、ほんの少し怒りもこみあげていた。
「ナツキ君も心配して来てくれたんだよね。 ありがとう。 ナツキ君にも会えたから、元気出たよ。」
ナミはいつもの調子で俺に告げた。
「ああ、それはよかったな。」
ナミは、わかっているはずなんだ。
俺のせいだろう。 少し微妙な空気になった。
「でもさー 次はあたしが風邪を引く番だね。 あたしが休んだ時もお見舞い頼んだからね!」
元気にサキが言う。
「大丈夫、その機会は来ない。」
ユータは言う。
「どういう意味?」
「そのままの意味。」
「ユータぁ?」
バシッとユータの肩を叩くサキ。
場は少し和んだ、と思う。
俺の気持ちはそのままだった。
その後も俺はほとんど話さなかった。 きっとハルナ以上に。
30分も経ったところで、風邪がうつってはいけないというナミの言い分で解散することになった。
ここまで来ておいて学校の図書室に戻ることにもならない。
それぞれが家路につくことになる。
俺とユータ、ヨシツグとハルナがそれぞれ同じ方向同士だったので、家の前で別れることになった。
結局俺はユータと取り留めもない会話をしつつ、5分もかからずに自宅に着いた。
「また明日な。」
「ああ。」
ユータと別れて、俺は部屋のベッドに制服のまま飛び込んだ。
わかっているはずなんだ、ナミは。
まだ、俺がナミを好きなこと。
そして、それは今も変わらない気持ち。
-4-
あれはそろそろ中学の卒業式というある日。
なんのことはない、ただの平日だ。
3月14日、別に普通の日だった。
ユータほどではないが、俺も2月14日にはそこそこの成果を挙げていた。
同級生からの義理がいくつか。 後輩からの無責任な憧れもいくつか。 そして、ナミとサキ。
いつからナミを意識しだしたのか、もう今となっては分からない。
少なくとも、毎日一緒に遊んでいた小3の頃ではない。
一緒にいた時間が長かったのは、間違いなくサキだった。
でも、ナミに惹かれた。
あいつの絵のモチーフに選ばれた。 しかも全道のコンクールに入選した。
恥ずかしかったのは確かだけど、自分のことのように嬉しかった。
思えば、あの頃には確実にナミのことを意識していた。
3月14日に告白したのも、別にその日を特別に思っていたわけだからじゃない。
クラスの女子からもらった義理と、ナミからもらったものは大して変わりないものだと思っていた。
思い込もうとしていた。
あの日は朝から雪だった。
一応、母親から「もらった個数分のお返し」を用意してもらい、雪の中を登校した。
朝からクラスの女子、後輩と特に順番も考えずにお返しをした。
サキには放課後に返した。 母親が気を利かせて、少しだけ他のとは違う豪華なお返しを。
もう1つの豪華なお返しは、まだ渡せていなかった。
なんてことはない、不安になったんだと思う。
それは放課後になるまで渡せていなかったことにではなく。
ナミからの好意は、俺に対してのものも「義理」の1つなのかということに対して。
ナミも、来年には高校に入る。
俺に無責任な憧れを抱いている後輩たちのように、ナミも俺じゃない誰かに「憧れ」を抱いてしまうんじゃないかって。
別に呼び出したわけでもない、校舎裏。
こんなところで会うとは思わなかった。
これも運命か。 なんて勝手に解釈した。
「なあ、ナミ?」
「え?」
いきなり声をかけたからか、ナミは少しびっくりした表情を見せた。
「いや、あのさ、お返し。」
「あ… うん。 ありがと。」
なんだろう、ただもらったもののお返しをするだけなのに。
やっぱり胸が高鳴る。
少しの沈黙。 耐えきれずに声を発したのは俺だった。
「あの、さ。 ちょっと聞いてくれるか?」
「…」
沈黙が返ってきた。
「時間が無いならいいよ。 大したことじゃない。」
そう、たぶん大したことじゃない。
「ううん。 いいよ。」
ナミはそう答えてくれた。
いざ何かを言おうとしても。
心が押しつぶされそうで。
自分がよくわからなくなった。
「いや、うん。 あー、なんていうか、真面目に聞いてほしいんだけどさ。」
「う、うん。」
いったい何を、どう伝えればいいんだろう。
こんな経験、あるわけもない。
あまりにも自分のことがわからなかった。
だからシンプルに気持ちを伝えた。
「俺さ、ナミのことが好きなんだ。」
時間が止まった。 ような気がした。
実際には数秒だろうけど、俺の中では永遠に近かった。
「…」
ナミは何も答えてくれなかった。
俺も、何も言えなかった。
「私じゃ… ダメだよ…」
「…」
断られてもどうってことはないなんて、告白するまでは思っていた。
でもそれは間違いだった。
目の前は真っ暗だし、意識もふわふわする。
自分がわからない。 目の前は、本当に吹雪の日のように真っ白。
「なんで… 私なの?」
か細い声でナミは言う。
「…」
何も答えられなかった。
「ごめん。」
そう言ったナミは、そのまま走り去って行った。
その日はどうやって家に帰ったかも覚えていなかった。
たぶん、抜け殻の俺はふらふらと家に帰ってきたのだろう。
飯を食い、風呂に入り、寝た。
次の日の朝にはベッドにいた。
なんか全てが夢のような気がした。
目の横についていた乾いた涙の跡だけが、昨日の出来事が夢ではなく真実だと語っていた。
それから3日は気もそぞろだった。
クラスの他の奴はどうか知らないが、ユータやヨシツグ、サキにもきっと俺に何かがあったことくらいはわかっていたんだろう。
ユータは何かに気づいていたとしても、こういうときにほうっておいてくれる優しい奴だということがわかった。
ヨシツグもなんだかんだいって、何も聞かずに俺を元気づけようとしてくれていることはわかった。
サキの姿は、見ていない。
違うとはわかっていても、ナミと同じ姿を見るのは辛かった。
そして4日後、卒業式。
誰かの歌じゃないが、俺は何から卒業するんだろう。
落ち込む気分を更に落ち込ませるイベントでしかなかった。
高校のクラス発表を見に行った。
その頃には少しは落ち着いてきていたと思う。
俺は2組。 ユータ、ヨシツグ、サキは同じクラスだった。
ナミは… 1組。 別のクラスだった。
「高校に入っても変わり映えのしないメンバーだなぁ。」
めんどくさそうにユータは言った。
「でもさ、同じクラスの方が部活の時とかも便利だって。」
ヨシツグはしなくてもいいフォローをするように言った。
「そうだな。」
何にかはわからないが、俺は同意した。
ナミと同じクラスじゃなかった。
少し安心した自分がそこにいた。
胸はまだ痛んでいる。
でも変われる、変わらなきゃいけない。
ガラスのような決意。 でもそんな決意くらいは、今の俺には必要だった。
空の色なんて、その頃は見えていなかった。
-5-
毎日があっという間だった。
舐めていたわけではないけど、やっぱり高校野球のレベルは中学とは違った。
1年半前は一緒の中学で野球をやっていた先輩も、なんだかんだで高校野球をやっていた。
部活をやっていない日常では、今まで通りを「演じて」いたと思う。
少し口の悪い野球部の男。
朴念仁の、愛想に欠ける奴。
慣れたら明るい性格だけど、うるさいというほどではない人。
たぶんそのくらいが俺のイメージだろう。
そう、演じていた。
部活では徹底的に体をいじめた。
投手は9回を投げ切るだけのスタミナが必要。
より速いスピードの球を、より変化する変化球を投げるための筋肉も必要。
毎日毎日、とにかく走った、投げ込んだ。
あっという間に中学の頃の球速が過去のものになった。
あっという間に中学の頃よりも球数を多く投げられるようになった。
カーブとスライダーの変化も大きくなった。 フォークも覚えた。
1つだけ足りないもの。
投手に一番必要な、精神力だった。
気づいたら夏が終わろうとしていた。 一足先に、野球部の夏は終わっていた。
その頃には、胸の痛みはほとんどなくなっていた。
たまにナミが野球部の練習風景をスケッチしに来ていたことも知っていた。
おごりではなく、一年先輩の投手よりもいい投手になれたと思う。
そのこと自体は、先輩も認めてくれていたように思う。
秋の大会1回戦では、リリーフで8・9回を投げた。
少なからず自信があったマウンド、結局、結果は敗戦投手。
ただ負けたのなら納得もいく。 最終回までに3点差で勝っていた。
気づいたら、捕手の先輩がバックネットに向かって走っていた。
サヨナラ暴投。 結局俺は変わっていなかった。
先輩たちには本当に申し訳なかった。 でも、涙は出なかった。
殴ってもらえれば楽になれると思った。 でも先輩たちは優しかった。
不甲斐ない自分に嫌気が差した。 全然変われやしない、自分に。
冬を越え、春を迎え、そして夏が来た。
気づけばナミと同じクラスになっていた。
3年で投手の先輩は、控え投手としてセンターを守っていた。
名実ともに、エースになったはずの俺だった。
1試合目の先発。 5回途中までに5点取られた。 それほど悔しくはなかった。
マウンドから降りて、センターを守った。
チームは逆転した。 結局乱打戦で、最終スコアは12−10だった。
9回裏1アウト、塁はすべて埋まって打者は5番の俺。
点差は8−10で負けていた。
長打で同点、あるいは逆転サヨナラ。
あっさりとカーブを引っかけた。 ボテボテのピッチャーゴロ。
本塁にボールが投げられる。 アウト。
一塁にもボールが投げられるだろう。
必死に走った。 たぶん生涯で一番。
もしかすると、ナミに告白した時よりも必死だったかもしれない。
セーフだった。
ユータの打球を見上げた。 文句なしのホームラン。 逆転サヨナラ。
ヒーローはダイヤモンドを一周した後にもみくちゃにされた。
輪の中に入る資格があるかわからなかった。 でもユータをもみくちゃにした。
素直に嬉しいと感じた。 たぶん久々の感覚。
ベンチの荷物をまとめて、球場を出て行こうとした時、ユータに声をかけられた。
「大丈夫。 お前が点を取られても、」
ああ。
「俺たちが取り返すから。」
ああ。
「次もお前が投げるんだろ。 また打ってやるさ。」
たぶん初めて、人前で泣いた。
きっかけは単純。 だからこそ人間って面白いもんだと思う。
次の試合では、8回まで2被安打失点0。
周りの人間が心配になるくらい、俺は懸命に投げた。
9回表、1点差で勝っている状況でも俺は投げた。
体が軽かった。
100球以上を投げているとは思えないほど、体が軽かった。
2安打完封。 2試合目の結果だった。
その次の試合は2点取られた。
それでも8回は投げ切った。
打線は繋がらず、9回表2アウトランナーなし、スコアは1−2。 打席には俺。
今までの俺だったら、たぶん一発を狙っていたと思う。
でも、今は後ろにこんなにも頼もしい6番が控えている。
力は、不思議なほど抜けていた。
すっとバットを振った。
快音を残して、ボールは伸びていく。
レフト線のフェンス直撃、2塁打。 久々のガッツポーズ。
夢は繋がった。
2塁からユータを見ていた。
あの時の言葉、信じるに値する言葉。
バットから快音が響いた。
これまた文句なしのホームラン。
ドラマ並の展開としか言いようがない。
スコアは3−2になっていた。
そして9回裏、ノーアウト。
さすがに疲労から球がうわずってストレートのフォアボール。
言いたくはなかったが、限界は近かった。
でも監督の方は見ない。 投げ切りたかった。
次の打者は三振に切って取った。
まだいける。
次の打者も三振に切って取った。
肩が痛い。 足も痛い。
限界なんて自分にはわからないものだ。
そして、ほとんどの人が自分で定めている限界なんて、本当の限界じゃないと思う。
次の打者には完全なる失投。 力の無い球がど真ん中。
相手も見逃してはくれなかった。
タイムリーツーベース。 スコアは3−3になった。
同点になり、さらに2塁にはサヨナラのランナー。
内野のみんなが近付いてきた。
それぞれに俺を励ましてくれる。
その中で、ユータだけはじっと俺の顔を見た。
「まだ、いけるだろ。」
「ああ。」
言葉に出すまでもない、そのアイコンタクトだけで充分だった。
結果を言うと、その打者にヒットを打たれてサヨナラ負け。
コースも球威も悪くはなかったと思う。 失投でもない。
それでも打たれた。 純粋に悔しかった。
相手のサヨナラのランナーがホームを踏んだ。
空を仰ぎ見た。
久々に見た空は、抜けるように青かった。
-6-
ナミのことを、忘れたわけではない。
それでも、野球をやっているときは忘れられたし、あの頃にはナミを見ていても胸はあまり痛まなくなっていた。
何よりも、あの時からナミは何も変わっていなかった。
小学生の頃のような付き合いではないが、それでも中学の時と変わらない。
普通に話もするし、特に避けられているわけでもない。
たぶん、それがナミなりの優しさなんだろう。
いつの間にか、ナミのことは野球の次になっていた。
それは逃げではなく、野球が自分の中でかけがえのない存在になっていたからだ。
修学旅行中、一緒の班として、ナミといろいろなものを見た。
同じものを見て、でも違う感想を持って。 それでよかった。
ナミと写っている写真の中の俺は、本当に心から笑えていた。
2年秋の大会は地区予選2回戦で負けた。 悔いはない。
優勝候補のチーム相手に1−4なら善戦だろう。
俺たちに勝った旭川のチームは、そのまま上まで昇っていった。
春のセンバツ大会出場が確実視されるところまで勝ち続けた。
地区大会、道大会で、あのチームを苦戦させたチームは数えるほどしかない。
そのうちの1チームに、俺たちも入っている。
誇らしい気分と同時に、悔いは残らないにしてもやっぱり悔しい思いはあった。
そして、また2月、3月。
2月14日、2年生になったからか、今年は後輩からの無責任な憧れをもらえる立場になった。
数少ないクラスの女子からはたった1つ。 それも連名でのもの。 義理確定。
無責任な憧れも3つほど。
昔から変わらずもらえる好意が、2つ。 全部で6つだった。
自分自身ではお返しを買いにいけない。
忙しいわけでもないが、何よりそういうお返しのセンスは自分にあるとは思っていない。
無難に母親に任せるのが一番だ。
3月14日、俺は2つの「豪華な」お返しを携えて歩いていた。
運悪く、今年はうるう年で、2月14日が金曜日、3月14日は学校が休みの土曜日だった。
後輩からのものとクラス連名のものは、月曜に返せばいいだろう。
ナミ・サキ姉妹の分は早めに持っていきなさいと母親に言われた。
少しだけ気の重さを感じていたが、少し歩いているとすぐに到着してしまう。
インターホンを押した。
出てくれたのはナミだった。
渡したらすぐに帰る予定だったが、入れ入れとしつこいので居間に通させてもらった。
実は小学3年生の時以来の訪問で、あの時とは少し雰囲気が変わっている。
居間には、ナミが描いた絵が何枚か張られていた。
一枚は額縁に入れられた絵。 あのコンクールの絵だった。
「サキは?」
台所でお茶を入れているナミに聞いてみる。
「病院に行ってるの。」
こともなげに答えるナミ。
「あいつがぁ? 怪我でもしたのか?」
「違うよ。 具合が悪くて病院に行ったの。」
風邪なんて引きそうにもない女なのに、一丁前に病気か。
「どうせ悪いもんでも食ったんだろ。」
「んー そんなところかな。」
やっぱりか。
「でもね、戻ってきてもデリカシーのないことは言わないでね。」
よく意味もわからないまま釘を刺されてしまった。
「は?」
「ナツキ君が言うようなデリカシーのない内容が、サキの症状だから。 たぶん。」
ああ、はいはい。 なるほどね。
「わかったよ。 バカは風邪引かないのにおかしいな。 くらいならいいんだろ?」
「うんうん。」
うなずきながらお茶を持ってくるナミ。
お茶を飲みながら、ナミと他愛もない話をした。
「ナツキ君さ。 もうすぐお昼だけど食べていかない?」
湯のみを片付けながら、ナミは言った。
「ああ、もうそんな時間か。」
あっという間に時間は11時半、来てから1時間弱の時間が経っていた。
「これから作るよ。 焼きそば。」
「どうすっかな。 家でも用意してそうだしな。」
「だったら家に電話してみたら? まだ準備していないなら食べていけばいいじゃない。」
せっかくの提案だし、一応母親に電話をしてみた。
「こっちはまだ用意してないし、せっかくだからご馳走になってくれば?」
母親は少し上機嫌な感じだった。
「わかった。 そうするよ。」
「ちゃんとお礼を言いなさいよ。」
「わかってるよ。 じゃあな。」
コードレスの子機をナミに渡した。
「それじゃあご馳走になっていくわ。」
「うん。 それじゃあ作るね。」
ナミが台所に向かってから10分ほど経ったとき、玄関から騒がしい声が聞こえてきた。
「ただいまー お腹ペコペコ。」
居間のドアを開けてサキが入ってきた。
「おお、ナツキのような人がいる。 これは珍しい。」
ような、ってなんだよ。
「ああ、お邪魔してるよ。」
くつろいだまま答えてやった。
「何しに来たのさ、あんた。」
「ほれ、母さんに持って行けと言われたから持って来たぞ。」
ナミにあげたものと同じお返しをサキに手渡す。
「あら、ありがと。 今年もあんたのお母さんには感謝だね。」
俺には感謝しないのかよ。
「ま、味わって食べてくれ。」
「はいはい、お母さんによろしく伝えておいてね。」
やっぱり俺には感謝がないようだ。
「ナミー 昼は焼きそばだっけー?」
「そうよ。 まだもう少しかかるから、ナツキ君の相手をしてあげて。」
「うん。 って、こいつも昼を食べていくのね。」
こちらを見るサキ。
「悪かったな。 『こいつ』も昼を食べていくことになって。」
「あーら、いいのよナツキさん。 ぜひ召し上がっていって。」
気持ち悪い口調でサキが言った。
そのまま正面のソファに腰かけた。
「さてと、開けてもいい?」
俺が渡したお返しのことだろう。
「ああ、どうぞ開けてくれ。」
「うんうん。 今年はどんなのかなぁ、楽しみー!」
そんなに楽しみになるようなものが入っているのか。
俺は中身を見たことがないし、当然わかるはずもない。
「おお! 今年も豪華だ!」
中身はクッキーの詰め合わせ。 まあ別に変わったものでもないだろう。
「これは今日のおやつに頂くとして、と。」
サキがこちらに向き直る。
「あんたは幸せね。」
いきなり、幸せもの呼ばわりをされた。
「なんでだよ?」
「ナミが作る焼きそばはおいしいのよ。」
そうなのか。 焼きそばなんて誰が作ってもそう変わるものではないと思うけど。
「焼きそばなんて、誰が作ってもそんなに変わらない。 とか考えていない?」
鋭いな、こいつ。
「そんなことはないわけよ。 ただの焼きそばではないんだよ、わかるかね?」
誰の口調かわからないが、サキはおどけて話す。
「わかりかねます。」
「そうか、それなら食べてから存分に理解するといいぞ。」
だから、お前は誰なんだよ。
台所からは、とてもいいにおいがしていた。
「いただきまーす。」
3人同時だった。
「これはうまいな。」
確かにただの焼きそばではない。
まずソース味ではない。 微妙に和風なテイスト。
近いといえば、焼きうどん?
でも、ソース焼きそばなんかよりも数段うまかった。
「でしょ。 ナミちゃんの焼きそばはやっぱりすごいよね。」とサキ。
「簡単に作ってるだけだよ。 そんなに特別なことはしてないもの。」とナミ。
「特別なことをしていなくても、それでおいしいなら御の字だろう。」と俺。
うん、本当にうまい。
ある程度食べ終わったとき、サキが突然立ち上がった。
「ナミ、汁はある?」
「うん、ちゃんと作ってあるよ。」
汁? 味噌汁とかか?
「ナツキぃ。 君も新しい世界を知ろうとは思わないか?」
「は?」
またしてもおかしな人格のサキがあらわれた。
しかも言っている意味がわからない。
「ノリが悪いなぁ。 まあ持ってきて上げるから体験してみなさいよ。」
さっぱりわからない。
ナミを見てみると、にこやかに笑っていた。
「これはすごいな…」
確かに新しい世界が見えた。
「でしょ。 あたしも最初に食べたときは驚いたもん。」
これは驚くだろう。
なんてことはない、焼きそばを明石焼きに使うようなだし汁をくぐらせて食べるだけのもの。
でも、味はびっくりするくらいにおいしい。
「焼きそばにだし汁ってなんなんだよ! なんで合うんだよ!」
叫ばずにはいられなかった。
「あたしにもわかんない。 ナミ、なんでなの?」とサキ。
「そんなの私にもわからないよ。」
ナミは笑顔のまま言った。
「ごちそうさまでした。」
「今日もおいしかった、ごちそうさまぁ。」
サキとほぼ同時に食べ終わった。 ナミはまだ食べている様子。
「満腹、満腹。 もう動きたくないねぇ。」
お腹をさすりながら、ナミがソファにふんぞり返った。
「サキが元気で少し安心した。」
気になっていたことを伝えた。
「へ? あたし?」
素っ頓狂な声を出して驚くサキ。
「あれ? 病院に行ってたんだろ?」
「あー そのことね。 大したことじゃないの。 気にしないで。」
まあ、こういうときは変に気にしない方がいいんだろう。
「サキ、『今年の風邪はバカでも引くんだな』ってナツキ君が言ってたよ。」
ナミ、なぜそういうことを言う。
「はぁ? 風邪なんか引いてないわよ! バカ!」
サキ、怒るところはそこじゃない。
「はいはい、わかったわかった。 それだけ元気なら安心したよ。」
「納得いかなーい。」
すっかりサキはふくれてしまった。 まあ本気ではないだろうけど。
それに比べて嬉しそうなのはナミ。 焼きそばがおいしくなかったら、反撃してたところだが。
まあ、いいさ。
「さて、っと。 サキ、片付けはお願いしていい?」
ナミが皿を重ねながらそう言った。
「うん、いいよ。 どこか行くの?」とサキ。
「ちょっと画材を買いに旭川まで行ってきたいの。 いい?」
「いいよ。 任せといて。」
「よろしくね。」
少し微笑ましい気がした。
「それじゃあ準備して行ってくるね。 ナツキ君はゆっくりしていって。」
「いや、俺もそんなに長居はしないよ。」
こんなに長居をする気もなかったし、満腹で寝てしまいたくなった。
「あんたも片付けを手伝いなさいよね。」
サキが鬼のようなことを言う。
「サキ、ますます食器が減るからナツキ君には手伝わせないでね。」
心外だ。
「俺はサキほど不器用じゃないぞ。」
一応言っておかなきゃいけないだろう。
「あんたに言われたらお終いね。」
サキはこの世の終わりのような顔をして言う。
「どっちもどっちって言葉、知ってる? お二人さん。」
勝ち誇ったようにナミは言う。
「とーにーかーくー 後片付けお願いね、サキ。」
ナミはそのまま居間を出て行った。
不器用2人は取り残された。
「途中まで一緒に行く?」
ナミが靴を履きながら、玄関で見送ろうとした俺に言う。
サキは台所にいる。
「ああ、それでもいいんだけど。」
そうしたいんだけど。
「サキだけに後片付けしてもらうのも悪いから、あいつが終わるの待ってから帰るよ。」
「そう。 ナツキ君らしいね。」
少し投げやりな感じの声に聞こえた。
でも、背中越しなので、ナミの表情はわからなかった。
「じゃあまた月曜にね。」
「ああ、気をつけてな。」
そのまま振り向かずに出て行くナミを見送った。
「ナツキぃ、そろそろ起きなさいよ!」
目を開けるとサキがいた。
「ああ、おはよ。」
「おはよ、じゃないでしょ。 人の家のソファでぐっすり寝ないでよ!」
ああ、あのままサキが終わるのを待っている間に寝てしまったらしい。
「悪い悪い。 あまりに居心地が良かったもんだから。」
「言い訳になってない。 2時間以上も寝ててさ。」
マジか。
パッと時計を見ると既に3時を過ぎていた。
「もう3時過ぎか。 参ったな。」
「あたしの方が参るわよ。 はい、さっさと飲んで、帰ってから寝てよね。」
テーブルの上を見る。
淹れたての紅茶とさっきのクッキーが皿に並べて置いてあった。
「おお。 お前が淹れてくれたのか?」
「あたしの分だけ淹れるのもかわいそうでしょ。 早く飲んじゃってよ。」
これはありがたい。 遠慮なく飲ませてもらおう。
「それじゃ、いただきます。」
「はい、どうぞ。」
クッキーは普通だったが、紅茶はおいしかった。
「ごちそうさま。 すっかりお邪魔しちゃったな。」
一応悪びれた風に言ってみる。
「いいよ、どうせ暇だったし。」
気にしていない風に、サキは言った。
「それじゃ、そろそろ帰るわ。」
「うん。 それじゃね。」
ソファから立ち上がると、体の節々が痛かった。
三浦家の玄関から外に出た。
見送ってくれるサキに背中越しに手を振り、家路についた。
俺はたぶん。
ナミとサキの幼馴染を演じていることができただろう。
心がチクッと痛んだ。
そんな、3月の話。
-7-
部屋の中はもう暗かった。
どうやら制服のまま、寝てしまっていたらしい。
のそのそと起き出して着替えた。
フラフラと階段を下りて居間に顔を出した。
「おはよう。 まだ7時半よ。 ずいぶんと早起きねぇ。」
「母さん、そういうのいいから。 飯は?」
母親との下らないやりとりに応じられるほどの元気は無い。
「はいはい。 できてるわよ。 さっさと食べちゃいなさい。」
テーブルにはもうご飯が用意してあった。
「親父は? 今日も遅いの?」
「たぶんね。 先に食べちゃいなさい。」
きっと忙しいんだろう。 今日も先にいただくことにした。
味噌汁をすすり終わったとき、電話が鳴った。
「はいはいはい」と誰に言っているのかわからない掛け声を出しながら、母親が電話を取った。
ご飯の最後の一口を飲み込んだとき、母親に呼ばれた。
「ナツキぃ。 ナミちゃんから電話ぁ。」
「だから、怒ってないっての。」
「ううん。 怒ってるよね?」
「そんなことないって。」
「口調が強い… 怒ってるんだ…」
「だからなぁ。」
もう1分ほど埒の明かない会話を続けている。
「気にする必要はないから。 ホント、怒ってないから大丈夫、な?」
なぜこんなにも気を使わなければいけないんだ。
「そっか、それならいい。 悪いことしたなって思ってたの。」
「まあ暇だったんだろ。 お前が元気そうなこともわかったし、まあよかったよ。」
「え?」
なんか驚いてるぞ。
「あたし、サキ。」
「あれ? サキ?」
どうやら母親が間違えたらしい。
「悪い。 ナミだと思ってた。 母さんが間違えたみたいだ。」
「そっか。 ごめんね。」
謝られる必要はないんだけど。
それにしてもすっかりナミだと思っていた。
声だけを聞いてもわからないもんだ。
ということは、少しスイッチがOFFになりかけているサキ、ということか。
「いつものサキみたくうるさくなかったもんなぁ。 勘違いしちまうよなぁ。」
「うん…」
どうにも調子が狂う。
「まあさ、今度は俺がお前ら姉妹を見事に騙してやるからな。 覚悟しとけよ。」
元気付けてやろうと思い、軽口を叩いておいた。
電話越しに「はぁ」というため息が聞こえたが、直後に大声が返ってきた。
「あんたになんか騙されるわけないでしょ! この単細胞!」
「その単細胞に騙されて悔しがるんだな!」
スイッチはONになってくれたようだ。
「まだ騙されてもいないのになんか悔しいんだけど!」
「知らねぇよ、そんなこと。」
「もう…」
トーンダウンした。
「はぁ… なんかバカらしくなっちゃった。 ナツキのせいだからね!」
ああ、俺のせいでいい。
「お前はずる休みすんなよ。」
ここは軽口でいいだろう。
「でも、ありがと。 おやすみ。」
電話は一方的に切られた。
-8-
翌朝、いつもより少し早い時間に起きた。
とはいっても、朝練をしていたときから比べると、30分以上は遅い。
朝食を食べて、身支度を整えた。
どうやら、今日はユータが来るよりも前に支度を終えることができた。
10分ほどくだらない内容の情報番組を見ていると、いつもの通りユータが来た。
「よっ! お二人さん!」
スイッチONのサキだ。
「ああ、おはよ。 今日も無駄に元気だな、お前は。」
憎まれ口を叩いてやった。
「あんたも無駄に憎たらしいね。 いつも通り。」
反撃された。
「お前ら2人は、毎朝毎朝本当に飽きないな。 さっさと行こうぜ。」
いつも通りの調子でユータが言う。
「あー ちょっと待って。」
サキはいつもと違うことを言う。
「えーとね。 あ、来た来た!」
路地から小走りに駆けてくるのは、ナミだった。
「おはよう。 お待たせ。」
ナミは少し息を切らせながら俺たちに言った。
「さ、学校へ行こう!」
サキは高らかに宣言した。
とても暑くなりそうな、そんな夏の朝だった。
ナツキの過去が露わになります。
展開は少し強引ですが、その辺は素人なので多めに見てやってください。
一応伏線もいろいろと張っているのですが、罠な伏線もあります。
いろいろと、想像してもらえると作者冥利に尽きます。
読んでいただいてありがとうございました。




