1章 夕立はいつか晴れる
いつまでも続くように思われた日常。
そして現れた時季外れの転校生。
物語は、少しだけ加速する。
‐1‐
ざわついた教室。 朝のホームルームと1時限目の、ほんの少しの間。
ざわつく理由はそれぞれだとしても、だいたいは「どんな子なんだろう」「誰か話しかけてみろよ」「なぜこの時期に転校生?」といったところだろう。
サキが俺の前に歩み寄ってきた。
そのまま俺をちらっと見た後に、横を通って後ろの席の転校生に歩み寄っていった。
「瀬戸さん?」
「はい。 えっと…」
臆面もなく話しかけていけるのがこいつの凄さだな。
面白そうだったので、振り返ってみた。
「…」
じっと転校生を見つめるサキ。
その視線に耐えきれずに、落ち着かない様子な転校生。
いきなり因縁でもつけにいったのだろうか。
「やっぱり!」
はじかれたように転校生を指差すサキ。
「ハルナちゃんだ!」
何のことやらわからない俺と転校生を置き去りに、サキはさらに話し出す。
「あたしだよ、あたし。 ミウラサキ! 覚えてない?」
「えっと…」
「かなり前だもんね。 覚えてないかなぁ。」
どうやらサキはこの転校生のことを知っている?
「あのね、山本商店前の公園でなわとび! あとは…」
うーん、と唸りながら考え込んでいるサキと、首を傾げながら考えている転校生。
何かを思いついたのか、パンと手を鳴らしてサキが言う。
「双子! あたしたちは双子なの! ナミー」
そこで気づいたのか、転校生も「あっ」と短く発した。
「わかりました! 小学生の頃! 夏休み!」
どうやら知り合いということらしい。
呼ばれたナミがこちらに来る。
「ナミ! ハルナちゃんだよ! 覚えてるでしょ?」
「覚えてるわよ。 面影あるもの。」
妹とは違って冷静な姉。
「だったらー なんで確認しに来ないのよ!」
「私が何もしなくても、サキが気づくでしょう?」
「あたしは気づいたけど… でも確認しないの?」
「サキの性格上、私を呼ぶでしょう。 だから呼ぶのを待っていたの。」
ここまで来ると、もう問答みたいなものだ。
姉に行動を読まれている妹は、首を傾げながら転校生に向きなおった。
「久し振りだね〜 小学校5年生の時以来?」
「はい。 たぶんそのくらい。」
7年も前のことを、よく「サキ」が覚えていたな。
「ねえ、ナツキも覚えてない?」
「は?」
いきなり話を振られてびっくりした。
「何度か遊んだことあるはずだよ、ハルナちゃんと!」
申し訳ないけど、全く覚えがない。
だいたいナミやサキと毎日のように遊んでいたのは小学校3年くらいまでだろう。
その後はどうしても小っ恥ずかしくなったので一緒に遊ぶ頻度はほとんどなくなった。
「んー どうだろう…」
我ながら中途半端な返しだった。
「あ、こいつは二宮夏樹ね。 一応、元弱小野球部のエース。」
一応で、しかも弱小かよ…
「どうも。」
ぶっきらぼうに言った。
「よ、よろしくお願いします。」
ちょっと焦った風な転校生。
「覚えてないってかぁ。 ま、あんたの記憶力じゃそうだよね〜」
サキに言われたらお終いだ。
そして、次の瞬間予鈴が鳴り響いた。
「あ、席に戻らないと。 また後でね!」
そう言って席に戻っていく姉妹。
取り残された転校生と俺は、なんとなしに目を合わせた。
彼女がちょこんとお辞儀をしたので、こちらも会釈を返して話を振ってみた。
「まるで嵐のようだったね。」
彼女は笑顔でうなずいた。
‐2‐
1時限目の英語が終わり、先ほどの「嵐」が再度こちらへ歩み寄ってきた。
「次は体育だよ。 ハルナちゃんは体操着、持ってきた?」
そういえば次は体育だったか。 今日は男子が外で女子は体育館だ。
「はい。 持ってきました。」
「女子が着替えるのは体育館の更衣室ね。 一緒に行こっ!」
「はい。」
女子がわらわらと教室から出て行った。
それと同時に男子全員が着替える。
体育の着替えで教室を使えるのは、理系のクラスで男子が多いからこその特典だ。
着替え終わり、教室を出たところでユータが話しかけてきた。
「転校生となんかあった?」
「いやさ、ナミ・サキと知り合いなんだとさ。」
知っている最大限の情報を提供する。
「へぇ。 それはなんかすげーな。」
「よくわからないよな。」
疑問を呈してみた。
「なんで?」とユータ。
「妙な時期の転校生とナミ・サキが知り合いっての。」
「こっちに親戚がいるとかじゃねーの?」
まあ縁もゆかりもない土地ではないのだろう。
それにしても、この時期に転校というのは普通じゃあまり考えられない。
「いずれわかるか。」
考えていても、どうせ結論は出ない。
「ま、こっちから聞くことじゃないよな。」
ユータの言うとおりだな。
「さて、今日も得意の体育を頑張りますか。」
今日の体育は持久走。 学校の周りを30分近く走るコースで、非運動部にはかなりきつい行程だろう。
「今日は競争するのか? エース。」
ユータが手首をぐるぐる回しながら言う。。
「お前、一回も俺に勝ったことないだろう。」と俺。
「これからも負けるとは限らないぞ。」
言うだけはタダだ。 枷をつけてやろう。
「じゃあ昼飯でも賭けるか。」
「オーケーだ。 俺は弁当だけど、負けたらお前の昼代は出してやる。」
あいにく、昨日は部活がなかったから体調万全だ。
負けることは無いだろう。
そしてスタートした。
ユータはいつもの倍は早かった。
完全に俺の負け。
あいつは先頭でゴール。
俺は1分近く遅れて2位。
「よーっし。 俺の勝ちだな。」
ユータは勝ち誇ったように言った。
「いつもと全然違うじゃねーかよ。」
なんだよ、これ。
「悪いな、いつもは手加減して走ってたの。」
「…」
「エースに勝っちゃまずいと思って毎回手加減な。 エースには勝つことだけ考えて欲しかったからさ。」
いつになく笑顔のユータ。
もう2度と賭けなんてしない。
大の字になって校庭に寝転んだ。
「次に俺が弁当を持ってこなかったときはお前のおごりな。」
やっぱり空は青かった。
‐3‐
「良かったよ。 ヨシツグはいつも通りで。」
「へ?」
「いや、こっちの話。」
「?」
ユータに負けて悔しかったので、戻りしなの玄関でヨシツグにちょっかいを出した。
ヨシツグはいつも通り、俺たちとサッカー部の2人とラグビー部の後ろの6位で走り終えた。
「なあ、ユータ。 ナツキが言ってることの意味わかる?」
ヨシツグは意味がわからないという風にユータに尋ねた。
「お前は知らなくてもいいんだよ。」
「?」
ますますわからないという風なヨシツグ。
「とりあえずありがとう。 ヨシツグ。」
「あ、ああ。」
こいつには隠してるものは無いだろう。
安心した。
男子が教室に入って着替えた後、女子がわらわらと帰ってきた。
「ハルナって昔からそんなに運動神経良かったっけー?」
嵐の声が教室内に響いた。
「え? うん、どうだろう…」
「最後のアタックはすごかったよ! バシーンって。 あれは取れないよー」
女子はバレーボールだったのだろう。
大げさなアクションでアタックをするサキ。
「ううん。 サキちゃんのトスが良かったんだよ。」
「またまたー ハルナのアタックだよー」
手柄をなすりつけあっている。
「あ、それと。」
思い出したようにサキが言う。
「サキちゃんじゃなくてサキでいいよ。 ハルナ、そう呼んで。」
そういやいつも間にかサキもハルナと呼び捨てにしている。
「うん。 頑張ってみる。」
「お願いね!」
ふむ、転校生とはこうやって仲良くしていくんだという手本みたいなもんだな。
ましてや、2人は旧知の仲。 呼び捨ては当然だ。
「あ、ナツキぃ。 ちょっと聞いてよ!」
いや、こいつは元々こんな奴だった。
深いことなんて考えてない、単純明快な性格。
「なんだよ?」
俺は3時限目が始まるまで、嵐の真ん中に巻き込まれた。
3時限目、4時限目はつつがなく終了した。(寝ていたとも言うが)
それぞれの中休みにはサキが転校生に話しかけに来ていた。 特に会話の内容を聞くわけでもなく着席していると、何度も無茶な振りを振られた。
「本当に覚えてないの?」だの「あんたは薄情な奴だね。」だの「こんなかわいい子を覚えてないはずがない。」だの。
そのたびに転校生は「いいのいいの。」ってフォローを入れている。
俺はめんどくさいので「ああ。」とだけうなずいておいた。
4時限目の終礼が終わり、いよいよ昼食の時間ということで立ち上がった。
今日はヨシツグがぐっすり寝ているようだ。
叩き起こしに行こうとすると、サキが小走りに近付いてきた。
「ナツキ。 あんたは今日も学食?」
と、当然なことを聞いてくる。
「ああ、俺とヨシツグはな。」と答える。
「あれ? ユータは?」とサキ。
「あいつは昨日から弁当を作ってもらってるみたいだ。」
「ああ、そう。」
なぜか、サキはそのこと自体にあまり興味のない感じだった。
そして矢継ぎ早に話しかけてきた。
「よかった、よかった。」
「何が? 今日は弁当を忘れたから学食に行くのか?」
このくらいしか、この会話の理由が思いつかない。
「あたしは持ってきてるの。 ナツキ、いいお昼になってよかったねっ!」
もう何が何だかわからない。
謎の元凶は俺から目を離し、左側にいるもう一人に目を向けた。
「ハルナ、こいつともう一人が学食に行くから案内してもらうといいよ。」
ああ、そういうことね。
「う、うん。」
ちょっと戸惑った様子の転校生。
「いや、ハルナちゃんだっけ? 君は女子と食べに行った方がいいだろ。」
当然の提案をしてみた。
「ナツキもわかってないねー」とサキ。
何が?
「うちのクラスの女子でお弁当を持ってきてない子はいないでしょ。」
ああ、確かに。
「学食はお弁当持ち込み禁止でしょ?」
ああ、変な規則だよな。
「そうなるとー」
言われなくてもわかったよ。
「わかったよ、オーケーだ。」
「ずいぶんと不満そうね?」
たいして不満ではないが、サキに押し切られてしまったのが少し気に食わなかっただけだ。
「あの… 二宮君?」
所在なさそうに転校生が声をかけてきた。
「ああ、悪い悪い。 それじゃもう一人いるからそいつと一緒に行こうか。」
「はい。」
席を立ってヨシツグを迎えに行こうとしたところで、サキがもう一度声をかけてきた。
「待った、ナツキ。」
「あん?」
「あんたたちって昼休みはどこにいるの? 教室にはいないよね?」
「ああ、屋上にいるよ。」
勢いで言ってしまったが、非常にイヤな予感がした。
「じゃあ食べ終わったらハルナを連れて屋上に行ってて。 あたしも食べ終わったら行く。」
イヤな予感が的中。
誤魔化そうとしたが、無駄だと思ったのでやめた。
代わりに、一度大きなため息をついてぐっすり寝ているヨシツグを迎えに行くことにした。
状況も説明しないとな。
「任せたよ、ナツキ!」
やる気なさげに手を振って応えてやった。
‐4‐
サキにはいいお昼になると言われていたが、何のことはないいつもの昼食だった。
いや、いつもより会話は少ないか。
どうにもよく知らない人間と食事をするのは緊張する。
正直手探り。
とはいえ、だ。
「どう? あんまりうまくないでしょ。」
サキに任された手前、一応気を遣う。
「そんなことないです。 おいしい。」
「…」
ヨシツグ、なんか言えよ。
「まだ慣れてないからだな。 慣れるとおいしく感じなくなるから。」
「そうですか?」
「…」
いつもと違って寡黙すぎるヨシツグ。
「俺たちはもう慣れ切っちゃったから。」
「慣れるとそうなるんですね…」
「…」
こいつは…
「毎日学食で飯を食っているからさ、感想はこいつに聞くといいよ。」
少し頭に来たのでヨシツグに振ってやった。
ゆっくりとご飯を噛みしめているヨシツグと、それを無言で見つめる2人。
口の中のご飯を飲み終わった後に、ヨシツグは自分に視線が集中していることに気づく。
「ん? 何?」
聞いてなかったのかよ、こいつは…
「もういいわ。」
呆れて何も言えない。
「えーと、ね。」
転校生が口を開く。
「二宮君はわかるんだけど、お名前は?」
と、ヨシツグに向けて言った。
またご飯を頬張っていたヨシツグだったが、急いでご飯を飲み込んで言った。
「俺の名前は金沢吉継。 君は瀬戸春奈さんだよね?」
「ええ、そう。 覚えていてくれてありがとう。 金沢君。」
ヨシツグは手をひらひらさせて何てことはないよという風に答えた。
そしてまた食事に没頭し始めた。
そういえば、ヨシツグって人見知りだったな。
中学1年の時、野球部で会った頃を思い出した。
仕方がない。
「味はどうあれ、ありがたく食べようか。」
「はい。」
我ながら、よくわからないまとめ方だった。
全員が食べ終わった足でそのまま屋上に向かった。
一応転校生には「教室にいた方がいいんじゃないの?」と聞いてみたが、「屋上に行ってもいい?」と質問が返ってきた。
どうこう言うのもめんどくさいので、「別に、問題ないさ。」と答えた。
屋上に着いた。 今日も尽きない太陽の光に直接焼かれる。
こんなところにいても不快で仕方がないので、日陰に向かった。
そこにはユータと、既に昼食を終えたサキがいた。
ユータの少し困った表情を見れば、まあだいたいのことはわかった。
「遅い! 待ったよ!」とサキ。
「遅い! 大変だったぞ!」と少し遅れてユータ。
「何が? それって失礼じゃないの?」
サキがユータに詰め寄る。
サキと2人きりだもんなぁ…
「失礼じゃないない。 ほら、詰めろ。」
ユータがこれ以上うるさく言われるのもかわいそうなので、話を素早くまとめて腰を下ろした。
サキはやや不満だったようだが、気を取り直した風に転校生に話しかけていた。
「ハルナ、学食はどうだった?」
「うん、おいしかったよ。」
学食で俺と話したときと同じ感想を言う転校生。
「こいつらつまらないやつらだったでしょ?」とサキ。
失礼なことを言う女だ。
「そんなことないよ。 いろいろ教えてくれたし。」と転校生。
特に何も教えた覚えはありませんが。
「どうせ、くだらない情報でしょ?」
心外だ。 けどたぶん正解だ。
「えーとね、学食の定食は慣れたらおいしく感じなくなることとか。」
ああ、その話くらいしかしてないもんな…
サキはじっと俺とヨシツグを交互に見て言った。
「やっぱりつまんないやつら。」
いつもは落ち着いた昼下がりの屋上だったが、今日は嵐の通り道となった。
なぜそこまで色々と話すことがある?というくらい、サキはあらゆることを楽しそうに話していた。
あっという間に時間が過ぎ、昼休みの終わり5分前を告げる予鈴が鳴った。
「もう時間。 ホント楽しい時間は早いね。」
サキは屈託のない笑顔でそう言った。
どうにも主導権を握られているのが気に食わないので、一言こう返しておいた。
「聞くほうは地獄のような長さだったけどな。」
どんな憎まれ口を返されるかと期待していたが、一瞬間をおいた後に想像外の答えが返ってきた。
「あたしばっかり話し過ぎたね。 ごめん。」
「…」
少し空気が重くなる。
その空気を感じてか、ユータが立ち上がって言った。
「眠い。 教室に戻る途中で寝ちまったら困るから、もう行こうぜ。」
こいつの軽口にはいつも助けてもらっている。
場が和んだところで、全員で教室に向かった。
ありがとう。
-5-
5時限目の物理が始まった。
これまた午後一の授業としては、学生へのいじめに近い。
ただ、寝てしまえと言わんばかりの物理は、理系という分類をされているこのクラスに対して、最もしっくり来る授業の1つだろう。
いつもなら寝ているところだが、今日は少し考えることがあった。
サキの中学の頃を知っている人間なら、今の彼女を見て驚くだろう。
事実、中学3年のメンバーと同窓会をやったとき、別の高校に通っている元クラスメートは驚いていた。
昔はナミと負けず劣らずのおとなしいタイプだった。
高校1年が始まろうかという「ある」時を境に、彼女は今のような活発な性格に変わった。
当時、同じ中学出身組の間では、「好きな男ができた」とか「誰かに告白されて付き合っている」とか無責任な噂が飛んだ。
その噂の全てが否定され、最終的に残ったのは「単に性格が変わっただけ」という面白みのない結論だった。
ただ、いつもは明るいサキだが、急にスイッチが入ったように落ち込んでしまうときもある。
そのスイッチ自体は長い間OFFになるわけでもないが、普段との落差が大きいだけに周りは気になる。
それと同時に、野球部繋がりからか、俺たちと一緒にいることが多いことと、同じクラスの女子との絡みもあまりないことに気づいた。
サキが他の女子を避けているような感じもあるし、俺たち3人とクラスの他の女子ともあまり接点が無い。
更に、今までは「常に一緒にいた」ナミと若干距離を置くようになった気がする。
確かに1年の時は別のクラスだったこともあるだろうが、2年になって同じクラスになってもナミと絡んでいる姿は前ほど見られなくなる。
こちらも色々な憶測がなされたが、結局「双子という関係に飽きたからだろう」というくらいの結論しか出なかった。
昨年秋の修学旅行でもこんな一幕があった。
うちのクラスは男子28名に対して女子が8名しかいない。
理系クラスの特権、ではなく特徴だが、修学旅行の班割りなどを作る時には困る。
結局全36人を6つに班分けすることになり、女子だけの班が1班で、残り2名は男子の班に混ざることになった。
こういうときは、いの一番に「男子と同じでいい」と言い出しそうなサキではなく、ナミが最初に男子側へ来た。
なんとなく、サキもこちらに来ると思ったが、男子班に来るとは言い出さなかった。
結局、女子同士の話し合いで、坂本という子が男子側に来ることになった。
そして、いざバスなどでの移動時間になるとサキは俺やユータの近くにいる。
同じ班の女子と積極的に絡むわけでもない。
自由行動の時にしてもそうだ。
班毎に移動するというルールはあるにしろ、そんなものは少しくらい破っても構わなかったと思う。
その気があれば男子班の女子2人も女子班に組み込んで行動してしまうことも充分にできた。
「ナミがいなければ」、サキはそうしていたような気がする。
「ナミがいたから」、サキはそうしなかったような気がする。
そして、それらの事実が紡ぎ出す答えは1つ。
『サキはナミを避けている』
理由はわからないが、ただの姉妹げんかのレベルではないと思う。
もう2人が同じクラスになって1年半近く、ずっとこんな感じだ。
転校生にちょっかいをかけるときにしても、昔のような仲の良さは影を潜めている。
昔の2人を知っている俺からしたら、「ぎこちない」としか言えない。
あんなに仲が良かった姉妹でも、時が流れると微妙な関係になってしまう。
そう考えると、少し寂しい気がした。
考え事から現実に戻った。
あっという間に授業時間は残り3分を切っていた。
色々考えていたせいか、時間が経つのが早い。
最後にもう1つ頭に浮かんだことがある。
「原因の一端は俺」
授業の終わりを告げる鐘が鳴った。
外は少し曇り始めていた。
-6-
6時限目も終わり、ようやく今日の授業から解放された。
先週までは早く部活に行きたくて帰りのホームルームが待ち遠しかったが、今は授業から解放される喜びがホームルームの存在意義になった。
ホームルームもつつがなく終わる…はずだったが、担任から明日の日直についての話が出た。
明日は俺か。
どうせ大したことをするでもなく、メイン業務は起立・礼の掛け声くらいなもんだ。
サブ業務としては、教師が気持ちよく授業をするため(だけ)に、黒板をキレイにすることとか。
授業に使う資料がある場合は職員室に取りに行くこととか。 そんなもんだ。
一緒に日直をおこなうのはいつもの通り、うちのクラスにはハ行の苗字がいないので、50音順で「ミウラサキ」だった。
昼のこともあってか、少し気まずい気がした。
ホームルームも終わり、帰り支度を始めたところでまた気づいた。
掃除当番だった。
ため息をついたが、掃除当番なことに変わりは無い。
ユータとヨシツグに掃除当番だと言うことを伝え、図書室で待っているようにと頼んだ。
机を後ろに運ぼうとする。
そういえば、俺の後ろの席にいる転校生も同じ班になるのだろう。
同じ掃除当番になるわけだ。
来た日にいきなり掃除当番てのもかわいそうだけど、前に座っている人間として、伝えておいた方がいいだろう。
「瀬戸さん。 今日来ていきなりだけど、ここの班は掃除当番なんだ。」
気の利いた言葉も浮かばなかったので、普通の伝え方で伝えた。
「はい。 私の近くの人が動いていたから、そうだと思っていました。」
「やり方は見よう見まねでいいからさ、軽く手伝ってよ。」
「はい。」
机を後ろに並べ、デッキブラシでゴミを掃く。
他の班員がよく濡らしたモップで汚れをふき取る。
教室掃除はずっと以前から6日に1度回ってくる儀式のようなもの。
全員が慣れたもの、なのは当然だ。
今日はそこに慣れない子がいる。 何をしていいのかわからないといった感じで教室内をうろうろしている。
「瀬戸さん。 黒板を雑巾で拭いてもらえる?」
仕方が無いという思いで、転校生に指示を出した。
「はい。」
それにしても、この転校生。 本当に物静かだ。
転校初日からやたらテンションの高い女に絡まれるわ、知らない男たちと学食で飯を食うわで気が安らぐ暇もないだろう。
元来、おとなしく口数が少ない性質なのかもしれないが、やっぱり緊張しているのだろうか。
どうということもないやりにくさを感じたが、ゴミを掃く作業は止めなかった。
あらかた掃除が終わり、最後にゴミ出しの作業が残った。
うちの班では、この作業はじゃんけんという決闘の果てに実行者を決めている。
誰ともなく教卓の前に集まる。
そしてじゃんけんが始まる。
勝負はあっけなく決まった。
全員がチョキの中、一人パーを出して負けたのは…転校生だった。
「あ。」
じゃんけんに入らなきゃいいものを…
当然ゴミ捨て場などわかるわけがないだろう。
「ゴミを捨ててくるんですよね?」
彼女は言う。
「場所わかる?」
と他の女子。
「…」
聞くまでもない。 今日来たばかりで校舎裏のゴミ捨て場の場所がわかれば苦労はしない。
「瀬戸さんいいよ、俺が行くから。」
埒があかないのが一番イヤなので、そう提案した。
「でも…」と彼女は口ごもる。
「いいっていいって、すぐそこだから。」
ゴミを持って教室を出て行こうとしたところで、教室に入ってくるナミとぶつかりそうになった。
「おっと。 悪い。」
俺の過失だろうから謝っておく。
「いいよ。 ナツキ君、じゃんけん負けたの?」
気にもしてない風にナミは言う。
「あー、そんなとこ。 じゃあ行ってくる。」
と出て行こうとしたところで、ナミに呼び止められる。
「ハルナさんにも場所を教えておいてあげたら?」
余計なところで気を回してくれる。
まあ、それが普通なのかもな。
「じゃあ場所を教えるよ。 瀬戸さん、付いて来て。」
「はい。」
いってらっしゃい。 というナミの声を背後に聞きながら、校舎裏のゴミ捨て場に向かった。
「ゴミ、持ちます。」
「いいって、こんなもん軽いから。」
「ありがとうございます。」
なんとも微妙な空気。
俺が行くと言わなければ、きっともう一人の女子が連れてきたのだろう。
少し後悔した。 でも先に立たず。
「…」
「…」
長い沈黙ののち、ようやくゴミ捨て場についた。
「ここだね。 あとはゴミをここに… よっと。」
いつものようにゴミを隙間から投げ捨てた。
手をパンパンと鳴らしてこう言った。
「一丁あがりと。 瀬戸さん、戻ろうか。」
なぜか首を傾げる彼女。
「ん? どうした?」
疑問の理由がわからなかったので聞いてみた。
「えーと、動物の鳴き声が聞こえませんでしたか?」
「ホントに?」
「たぶん…」
全く気にもしていなかったが、そう言われると気になるのでゴミ捨て場を隙間から覗いてみた。
薄暗く中の見通しは聞かないが、確かに猫のような鳴き声がかすかに聴こえる。
「とはいえ、どうしよう。」
「どうしましょう。」
中を調べようにも、扉は厳重に施錠されていて、ゴミを投げ入れる隙間から入ることは難しい。
どうしようか逡巡していると、タイミング良く用務員がこちらに来た。
「あの、ここの扉ってすぐに開けることができますか?」
「ああん? 何か落としたのか。」
「そうではなく、中に動物が入ってしまっているみたいなんです。」
一瞬訝しげな表情に変わったが、すぐに理解したようだ。
「ほう、そうか。 ほならわしが見ておくから。」
「ありがとうございます。」
用務員との会話を終え、彼女に向き直った。
「これできっと大丈夫。 戻ろう。」
踵を返し、校舎内へ戻った。
「あの…」
教室へ戻ろうと目の前の階段を登る直前、声をかけられた。
「ん?」
「猫… 大丈夫でしょうか。」
心配そうにつぶやく転校生。
「中に猫がいるなんて思わなかったもんな。 普通にゴミを捨てちゃったわ。」
俺が投げ捨てたゴミで潰されて、猫は声を出したのかもしれない。
「かわいそうなことしちゃったな。」
少しやるせなかった。
「いいえ、仕方がないと思います。」
転校生は首を振りながらこう答えてくれた。
「元気でいてくれるといいよな。」
素直に思ったことを伝えた。
うん、という転校生の言葉を最後に、教室に戻るまで会話は無かった。
「おつかれー おかえりー」
教室に戻るとサキがいた。
「ああ、ただいま。」
とだけ答えた。
「ゴミ捨て場の場所を教えてあげるなんて、あんたも意外に優しいところあるんだね。」
「別に大したことでもねぇよ。」
「まあいいわ。 あんたは先に図書室に行ってなさい。」
先に、ね。 今日もサキは図書室に来るらしいということがこの会話でわかった。
とりあえず準備をして図書室へ向かうことにした。
「ハルナは放課後はどうするの?」
「え? えっと…」
「あたしたちは図書室で勉強するんだけど、もしよかったら…来ない?」
「う、うん…」
少し困った様子の転校生。
何か言おうと思ったが、おせっかいになるのもイヤなので何も言わずにさっさと準備を整えた。
「俺は先に行ってるぞ。 2人とも、おつかれ。」
そう声をかけて、教室を出た。
-7-
図書室にはユータとヨシツグ以外には一組の客しかいなかった。
さっそく奥に座った2人に近づく。
「終わった終わった。 お待たせ。」
「ああ。 ここ、ここ。」
ヨシツグの横に腰かけて、カバンの中からいくつかの教科書を取り出した。
「今日は追い出されないように真面目に行こう。」
無駄かもしれないが、そう宣言しておいた。
5分後、サキが一人で図書室に入ってきた。
「ハルナも誘ったんだけど、まだ引越しの片づけが終わってないからって帰っちゃった。」
「そうか、残念だな。」
避けられたのか、本当に片付けなければいけなかったのかはわからないが、来ないという意思表示なら仕方ないだろう。
「よし、今日は静かに勉強しよう。」とヨシツグ。
「わかった。 騒がない。」とサキ。
さて、仕切り直しで始めよう、となったところで、ユータが窓の外を見ながらこう言った。
「サキぃ。 彼女さー 学校から家って近いのかね?」
「へ?」
ユータ以外の全員が、こいつの言葉の真意を掴めずにいた。
「いや、サキなら知ってんのかなってさ。」
「う、うーんと… 前と同じ住所なら、たぶんあたしんちの近くだから歩いて15分ちょっと? でもそれがどうしたの?」
ユータは頬杖をつきながら「ん」と窓の外を親指で2度指した。
外をよくよく見てみると、いつの間にか雲が厚くなっている。
校庭に模様ができているところを見ると、既に雨が降り出しているようだ。
そして、一番暗くなっているのは、サキや俺、ユータの家方面だ。
「通り雨だろうけど、あれは相当降ってる。」
ユータはめんどくさそうに言った。
下手をすると雷くらい鳴っているかもしれない。
「あー あれはまずいね。 ハルナは傘持ってるのかなぁ。」
連絡を取る方法も無い。
「まあ濡れて帰るくらいだろうから大丈夫だろ。 子供でもないんだし。 よっと。」
ユータは体を起こして伸びをした。
「気にしてても仕方ない。 勉強しようぜ。」
ユータの言う通りだった。
少し気にしつつも勉強に取り掛かることにした。
さらに5分後、あっという間に広がった雲は、あっという間に強い雨を連れてきた。
まるで台風かのごとく校庭に打ち付ける雨粒。 当たると痛そうだ。
「思ったより、ひどいね。」
サキは心配そうに呟いた。
「今日の天気じゃ傘を持ってきた人間も少数だろうなぁ。」
そう言って周りを見回すと、いつの間にか図書室内に人が増えていることに気づいた。
そして入り口に目を向けると、少し髪を濡らした転校生が立っていた。
「おい、サキ。 入り口んとこ。」
「あ!」
気づいたかと思うと、サキは入り口の方に飛び出していった。
「雨が降ってきたから帰るのを諦めて雨宿りしに来たんだって。」
言われなくともわかることをサキは告げてくれた。
「すみません。 皆さんの邪魔をしてしまって。」と転校生。
「いいのいいの。 気にする必要はないから。」とサキ。
「そうそう、サキがいる時点でまともな勉強になんてならないんだから。」と俺。
「どういう意味よぉ。」
さすがに軽口を叩きすぎた俺に詰め寄るサキ。
そのとき、くすっと転校生が笑った。
「あ、ごめんなさい。 笑ってしまって。」
謝る転校生。
「?」
転校生以外の一同はみんな何が笑えることだったのかわからない。
「えーと? 何かおかしいこと言ってた?」
さすがにわからなかったので聞いてみた。
「いいえ、ごめんなさい。 おかしかったから笑ったわけではないの。」
ますますわからない。
「えーとね、みんなが仲いいんだなって。 見ていて楽しそうだなって。 それで思わず笑ってしまったの。」
もう一回、くすっと笑う転校生。
俺は少し小っ恥ずかしくなってしまった。
「仲なんてよくないの! こいつらなんてデリカシーの欠片もないんだから!」
なぜか必死に言い訳をしようとするサキ。
ユータはにやけるのを必死に我慢している様子。
ヨシツグは面白いものを見ているときの表情。
「本当に仲が良くて羨ましい。」
ニッコリと笑いながら転校生は言った。
本来なら勉強をしているはず…なのだが、
「こいつらがどれだけおかしな男どもかをわかってもらう」(サキ弁)ために自己紹介の時間になった。
まずは転校生の自己紹介からだ。
「名前は瀬戸春奈です。 えーと4月22日生まれの18歳です。」
「札幌の高校から編入してきました。」
「あとは… 趣味は音楽鑑賞と映画鑑賞です。」
朝の自己紹介から、情報量がほとんど増えていなかった。
「それじゃあ好きな音楽と映画を教えてよ。」
このくらいは聞いてもバチは当たらないはずだ。
「えっと… 音楽はジャズを聴きます。」
これは相当意外。
「映画は… グリーンマイルと… フィールド・オブ・ドリームスかな。」
どちらも知らないので、一応うんうんとうなずいておく。
「あんた、両方とも知らないでしょ。」
目ざとく俺の様子を見ていたサキから突っ込みが飛ぶ。
「あ、ああ。 知らない。」
突っ込むなよな。
そしてニコッと笑った転校生がこう締めくくった。
「こんな時期の転校生なので、周りの人と仲良くしてもらうのは難しいと思っていました。 でも、初日からサキちゃ… サキやみんなに気を使ってもらえて嬉しかったです。 これからもよろしくお願いします。」
4人の拍手を受けた彼女は少し照れくさそうだった。
「次はあたしかな。 三浦咲です。 今、サキって呼んでくれて嬉しかった。」
本当に嬉しそうな表情で言った。
「趣味とかそんな話は… これからたくさん話していけばいいよね? これからもよろしくね、ハルナ。」
サキにしてはシンプルだったが、色々なメッセージが込められていて心が温かくなった。
次はヨシツグ。
「金沢吉継です。 さっき食堂で自己紹介したけど、もう少し詳しく。」
「趣味は… 野球しかないかな。 セカンドで2番の俊足巧打タイプ?」
なぜか疑問形だ。
「好きな音楽は激しくない系。 GReeeeNとかいきものがかりなんかを最近聴いてます。」
「こいつら2人と違ってあまりかっこよくないけど、よろしく!」
大丈夫だ、俺もユータほどかっこよくはない。
転校生の拍手の後はユータだった。
「たぶん名乗ってないよな。 倉島勇太です。 よろしく。」
「趣味は野球って言っておいた方がいいのか? 4番でファースト。」
やっぱり疑問形だ。
「好きな音楽は激しい系。 ヨシツグが聴いているような音楽は聴きません。」
「こいつら2人と違ってあまり愛想はないけど、よろしく。」
実にユータらしい自己紹介だ。
「愛想よくすればいいのに…」
悲しそうにサキは言った。
最後は俺。
「こいつから聞いたと思うけど、俺の名前は二宮夏樹。」
「こいつ」のところで、あごでサキを指した。
「えー、やっぱり趣味は野球。 俺は3番でエース。 こいつら2人よりも間違いなく偉い。」
うんうんとうなずくヨシツグと少しバカにしたような顔のユータ。
「それは冗談だけど、まあ野球ばっかりやってきた感じ。 ただし、こいつらとは違って、俺は全道的に有名なんだ。」
転校生以外は全員「こいつは何を言ってるんだ?」という顔。
「とはいっても、こいつの姉に絵のモチーフにされて、どっかのホールに飾られたってだけだけど。 でも有名になったはずだ。」
「バカだな。」 「バカだ。」 「はぁ…」
散々な仕打ちだ。
一応サキを見てみたが、ナミのことが会話に出たことを気にしている風ではなく、ただ呆れているだけに見えた。
「さて、無理をしてバカな振る舞いをしたわけですが、最後に1つだけ。」
「瀬戸さん。 俺は君を新しい仲間として迎え入れたいと思う。」
驚いたような顔をする彼女。
「たぶんこいつら2人も、サキも一緒の気持ちだと思う。」
3人がうなずいてくれる。
「でも、それには条件があるんだ。」
その条件は…
「俺は君のことを下の名前で呼ぶつもり。 たぶんこいつらもそうすると思う。 だから君も俺たちを下の名前で呼んでくれ。」
やっぱり驚いているハルナ。
「いきなり呼び捨ては無理にしてもさ、二宮君、倉島君、金沢君じゃあ仲良くはなれないな。」
うんうんとうなずくサキ。
「俺のことはナツキでいいし、こいつらはユータとヨシツグで。 よろしく!」
いつの間にか雨は上がっていた。
雲の切れ目から晴れ間が覗いていた。
1章でようやく導入が終わって本編に向かうところという位置づけです。
無駄なシーンをたくさん入れているだけあって、「加速する」なんて言いながら疾走感はあまり無いですね。
ここまでは転校生とサキのターンということで、今後は少しずつ展開が変わっていきます。
読んでいただきありがとうございました。




