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魔刃少女血風録  作者: アワユキ
三章『天魔と試練』
8/17

一幕

「きゃああああ!」

「グルルル……」


 日が落ち、すっかり暗くなった路地に悲鳴が響き渡る。体長二メートルを超えるほどの大きさをした漆黒の獣、『ブラックドッグ』が通りがかった女性に襲い掛かろうと牙を剥き、唸り声を上げている。


「ご婦人から離れろ! そこの犬!」


 だが、少女の声がそれを遮る。


「我は魔を狩る魔の刃、夜闇を払う剣なり! ――変身!」


 変身の呪文が唱えられると、魔力が彼女の体を包み込み戦いのための姿へと変える。


「魔法少女・魔侍狩弓狩……参る!」


 獲物を狩る前に脅威を排除せねばならぬ、と判断したかブラックドッグが弓狩へと向かってきた。


「躾のなっていない駄犬には仕置きが必要だ。来い!」

「グオォ!」


 吠え声を上げながらブラックドッグが迫ってくる。大きく開いたその顎には太い牙が生え揃っている。弓狩の細い体など容易に噛み千切れそうだ。


「ふっ!」


 顎の一撃を牽制するように、下段の構えから脚を狙い刃を走らせる。


「ウゥッ!」


 しかし、巨体からは思いもよらぬ俊敏さで回避されてしまう。大きくとも獣は獣、身のこなしは素早い。


「少しはやるな。はっ!」


 眉間を狙った鋭い突き。


「ガウゥ!」


 だがまたもや躱し、逆にこちらの攻撃の隙を突いて反撃に転じるブラックドッグ。


「くっ!」


 咄嗟に後ろへ飛び退り、何とか回避する。敵は予想以上に速い。迂闊に手を出すと自らを追い詰めることになる。


「来るか……?」

「ウウゥ……」


 睨み合う両者。お互いに相手の隙を窺い合い、動きが止まる。


「ガァ!」


 痺れを切らしたようにブラックドッグが動いた。


「そこだ!」


 突進に合わせるように、頭部を狙って水平に刀を振るう。


「グゥゥ!」

「ぬぅ……!」


 だが、ブラックドッグは迫る刃を噛みつくようにして受け止めた。牙と鋼がせめぎ合う。


「まさかそう止めるとはな。だが……」


 弓狩は左手で相手に向かって刀を押し込みつつ、右手を放した。自由になった右手の五指を揃えるように真っ直ぐ伸ばす。


「魔導無刀! 『蓮華』!!」

「グギャ!!」


 魔力の燐光を纏った貫手がブラックドッグの喉笛を掻き破る。


「ふっ!」

「ガッ……ゴボッ……」


 突き刺さった手を抜き取り、血糊を振り払う。

 貫かれた喉から大量の血液を垂れ流しながら、自らの血に溺れてブラックドッグが絶命した。力を失った体が青白い炎を上げて燃え上がる。


「終わったか」

「魔法少女リリカルリリカ参上! ……ってちょっと! 何でもう終わってるのよ!」

「何だ、今頃来たのか」


 一足遅れてリリカが到着した。だが既に戦いは終わった後だ。


「あんたねえ! こないだ一人で突っ走らないって反省したんじゃないの!?」

「仕方あるまい。人が襲われていたのだ。見殺しには出来ん」

「まあ今回はしょうがないクー。大目に見てあげてほしいクー」

「うー、それで襲われてた人は?」

「怪我は無いみたいだけど、ショックで気絶しちゃったみたいですミン」


 タミンが女性の様子を確認する。倒れてはいるが無事のようだ。


「そう……じゃあ救急車を呼んで私達は帰りましょうか。騒ぎになるとまずいし」

「うむ。電話は頼むぞ」

「まあいいけど……あんたもスマホくらい持ちなさいよ」

「……機械は苦手だ」

「ぶふっ。弓狩って意外と弱点多いわね」

「うるさい」


 リリカが思わず吹き出した。弓狩は憮然となって言い返す。


「ところでリリカ、何故変身した状態で飛び込んできたのだ?」

「はあ? なんでって……無防備な状態で敵の前に出てったら危ないじゃないの」

「そういう問題ではない。敵前で口上を述べてから剣を抜くのが作法というものだろう」

「いやいや……決闘じゃないんだから」

「命のやり取りをするのだ。そういう場面でこそ礼を大事にだな……」

「ちょっともう……タミンも何とか言ってよ」


 またぞろ滅茶苦茶な事を言い出す弓狩にリリカが呆れ気味でタミンに水を向ける。


「うーん、ユカリンの言う事もあながち間違いではないですミンよ」

「えっ!? あんたにまで侍馬鹿が伝染したの?」

「そうじゃなくてですミン。魔法を使うのに一番大事なのは心の在り方ですミン。そういう意味ではユカリンの言う事は戦いに臨む時に心を整えて頭の中のスイッチを切り替える、という効果があるから無意味ではないですミン」

「ほら見ろ」

「なにそれ……納得行かない」


 得意になる弓狩と腑に落ちない様子のリリカ。

 言霊、という概念がある。言葉には霊的な力が宿るという考え方だ。弓狩達も言葉、呪文で魔法を発動する。口に出して宣言する、というのは魔法儀式的にも意味があるらしい。


「まあまあ、それよりもう行くクー。結界が解けたから人が来るかもしれないクー」

「そうだな。早く帰らないとまた父さんに心配をかけてしまう」

「それじゃあ電話かけるわね。……もしもし? はい、駅前の大きな道から入った路地で……」


 弓狩も大分戦い慣れてきた。その上リリカという相棒もできた。この調子ならばこれからの戦いも何とかなるだろう、と少女達も妖精達もそう思っていた。


----------


 美しい白色の石材で作られた大きな広間。何本もの太い柱が高い天井を支え、敷かれた赤い絨毯の先には煌びやかな装飾がされた玉座が据えられている。魔法界に存在する王城、その王の間である。しかし、その玉座に座るのは本来のこの城の主ではない。突如として魔物の軍勢を率いて城を攻め落とし、王を追いやった者……。


「魔王様、西方で抵抗していた勢力を鎮圧致しました」

「おう、ようやくか。随分かかったじゃねえか」


 玉座に座る傲岸な態度の偉丈夫へ、燕尾服に外套を羽織った姿のやけに肌色の青白い男が跪く。


「申し訳ございません。予想よりも数が多かったもので……」

「まあいいがな。どうせ趨勢はもう決まってる。余興みたいなもんだ」

「はっ……」

「それよりもあっちの方はどうだ?」

「……人間界でございますね。そちらの方は……」


 跪いた男が口ごもる。


「また帰ってこなかったのか。これで何度目だ?」


 魔王、と呼ばれた男が少し呆れた様子で問う。


「面目次第もございません。あちらの世界に存在する何者か……我らに敵対する者は侮れぬ相手のようです」

「みてえだな。向こうには敵になるようなやつは居ないもんと思ってたが……中々どうして、やるじゃねえか」

「はい……」


 部下が帰ってこない、恐らく皆倒されたというのに魔王は何故か愉快そうだ。


「とはいえ、このままやられ放題ってわけにも行かん。お前ら、二人で行ってこい」

「――御意」


 玉座の横に屹立していた見事な拵えの西洋甲冑から声が発せられた。置物かと思うほど微動だにしていなかったが、どうやらそうではないらしい。


「……よろしいのですか? 四天王の内二人も同時に城を離れては……」

「はは、どうせこの城まで殴りこんで来るような気概のあるやつぁいねえよ。居たとしても、そん時は俺が直々に捻り潰してやるよ」

「王がそう仰られるのであれば……我ら二人、必ずやご期待に応えてご覧に入れます」

「ああ、頼んだ」

「王ノ仰セノママニ」


 甲冑の人物(?)はあまり人語を操るのに慣れていないらしい。片言で応えを返す。


「さて、流石にあいつらなら負けねえとは思うが……どうなるかな」


 王の間を辞する二人の背を見送り、魔王が呟いた。


----------


「あ、タミンからメールだクー」

「いつものことだが、どこからそれを取り出しているんだ?」


 何も無い空間からス・マホーを取り出すクーに弓狩が尋ねる。学校から帰り、日課の修練も済ませた弓狩は部屋で寛いでいた。


「え? これは妖精族に伝わる秘法、亜空間カバンの魔法クー。いつでもどこでも好きな物を収納、取り出しが出来る超便利な魔法クー」

「あくうかん? ……よくわからんが便利だな」

「そうクー。妖精族自慢の魔法クー」

「それで、お民はなんと送ってきたのだ?」

「なんてことない話クー。リリカが……」

「マモノガキテルヨーマモノガキテルヨー」

「来たか!」

「なんだか最近多いクーね」


 平穏な空気に水を差すように魔物の出現を報せる音声が鳴り響いた。


----------


「弓狩!」

「今回は間に合ったようだな」

「うるさいわね。こないだは場所が遠かったせいよ」


 魔物の出現場所へ向かう道中、リリカと合流する。


「ここは……最初にオーガと戦った公園クーね」

「うむ、そうだな」


 反応があったのは弓狩が初陣を戦った公園だ。


「それで敵は? どこ?」

「向こうですミン!」


 公園の中央に、二つの人影が見える。燕尾服の男と、大きな甲冑姿の人物だ。


「うっ……なんだ、これは……」

「なんか……気持ち悪い……」


 二人の身に悪寒が走る。魔物の放つ邪悪な魔力が心身に影響を及ぼしているのだ。強い魔力を持つ魔法少女達は、並の魔物相手ならこうはならない。つまり、この二体はこれまで戦った者とは一線を画す敵ということだ。


「あ、あれは上級魔物クー!」

「しかも二体……これは……まずいですミン」

「ままま、まずすぎるクー!」

「お前はいっつもまずいと言ってる気がするがな」

「そんな事言ってる場合じゃないクー! これもいつも言ってる気がするけどクー!」

「ああ、只者ではないというのは分かるぞ」

「ええ、なんて言っていいのか分からないけど、分かるわ。こいつらはやばいわね」


 軽口を叩いてはいるが、剣を交えるまでもなく敵の強大さが伝わってくる。


「だが」


 それで臆する少女達ではない。


「逃げるわけにも行かないわよね……」

「そういうことだ」


 既にこちらに気付いているはずだが、襲ってくることもなく沈黙を保ち続ける魔物へと二人は歩を進める。


「今晩は、お嬢さん方」

「……! 人語を操るのか」


 燕尾服の男が声をかけてきた。これまでの魔物にはまともな知性らしきものを感じた事は無かったが、上級の魔物ともなれば違うらしい。


「いや、まさか我らの同胞達を葬ってきたのがこんな年若い少女だとは思いませんでしたよ」

「ふん、貴様ら化け物如き、物の数ではない」

「そ、そうよ! 大したことないわよ!」


 虚勢とも取れる強気な発言に男が薄く笑いながら答える。


「これは手厳しい。――ですが、我らは貴女達が倒してきた者とは一味違いますよ」

「……オ喋リハモウイイダロウ」


 地面に突き刺した大剣――ツーハンデッドソード、と呼ばれる類の物だろう。その柄に、両手を置いて沈黙していた甲冑が燕尾服を諫める。片言というのもあるが、奇妙に響くような声色だ。


「おっと、それもそうですね。申し遅れました。私は魔王四天王が一、ヴァンパイア」

「同ジク、デュラハン」


 デュラハン、と名乗った甲冑が右手で剣を引き抜き、左手で兜を外した。その甲冑の内部に肉体は存在しない。蟠る様な闇があるだけだ。


「貴女達のお命、頂戴しますよ」


 穏やかな口調から一転、強い殺気が放たれる。


「四天王、とは随分大層な肩書ではないか。しかし、そんな虚仮威しは通用せんぞ」

「魔王だかなんだか知らないけど、負けないんだから!」


 殺気を浴びながらも二人は果敢に言い返す。


「我は魔を狩る魔の刃、夜闇を払う剣なり! ――変身!」

「力を!誰にも負けない力を私に! ――変身!」


 二人の体を光が取り巻き、魔法の力が総身に満ちる。


「魔法少女・魔侍狩弓狩……いざ、参る!」

「魔法少女・リリカルリリカ……行っくわよー!」


 死闘の幕が開かれる。


「抜け首の相手は私に任せろ。そっちの青瓢箪は頼んだぞ」

「日本語で言いなさいよ! なんとなく分かるけど!」

「……来イ」

「それでは、お付き合い頂けますか? 美しい金髪のお嬢さん」


----------


「面妖な姿だな。しかし……」


 がらんどうの甲冑、片手に大剣、片手に兜という奇妙な出で立ちのデュラハン。思えば、棍棒のような原始的な武器を使う魔物は居たが剣を使う相手と戦うのは初めてだ。


「剣士として、負ける訳には行かん!」


 勢い良く踏み込み、袈裟懸けに斬りつける。


「うおおっ!」

「ヌン!」


 弓狩の打ち込みに合わせるように、デュラハンも大剣を斜めに振り下ろす。金属同士がぶつかる激しい音が響き、打ち合った衝撃から弓狩の両手に痺れが走る。そのまま、鍔迫り合いの状態へ入った。


「ぐっ……!」

 

 両手で刀に力を籠めるが、僅かに弓狩が押されている。空っぽの体のどこからこれだけの膂力が出ているのだろうか。


「ふっ!」


 このままでは不利と弓狩は判断し、相手の剣をいなしながら飛び退る。


「戯けた構えだが、実力は本物らしいな」


 正面から打ち合うのは不利、ならば。


「行くぞ!」

「オオッ!」


 刀を上段に構え、再び踏み込む。迎え撃つデュラハンが、がら空きになった胴を狙い突きを繰り出す。


「くっ!」


 弓狩はそれを見越したように体を捻り回避し、そのまま相手の左側へと抜ける。


「疾ッ!」


 そしてすれ違いざまに相手の左腕を斬りつける。


「ムッ……」


 狙いは成功した。だが振るった刃は頑丈な装甲に弾かれ、甲高い金属音を響かせるだけでデュラハンの体に傷を付ける事は出来ない。


「流石に硬いか!」


 見た目通り、易々と刃が通る程柔ではないらしい。


「ハァ!」

「ぐ!」


 今度はデュラハンが打ち込んで来る。何とか刃で受け止めるが、やはり力では勝てない。じりじりと押されていく。


「ふっ……」


 僅かに力を抜きながら刀身を横に逸らし、相手の力を受け流す。そのまま更に半歩間合いを詰め、相手の懐に潜り込む。既に剣の距離では無い。


「魔導無刀! 『剛箭』!!」

「グオッ!」


 デュラハンの胴に魔力の籠った拳が叩きこまれる。しかし、直撃を与えたにも関わらず鎧の表面が凹んだだけで致命傷には至らない。むしろ殴りつけた拳が痛むくらいだ。


「ぐぅ……今度こそ!」


 傷こそ浅いもののデュラハンは衝撃で体勢を崩している。続けざまに攻め立てる好機、弓狩は刀を鞘に納め居合の構えを取る。


「鞘に満ちるは魔の力。抜き放たれるは……」

「フン!」

「がっ!」


 デュラハンは突如自らの頭……兜を投げつけて呪文の詠唱を阻止した。思いがけぬ攻撃に、集中していた弓狩はもろに兜の投擲を受けてしまう。僅かに切れた額から血が滴る。


「この……!」


 既にデュラハンは体勢を整え、こちらへ剣を向けている。投げつけられた兜は如何なる力か、独りでにデュラハンの手の中へと戻る。好機を逃し、また振り出しへ戻ってしまった。


「ハアァ!」

「うっ……く!」


 デュラハンが雄叫びと共に激しく打ち込んで来る。弓狩は何とか防ぐが、大剣の重い一撃を受け止めるので精一杯だ。


「やぁ!」

「ゴオォ!」


 こちらの技を見せすぎたのか、デュラハンは確実に弓狩の攻撃に対応しつつ反撃してくる。大剣の切っ先が肌を掠め、赤い筋が引かれた。


「これは……まずいか」


 先程までは拮抗していたように思えた戦況が、徐々にデュラハンへと傾き始める。


「オオオオ!!」


 繰り返し襲う斬撃。何とか直撃は避けるものの、デュラハンの剣が弓狩の体に幾筋もの血の線を引く。


「貴様……! 嫁入り前の乙女の肌に!」


 攻撃の合間を縫いデュラハンの体に刃を届かせるも、やはり頑強な甲冑を傷付けることは出来ない。決定打を欠いたまま、弓狩の傷ばかりが増えていく。


----------


「モード『シルフ』! 『ワールウインド』!」


 緑に輝くティターニアから放たれた風の魔力が、刃となってヴァンパイアに襲い掛かる。


「はあ!」


 だがヴァンパイアが大きく外套を翻すと、風の刃はそれに弾かれ霧散してしまう。


「何よそれ! ずるくない!?」

「ははは、四天王は伊達では無いですよ」

「ならこっちで! モード『ノーム』! 『ランサーショット』!」


 今度は砲口から鋭い岩塊が撃ち出される。


「うーん、狙いが見え見えですねえ」


 しかし高速で飛来する岩槍はあっさり見切られ、躱されてしまう。


「馬鹿にして……! モード『サラマンダー』! 『ドラゴンブレス』!」


 闇を切り裂くようにティターニアから紅蓮の炎が噴き出した。火炎がヴァンパイアを呑み込もうとしたその瞬間。


「キィィ!」

「キー!」


 ヴァンパイアの体が無数の黒い何かに変わり、散開するように炎から逃れる。


「えっ!?」


 夜空に飛び交う小さな影――蝙蝠だ。


「今のは中々危なかったですよ」


 集まった蝙蝠が人の形を為し、ヴァンパイアの姿に戻った。


「もう! ちょこまかと避けてばっかり、うっとうしいわね!」

「そうですね。ではこちらからも行きますよ」

「え、ちょっ!」


 地を滑るようにヴァンパイアが向かってくる。一息に間合いを詰めると、長い脚がリリカの頭を狙って跳ね上げられた。


「ひゃああ!」


 何とかティターニアで受け止める。


「まだまだ!」

「や、ま!」


 更に連続で拳や蹴りが繰り出される。リリカは必死に防御する、が。


「がら空きですよ!」

「ぐえっ!」


 腹部に拳がめり込む。そもそもリリカは弓狩と違って体術は得意ではないのだ。とても捌き切れるものではない。


「どんどん行きま……」

「『ファイアウォール』!」

「おおっ!?」


 ティターニアから魔力が迸り、リリカの周囲を囲むように炎が立ち上る。咄嗟にヴァンパイアが飛び退いた。


「危ないですねえ。マントが焦げたじゃないですか」


 ヴァンパイアが煙を上げる外套の裾を気にしながら言う。この期に及んで小馬鹿にした態度を崩さない。


「女の子のお腹を殴るなんて……紳士の風上にも置けないわ!」

「すみませんねえ。これもお役目なので」

「もう許さないからね! モード『ノーム』! 『グランドウェイブ』!」


 土の魔力が地面に作用し、捲れ上がりながら波の様に押し寄せる。


「キキィ!」


 だがヴァンパイアはまたもや蝙蝠へと変化し、空へと逃れる。


「ああもう! ぜんっぜん当たらない!」


 そもそもティターニアは小回りが利かない。ヴァンパイアのような素早い敵を相手にするのは向いていないのだ。


「うっ……? な、何よ……何する気なの?」


 蝙蝠達は夜空を散り散りに飛び回り、リリカを撹乱する。


「こっちですよ」


 リリカの背後で蝙蝠が集合し、ヴァンパイアが現れた。


「んぎゃっ!」


 後頭部に衝撃が走る。ヴァンパイアの蹴りが綺麗に入ってしまった。意識が一瞬飛びかける。


「このまま……」

「さ、『サラマンダー』! 『ファイアウォール』!


 何とか踏み止まり、炎の壁を生み出した。ヴァンパイアは慌てて退避する。


「それは止めてもらいたいですねえ」

「はあ……ふう……なら、もっとやってあげるわ」


 強がってみたものの、こう魔法を連発してはリリカの魔力が持たない。そもそもファイアウォールでは迫るヴァンパイアを牽制する程度が関の山だ。


「これは……まずいかしら」


 着実に追い詰められている。こちらは既に息が上がっているというのに相手にはまだまだ余裕を感じられる。


----------


「本当にまずいですミン。リリちゃんもユカリンもこのままじゃ……」

「……リリカ! ユカリを連れて逃げるクー!」

「馬鹿を言え! 敵に背中を見せるなど……!」


 戦況を見守っていたクーが撤退を提案する。だが当然のように弓狩は了承しない。


「ハア!」

「ぐあっ!」


 疲労からかデュラハンの横振りの一撃を受け損ない、弓狩が跳ね飛ばされてしまう。やはり劣勢は明らかだ。


「……しょうがないわね。命あっての物種よ」


 不利を悟って、リリカは撤退に賛成する。


「おやおや、そう簡単に逃がすと思いますか?」


 敵がただ見送ってくれるはずもない。ヴァンパイアが三度蝙蝠の群れに変化し、飛来する。


「フン、そっちこそ私を舐め過ぎなのよ! モード『シルフ』! 『ゲイルストーム』!」

「キィ!」

「キー!」


 凄まじい突風が蝙蝠達をまとめて吹き飛ばした。


「下がりなさい、弓狩! モード『ウンディーネ』! 『タイダルウェイブ』!」


 青色に変化したティターニアから水の魔力が放たれる。魔力は大量の水流へと変わり、弓狩と打ち合うデュラハンに向かって殺到する。


「ムウ!」


 水流に呑まれ、デュラハンが押し流される。弓狩はリリカの言葉を聞いて咄嗟に下がり、何とか巻き込まれずに済んだ。


「おい、待て! 私はまだ……」

「うっさいわね! 早くしないとあいつらが追いかけてくるでしょうが!」


 リリカは強引に弓狩の手を引き、駆け出した。


----------


「逃げられてしまいましたね」

「追ウカ?」


 体勢を立て直した二体だが、既に少女たちの背中は見えなくなっている。


「逃げに徹する彼女らを仕留めるのは難しいでしょう。我らの力も無尽蔵ではないことですし……せめて手土産として魔力を確保して行きましょう」

「……止ムヲ得マイ」


 追撃を諦めた魔物達は、獲物を探して夜の街へと消えて行った。


----------


 恥であろうが無様であろうが、生き延びなければ戦えぬ。今は耐えよう。奴らの首取る明日が為。

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