三幕
「うあああああもおおお!」
「どうどう、落ち着いてですミン、リリちゃん」
ベッドに突っ伏したまま、体をばたつかせつつ大声を上げるリリカとそれを宥めるタミン。
「落ち着いてなんていられないわよ! 折角の初舞台だったのに……あんな惨めを晒して……しかもあの侍馬鹿に助けられるなんて」
「リリちゃんは頑張ってましたミン。初めてだったんだから失敗はしょうがないですミン」
「うう……」
余程屈辱だったのか、リリカの癇癪は収まらない。
「うーん、ならもっと練習しましょうミン!」
「んー、練習?」
「そうですミン。何事も練習あるのみですミン。しっかり魔法の練習をして次は大活躍するですミン!」
「……そうね、その通りだわ。今に見ていなさい、本条弓狩ぃ!」
「その意気ですミン。でも戦うのはあの子じゃなくて魔物にしてくださいミン」
次こそは、と気勢を上げるリリカ。仮にも死にそうな目に遭ったというのに彼女も中々に根性が据わっている。
「ただ、流石に今日は無理よ……もうクタクタだわ」
「初めて変身して魔法を使ったし、怪我もしちゃったから無理もないですミン。というかこれだけ元気に会話出来るのがすごいくらいですミン」
「そういえば、結構洒落にならない怪我だったと思うんだけど今は何ともないわね」
「魔法少女は多少の怪我なら勝手に治癒するミン。魔力は消耗するけどミン」
「ふーん、便利なのね」
「初めてであれだけ魔力を失ったら昏倒する可能性もありますミン。クリスタルに選ばれただけあってリリちゃんは才能がありますミン」
「そ、そう? ふふふ……」
先程までの怒りはどこへやら、少し褒められただけでリリカは相好を崩す。純粋と言うべきか単純と言うべきか、まあその図太さと前向きさは美点と見るべきだろう。
「ぐっすり眠れば体力と一緒に魔力も回復しますミン。今晩はちゃんと休むといいですミン」
「分かったわ。それじゃお休み」
「おやすみなさいミン」
何にせよ英気を養わなくてはどうにもならない。リリカの初陣は大金星とは程遠い結果となってしまった。だが未だに彼女は意気軒高、その闘志は衰えてはいない。彼女の存在はもう一人の魔法少女、魔刃の少女へと何を齎すだろうか。
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「ユカリ、無理してないクー?」
「ふっ! 何がだ?」
リリカの初陣、アラクネとの戦いから数日が経った。弓狩は日課である素振りの最中だ。道場と母屋の間、綺麗に整えられた中庭が彼女の素振りの場だ。道着姿の彼女が木刀を振る度、汗の珠が飛ぶ。道場からは稽古中の門下生達の声が響いている。
「最近は危なげなく勝ってるとはいえ、戦いが危険の連続であることは間違いないクー。だからこう、精神的にしんどいとか、もうやめたいとか、そういうことはないクー?」
「ふっ! ふっ! うーむ、全く無いな! 寧ろ充実しているくらいだぞ。明確な大義と使命があるというのは素晴らしいことだ!」
弓狩は素振りをしつつあっけらかんとした様子で答える。
「そ、それならいいんだけどクー。ただくれぐれも無茶はしないでクー。ユカリはすぐ突っ込んでいくから心配クー」
「ふっ! ふっ! お前も心配性だな久の字。今まで何とかなってきたではないか。それに正義は我にあり、だ。正義は負けん」
「いやいや……それで勝てたら苦労はないクー。後いい加減名前ちゃんと呼んでクー」
「ふう……そういう気概で当たれば、ということだ」
一時手を止め、クーへと向き直る。
「それにほら、こないだ新しく魔法少女が生まれたクー。あの子と協力すればもっと安全で確実に勝てるクー」
「あの南蛮娘か……まあ手を組むのに吝かではないが、一々足並みを揃えている間に被害が出るとも限るまい。敵は待ってはくれんからな。兵は拙速を貴ぶと言うだろう。」
「その言葉は知らないけど、言いたいことは分かるクー。でもクーとしてはもっと慎重さがあってもいいと思うんだけどクー」
「まあその心遣いは有難く受け取っておこう」
「できればちゃんと行動にも表してほしいクー……」
暖簾に腕押し、クーには弓狩の頑固さを曲げる事は難しそうだ。
弓狩は強い。追い詰められたこともあったがこれまで連戦連勝、強力な魔物相手でも易々と負ける事はないだろう。だが彼女の猪突猛進な気質は何とも危うい。なまじ勝ち続けているためにそれを翻させる事は至難だ。それが何か致命的な結果に繋がらなければいいのだが、とクーは心配していた。
「マモノガキテルヨーマモノガキテルヨー」
聞きなれ始めた奇妙な声、魔法レーダーが反応している。
「また出たか!」
「みたいだクー。ユカリ、何度も言うけど無茶は……」
「行くぞ。案内しろ久次郎」
「……もしかしてわざと間違ってるクー?」
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「……なんだあの……寒天みたいなものは?」
「あれは『スライム』クー! ユカリ、戦うのはちょっと待つクー。あれはユカリとは相性が……」
反応を追って着いたのは河川敷、二人の視線の先には大きな半透明のゼリーのような物体が鎮座している。中に弓狩がすっぽり入りそうな大きさだ。
「おい、そこの……水饅頭! 大人しくしていろ! 今すぐ成敗してくれる!」
「ちょっとー!」
いつものことではあるが人の話を聞かず、威勢よく啖呵を切る弓狩。聴覚があるかは定かではないが、スライムもこちらに気付いた様子でふるふると揺れている。
「我は魔を狩る魔の刃、夜闇を払う剣なり! ――変身!」
変身道具――朝景から発せられる光が弓狩を包み込み、魔法の装束となって結実する。
「魔法少女・魔侍狩弓狩……推参!」
「もー! ユカリ! 捕まらないように慎重に戦うクー!」
「ああ!」
機先を制しようと踏み込む弓狩へ、スライムの粘液状の体の一部が伸ばされる。
「くっ! やぁ!」
勢い良く繰り出される粘液の触腕を躱し、逆に伸ばされたそれを斬り飛ばす。
「……? 何だ?」
だが切り離された粘液は地面を這いずるようにして動き、本体と合流し元通りに戻ってしまう。弓狩を嘲笑うかのようにスライムは体を震わせている。
「小癪な……」
しなる触腕が鞭のように迫る。真っ向から迎え撃ち、両断するも結果は変わらない。また元に戻るだけだ。
「何なのだ、こいつは!」
「見ての通り、物理攻撃はほとんど意味がないクー。倒すには中央に見える核を壊さないとクー」
「あのリンゴみたいな物か。よし!」
スライムの透けた体の丁度中心あたりに赤い球体が見える。そこが弱点らしい。
再びスライムに向かって駆け出す。迎撃しようとスライムが粘液を突き出してくる。今度は二本、触腕が迫る。
「その程度!」
二本同時とはいえ動きは直線的だ。鋭く斜めに踏み込み二本の粘液の槍をやり過ごし、肉薄する。
「奮ッ!」
上段より勢い良く朝景を振り下ろす。ぞぶり、と何とも言えない手応えが返ってくる。
「ぐ……この!」
核を狙った刃はスライムの体の半ばで止まってしまっていた。単なる粘液とは思えない圧力が、迫る刃をギリギリで食い止めているのだ。
「がっ!」
動きが止まった一瞬、至近距離から拳のように粘液が飛び、弓狩の腹部へ打ち付けられた。突然襲った衝撃に、たまらず距離を取る。
「げほっ! 駄目か……!」
「ユカリ!」
幸い、粘液の打撃はそこまでの威力は無い。しかし、切り刻んでも力を籠めた一撃でも倒せないとなればどうするか。
「なら……これはどうだ」
目を閉じ、集中。魔力を練り上げる。
「散るは花びら、散るは命……魔導剣! 『桜花』!!」
呪文と共に解放すると、全身に練り上げられた魔力が充溢する。
「今度こそ!」
三度、突撃する。スライムも弓狩の魔力の高まりから危機を感じたか、先程よりも激しく攻め立てる。槍のように、鞭のように、弾丸のように、矢継ぎ早に粘液による攻撃が弓狩へと殺到する。
「はああっ!」
だが弓狩はその全てを打ち払い、斬り飛ばす。その間も足は止まらない。全身を巡る魔力が肉体を賦活し、通常時を遥かに上回る速さを発揮させているのだ。勢いを殺さず前進し、再びスライムの本体を刃の圏内に捉えた。
「おおおおおお!!」
袈裟切り、逆袈裟、突きからの掻っ捌き、怒涛の勢いで斬撃がスライムを襲う。反撃しようにも伸ばしたそばから粘液が斬り飛ばされる。
「まだまだぁ!!」
一太刀一太刀が徐々にスライムの体積を削っていく。凄まじい勢いに押され、再生もままならない。
「――取った!」
硬い手応え。薄まった粘液の防御を掻い潜り、遂に刃が核を断ち割った。ばしゃり、という水音と共にスライムの体が液状に分解され、割られた核が燃え上がった。
「はあ……はあ……」
「まさか力押しで倒すなんて……無茶しすぎクー!」
「ああ、流石に無茶だったかもしれんな。大分消耗した……」
刃の攻撃を物ともしない粘液の怪物を何とか倒し、気を緩める弓狩。だが、まだ。
「マモノガキテルヨーマモノガキテルヨー」
「え!? ……ユカリ! まだ魔物が居るクー!」
「何!?」
クーのス・マホーから警告が響く。
「川の中クー!」
水を掻き分け、川の中から更にスライムが現れた。しかも今度は三体。
「くそっ……!」
疲れた体に気合を入れ直し、新たに現れたスライムと対峙する。
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「ぐあっ! はあ……はあ……まだ……こんなもので!」
触腕が弓狩を打ち据える。三体のスライムから次々に繰り出される攻撃。一、二度は回避出来ても隙を埋めるように別の個体からの攻撃が飛んでくる。苦し紛れの反撃が触腕を斬り飛ばすも、当然すぐに再生されてしまう。
「ユカリ! もう無理クー! 逃げるクー!」
「何を言うか……背中の傷は……武士の恥よ!」
「そんなこと言ってる場合じゃないクー!」
消耗し、傷付き追い詰められても未だに弓狩の闘志は衰えない。しかし、このままでは打開のしようがない。生半可な攻撃は通用せず、大技を使おうにも先程とは違って複数を同時に相手にしている以上その隙も無い。その上先の一体との戦闘で消耗し、動きに精彩を欠いた状態だ。
「来るか!」
三体のスライムから数え切れない程の粘液の波状攻撃が迫る。
「ぬ……鬱陶しい!」
回避、回避、回避。只管躱し続けるが、気が付くと腕に一本、触腕が巻き付いている。弓狩は力任せにこれを振り払う。
「くっ! 離せ!」
だが、一本を振り払っても腕に、脚に、次々に粘液が纏わりつく。
「ぐ……」
両手、両脚、胴、首、そこら中に無数の触腕が絡みつき、全身を締め上げる。一本一本はさしたる力はないが、これだけ大量になると話は別だ。最早振り払うことも出来ない。このままでは絞め殺されてしまう。
「ユ、ユカリ!」
「……あ……う……」
万事休すか。段々意識が遠のき始める。こんなところで終われるものか、と最後の力を振り絞ろうとしたその刹那。
「モード『シルフ』! 『ゲイルストーム』!」
突如として激しい突風が吹き荒れ、弓狩に纏わりつくスライム達を根こそぎ吹き飛ばす。
「がはっ! げほっ! はあ……はあ……」
すんでのところで解放され、呼吸が戻ってくる。
「あーっはっはっはっは! 無様! 無様ね本条弓狩! あんな弱っちそうなゼリーみたいなの相手に……ってちょっと! あんたほんとにボロボロじゃないの!」
突風の魔法を放ち弓狩を助けたのはもう一人の魔法少女、リリカだ。現れて早々、笑ったり心配したり何とも忙しない。
「ふう……お前……」
「リリちゃーん、遊んでる場合じゃないですミン。スライムはまだ生きてますミン」
「おっと、そうだったわね。ティターニア! モード『サラマンダー』! 『ドラゴンブレス』!!」
構えられたティターニアが緑から赤へと輝きを変え、砲口から燃え滾る業火が噴き上がった。千々に乱れた体を再生させようとするスライムを炎の舌が舐り上げ、粘液ごと一息に核までをも焼き尽くす。
「もう一匹ぃ!」
一体を始末し、隣のもう一体へと砲口を巡らせる。再生しつつあったスライムを炎が呑み込んだ。じゅうじゅうと液体が蒸発する激しい音と共にスライムは紅蓮の中に消える。
「っと、終わっちゃったか」
二体を焼き払ったところで火炎の放出が止まる。どうやら延々と放ち続けられる物ではないらしい。
「あ、コラ待て!」
不利と見たか、最後の一体が川の中へと逃げ込んだ。これでは炎の魔法も届かない。
「あーもう、めんどくさいわね!」
地団駄を踏むリリカ。
「おい、南蛮娘。あいつをあそこから引き摺り出せ。止めは私が刺す」
何とか呼吸を整えた弓狩がリリカへ上から目線でお願い……というか命令する。
「な、なんで私があんたの言う事を聞かなきゃならないのよ! ていうか南蛮って何よ!」
当然リリカは憤慨し、拒否する。
「ごめんクー。でもここは協力してあげてほしいクー」
「そうですミン、リリちゃん。困った時はお互い様ミン」
「……全く! 分かったわよ! やればいいんでしょやれば! その代わりヘマしたら許さないからね!」
「無論だ」
妖精達に宥められ、不承不承提案を認めるリリカ。
「ティターニア! モード『ノーム』! 『グランドインパクト』!」
今度は赤から黄へと光を変えたティターニアを地面へと向け、土の魔力を撃ち込む。魔力は地面を走り水中のスライムの足元へと到達、凄まじい勢いで川底の地面が隆起する。大きな水音を伴い突き上げられた岩盤がスライムを天に打ち上げた。
「行きなさい!」
「応!」
宙の目標目掛け、弓狩が跳ぶ。
「疾ッ!」
衝撃によって体液のほとんどを吹き飛ばされ、空中で為す術も無いスライムは呆気なく核を両断された。
二つに斬られた核は川面へと落下し、水中で燃え上がって消滅する。
思いがけぬ窮地もリリカの救援で何とか事なきを得、全ての魔物の討滅に成功した。
「今回は……かなり苦戦したな。三途の川が見えたぞ」
自身も水中へ落ちた弓狩が覚束ない足取りで岸へと上がってくる。
「ふっふっふ、私が! この私が居なかったら危なかったわね!」
「お見事! 大活躍だったですミン、リリちゃん」
リリカは得意満面な様子で踏ん反り返る。見事に前回の雪辱を晴らし、弓狩への借りを返す形になったのだから当然だろう。
「そうだな。貴様が居なかったら危ないところだった。礼を言う」
「えっ……そ、そうよ! もっと私に感謝しなさい! 本条弓狩!」
存外素直に礼を述べられ、赤面するリリカ。余り率直な賛辞には慣れていないようだ。
「ああ、助かったぞ。笹川」
「……こんの馬鹿侍!! 笹山だって言ってるでしょ! さ・さ・や・ま・リ・リ・カ!!」
「ああもう、大声を出すな。疲れているんだ」
「これを機に少しはユカリも自重してくれるといいんだけど……クー」
「クーも色々苦労してるみたいですミンね。まあなんとかなりますミン」
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二人の少女、二人の勝利。二人の力が闇を払う。それでも迫るなお深き闇。




