二幕
戦いは弓狩の圧勝で終わり、リリカに気付くことなく既に立ち去っていた。受け入れがたいものを見たリリカは未だに混乱の只中だ。
「ちょっといいですミン? そこのお嬢さん」
「だ、誰!?」
一人考え込むリリカに声がかけられる。慌てて辺りへ視線を巡らすと、すぐ近くに桃色のぬいぐるみのようなものが浮かんでいる。
「ごきげんようミン」
「ひゃああああ!」
思わず奇声を上げてしまうリリカ。想定外の事態の連続でもう彼女の精神は爆発寸前だ。
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場所を変え、リリカの自宅。邸宅と言える大きさの立派な家だ。何とか立ち直ったリリカへ、タミンと名乗るぬいぐるみ、もとい妖精が話があると言うのでひとまず自室へと連れて来たのだ。
「お嬢さんはリリカって言うミンね。それじゃあリリちゃんって呼んでいいですミン?」
「まあ、いいけど……それより本題に入ってくれる?」
リリカはマイペースな調子のタミンに話の先を促す。
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「――と、そういうわけなのですミン」
「ふーん……つまりさっき見た変なのがその魔物で本条弓狩はそれと戦ってるってことなんだ」
「そうですミン。さっきの子は別の妖精と会って魔法少女になったみたいですミンね」
タミンが語った内容、魔物の侵略とこの世界の危機、そして魔法少女。俄かには信じがたい話だが既に実物を見てしまった以上疑う余地はない。
「それでリリちゃん、魔法少女になってくれますミン?」
「…………なるわ」
少しだけ考えてからリリカは答える。
「ほんとミン? 多分すっごく大変ですミン。すっごくいったい思いとかするかもしれないですミン」
「うっ……な、なるわよ!」
「大変だって分かってても魔法少女になってくれるなんて、リリちゃんは偉いですミンね。もっと怖がったり嫌がったりされると思ってましたミン」
タミンは感心した様子でリリカの決断を褒め称える。
「ま、まあね!」
(正義の味方なんておいしそうな立場、あいつにだけ独占させてなんておくもんですか!)
だが本人の心中は滅私の心ではなく弓狩への対抗心や正義の味方というこの上なく特別な存在になれるという事への興奮で大半が占められていた。
「それじゃあこれを、クリスタルを受け取ってミン」
タミンは虹色に輝く宝石、クリスタルをどこからか取り出す。
「これがあれば魔法が使えるの? ……ひゃっ!」
リリカの手に渡ったクリスタルが強い光を放つ。
「それを握って呪文を唱えればいいですミン。それじゃあタミンに続いて呪文を唱えてミン。クリスタルさんクリスタルさん、すてきなすてきなまほうのちからをかしてくーださい!ミン」
「なんか恥ずかしい呪文ね……んんっ! クリスタルさんクリスタルさん、すてきなすてきなまほうのちからをかしてくーださい!ミン」
「あ、ミンは要らないですミン」
「ぐっ……! クリスタルさんクリスタルさん、すてきなすてきなまほうのちからをかしてくーださい!!」
呪文を叫んだ瞬間、クリスタルから更に強い光が放たれる。
「ちょっと! 大丈夫なのこれ!」
「大丈夫ミン、多分」
やがて光が急激に収まったかと思うと、クリスタルは小さな光の粒子となって宙を舞い、リリカの首から下がっていたロザリオへと吸い込まれていく。
「お、終わった……? 消えちゃったけど……」
「良かったー。成功ですミン。これでリリちゃんは晴れて魔法少女ですミン」
「え? なんか、特に変わった感じしないんだけど……」
「うーん、それじゃあちょっと練習してみようミン」
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リリカの自宅の敷地内、裏庭へと移動する。まだ家人は帰ってきておらず、ここなら人目は無い。
「変身の仕方や魔法の使い方は変身道具……そのペンダントに念じれば分かりますミン」
「――ほんとだ。自然と頭に入ってくる……」
ロザリオを握りこみ、静かに念じる。頭に浮かび上がってくる呪文、変身の呪文だ。
「力を!誰にも負けない力を私に!――変身!」
手の中のロザリオから光が溢れ出し、リリカの体を包み込む。徐々に収まる光の中から魔法少女としての衣装を纏ったリリカが現れる。真っ赤なエプロンドレスのような服だ。何故かスカートは短いが。
「魔法少女・リリカルリリカ!参上!」
更に手の中に納まるサイズだったロザリオは両手で抱えるほどの大きさの筒状の物体になっていた。所謂ロケットランチャーのような武器だ。上部には名残のように十字の模様、後部には透き通った翅のようなパーツが配されている。
「うわ、なにこれ重! ……くないわね」
とてもリリカの体格で持ち歩けそうには見えない大筒だが魔法の力か重さはあまり感じない。
「すごーい、リリちゃんかっこいいですミン」
「そ、そう? ……ていうかスカート短くない?」
「可愛いですミンよ?」
「まあ可愛いけどさ……」
初めての変身に一喜一憂する二人。
「何はともあれこれで私も正義の味方ね! 学校中、いえ町中の人気と視線を独り占めに……!」
「えー、それは無理ですミン」
「何でよ!」
「だってリリちゃんの事や魔物の事が知れ渡ったらもう大騒ぎですミン。国の人とか報道の人が押し寄せてわやくちゃにされちゃうミン」
「それは……困るわね」
「だからなるべく正体は秘密にしてほしいですミン」
「分かったわよ……」
渋々了承するリリカ、と。
「マモノガキテルヨーマモノガキテルヨー」
「ひえぇ! な、なに!?」
奇妙な音声が響き渡る。
「あー、まずいですミン。魔物が出たみたいですミン」
「え、嘘! どこ!?」
「えっとー、ここから東の方ですミン」
またもやどこからか携帯端末を取り出し、それを覗き込みながら答えるタミン。
「どうしますミン? まだちゃんと練習してないし、もう一人の子に任せても……」
「ダメよ! あいつに任せるなんて! 行くわ!」
「やる気いっぱいで頼もしいですミン。それじゃ行くミン」
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タミンの指示どおり移動し、辿り着いた場所には倉庫が並んでいる。廃墟だろうか、現在は使われていないようだ。
「どこかしら……」
「あっ! いましたミン!」
そこには二体の蜘蛛らしき生物がいる。蜘蛛と言ってもサイズは人間大で顔は獣のようという異様な風体だ。
「キ、キモっ。あれと戦うのかあ……」
「『アラクネ』ですミン。先手必勝ですミン。リリちゃん、行けるミン?」
距離があり、アラクネはまだこちらには気づいていない様子だ。
「――大丈夫。『ティターニア』が戦い方を教えてくれる」
ティターニア。彼女が手にする大筒の名前だ。
「ティターニア! モード『ノーム』!」
彼女の声に応えるように大筒の翅が黄色い光を発する。
「『ランサーショット』!」
ようやくアラクネがリリカに気付くがもう遅い。砲身が唸りを上げ、土の魔力が解放される。
「ぎ……!」
宙を突き進む魔力は大きな岩の槍と化し、アラクネを深々と貫いた。串刺しにされた蜘蛛の体は炎を上げあっという間に燃え尽きる。
「や、やった!」
「すごーいですミン! ……あっ! もう一体が!」
難を逃れたもう一体のアラクネがリリカに背を向け、近くの倉庫の中へと逃げ込んだ。
「逃がさないわよ!」
すぐさま後を追いリリカも中へと駆け込む。
「覚悟しなさい!」
既に相手は袋の鼠だ。アラクネに向かってティターニアを構える。
「……リリちゃん! 上! 上ミン!」
「上? 何?」
タミンの言葉に釣られて頭上を見上げる。薄暗い闇の中、天井で蠢く無数の何か――アラクネだ。大量のアラクネが逆さに張り付いたまま不気味に光る目でこちらを見下ろしている。
「ひっ……!」
リリカの姿を認めた蜘蛛達が次々と降り立つ。袋小路に追い詰めたはずが形勢は完全に逆転した。
「ぎちぎち」
「ぎぎぎ」
「ぎりり」
擦過音のような気色の悪い鳴き声を響かせながら蜘蛛の群れがにじり寄る。
「ひゃああああ! ティ、ティターニア! モード『サラマンダー』! 『エクスプロード』!!」
「あっ、リリちゃんダメですミン。その魔法は……」
パニックに陥ったリリカが咄嗟に魔法を発動する。ティターニアの光が黄から赤へと変わり、砲口から凝縮された炎の魔力が撃ち出される。
「ぎぃ!」
迫り来る群れの先頭、飛来する魔力にたじろぐアラクネに火球が着弾すると同時に激しい爆発を起こす。倉庫の薄闇を爆炎が赤く染め上げ、断末魔を上げる間も与えずアラクネ達を焼き払い、消し飛ばす。
「ちょっ、きゃああ!」
だが、リリカ自身にも爆風が襲い掛かる。爆炎の魔法を使うには距離が近すぎたのだ。咄嗟にティターニアを盾にするものの大きく吹き飛ばされ、倉庫の外へ弾き出されてしまう。
「リリちゃん! 大丈夫ですミン?」
「うぅ……痛い……だいじょぶじゃない……」
倒れこむリリカにタミンが声をかける。熱によるダメージは然程では無いが、全身を強く打ち付け体が動かない。
「ぎち……」
「ぎぎ」
倉庫からアラクネが次々と現れる。先程の一撃で全てを倒し切れてはいなかったようだ。
「リ、リリちゃん! まずいですミン! 起きてミン!」
「そんなこと……言われても……」
敵がそこまで迫っている。だが、体が重い。
三、四、五、都合五体ものアラクネ。傷ついた体で対抗できる相手ではない。最早ここまでか、やはり軽はずみにこんなことを引き受けるべきではなかったのか、と後悔の念が湧いてくる。
「そこまでだ!!!」
朗々とした声が響き渡る。聞き覚えのある声、リリカの嫌いなあの……。
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「本条、弓狩……」
「醜悪な牛鬼共、その娘から離れろ! さもなくば、この朝景の錆にしてくれるぞ!」
絶体絶命と思われた窮地、颯爽と現れた弓狩が脅しの口上を述べる、が。
「ぎぎぎ?」
「ユカリ、多分言って聞く相手じゃないクー……」
当然脅しが効く相手ではない。そもそも人語が理解出来るかも怪しいところだ。
「ええい、分かっている! ……我は魔を狩る魔の刃、夜闇を払う剣なり! ――変身!」
変身の呪文。光と共に、弓狩が戦装束へと姿を変える。
「魔法少女・魔侍狩弓狩……義によって助太刀致す!」
五体の蜘蛛は弓狩を新たな脅威とみなし、そちらへ注意を向ける。
「ふっ!」
大きく跳躍する弓狩。
「りゃあ!」
「ぎ!」
跳躍の勢いのまま、手前の一体の背へと刃を突き立てる。
「奮ッ!」
「ぎぐ……」
突き立てた刃を跳ね上げ、蜘蛛の背から尻までを一息に掻っ捌く。力を失い倒れる蜘蛛の背から離れ、地へと戻る。体を大きく割かれたアラクネはびくびくと痙攣しながら燃え上がり、灰となった。
「まず一つ!」
「はー、鮮やかですミンねー」
「まあ確かに凄いクー……あっ! よく見たらタミンだクー! 無事だったクー!?」
「あの子にクリスタルをあげたのはクーだったミンね。元気そうでよかったミン」
二人(二匹?)はどうやら旧知の仲のようだ。そんな妖精達に構うことなく、弓狩は次々とアラクネを捌いていく。
「ぎ!」
「ぎち!」
硬い外骨格に覆われた節足が槍のように突き出され、また別の個体の獣の頭が牙を剥いて襲い掛かる。
「温いな、破ァ!」
だが弓狩は脚の一撃を刀で防ぎ、牙を紙一重で躱すと、反撃の刃を返す。
「ぎり……」
「ぎ……」
弓狩が刀を振るう度、蜘蛛の脚が砕け、首が跳ね飛び、紫の鮮血が撒き散らされる。
「これで三つ」
「ぎゅぐ!」
脚を砕かれ悶えるアラクネの頭を貫き、残る二体へと視線を向ける。
「ぎちち」
「ぎぎ……」
鬼神の如き戦いぶりに感情など無い様に見えるアラクネ達が怯え、竦む。
「臆したか。ならば一思いに終わらせてやる」
刀を構えなおし、精神を集中させる。
「水面に映るは天の月、地に現るは刃の月……魔導剣! 『水月』!!」
魔力を籠められ、薄く光を纏う刀が大きく弧を描く。
「ぎう……」
「ぐぎ……」
水平に振りぬかれた朝景が二体の蜘蛛をまとめて両断する。四つに分かたれた蜘蛛の体が青白く燃え上がり、全ての蜘蛛が灰と消えた。
「ふう……こんなものか」
「今回もなんとか無事だったクー。よかったクー」
「お見事ですミーン」
「何、この程度の相手造作も無い」
「本条弓狩……よりによってあんたに助けられるなんて……」
多少は回復したようだ。リリカが立ち上がり、弓狩へ話しかける。
「うん? お前は……えー……」
「あ、あんたまさか、私の名前覚えてないの!?」
これまでリリカは何度か弓狩に突っかかっていった事がある。当然名前も知っているはずだ、が。
「いや待て、大丈夫だ。覚えているぞ。えっと……熊笹!」
「笹山よ! 笹山リリカ!!」
「うるさい奴だな。大声を出すな」
「二人は仲良しなんですミンね」
「どこがクー……」
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新たな妖精、新たな戦士。それが呼び込むは新たな敵か。




