三幕
石の扉が独りでに開き、闇に閉ざされていた遺跡の内部に光が差し込んだ。
「う……」
ひんやりとした感触が頬に伝わる。どうやら床に倒れこんでいたようだ。試練の空間ではなく、既に魔法界の遺跡内部へ戻ってきている。
「ユカリー!」
外からクーが呼ぶ声がする。
「戻ってきたのか……」
どうにも頭がはっきりとしない。自らの頬を両手で張り、気合を入れる。
「無事でほんとによかったクー!」
「ああ、中々苦労させられたがな」
「戻ってきて早々悪いけど、タミンから連絡があったクー。人間界に魔物が来たって」
命からがら、と言うべきか、何とか試練を乗り越えて戻ってきた途端に次の危機。感慨に耽り一息つく暇も無い。
「そうか。ならさっさと向こうへ戻らなければな」
「でも、試練を終えたばかりで体は大丈夫クー? あれから二日も経ってるクー」
「二日だと? 全く、試練とやらは本当に訳の分からない事ばかりだな……」
改めて、自分の状態を確認する。丸二日もの間ずっと試練をしていた事になるが体は健康そのもの、寧ろ調子は良いくらいだ。そして、握った朝景に意識をやると以前とは違う力を確かに感じる。
「よく分からんが、兎に角私の体は大丈夫だ。戻るぞ、久の字」
「分かったクー。それじゃゲートを開くクー」
倒せる。例え四天王が再び現れたとしても、この力があれば。
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反応があったのはリリカがいた山の別の場所だ。開発の途中か何かだったのだろうか。作業用に未舗装の道が通り、木々が伐採され山の一部が大きく開けている。開けた空間の片側は山肌が削られ絶壁になっている。そして、そこかしこには大きな岩がごろごろと転がっていた。
「うっ……やっぱり!」
リリカの視線の先には、もう一度見たかったが見たくなかった顔が二つ。ヴァンパイアとデュラハンだ。
「リリちゃん……」
「もう向こうもこっちに気付いてる。今更逃げられないでしょうね」
リリカは堂々と、魔物達の前に出る。
「今晩は、お嬢さん。またお会いしましたね。
「そうね、出来れば二度と会いたくなかったんだけどね」
「……今日は、お一人ですか?」
「あんたらなんて、私一人で十分よ」
「これは手厳しい。ですがこちらも、もう失敗は出来ないのです。今度こそ、お覚悟を」
デュラハンが無言で剣を構え、ヴァンパイアから殺気が伝わる。
「覚悟するのはそっちよ! モード『サラマンダー』! 『エクスプロード』!」
先手必勝、リリカがティターニアから火球を撃ち出した。二体の魔物はそれを避けるように後ろへ下がる。
「馬鹿ね、そんな避け方じゃ……え!?」
突然、魔物の後方にに転がっていた巨岩の一つが動いた。
二体を庇う様に前へ出た巨岩へ、火球が着弾、炸裂する。爆風が晴れると、そこに立っていたのは四メートルはあろうかという大きさの岩の巨人だ。その大きな岩の手で爆発を受け止めたのだろう、表面が黒く焼け焦げている。
「な、な、なにこれ!?」
「紹介しましょう。彼は四天王が一、『ゴーレム』です」
ゴーレム、と呼ばれた巨人の頭部と思しき場所には、一つ目の様に赤い石が嵌っており、無機質なそれがこちらを見下ろしている。
「こ、こんな大きな岩の塊が魔物!?」
「我ら四天王三人を相手に、勝ち目はありませんよ」
「覚悟シロ」
二体でさえ逃げるのがやっとだったというのに、それが三体。正に絶体絶命の窮地だ。ヴァンパイアとデュラハンが、同時に突っ込んで来る。
まずい。
「さ、流石に不利すぎるわよ!」
慌てて後退するリリカ。
「逃がしませんよ!」
当然、敵は追い縋ってくる。リリカではとても振り払える速さではない、が。
「ム! 避ケロ!」
ヴァンパイアの一歩後ろに着いていたデュラハンが叫んだかと思うと、轟音と共に地面が震える。辺りに土煙が舞い上がり、小石が飛び散った。
「ひゃあああ!」
「うっ!」
ゴーレムがリリカ目掛けて巨大な拳を振り下ろしたのだ。
だが拳はリリカには当たらず、それどころかリリカに肉迫しようとしていたヴァンパイアを巻き込みそうになる。
「気を付けてくださいよ! そんなものを食らったら私だってただじゃ済みませんからね」
ゴーレムは言葉の意味が分かっているのかいないのか、じっとヴァンパイアの方を見つめている。どうやら彼はあまり知能が高くない様だ。
「なんか、チームワークはガタガタみたいね……」
「リリちゃん! 距離を取って身を守る事を優先しながら戦うですミン!」
「分かってる! もう一発、『エクスプロード』!」
敵の混乱に乗じ、更に火球をお見舞いする。
「くっ!」
ヴァンパイアは咄嗟にゴーレムの陰に隠れる。エクスプロードではゴーレムを破壊する事は出来ないが、広がる爆炎を牽制にして距離を稼ぐ。
「ヌオオ!」
しかし、デュラハンがまだ収まりきらない炎の中を突っ切ってくる。
「モード『ノーム』! 『グランドウェイブ』!」
「グゥ!」
地面が捲れ上がり、土の波濤がデュラハンを押し戻す。
「キィィ!」
「キー!」
なんとかデュラハンを後退させるが、今度は空からヴァンパイアが変化した蝙蝠が迫る。
「もう、鬱陶しい! モード『シルフ』! 『ゲイルストーム』!」
激しい突風が蝙蝠を吹き飛ばした。次々襲い来る敵をなんとか捌いてはいるが、牽制ばかりで思う様に打撃を与えられない。
「ふう……兎に角、足を止めないようにしなきゃ……」
気を抜いた瞬間、眼前に大岩が降ってくる。
「きゃあああ!」
ゴーレムの拳が勢い良く地面に叩きつけられる。直撃はしなかったものの、凄まじい衝撃と飛び散る石の破片がリリカを襲い、無様に地に転がされてしまう。
「げっほ……や、やっぱり三対一は無理かしら……」
ゴーレムがゆっくりとした動作で拳を持ち上げ、その後ろからデュラハンとヴァンパイアが近づいてくる。分かり切っていた事だが、余りに不利な状況だ。
「中々頑張りますねえ。ですが、何時までそうやって逃げ回れますかね?」
「う、うるさいわね! まだまだ、これからよ!」
口ではそう言うが、状況を打開する方法は見当たらない。結局、手も足も出せずに負けてしまうのだろうか?
「待たせたな!!!」
リリカの心が萎えかけたその時、待ち望んだ声が響いた。切り立った断崖の上に、月光を背に立つ影。試練を終え、弓狩が帰って来たのだ。
「以前は不覚を取ったが、今度はそうはいかんぞ。怪異共! 我は魔を狩る魔の刃、夜闇を払う剣なり! ――変身!」
変身の呪文と共に、弓狩が地を蹴る。宙に舞う彼女の体を光が包み込んだ。
「魔法少女・魔侍狩弓狩……今宵こそ、雪辱晴らさん!」
光が晴れるとリリカと魔物達の間に立ちはだかる様に、魔法少女の姿へ変わった弓狩が現れる。
「おっそいわよ! 弓狩!」
「すまん、少し手間取ってな」
弓狩と再会し、リリカにも威勢が戻って来た。
「ふむ、今更二人になったところで我らの優位は変わらないと思いますがね」
「――今度ハ、逃ガサンゾ」
魔物達も、新たな獲物に対して戦意を滾らせる。ここからまた仕切り直しだ。
「リリカ、私は抜け首と蝙蝠男を始末する。向こうのでかい岩人形の相手は頼むぞ」
「ええ! って、あんた一人で二匹倒すの!?」
「ああ、任せろ。お前の分まで存分に意趣を返してやる」
弓狩が自信満々に、というよりは淡々と二体の魔物を倒すと宣言する。
「……舐められたものですね。どういうつもりか分かりませんが、付き合ってあげましょう」
「後悔スルガイイ」
一度は勝利した相手に侮られ、怒りを湛えながら弓狩の誘いに応じる二体。
「安心しろ。すぐに目に物見せてくれる。来い!」
弓狩がヴァンパイアとデュラハンを引き付け、リリカから離れていく。戦いの第二幕が上がる。
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「さて、さっさと貴女を捻り潰して、もう一人のお嬢さんも片付けてしまいましょうか」
「言っただろう。死ぬのは貴様らだ」
「愚カナ……」
「愚かかどうかはこれを見てから決めるがいい」
手の中の朝景に、意識を集中する。試練を超え、手に入れた新たな力――それを行使する為の呪文が脳裏に浮かぶ。
「更なる魔道を往かんが為に、纏うは銀の月明かり――装身!」
刀を眼前に掲げ、唱えたのは二つ目の変身の呪文。朝景から光が溢れ出し、弓狩の体を覆う。光が結実し、現れたのは衣装ではない。
それは、甲冑だ。デュラハンの様な西洋甲冑とは違い、日本の甲冑の意匠に近い。ただ、一揃えではなく弓狩の体の各部をばらばらに覆っている様な状態だ。銀色に鈍く光る装甲を、青い糸で飾った鎧。肘から先、膝から下、肩、胸、腰には装甲があるが二の腕、太腿、腹等は素肌と元の衣装が露出している。兜は無いが、顔の輪郭を守るヘッドギアの様な形の面頬が覆っている。
「魔法少女・魔侍狩弓狩・武者姿……さあ、死合おうか」
魔法少女の衣装から更に姿を変えた弓狩が、朝景を正眼に構えなおし魔物に宣戦を布告した。増大した弓狩の魔力が、強烈な威圧感となって魔物達を圧倒する。
「コレハ……!」
敵にもはっきりと伝わる。先程までの弓狩とはまるで違う。二対一でも油断出来る相手ではない、と。
「しかし! 我らとて四天王を名乗る者、そう易々と!」
「ウオォ!」
二体の魔物が同時に飛び込んで来た。振り下ろされる大剣と真っ直ぐ伸びてくる拳の挟み撃ち。
「うっ……」
「グ!」
しかし、弓狩はそれを難無く防いだ。左手で握った刀で大剣を受け止め、右手は拳を正面から止めている。かつてはデュラハンの剣を受け止めるのに精一杯だったが、今は片手の力だけで持ち堪えている。
「ぐおぉ!」
篭手に包まれた弓狩の手が、ヴァンパイアの拳を握り潰す。骨が砕けるくぐもった嫌な音が響き、僅かに紫色の血液が滴り落ちる。
堪らずヴァンパイアが無数の蝙蝠に変化して後退した。
「ヌア!」
デュラハンが渾身の力を籠めても弓狩の刀はびくともしない。逆に弓狩が一息に大剣を押し返す。
「魔導無刀! 『剛箭』!!」
剣を返され開いたデュラハンの体に、魔力の光を纏った強烈な拳が炸裂する。
「ゴオォ!!」
衝撃がデュラハンの体を大きく吹き飛ばした。激しく地面を転がったデュラハンは岩肌に激突し、漸く止まる。相手を怯ませる程度だった以前と比べ、拳の威力も段違いに上がっている。
「ふん!」
何時の間にか、弓狩の背後に現れていたヴァンパイアが彼女の頭目掛けて蹴りを放つ。しかし、弓狩はそれを分かっていたかの様に身を屈め、躱した。
「疾ッ!」
「ぎゃああぁ!」
そして振り向き様、下段から振り上げられた刃が蹴りを放ち伸びきったヴァンパイアの脚を半ばから切断する。バランスを失い、ヴァンパイアが地に転がった。
「さあ止めを……む!」
「キイ!」
「キキー!」
追撃を加えようとしたその時、ヴァンパイアがまた蝙蝠へと変化した。少し離れた所で、蝙蝠が集まり元の姿へと戻る。
「い、今のは、中々効きましたよ……!」
怒りと苦痛に満ちた声でヴァンパイアが言う。見ると、切断された脚が元に戻っている。どうやら切り落とされた部位も蝙蝠となり、集合する際に再生した様だ。
「便利な体だな。――なら、もっと細かく切り刻んだらどうなるのだ?」
弓狩の魔力が、更に高まっていく。
「散るは花びら、散るは命……」
「ま、まずい!」
危機を察したヴァンパイアが、蝙蝠となって逃げようとする。
「魔導剣! 『桜花』!!」
だが、遅い。散開しようとする蝙蝠の群れを、神速の連撃が襲う。目にも止まらぬ速さで繰り出される剣閃が、月の光を受けながら夜闇に無数の銀の筋を刻んだ。鎧を纏って重さが増している筈が、速さまでもが大幅に強化されている。
余りにも凄まじい刃の嵐から逃げる事も出来ず全ての蝙蝠が両断され、ぼとぼとと地に落ちながら燃え尽きた。これにて弓狩は見事にリリカの屈辱を晴らして見せたのだ。
「貴様ァァ!!」
弓狩の拳打を受け吹き飛ばされていたデュラハンが立ち直り、怒りの声を上げながら突進してくる。その胴は拳の形に大きく凹んでいた。
「思い切り入った筈だが、まだまだ元気な様だな。――奮ッ!」
何を思ったか、こちらへ向かってくるデュラハンに対して弓狩は朝景を思い切り投げ付けた。
「ウオッ!?」
デュラハンは咄嗟に、飛んでくる刀を大剣で弾いた。弾き飛ばされた朝景が天高く舞う。
すると、刀に気を取られている間に弓狩がデュラハンの懐へ飛び込んで来る。デュラハンは慌てて、突っ込んで来る弓狩へと大剣を振るおうとした。
「ナ、何!?」
だが、遅い。既に剣の距離の内側にまで入り込んだ弓狩が、大剣の柄をしっかりと掴んでいる。
「グッ!」
弓狩はそのままデュラハンの体を蹴り飛ばし、相手の手から大剣をもぎ取った。
「返すぞ!!」
奪った剣を持ち直し、デュラハンの腹……拳の形に大きく歪んだ箇所目掛けて突き出す。
「ゴアアァ!!」
頭の無い甲冑の腹を一気に刃が突き通した。
大剣から手を離し、空から落ち地に突き立った朝景を手に取る。
「ガ……ア……」
「これでも生きているのか、しぶとい奴だ」
倒れ込んだデュラハンが、背から刃を生やしたまま這いずる様に動く。伸ばした手の先には、自身の兜が転がっている。
「……そういう事か」
朝景の刃が、兜を地に縫い付ける様に貫いた。
「オオオ! ……ォ……」
デュラハンが断末魔の叫びを上げ、伸ばされた手から力が抜ける。そのまま鎧も兜も青白い炎に包まれ、灰となった。これでリリカの分も自分自身の分も、借りを返す事が出来た。
「さて、後は……」
しかし、まだ敵は残っている。
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「『ワールウインド』!」
リリカが風の魔法を発動した。風の魔力は刃となって、高速でゴーレムに襲い掛かる。
「これもダメなの!?」
しかし、風刃は頑丈な岩の体の表面を削った程度でまるで効いていない。お返しと言わんばかりに、ゴーレムが握り合わせた巨大な両拳を振り下ろしてくる。
衝撃で大地が揺れ、土煙が巻き上がる。
「あ……っぶないわね!」
幸い、ゴーレムの動きは遅い。先程の様に追い詰められていなければ、余裕を持って回避出来る。
「ならこれよ! モード『ウンディーネ』! 『フロストピラー』!」
ティターニアが青く輝き、撃ち出された水の魔力が地へ伝わる。魔力は冷気に変わり、ゴーレムの足を凍り付かせた。両足を地に釘付けにされ、巨体の動きが止まる。
「よし! ――タミン! あいつ弱点とか無いの!?」」
「頭の石を壊せば倒せますミン! でも、その石自体もとっても硬いですミン!」
頭部に光る赤い宝石、それがゴーレムの弱点らしい。
「そんなもの、これでぶち抜いてやるわ! モード『ノーム』! 『ランサーショット』!」
ティターニアの翅が青から黄へ変わり、砲口から岩槍が撃ち出される。射出された槍はゴーレムの目に向かって、真っ直ぐに飛んでいく。だが、ゴーレムは大きな掌で急所目掛けて迫る岩槍を受け止めた。岩と岩が激しくぶつかり合い、破片が飛び散る。
「何なのもう! 硬すぎるわよ! ……って、やばい!」
分厚い岩の掌に、リリカの放った岩槍が突き刺さっている。無傷とは言わないが、貫通させる事は出来ずにそこで止められてしまった。その上、氷の魔法での足止めも破られた。ゴーレムは力任せに、凍った足を地面から引き剥がしたのだ。自由を取り戻した巨人が反撃に出る。
「火も風も土も水も効かないとか、どうすればいいのよ!」
動き出したゴーレムから距離を取りつつ、考える。リリカの魔法を寄せ付けない、頑丈な岩の体をどう破壊すればいいというのか。
「リリカ!」
「弓狩! もう片付いたの?」
「ああ、こっちは苦戦している様だな」
四天王の内二体を始末した弓狩がリリカに加勢する。
「あいつやたら硬いのよ! あんたのその新しい魔法? で何とかならないの?」
「よし、任せ……ん?」
答えようとした弓狩の言葉が途切れる。弓狩が自身の体に視線を向けた矢先、体を覆っていた鎧が光となって解け霧消してしまった。
「……すまん、時間切れの様だ」
「ええ!?」
「む、危ない!」
ゴーレムが二人を潰そうと巨大な足で踏みつけてくる。二人は左右に跳び、散開してやり過ごした。
「どうもあれは消耗が大きいらしい。初めて使ったので慣れていないせいもあるだろうが」
「あーもーしょうがないわね! でも、だったらどうやって……」
「また来るぞ!」
今度は大きな拳が降ってくる。相変わらず大振りな攻撃だ。回避するのは容易い。
「ふっ!」
拳を躱した弓狩が、地面にめり込んだ岩の拳に斬りかかる。
「ぐっ! やはり駄目か!」
流石に刀で岩を切断するのは無理な話だ。硬い感触が手に伝わり、当然の様に刃は弾かれてしまった。
「うおおっ!?」
ゴーレムが地に着いた拳をそのまま横に薙ぎ払う。それに巻き込まれ、弓狩の姿が消えた。
「ちょっと、弓狩!?」
濛々と土煙が上がり、リリカの視界を奪う。
「げっほ! 驚いた……」
土煙の向こうから弓狩が飛び出してくる。全身砂塗れだが、怪我は無さそうだ。何とか直撃は避けていたらしい。
「びっくりさせないでよ!」
「大丈夫だ。大した事は無い。だが、やはり硬いな」
「……弓狩、何とかあいつの事引き付けてくれる? 私がやってみるわ」
リリカが何か策を思いついたらしく、弓狩に囮を頼む。
「ああ、分かった。頼むぞ」
「何するか、聞かないの?」
一も二も無く了承する弓狩に、リリカが逆に問いかける。
「何かは知らんが、何とかするんだろう? もたもたしているとあいつが動き出すぞ!」
「――そうね、じゃあ任せたわよ!」
土煙でこちらを見失っていたゴーレムに向かって、弓狩が走り出す。そのまま弓狩の胴の二倍を超える程の太さの足へ、走る勢いを乗せ思い切り蹴りを放つ。
「うっ……」
当たり前だが、蹴ったこちらの足が痛い。ゴーレムの赤い瞳が弓狩の姿を捉えた。足元の彼女を踏み潰そうと、足を上げる。
「よし、そのままこっちを見ていろ!」
相手を撹乱する様に、弓狩がゴーレムの足元を走り回る。動きの鈍い巨人は素早い彼女の動きに着いていけず、足を右往左往させている。
「リリちゃん、どうするつもりですミン?」
「……やるしかないでしょ」
集中する。ティターニアの中へと深く深く、意識を沈める。そこに僅かに見える光――それを掴み取ろうともがく。指先が何かを掠める様な感覚。後もう少しで届きそう、なのに届かない。
「――負けてられない」
負けてはいられない。弓狩は見事に試練を超え力を手にし、あれだけ苦戦した魔物二体を葬って見せた。それに対してリリカはまだ何の成果も出せていない。
「うう……もうちょっとで、届く、のに」
じれったい。もう少しが、届かない。
「リリカ、まだか!?」
ゴーレムの攻撃を掻い潜りながら、弓狩が叫ぶ。
「待って! もうちょっとで……!」
「早く頼むぞ! 私もそう何時までも逃げ続けられん!」
ゴーレムの拳や足を懸命に躱し続ける弓狩だが、そもそも既に二体の強敵と戦った後で余力が残っていない。
悉く攻撃を避ける弓狩に業を煮やしたゴーレムが、動きを変えた。手を開いた状態で、指先を地面にめり込ませる。
「ぐあっ!」
そこから指で掬い上げる様にして、土砂を弓狩目掛けて投げ付けた。突然の奇襲に、弓狩は正面からこれを受けてしまう。直接的なダメージはほとんど無いが、視界が奪われてしまった。
兎に角距離を取ろうと、弓狩は後方へ跳び退る。だがそれを待っていたのか、宙空の弓狩にゴーレムの蹴りが迫る。
「がっ……!」
慌てて回避行動に移った為に、直線的で読み易い軌道を取ってしまった。空中で更に回避を出来る訳もなく、巨人の大きなつま先が弓狩を弾き飛ばす。
「ユカリ!」
「ユカリーン!」
戦いを見守っていた妖精達が悲鳴を上げた。弓狩の体は勢いよく跳ね飛ばされ、地面を転がる。
「弓狩!!」
しかし、弓狩は刀を杖にしながらも立ち上がる。相手の攻撃と同じベクトルに跳んでいた為に、衝撃が緩和されたのだろう。辛うじて致命傷は避けた様だが、それでも相当なダメージの筈だ。全身を強かに打ち、額からは血が流れている。
「ぷっ! 油断した……だが、まだまだ……!」
口の中を切ったのだろうか、血の混じった唾を吐き出し再びゴーレムに向かおうとする。どう見ても戦える状態ではないが、それでも彼女の闘志は萎えない。
「ユカリ! 下がるクー!」
「何を言う。私はまだ立てるぞ。立てれば、戦える。それに私が耐えればリリカが何とかしてくれる、だろう?」
この期に及んでまだ、無いはずの余裕を見せながら弓狩がリリカに笑いかける。
「……ごめん、弓狩。もう少しだけ、お願い!」
「私が死ぬ前に頼むぞ!」
弓狩がゴーレムに向かって行く。全身に負った傷は浅くはない。動きに精彩を欠きながらも、ギリギリで大岩の攻撃を避けつつ接近する。
「リリちゃん……」
「分かってる。何も言わないで」
弓狩にここまでさせて、何も出来なかったでは終われない。もっと深く強く、集中する。悔しさ、不甲斐無さ、それらをばねにしてもっともっと。
――ようやく、届く。
「宿れ、土精と風精! モード『ノーム&シルフ』!」
呪文を受けティターニアの右半分の翅が黄色に左半分が緑色に輝き、これまでよりも強く大筒の内に魔力が集まっていく。
「鋭き槍よ、渦巻く風よ」
砲口の前に岩槍が形成され、その周囲を竜巻の様な風が取り巻く。
「貫け! 『トルネードランサー』!!」
呪文の完成と共に、岩槍が解放された。槍は螺旋の風を纏い、激しく回転しながら飛翔する。狙うは敵の弱点、頭部に光る赤い宝石。大きな魔力の放出を感じ、弓狩が射線から身を退ける。ゴーレムも自身へ向かってくる強力な魔法を感知し、両手を眼前で交差させ急所を守る体勢を取った。
「行っけええぇ!!」
リリカの叫びを背に受け、岩槍がゴーレムの巨腕に突き刺さる。先程の様に、簡単に止まりはしない。竜巻と激しく錐揉む槍が、轟音と岩片を辺りに撒き散らしながら頑丈で分厚い岩の腕を削り貫く。
「や、やった……?」
轟音が収まり、静寂が訪れた。ゴーレムは防御の姿勢のまま微動だにしない。
――いや、動きを止めたと思われた巨人の肘から先が、ばらばらと崩れ地へ落ちていく。露出したその顔面にはリリカの放った岩の槍が深々と突き刺さり、赤い石を粉々に砕いていた。そのままゴーレムの全身が次々と罅割れ、崩れ去っていく。砕かれた眼石は燃え上がり灰と消え、巨体の全てが土へと還った。
「や……やったわ! 見た見た!? やったわよ!」
リリカが飛び上がり、快哉を叫ぶ。
「さっすがリリちゃん! 見事に新魔法を会得しましたミン!」
「ああ、しかと見た。やるじゃないか、リリカ……っと」
「ちょ、ちょっと!」
ふらつく弓狩を慌ててリリカが支える。
「すまん、少し気が抜けてしまった。大丈夫だ」
「弓狩の怪我、シャレにならないクー。早く帰って体を休めなきゃクー」
「……悪かったわね。私が手間取ったせいで……」
弓狩の負傷に負い目を感じているのだろう。しおらしい様子で謝罪を述べるリリカ。
「なんだ、お前が素直に謝るとは珍しいな」
「どういう意味よ! 全く、それだけ言えれば平気ね」
「ああ、だが流石に堪えた。久左衛門の言う通り、さっさと帰ろう」
「それじゃ、みんな仲良く帰りましょうミン」
弓狩に続きリリカも新たな力を得、圧倒的に不利だった戦いにも見事に勝利してみせた。四天王、と名乗った魔物もこれで残るは一体。それに加えて魔王とやらも控えている筈だが、二人ならば戦い抜けるだろう。
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戦いはまだ続く。だが、今はただ少女達に勝利の栄誉と休息の時間を。




