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犬と猫の可愛い戦争~なお、人間は気づいていない。~  作者: 白川 透


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第7話 犬、呼ばれても行かない

 ソファからあおいがすみを呼んだ。


「すみー。おいでー」


 すみは窓辺に座ったまま、耳を一回だけ後ろへ向けた。それきりだった。顔は外を向いたままで、尻尾の先も動かない。


 むぎは寝床から顔を上げた。あおいに呼ばれたのに、行かない。そんなことをしたら、あおいががっかりするのではないか。


 ところがあおいは、笑いながらソファを立った。


「来ないかあ。じゃあ、こっちから行っちゃお」


 あおいは窓辺まで歩いていき、すみの隣にしゃがんで背中をゆっくり撫ではじめた。すみの目が細くなる。喉の鳴る音がむぎの寝床まで聞こえてきた。


 むぎは顎を前足に乗せたまま、その様子をじっと見ていた。


 呼ばれても、行かない。そうするとあおいのほうから来る。


 むぎはこれまで呼ばれたら必ず走っていった。呼ばれなくても走っていった。走っていけば撫でてもらえるし、それがいちばん早いと思っていた。けれどあおいが自分から歩いてきて、隣にしゃがんでくれるのは、なんだかずっと特別に見えた。


 しばらくしてあおいがソファに戻った。むぎは寝床の上で、伏せの姿勢をきちんと整えた。


「むぎー」


 来た。


 むぎは動かなかった。顔もあおいのほうへ向けなかった。すみがやっていたように、耳を一回だけ後ろへ向ける。それきりにするつもりだった。


 ところが耳は一回では済まなかった。あおいの声のほうへぴんと立ち、そのまま戻ってこない。寝床の縁で尻尾がぱたぱたと布を叩きはじめた。むぎは尻尾に力を入れたが、尻尾は止まらなかった。


「むぎ? 寝てるの?」


 寝てない。むぎは目をぎゅっと閉じた。まだだ。あおいが来るまで、ここで待つ。


 ソファのきしむ音がして、足音が近づいてきた。むぎの尻尾はもう寝床の外まで振れていた。


 足音はむぎの寝床の前を通り過ぎた。


 目を開けるとあおいは洗濯かごを抱えて、奥の部屋へ歩いていくところだった。


 むぎは跳ね起きた。寝床から飛び出して廊下を駆け、あおいが部屋に入るより先に扉の前へ着いていた。


「わ、なに。手伝ってくれるの?」


 あおいは床に座って、洗濯物をたたみはじめた。むぎはその膝の横に体をぴったりくっつけて伏せた。タオルを一枚たたむたびに、あおいの手がむぎの頭へ戻ってくる。むぎは目を閉じて、その手のひらに額を押しつけた。


*


 リビングに戻ると、すみが窓辺からこちらを見ていた。


「さっきの、ぼくのまね?」

「作戦だ」

「どうだったの」

「成功だ」

「追いかけてたよね」

「追いついたからな」


 むぎは寝床に戻り、ぐるりと一周してから丸くなった。頭のてっぺんがまだ少し温かかった。

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