第4話 遊ぶ? 遊ぶ
柵がなくなってからも、すみには自分だけの場所があった。本棚のいちばん上と、ソファの後ろの細いすき間だ。どちらにもむぎの鼻は届かない。
その日の昼、あおいはソファで温かい飲み物を飲んでいて、すみはそのソファの後ろのすき間に潜り、肘掛けの横から顔だけ出して、敷物の上を走り回るむぎを見ていた。
「来いよ、すみ! 追いかけっこだ!」
むぎは敷物の端から端まで駆けて、くるりと向きを変え、また駆けた。爪が床を打つ音がすみのひげまで響いてくる。楽しそうだった。すみもやってみたい気がした。けれどあんなふうに真正面から走っていくのは、すみのやり方ではない。
すみはすき間の奥で体を低くした。待っていれば、そのうち何かが目の前を通る。通ったら飛びつく。
むぎがもう一度ソファの前を駆け抜けた。速すぎて、すみが前足を浮かせたときには、もう尻尾の先しか見えなかった。
「……あれ?」
敷物の向こう端でむぎの足音が止まった。振り向いたむぎは、誰もついてきていない敷物を見て、それからソファのほうを見た。肘掛けの横で、すみとむぎの目が合った。
むぎはしばらく首をかしげていた。やがて寝床へ歩いていって布ボールをくわえて戻ってくると、ソファの前、すみの鼻先から少し離れたところにそっと置いた。そして自分は数歩下がって伏せた。
すみはボールを見た。柵越しに見た、あのボールだった。
すみは前足を伸ばして、ボールをちょんと押した。ボールは敷物の上を少し転がって止まった。
むぎが跳ね起きた。ボールに飛びついてくわえ、一度ぶるっと首を振る。それから小走りで戻ってきて、さっきと同じ、すみの前足がぎりぎり届くところへ置いた。
「ほら」
すみは少し身を乗り出して、もう一度押した。今度は少し強く。ボールはさっきより遠くまで転がり、むぎがまた飛んでいって、また戻ってきた。
三回目にむぎがボールを置いたとき、すみの体はいつのまにかすき間からすっかり出ていた。すみは両前足でボールを抱えこみ、後ろ足で思いきり蹴った。ボールはあらぬ方向へ飛んで、テーブルの脚に当たった。むぎは短く吠えて追いかけていった。
「もう一回」
「もう一回な」
ソファの上で、あおいがカップをテーブルに置いた。
「え、すごい。ふたりで遊んでる」
何度目かにむぎがボールをくわえたまま、あおいの足元へ歩いていった。すみも後をついていき、むぎの隣に座った。むぎがボールをあおいの前に置き、二匹でそろってあおいを見上げた。
「投げてほしいの? いいよ」
あおいはボールを拾って、廊下のほうへ大きく投げた。ボールは弾みながら廊下の奥まで転がっていった。
むぎが駆けだした。すみはあおいの足元に座ったまま動かなかった。
廊下の奥からボールをくわえたむぎが戻ってきた。むぎはあおいの前を素通りすると、すみの目の前にボールを置いた。
すみは、ちょんと押した。
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