第3話 撫でている途中です
あおいが床に座ると長い。むぎはそれをよく知っていた。仕事机に向かっているときは、鼻を寄せてもなかなか手が下りてこない。ソファならたいてい光る板を見ている。けれど敷物の上にあぐらをかいたあおいは、なかなか立ち上がらない。
だからあおいが洗濯物をたたみ終えて敷物に腰を下ろしたとき、むぎは寝床から立ち上がった。最初に膝へ鼻を乗せるのは俺だ。そこから始まる撫でる時間は全部俺のものになる。
むぎが大きく伸びをしているあいだに、黒い影が敷物の端を横切った。
すみだった。ここのところ、あおいがいるときだけすみもリビングで過ごすようになっている。すみはあおいの膝のそばまで行くと、その手に頬をこすりつけた。
「あれ、すみ。来てくれたの」
あおいの手がすみの頭から背中へゆっくり動いた。すみの目が細くなる。
むぎは伸びの途中の格好のまま、それを見ていた。
出遅れた。だがまだ終わったわけではない。むぎは敷物を回りこみ、あおいの手がすみの背中から離れたところへ鼻先をぐいと差し入れた。
「わ、むぎも?」
あおいの手のひらがむぎの額に乗った。むぎは目を閉じた。これだ。途中からでも、この手は俺のものになった。
ところが額の上で、手の重さがすっと軽くなった。目を開けるとすみがあおいの手首に頬を寄せ直し、手をそっちへ引き戻していた。
「ちょっと、いまぼくが撫でてもらってるところなんだけど」
「俺だって撫でてもらってる」
「途中から来たでしょ」
「途中からでも、撫でてもらってることには変わりない」
すみは返事のかわりに、あおいの膝へ前足を一本乗せた。むぎはその反対側の膝に顎を乗せた。
「ふたりとも、どうしたの」
あおいは笑って両手を広げた。右手がすみの背中を、左手がむぎの耳の後ろを撫でる。耳の後ろはむぎがいちばん好きなところだ。体から力が抜けそうになったが、ここで力を抜いたら負けだと思い直し、顎をもう少し深く膝へ押しつけた。すみも喉をごろごろ鳴らしながら、膝の上の前足を少しも引っこめなかった。
やがて、あおいの両手が止まった。
「よし。ごめんね、ふたりとも。ちょっとお湯わかしてくる」
膝が動いた。むぎは顎を乗せたまま、すみを見た。
「そっちがどけ。俺はまだ撫でてもらう」
「そっちがどけばいいでしょ」
「俺は先にこの家にいたんだぞ」
「ぼくは先に撫でられてた」
二匹が言い合っているあいだに、あおいは膝を片方ずつ抜き、むぎの頭をぽんとひとつ撫でて、台所へ歩いていった。
敷物の上には、むぎとすみだけが残った。あおいの座っていたところがまだ温かい。
「途中からあの手は俺のほうに来てたし、最後に撫でられたのも俺だ」
むぎが言うと、すみは温かい場所の真ん中に座り、前足をそろえた。
「ぼくは最初から撫でられてた。最初から、ずっと」
むぎはしばらく考えてからすみの隣に伏せた。温かい場所の残りの半分だった。
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