第2話 その尻尾を止めろ
白い柵の向こうにむぎが腹ばいになっていた。すみは柵から少し離れた床に座り、前足をそろえた。
ここ何日か、むぎは朝ごはんのあとになると決まって柵の前へやってきて、この家のことを話していく。すみにとっては知らないことばかりだった。
「あおいはな、朝、ピピピって鳴る音がしてから、もう一回寝るんだ」
「もう一回?」
「二回目のピピピで起きる。だから一回目で起こしに行っても無駄だぞ」
すみは耳を前へ向けた。ピピピという音なら、すみもこの部屋で聞いたことがある。あれは二回鳴るものだったのか。
「それから、窓の前は昼になるとあったかくなる。俺の場所だけど、まあ、そのうち半分くらいは……」
むぎの話は続いていたが、すみの目はむぎの後ろで動いているものに吸い寄せられていた。
尻尾だった。茶色で先だけ少し色の薄い尻尾が、むぎがしゃべるたびに右へ左へ揺れて、ぱたん、ぱたんと床を打っている。
すみは目をそらし、むぎの顔を見て、窓の話を聞こうとした。ところが「ぱたん」という音がするたびに目のほうが勝手に戻っていってしまう。
「……聞いてるか?」
「聞いてる。ねえ、それ、止めてくれない?」
「それって?」
「尻尾」
むぎは振り返って自分の尻尾を見た。尻尾はぴたりと止まった。
「止まってるだろ」
「いまはね」
「で、窓の話だけどな。昼になると、あおいがそこに座って――」
ぱたん。
すみの頭がまた尻尾のほうへ向いた。むぎは話すのをやめて、すみの顔をのぞきこんだ。すみが見ているのに気づいたのか、尻尾はさっきよりも大きく揺れはじめた。
「止めてって言ったのに」
「止めようとはしてる」
すみは立ち上がり、柵に沿って右へ歩いた。むぎの体の陰に尻尾が隠れる場所まで行けばいい。ところがそこへ座り直すと、むぎも柵の向こうで立ち上がってすみの正面へ回り、また腹ばいになった。
「なんで来るの」
「話してるんだから、顔が見えるほうがいいだろ」
むぎの顔はたしかによく見えた。そしてそのすぐ後ろで尻尾がさっきと同じ調子で揺れていた。
すみは左へ歩いた。むぎも左へ来た。すみが棚の前で座ると、むぎは柵に鼻を押しつけるようにして伏せ、「ふん」と鼻を鳴らした。
「それでな、散歩っていうのはな」
ぱたん、ぱたん。
すみはゆっくりと立ち上がり、むぎに背中を向けた。
「今日の話は、ここまで」
「え、散歩の話はこれからだぞ」
すみは返事をせずに棚の陰へ入り、丸くなって目を閉じた。柵の向こうで「ぱたん」と一回だけ音がした。
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