第35話 その音なら知っている
むぎはこたつ布団の裾に背中を預けて、横になっていた。布団ごしに、中の温かさが背骨に沿って伝わってくる。むぎの後ろでは、あおいがこたつに入って、ときどき紙をめくっていた。
窓の外で、低い音がうなりはじめた。
ごうん、ごうん、と大きなものが息をする音。ときどき、がしゃん、と何かが噛み合う音がまざる。
窓辺で丸くなっていたすみが、顔を上げた。耳が二つとも、窓のほうへぴんと向いている。
むぎは、片目だけ開けた。
その音なら知っている。散歩の途中で、何度も会ったことがある。角の電柱のところに止まって、道ばたの袋を一つずつ食べていく、大きな車だ。近くで聞くと腹に響くが、こちらへは来ない。
すみが窓辺から床に下りて、体を低くしたまま、むぎのほうへ来た。むぎの腹のそばで止まって、また窓を見る。
「あれ、何」
「大丈夫だ」
むぎは顎を前足に乗せたまま言った。
「もう少しすると、行くぞ」
すみは返事をしなかった。耳は窓に向けたまま、むぎの腹の毛に、肩を少しだけくっつけた。
がしゃん、ともう一度鳴った。それから、ごうん、という音がゆっくり遠ざかりはじめた。少し小さくなって、もっと小さくなる。
やがて、聞こえなくなった。
すみの耳が、窓から戻ってきた。
「行った」
「だろ」
むぎは尻尾で、布団の裾をぱたん、と一回叩いた。あの車のことなら、すみよりずっとよく知っている。
むぎは目を閉じた。
「へっくしゅん!」
真後ろで、何かが弾けた。
気がつくと、むぎは四本の足で立っていた。背中の毛が逆立っている。すみはむぎの横で、二倍くらいに太くなった尻尾を立てていた。
「ごめん、ごめん」
布団の向こうで、あおいが鼻をすすりながら笑っていた。
「びっくりしたね。ごめんね」
むぎは、ゆっくり座り直した。それから何事もなかったように、布団の裾へ背中を戻した。
すみの尻尾は、まだ太かった。
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