第34話 お礼は、まだですか
むぎの頭のてっぺんに、一束だけ逆を向いた毛があった。
散歩から帰ってきてから、ずっとそうだった。むぎは寝床の縁に顎を乗せて、目を閉じている。そのすぐ横に、耳の垂れたぬいぐるみが転がっていた。すみは寝床の外に座って、その一束を見ていた。
見ていると、落ち着かない。
すみは首を伸ばして、その毛をなめた。舌が通ると、毛は寝た。けれど、まわりの毛も少しずつ向きがばらばらだった。
すみはもう一度なめた。それから、もう一度。
むぎの目が、半分開いた。何も言わずに、また閉じる。尻尾が、ゆっくり一回だけ床を掃いた。
すみは、なめる場所を額のほうへ広げた。耳のつけ根も、ついでに整えた。むぎの耳がぺたりと後ろへ倒れて、なめやすくなる。むぎの喉の奥から、ふすう、と長い息がもれた。
すっかり整うと、すみは体を起こした。むぎの頭は、さっきよりずっときれいだった。
すみは、むぎの鼻先へ自分の頭を下げた。
むぎも、頭を下げた。
二匹の頭が、低いところで並んだ。
「……今度は、こっち」
「どこだ」
「ぼく」
むぎは顔を上げて、しばらくすみを見ていた。それから、「ああ」と言った。
むぎの舌が出てきた。
すみの舌の、何倍もある舌だった。それが額に当たったかと思うと、そのまま耳まで、べろりと一息に通っていった。温かくて、濡れていて、毛が根もとから全部持ち上がる。
すみは身を引いた。
むぎはもう一度なめようとして、舌を引っこめた。
すみはむぎから少し離れて座り、前足をなめた。なめた前足で、額をこする。耳の後ろまでこすって、またなめる。額の毛が、なかなか元に戻らない。
横で、むぎが寝床の縁に顎を戻した。尻尾が、ぱたん、ぱたんと床を打っている。
しばらくすると、むぎがまた、すみのほうへ頭を差し出してきた。てっぺんの毛は、もうどこも逆を向いていない。
すみは前足をなめて、額をこすった。
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