第33話 黙っていてやる
むぎは、茶色いぬいぐるみをくわえて寝床から出てきた。
耳の垂れた、丸いぬいぐるみだ。むぎの口には少し大きくて、くわえると片方の耳が床をこする。
すみは敷物の上で、前足をたたんで座っていた。むぎはその前まで行って、ぬいぐるみを下ろした。
「お前も遊ぶか」
すみはぬいぐるみを見た。垂れた耳と、丸い腹を見た。
「ぼくはいい」
「そうか」
むぎはぬいぐるみをくわえ直して、敷物の反対側へ行った。
くわえて振ると、垂れた耳がぱたぱたと顔に当たる。それが面白い。放り上げて、飛びついて、押さえて、また振る。腹を噛むと、中の綿がぎゅっと縮む。むぎはしばらく夢中になった。
やがて、口が疲れてきた。むぎはぬいぐるみを置いて、そのすぐそばに伏せた。顎を前足に乗せて、目を閉じる。体の熱が、敷物にゆっくり移っていく。
うとうとしかけたところで、すぐ近くで、もふ、と柔らかい音がした。
むぎは目を開けた。
目の前で、すみがぬいぐるみを抱えていた。横向きに寝そべって、前足で丸い腹を抱きこんでいる。垂れた耳の片方が、すみの顎の下に入っていた。
すみと、目が合った。
すみは、ぬいぐるみを離さなかった。そのまま首を曲げて、自分の胸もとをなめはじめた。一回、二回。ずいぶん丁寧になめる。
ぼくはいい、と言った声を、むぎはまだ覚えていた。
むぎは、何も言わなかった。
すみが抱えていないほうの端が、むぎの鼻先にあった。むぎは首を伸ばして、その端に顎を乗せた。綿が、ふかりと沈んだ。
すみの舌が止まった。
すみの前足に、少し力が入った。ぬいぐるみが、すみのほうへ引き寄せられる。顎を乗せたままのむぎの頭も、一緒に動いた。
「俺も使ってる」
すみは、引くのをやめた。
前足はほどけなかった。むぎも、顎をどけなかった。ぬいぐるみは二匹のあいだで、少し斜めになったまま止まっていた。
すみは、また胸もとをなめはじめた。
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