第32話 もう一回言って
居間の壁に、すみの道ができた。
床の近くに、低い踏み台がひとつ。そこから壁に沿って、板の段が斜めに上っていく。いちばん上は、高い窓のすぐ下に渡された、すみが丸くなれるくらいの板だった。あおいが朝から、とんとんと音を立てて取りつけていたものだ。
あおいがこたつに戻ったあと、すみは踏み台に前足をかけた。
段と段のあいだは、思ったより近かった。本棚を上るときのような、ひと息の溜めもいらない。気がつくと、すみは窓の下の板の上にいた。
すみはすぐに、下を見た。
むぎは、こたつ布団に顔を半分うずめて眠っていた。
すみはしばらく、その背中を見下ろしていた。それから、床まで下りた。
「むぎ」
「……ん」
「見てて」
「何を」
「上がるから」
むぎは布団から顔を出して、まばたきをした。それから起き上がり、体をぶるっと振ると、とことこ歩いてきて、踏み台の真正面に座った。
「よし。見てるぞ」
むぎの胸が、踏み台のすぐ前にあった。
「そこだと、ぼくが乗れない」
「お、そうか」
むぎは三歩下がって、座り直した。
すみは踏み台に乗った。二度目は、一度目より速かった。段を蹴るたびに、壁が下へ流れていく。
窓の下の板からは、本棚の上とは違うものが見えた。
窓の外は、向かいの家の屋根ではなく、その上の空と電線だった。電線に、すずめが一羽とまっている。
振り返ると、居間がまるごと見えた。こたつの天板と、その上のカップ。あおいの頭のてっぺんで、髪がくるりと渦を巻いている。
そして、ずっと下に、むぎの顔があった。こちらを見上げて、口が少し開いている。
「すごいな、すみ。あんなに高いとこまで、すぐだったな」
すみは板の上で、背筋を伸ばした。尻尾が勝手にまっすぐ立った。
「もう一回言って」
「すごいな」
すみは前足をそろえて座り直し、もう一度、窓の外とあおいの頭を見た。
下で、むぎが立ち上がった。水の器のほうへ、体を向けている。
「まだ終わってない」
「上がっただろ」
「今度は降りる」
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