第22話 二匹とも、まだです
あおいが引き出しから二本のブラシを出すと、むぎは呼ばれる前に敷物へ走っていた。
ゴムの粒がたくさんついた、むぎ用のブラシ。それが背中を通ると、首の後ろから尻尾の付け根まで、体じゅうがゆるんでいく。
「はい、むぎからね。じっとしててね」
むぎはじっとしていた。自分でも驚くほど、じっとしていた。背中、脇腹、胸。ブラシが通るたびに目が少しずつ細くなっていく。
ふと、すぐ横に何かが座る気配がした。
薄目を開けると、すみがいた。前足をそろえて、むぎの背中を通るブラシをじっと見ている。
「あ、すみも待ってたの? ごめんね、むぎ、ちょっと交代ね」
あおいはむぎのブラシを置いて、細くて柔らかい毛のブラシに持ち替えた。それがすみの背中を通ると、すみの喉がごろごろと鳴りはじめた。
むぎは敷物の上で体を起こした。
まだ途中だった。左の脇腹が、まだだった。
むぎは立ち上がってあおいの膝の反対側へ回りこみ、もう一度伏せた。左の脇腹をあおいのほうへ向けて。
「むぎ、もうちょっと待ってね」
あおいの手はすみの背中から離れなかった。
すみが終わったら、次はまた俺の番だ。むぎは伏せたまま、すみの背中を通るブラシを目で追った。ブラシは尻尾の付け根まで行っては首のほうへ戻り、何度か往復して、やがて止まった。
「はい、すみもおしまい」
むぎは顔を上げて、あおいのほうへ体を寄せた。
ところがすみもあおいの膝の前へ一歩出ていた。
すみは前足をそろえて座り、ブラシを持つあおいの手から目を離さなかった。
すみも、まだなのか。
「ふたりとも、どうしたの。もうおしまいだってば」
あおいは笑いながらブラシを二本とも拾い、引き出しにしまった。引き出しの閉まる音がした。
むぎはすみの隣に座って、二匹並んであおいを見上げた。
むぎはすみの顔を見た。すみもむぎの顔を見た。
「まだだよな」
「まだだよ」
意見はぴったり合った。
二匹はそろってもう一度あおいを見上げた。むぎの目は半分ほど閉じかけていた。隣のすみの目も細い線になっていた。体じゅうがゆるんで座っているのがやっとだった。
それでも、まだだった。
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