第12話 寝るまでの話
部屋の明かりが小さくなると、あおいは奥の部屋へ行ってしまう。そこから先はむぎとすみの時間だった。
むぎは寝床で丸くなりかけて、ふと顔を上げた。窓辺でいつもすみが座る場所に黒い影が見えた。
「すみ、まだ起きてるか」
「起きてる」
「今日の散歩でな、すごいやつがいたんだ」
すみの耳がこちらを向いた。むぎは寝床を出て窓辺まで歩いていき、すみの隣に伏せた。
「公園の入り口のところに茶色いのがいたんだ。こう、平べったくて、地面にぺたっとしてて」
「虫?」
「いや、虫じゃない。いつも道に落ちてて、踏んでもなんにもしないやつだ。ところが今日のは俺が近づいたら逃げたんだ」
「逃げたの?」
「かさかさって音を立ててな。すーっと横に」
すみの目が丸くなった。窓の外の街灯の光が、金色の目の中に小さく映っている。
「大きさは?」
「えっとな……俺の耳くらい」
「なんで逃げたの?」
「それは分からない。でも、俺が近づくと逃げて、止まると止まるんだ。だから俺は、そっと近づいて――」
むぎは前足を少し浮かせてみせた。
「一気に飛びついた。そしたらそいつ、ぱっと高く舞い上がって、くるくる回って、向こうまで逃げていった。俺はそれを追いかけて、公園の端から端まで――」
「そのとき、あおいは?」
むぎの前足が宙で止まった。
あおいはそのときひもを持っていた。むぎが走りだすとひもがぴんと張って、あおいが「むぎ、待って」と笑ったのだった。公園の端まではとても行けなかった。
「……あおいはひもを持ってた」
「じゃあ、端から端までは行ってないの?」
「……ベンチのところまでだな。その、ちょっと手前の」
すみは「ふうん」と言った。それ以上は何も言わずにむぎの顔をじっと見ていた。
「それで? その茶色いの、どうなったの」
むぎの尻尾が床の上で揺れはじめた。
「それがな、ベンチの下に入ったと思ったら、風が吹いて、また出てきたんだ。今度は二枚になってた」
「増えたの?」
「増えた。いや、最初から二枚いたのかもしれない。あおいがそいつを拾って、俺の鼻にくっつけてくれたんだけどな、そしたら、かさって……」
むぎはあくびをした。口を大きく開けて、閉じる。窓辺の床には昼間のぬくもりがまだ少しだけ残っていた。
「かさって?」
「かさってな……」
すみの声が少し遠くなった。むぎのまぶたは、もう半分下りていた。
*
朝、むぎが目を開けるとすぐ前にすみの顔があった。
「それで、かさって、どうなったの」
むぎはしばらくすみの顔を見ていた。茶色いのが逃げて、ベンチの下に入って、二枚になって、あおいが拾ってくれた。そこまでは全部覚えている。けれどそのうちのどこまでをすみに話したのかが、まるで思い出せない。
むぎは起き上がって伸びをすると、すみの隣に座り直した。
「昨日の散歩でな、すごいやつがいたんだ」
すみの耳がこちらを向いた。
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