第10話 膝まで遠回り
あおいがソファに座った。すみは窓辺から下りて、まっすぐソファへ向かった。あおいの膝の上はいまこの家でいちばん温かい場所だ。
ソファの前で後ろ足に力をためたときあおいが「あ」と言って立ち上がった。
「お湯、沸かしっぱなしだった」
あおいは台所へ行ってしまった。すみはためた力の行き場をなくして、その場に座った。
あおいはすぐに戻ってきて、またソファに座った。すみは立ち上がり、もう一度後ろ足に力をためた。
奥の部屋でピーッと何かが鳴った。
「あ、洗濯終わった」
あおいはまた立ち上がった。
すみは跳ぶのをやめた。廊下へ消えていくあおいの背中を見送ってから、ソファに背を向けて座り、尻尾を体にきっちり巻きつけた。
もういい。膝なんて、別に。
窓辺に戻るつもりはなかった。ただ、ソファのほうは見ないことにした。
「すみ、どうした」
寝床から、むぎが顔を上げていた。
「なんでもない」
「膝か?」
「なんでもないってば」
むぎはしばらく、すみの背中を見ていた。
「あおいが戻ってきて呼んだら、行けばいいだろ。呼ばれたらすぐ行く。それがいちばんだぞ」
すみの耳が後ろへ倒れた。
「呼ばれても、行かない」
「なんで」
「行かないから」
むぎは「ふうん」と鼻を鳴らして、また顎を前足に乗せた。
洗濯かごを抱えたあおいが戻ってきて、窓の外に洗濯物を干し、かごを片づけ、それからようやくソファに深く腰を下ろした。
「はあ、やっと座れた。すみ、おいで」
すみは動かなかった。背中を向けたまま、耳だけがあおいの声のほうへ回った。
「すみー」
すみは立ち上がった。ソファとは反対の方向へ歩きだし、テーブルの下をくぐり、むぎの寝床の前を通り過ぎ、本棚の前で一度座って前足を舐めた。それから壁際をぐるりと回ってソファの横に出ると肘掛けに飛び乗り、そこからあおいの膝へ下りた。
「来た。遠回りだねえ」
あおいの手が背中に乗った。すみは膝の上で一回転して、ちょうどいい形に体を収めた。
顔を上げると寝床のむぎと目が合った。
すみは顔だけを窓のほうへそらした。
「……ここに来る予定だっただけだから」
むぎは何も言わなかった。尻尾が一回、寝床の布をぱたりと叩いた。
すみは窓のほうを向いたまま、あおいの膝の上で前足をたたみ直した。背中の上をあおいの手がゆっくり行き来していた。
お読みいただきありがとうございます!
「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマーク・評価・リアクションをいただけると嬉しいです。
Xでも更新情報などを発信しています。
よろしければこちらもフォローいただけると嬉しいです!
https://x.com/st_shosetsu




