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第9話 王子様、慈善は舞台ではありません

第9話 王子様、慈善は舞台ではありません


 王国議会が判決を言い渡した朝、王都には三日ぶりの青空が広がっていた。議会堂前の広場では雨除けの天幕が取り払われ、濡れた石畳の隙間に、白い雛菊がいくつも顔を出している。ミレイユは起床から二時間が過ぎるまで馬車の中で待ち、温めた林檎と柔らかな燕麦粥を食べた。膝には薄青色の毛布が掛かり、その端から、ティナが朝の支度中に落とした黒い糸屑が一本のぞいていた。


「お嬢様、そろそろお話しになっても大丈夫ですか」


 ティナが尋ねると、ミレイユは自分の名前、今日の日付、これから行く場所を順番に答えた。言葉が舌の上でつかえないことを確認してから、蜂蜜を入れた白湯を一口飲む。紺色の外出着は腹部を締めつけず、袖口には初夏の矢車菊が小さく刺繍されていた。ミレイユは空になった粥の器へ匙を置き、馬車の扉へ手を伸ばした。


「大丈夫よ。判決を聞きに行きましょう」


「丸パンもお持ちになりますか」


「判決文を読んでいる途中でおなかが鳴ったら、王家の威厳より私のおなかが勝ってしまうもの。持っていくわ」


 議会堂の大広間には、白百合慈善院へ寄付をした者と、そこで暮らす子どもたちの代表が集められていた。ノエは新しく支給された茶色のワンピースを着て、修理された熊を膝の上へ置いている。熊の左耳には焦げ跡を隠さず、濃い茶色の布が継ぎ当てられていた。イザークはその耳を元の色に似せることもできたが、ノエが「このままがいい」と言ったため、焼けた事実が分かる形で修理したのだ。


「この子、前より耳が丈夫になったの」


 ノエはミレイユへ熊を見せ、継ぎ当てを指で二度こすった。以前なら菓子を靴へ隠していた少女の手には、厨房でもらった干し杏が三つ握られている。ノエは一つを熊の口元へ運び、食べないことを確かめてから自分の口へ入れた。残りを靴へ入れようとはしなかった。


「今日の夕食も出ると聞いたわ」


「うん。明日の朝も出るって。だから、これは今食べてもいいの」


 ミレイユはノエの髪についていたパン屑を取り、自分の指先へ載せた。明日も食べ物があると信じられるまでに、議会の判決より長い時間が必要になるのかもしれない。それでも少女が干し杏を噛む音は、あの日の慈善院で聞いた空腹の腹鳴りよりずっと大きく聞こえた。ミレイユが熊の継ぎ当てを撫でると、イザークが隣から声をかけた。


「耳の診察は良好です。今度は引っ張りすぎないようにしてください」


「先生が丈夫にしたんでしょう」


「丈夫に直すことと、乱暴にしてよいことは別です」


「おとなって、すぐ難しいことを言うね」


 判決の鐘が鳴り、議長が中央席へ着いた。ベルトランは王太子の赤い礼装ではなく、飾りのない灰色の上着を着て、衛兵に挟まれて立っている。胸元からは王位継承者の金章が外され、糸を切った跡だけが四つの小さな穴として残っていた。リゼットも真珠のドレスを取り上げられ、慈善院で働く女性たちと同じ生成り色の服を着ていた。


「リゼット・モローは、白百合慈善院への寄付品を売却し、その代金を私的に使用した」


 議長が判決文を読み上げる間、リゼットは左手の爪で右手の甲をかき続けた。前年に慈善功労を理由として授けられた一代女男爵位は剥奪され、モロー商会の財産は被害の弁済へ充てられる。それでも足りない金貨については、本人が王立被服工房で働き、賃金の一部を返済へ回すことになった。売った服と同じ数だけ、自分の手で子どもの服を縫う仕事も命じられた。


「わたくしに針仕事などできません」


 リゼットが声を上げると、議長は判決文から顔を上げた。彼女の生成り色の袖には、支給された服が気に入らず自分で引っ張ったため、すでに小さなほつれができている。議長はその糸を見たあと、机に置かれた木槌へ手を添えた。


「できなければ教わりなさい。あなたが売った衣服を縫った者たちも、生まれたときから針を使えたわけではない」


「慈善院の評判を高めるために使ったお金です。わたくしが美しく見えれば、寄付をする者が増えたのです」


「集めた寄付をあなたが着て歩くのであれば、それは慈善ではなく商売です。しかも代金を払ったのは、食事を減らされた子どもたちです」


 リゼットは口を閉じ、ほつれた糸を指へ巻きつけた。衛兵に退室を促されると、彼女は一度だけ傍聴席を振り返ったが、以前のように記者が彼女へカメラを向けることはなかった。新聞記者たちは判決文を書き写し、机の隅で乾いて硬くなったチーズサンドイッチを片手で食べている。一人の記者がパン屑を原稿へ落とし、慌てて袖で払ったため、隣の記者に睨まれた。


 次にベルトランへの処分が告げられた。王太子としての地位と第一王位継承権は剥奪され、王族として担当していたすべての公務から外される。慈善院の横領を知りながら監査を止め、虚偽の報告を承認したことについて、被害を受けた子どもと寄付者の前で公開謝罪を行うことも命じられた。議長が判決文を閉じると、ベルトランの喉が一度大きく動いた。


「私がいなければ、慈善院は王家の支援を受けられなかった。子どもたちが今日まで暮らせたのは、私が王太子として名を貸したからだ」


「名を貸したのではありません」


 ミレイユは椅子へ座ったまま、丸パンの包みを膝の脇へ置いた。王子を見上げても、以前のように胸元の布を握る必要はなかった。彼が語っているのは、子どもたちが何を食べ、どのような寝台で眠ったかではなく、自分がどのように見られるかだけである。その違いが、今のミレイユにはよく分かった。


「殿下が貸したのは、撮影用のお名前だけです。パンを焼いたのは料理人で、服を縫ったのは母親たちです。子どもが熱を出した夜に額を冷やしたのも、殿下ではありません」


「私は王太子だぞ」


「いいえ。先ほど王太子ではなくなりました」


 ベルトランは胸の金章があった場所へ手を当てた。指先が四つの糸穴を探り、そのたびに灰色の布が小さくへこんだ。議長は彼へ謝罪文を渡したが、ベルトランは一行目を見ただけで机へ戻した。書かれていたのは「慈善院の運営に不備があったことを遺憾に思う」という、書記官が用意した文章だった。


「不備ではありません」


 ノエの声が傍聴席から聞こえた。少女は熊を抱いて立ち上がり、周りの大人に止められる前にベルトランを見た。膝丈の靴下は左右で高さが違い、右側だけがくるぶしまでずり落ちている。それでもノエは直そうとせず、熊の焦げた耳を王子へ向けた。


「パンを取られたの。お母さんの熊も取られたの。間違えたんじゃないよ」


 ベルトランは、八歳の少女から目をそらした。議長は謝罪文を横へ置き、自分の言葉で話すよう命じた。王子だった男は二度唇を開き、三度目でようやく「私が隠した」と認めた。広間には拍手も罵声も起こらず、書記のペンが紙をこする音だけが続いた。


 判決の言い渡しが終わると、ベルトランは衛兵へ何かを頼んだ。しばらくしてミレイユが議会堂の休憩室で昼食を取っていると、彼は一人で入ってきた。ミレイユの皿には豆と鶏肉の煮込みが残り、横には一口かじった丸パンが置かれている。花瓶には議会の庭から切られた赤いゼラニウムが挿されていたが、茎が短すぎて一本だけ水へ届いていなかった。


「ミレイユ、私は処分を受け入れる」


 ベルトランは向かいの椅子へ座り、以前のように許可を待たず話し始めた。灰色の袖口には、公開謝罪で握りしめた紙の黒いインクがついている。ミレイユは煮込みの中から人参を一つ拾い、口へ運んでから彼の次の言葉を待った。ベルトランはそれを拒絶されていない合図だと思ったのか、身を乗り出した。


「これで私は自分の過ちを償った。お前も婚約破棄の件は忘れ、私のもとへ戻るといい。王太子ではなくなっても、私は王子であることに変わりはない」


「戻りません」


「お前の病気については、私も考えを改める。以前と同じだけ眠ることを許してやってもいい」


「殿下に許していただくことではありません」


 ミレイユは匙を皿の上へ置いた。鶏肉の脂が冷え始め、煮汁の表面に小さな膜を作っている。以前なら、食事の途中で席を立つのは行儀が悪いと考え、彼の話が終わるまで座っていただろう。しかし今日の面会予定は十五分であり、その後には休息の時間が決められていた。


「私は眠ることを許されるために生きているのではありません。眠りも食事も、私の生活です。誰かから褒美として与えられるものではありません」


「では、私にどうしろというのだ。もう謝罪までしたではないか」


「謝罪は、私を取り戻すための代金ではありません。あなたが傷つけた人たちへ、事実を返すためのものです」


「私はお前の病気を受け入れると言っている」


「私は、病気を許してくださる人ではなく、私の暮らしを一緒に考えられる人と生きます」


 ベルトランの視線が、部屋の隅で懐中時計を確認していたイザークへ向いた。イザークは何も言わず、包帯の取れた右手で診療所の帳簿を閉じた。ミレイユが自分で答えている間、代わりに話す必要はないと分かっているのだ。十五分を知らせる小さな砂時計の最後の粒が落ちると、ティナが休憩室の扉を開けた。


「面会時間が終わりました」


「私は王子だぞ。侍女が私を追い出すのか」


「いいえ。ミレイユ様がお決めになった予定に従っていただきます」


「話はまだ終わっていない」


「私の話は終わりました」


 ミレイユはベルトランを見送らず、冷えかけた煮込みをもう一口食べた。彼が衛兵とともに退室すると、ティナが水へ届いていなかったゼラニウムの茎を長い花瓶から抜き、空いた小瓶へ移した。花は先ほどまでよりまっすぐ立ち、窓から入る風に赤い花びらを揺らした。ミレイユは残ったパンで皿の煮汁をぬぐい、予定どおり隣室の寝台へ向かった。


 一か月後、白百合慈善院は解体され、新しい生活院として運営を始めた。白百合という名前も、リゼットの肖像画も、撮影用に作られた玄関の看板も外された。建物の裏庭には豆、玉葱、薬草を育てる畑が作られ、古い洗濯物の間では青や桃色の立葵が背を伸ばしていた。名前を決める会議では立派な案がいくつも出たが、子どもたちの投票によって、ただの「みんなの家」に決まった。


「名前が簡単すぎるのではありませんか」


 会計官が眼鏡を押し上げると、ノエは議事録の端へ熊の絵を描いた。会議の卓上には料理人が焼いた林檎菓子が置かれ、一番焦げたものだけが最後まで皿に残っている。子どもたちには一人一票が与えられ、会計官、料理人、医師、養育係も同じ一票を持っていた。寄付者や王族の票だけを重くすることは認められなかった。


「みんなが住むんだから、みんなの家でいいの」


「では、決定ですね」


「焦げたお菓子も、最後まで残したままにしないで決めよう」


「それは会議ではなく、おやつの問題です」


 新しい仕組みでは、寄付を受け取る者と子どもへ配る者を別にした。台帳は一冊だけにせず、生活院、王国会計院、子どもたちの代表が一部ずつ保管する。倉庫を開けるときは二人以上が立ち会い、何を誰へ渡したかを壁の掲示板にも記した。文字を読めない年少の子どもにも分かるよう、パンにはパン、靴には靴の絵が描かれた。


「写真を撮る日は、きれいな服を着てもいいの?」


 六歳の男の子が尋ねると、料理人は大鍋の豆を木杓子で混ぜながら答えた。鍋からは月桂樹と燻製肉の匂いが立ち、窓際では洗った前掛けが三枚並んで揺れている。撮影のために特別な食事を出すことは禁止され、撮影後に食べ物や衣服を取り上げる行為には刑罰が科されることになった。


「きれいな服を着たいなら着ていいさ。でも、写真が終わっても君の服だ」


「パンも?」


「腹の中へ入れたパンまで取り上げるやつがいたら、私の杓子で追い払ってやる」


「それは刑罰より怖いね」


 ミレイユは週に二日、午後の四十五分だけ運営会議へ参加した。途中で眠気が来れば、子どもの代表か会計官が進行を引き継ぎ、彼女の目覚めを待たずに決められる議題はそのまま進める。休憩室には柔らかな寝台と水差しがあり、扉には「使用中」と「起きています」を表裏に書いた札が掛けられた。イザークが作ったその札には、ノエが勝手に熊の顔を描き足していた。


 生活院から伯爵邸へ戻った日の夕方、ミレイユは自分の寝室の前でセレスティーヌと向かい合った。廊下の窓から橙色の光が入り、庭で咲いた白い梔子の匂いが、磨いた床板の蜜蝋の匂いと混じっている。母は藤色の室内着を着て、両手で小さな鍵を包んでいた。その鍵は、幼いミレイユが浴槽へ沈みかけた日から、ずっと母の腰に下げられていたものだった。


「あなたを守らなければと思っていたの」


 セレスティーヌは鍵を手のひらへ載せたまま、娘を見なかった。廊下の隅には昨夜使った椅子がまだ置かれ、座面には母が編みかけた靴下と、干からびた林檎の皮が残っている。娘の部屋の前で眠らずに座ることが、いつの間にか母の日課になっていた。ミレイユは鍵を急いで取らず、母の言葉の続きを待った。


「あなたが一人で浴室へ行けば、また沈むかもしれない。外へ出れば倒れるかもしれない。私が先に危険を取り除けば、何も起きないと思っていた」


「何も起きなければ、お母様は安心できました」


「そうね。あなたのためだと言いながら、安心したかったのは私だった。あなたが失敗するところを、私が見たくなかったの」


「私はこれからも失敗します」


「分かっているわ。それでも、先に抱き上げないようにする」


 セレスティーヌはようやく手を開いた。銀色の鍵には、長年腰から下げていたため細かな傷がつき、持ち手の溝には白い磨き粉が残っている。ミレイユは鍵を受け取り、自分の寝室の鍵穴へ差し込んだ。一度回すと錠が掛かり、もう一度回すと開いた。


「この鍵は、私が持ちます」


「ええ」


「お母様を部屋から追い出したいわけではありません。入る前に、扉を叩いてほしいのです」


「返事がなかったら?」


「眠っています。急ぎでなければ、起きるまで待ってください」


「火事だったら?」


「そのときは入ってください」


「大雨で窓が開いていたら?」


「入って閉めてください」


「夜中におなかがすいていたら?」


「それはお母様のおなかでしょう。台所へ行ってください」


 セレスティーヌは口元を手で押さえ、肩を小さく揺らした。廊下の椅子から編みかけの靴下を取り、干からびた林檎の皮も一緒に前掛けのポケットへ入れる。椅子を自分の部屋へ戻そうと持ち上げたが、脚が床へ引っかかり、大きな音を立てた。ミレイユとティナが手を貸そうとすると、セレスティーヌは首を横へ振った。


「これは私が運ぶわ。転んだら、そのとき起き上がる練習をします」


 ミレイユは手を引き、母が椅子を運ぶ姿を見守った。壁へ一度ぶつけ、花台を避けるために二度持ち直し、それでもセレスティーヌは自分の部屋まで運んでいった。廊下には椅子の脚がこすった白い線が残ったが、誰もすぐには消そうとしなかった。ミレイユは銀色の鍵を寝室の内側にある小皿へ置き、扉を閉めた。


 寝台の上には、イザークが修理を終えた熊の診察記録の写しが置かれていた。最後の欄には「左耳の火傷は治療済み。ただし、傷の記憶は消さない」と書かれている。その横には、生活院の子どもたちから届いた、形のばらばらな焼き菓子が紙袋に入っていた。ミレイユは一番端の欠けたものを半分だけ食べ、残りを明日の皿へ載せた。


「全部、今日やらなくてもいいもの」


 誰もいない部屋でそう言い、ミレイユは自分で鍵を掛けた。梔子の香りが残る寝間着へ着替え、明日の予定表を裏返してから寝台へ入る。廊下に母の椅子はなく、扉の向こうからは、三度きちんと叩く音だけが聞こえた。


「おやすみなさい、ミレイユ」


「おやすみなさい、お母様」


 セレスティーヌの足音が自分の部屋へ戻っていくまで聞いてから、ミレイユは目を閉じた。慈善の舞台から降ろされた王子と令嬢がどう暮らすかは、もう彼女の眠りを削って考える仕事ではない。明日の朝には食事があり、目覚めて二時間後には仲間と話し合う予定がある。眠っている間も続く暮らしの中で、ミレイユは誰の許可も受けず、自分の時間を生きていた。


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