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第7話 熊のおなかには、母親の声が縫われていました

第7話 熊のおなかには、母親の声が縫われていました


舞踏会の翌朝、イザークの診療所には焦げた布の臭いが残っていた。作業机の上には白い布が敷かれ、その中央で熊が仰向けになっている。右耳は前に直した灰色の布、左耳は昨夜の火で半分を失い、黒くなった綿が頭の中から覗いていた。


ミレイユは薄い生成り色の朝用ドレスを着て、作業机の前へ座っていた。舞踏会から戻って十六時間眠ったが、瞼の裏にはまだ重い膜が張りついている。ティナが宿から持ってきた鶏肉のスープは半分残り、表面へ黄色い脂が丸く浮いていた。


「今日でなければ、いけませんか?」セレスティーヌは娘の隣へ椅子を寄せ、何度も窓の時計を見た。濃紺の外出着の膝には、馬車で食べた砂糖菓子の粉がついていた。


「眠気が強くなる前に、焼けた部分だけでも直したいのです」


「あなたが直すのではないでしょう」


「見届けるとノエに約束しました」


実際には、ノエから熊の腹を開く許可をもらっていない。イザークもそのことを覚えているため、腹の縫い目には触れず、焼けた耳だけを修復する予定だった。昨夜のうちに王立記録院の立会人へ熊の状態を確認させ、焦げた部分には保全印のついた細い紐を巻いてある。


「患者の状態を説明します」イザークは白い前掛けをつけ、熊の診察券を読み上げた。焦茶色の上着は舞踏会の火消しに使って煤だらけになったため、今日は袖口を二度も繕った灰色のシャツを着ている。


「左耳に火傷。外側の毛皮と内部の綿を一部損失。腹部には以前から開閉された形跡がありますが、持ち主の許可がないため処置しません」


「手の火傷は?」ミレイユが尋ねると、イザークは右手を前掛けの後ろへ隠した。昨夜赤くなっていた手の甲には白い布が巻かれている。


「こちらは熊ではないので、診療対象外です」


「人間も診てくれるお医者様へ行ってください」


「今朝、行きました。軟膏を塗られ、火へ素手を入れるなと叱られました」


「当然です」


「熊を火へ入れる人がいなければ、私も入れません」


イザークは新しい耳に使う布を三枚並べた。薄茶色、灰色、白色の三色で、元の毛に最も近いのは薄茶色だった。ミレイユは白色へ手を伸ばしかけたが、右耳と色が違いすぎると思い直した。


「左右が違ってもよいのではありませんか?」ティナが紅茶を注ぎながら言った。診療所の小さな台所で湯を沸かしたため、茶葉に蜜蝋と焦げたパンの匂いが混ざっている。


「火傷を隠すために、元と同じにする必要はございません。ノエが見つけやすい耳にしてはいかがでしょう」


「では、白にします」


イザークは診察券へ『左耳、白布で再建』と書いた。片耳の兎、焦げた犬、片目の猫が並ぶ棚の下では、赤いゼラニウムの鉢から乾いた葉が一枚落ちた。セレスティーヌはそれを拾い、指で細かくちぎりながら作業を見守った。


イザークは焼けた毛皮を小さな鋏で切り、黒くなった綿を銀の盆へ移した。焦げた綿の奥に、まだ白い部分が残っている。そこへ新しい綿を詰めようと熊の頭を持ち上げたとき、腹の灰色の糸が一本切れた。


乾いた音がして、縫い目が指二本分ほど開いた。中から黄ばんだ綿と一緒に、油紙の角が覗いた。イザークはすぐに熊から手を離し、鋏を机へ置いた。


「全員、そのまま動かないでください」


ミレイユは膝へ載せた両手を握った。油紙は腹の綿より新しく、灰色の糸で縫い直された時期に入れられたものと考えられた。ノエの母親が隠したのか、リゼットが入れたのかは、まだ分からない。


イザークは入口の呼び鈴を三度鳴らした。隣室で待機していた王立記録院の立会人と、街区の公証人が入ってくる。公証人は食べかけの肉饅頭を紙へ包み直し、指についた脂を布で拭いてから机へ近づいた。


「修復中、既存の腹部縫合が自然に切れ、内部から油紙の一部が現れました。これより状態を記録します」イザークが説明すると、立会人は時刻と居合わせた者の名前を書いた。公証人は熊へ触れず、開いた縫い目と油紙を拡大鏡で確認した。


記録が終わると、イザークは革手袋をつけた。油紙の角を銀の挟み具でつまみ、綿を動かさないよう少しずつ引き出した。折り畳まれた包みは熊の腹と同じほどの大きさがあり、赤い糸で二重に巻かれていた。


油紙の外側には、子どもの文字で『ノエへ』と書かれていた。さらに裏側には、『信じられる大人と一緒に開けること』とある。ミレイユは椅子の背へ体を預け、指先でその文字を追った。


「ノエの許可が必要です」


「はい。このまま封をして、彼女へ確認を取りましょう」イザークは包みを証拠箱へ入れようとした。だが、油紙の下からもう一枚、小さな羊皮紙が落ちた。


それは包みとは別に、赤い糸の内側へ挟まれていた。表には『熊を見つけた方へ』と書かれている。公証人が封のない手紙であることを確認し、立会人の前で読み上げた。


『私の名はクレール。白百合慈善院で会計係をしています。寄付された金品と、子どもたちへ渡された物の数が合いません。帳簿の写しを王立記録院へ送ろうとしましたが、院長に見つかり、すべて返すよう命じられました』


公証人の声だけが診療所へ響いた。通りのパン屋が窯を開けたらしく、焼けた小麦と木の煙の匂いが窓から入ってきた。棚に並ぶぬいぐるみの診察券が、風で小さく揺れた。


『私は胸の病で、長くは働けません。もし私に何かあったら、この熊を娘のノエへ返してください。包みの中には、慈善院が王家へ提出した受領証と、本当の帳簿の一部があります。子どもたちの食事と冬服のために贈られたものです』


ミレイユは熊へ手を伸ばした。腹の縫い目へ触れた瞬間、眠気が首の後ろから広がった。ティナが止めようとしたが、ミレイユは手を離さなかった。


「声が、聞こえます」


診療所の床が遠ざかり、目の前に見知らぬ狭い部屋が現れた。窓辺には薬瓶と冷めた粥が置かれ、痩せた女が熊の腹へ油紙を押し込んでいる。指は震え、針へ糸を通すだけで何度も咳き込んでいた。


「ノエ、よく聞いて」


女の膝元に、小さなノエが座っていた。今より幼く、髪は肩のあたりで不揃いに切られている。片足には靴下を履き、もう片方は裸足だった。


「この熊は、誰にも渡してはいけないよ」


「リゼット様にも?」


「駄目。院長先生にも、王宮の人にも駄目」


「お母さんは?」


「お母さんがいなくなったら、あなたの話を信じてくれる大人を探すの」


クレールは熊の腹を縫いながら、何度も針を落とした。床には薬を飲むための水がこぼれ、寝台の下へ転がった木の椀へ埃が積もっていた。ノエは針を拾い、母親の手へ戻した。


「信じられる大人って、どうやって分かるの?」


「あなたが嫌だと言ったとき、やめてくれる人。あなたのパンを取らない人。泣いても怒らない人」


「見つからなかったら?」


「見つかるまで、熊と一緒に待っていて」


クレールは最後の糸を結び、熊をノエへ渡した。ノエが抱き締めると、母親は片耳へ唇を押し当てた。その温度が、熊へ触れているミレイユの指先まで残っていた。


「お母さんの声を、この子に縫っておくから」


そこで記憶が途切れた。ミレイユは椅子から滑り落ちそうになり、イザークに肩を支えられた。呼吸はできていたが、目を開けていられなかった。


「手紙の続きを……」


「今は眠ってください」


「包みを、ノエと……」


「必ず、本人の前で開けます」


ミレイユは一度だけうなずいた。イザークが長椅子へ運び、ティナが靴を脱がせた。セレスティーヌは娘の額へ触れたが、起こそうとはしなかった。


その日の午後、イザークは記録院の立会人とともに慈善院を訪れた。ノエ本人から許可を得て、女性保護官と公証人の前で油紙の包みを開いた。中には帳簿の写しと三枚の受領証が入っていた。


受領証には、冬服百二十着分の布地、三か月分の小麦、治療費に充てる金貨三百枚を受け取ったと記されていた。白百合慈善院の印、リゼットの署名、その下にはベルトラン王太子の承認署名が並んでいる。余白には王子の筆跡で、『慈善院の評判を損なう報告は王家へ提出せず、帳簿を修正すること』と書き加えられていた。


「殿下は、横領を知っていたのですね」ティナは受領証の写しを見つめ、指で紙の端を押さえた。診療所へ戻る馬車の中には、記録箱、熊、ノエへ届ける焼き菓子の包みが積まれていた。


「知っていただけではありません。隠すよう命じています」イザークは証拠箱へ三つの封印を施した。馬車が石畳の穴を通るたび、箱の中で金属の留め具が鳴った。


ミレイユは、その夜になっても目を覚まさなかった。医師が呼ばれ、呼吸、脈、体温を確認した。長眠症の記録では、強い残響を聞いたあと二日から四日眠り続けた例があるため、無理に起こさず見守ることになった。


一日目、セレスティーヌは娘の寝台脇で、六冊の生活記録を読み返した。昼食の魚のスープは手をつけないまま冷え、表面に薄い膜が張った。母は二時間ごとに娘の呼吸を数えたが、肩を揺すらなかった。


二日目、王宮から熊と受領証を提出するよう命令書が届いた。イザークは正式な押収令状がないことを理由に拒否し、記録院の保管庫へ証拠を移した。診療所の入口には二人の警備官を置き、自分は片耳の兎を修繕しながら夜を明かした。


三日目の朝、窓辺のゼラニウムが一輪開いた。ティナが寝台脇で林檎の皮を細く剥いていると、ミレイユの指が毛布の上で動いた。セレスティーヌは呼び鈴へ手を伸ばしかけ、途中で止めた。


ミレイユはゆっくり目を開いた。喉は乾き、舌は動かなかった。枕元には『話せるようになるまで返事は不要』と書いたイザークの木札と、耳を白い布で直された熊が置かれていた。


熊の首には新しい診察券が結ばれていた。


『患者名、ノエの熊。左耳火傷、治療済み。腹部より母親の手紙を発見。持ち主への返却準備中』


ミレイユは診察券を読み、熊の白い耳へ触れた。そこからは、もう声が聞こえなかった。クレールが縫い残した言葉は、受け取るべき相手へ届いたのだと分かった。


扉が静かに開き、イザークが湯気の立つスープを持って入ってきた。三日間着替えていないらしく、灰色のシャツには新しいインク染みが二つ増えていた。盆の上には柔らかな白パンと、ノエが半分だけ食べたものと同じ焼き菓子も載っていた。


「おはようございます。質問は二時間後です」


ミレイユは声を出せず、指で三本を示した。イザークは三日間待ったという意味を理解し、盆を枕元の机へ置いた。スープには細かく刻んだ鶏肉と人参が入り、生姜の匂いがした。


「ええ、三日です。ですが、眠っているあなたを置き去りにして、勝手に終わらせてはいません」


イザークは証拠の一覧を書いた紙を、木札の横へ置いた。熊、手紙、帳簿、三枚の受領証、リゼットの署名、ベルトラン王太子の隠蔽命令が、順番に記されていた。最後の行だけ空白になっている。


『ミレイユ様が目覚めたあと、次に何をするか決める』


ミレイユはその一文へ指を置いた。三日間眠っている間も、誰も彼女を役立たずとして計画から外さなかった。イザークは匙でスープを混ぜ、湯気が弱くなるまで黙って待っていた。


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