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第2話 役立たず令嬢と、ぬいぐるみのお医者様

第2話 役立たず令嬢と、ぬいぐるみのお医者様


ミレイユが目を覚ますと、見慣れない木目の天井があった。梁の隅には古い蜘蛛の巣が残り、窓の外から荷車の車輪と牛乳売りの鐘が聞こえてくる。王宮の客室ではなく、舞踏会のあとにティナが運び込んだ王都の宿だと思い出すまで、しばらく時間がかかった。


体は羽毛布団の底へ沈んだまま、指一本持ち上げられなかった。舌は口の中へ貼りつき、喉から出たのは「あ」という掠れた音だけだった。枕元の丸椅子には灰色の朝用ドレスと白い靴下が畳まれていたが、今のミレイユには靴下の左右を考えることさえ難しかった。


窓辺には、昨夜の熊が座っていた。黄ばんだ毛へ朝日が当たり、縫い直された腹の灰色の糸がはっきり見える。熊の前には木札が一枚置かれ、太い文字が書かれていた。


『返事は二時間後でよい。まずスープを飲むこと』


ミレイユは文字を三度目でようやく理解した。木札の横には、小さな鍋と深皿、蓋をした水差しが並んでいる。スープからは鶏肉と押し麦の匂いが立ち、湯気が窓から入る風に押されて熊の鼻先へ流れていた。


「お嬢様、お目覚めですか?」隣室から入ってきたティナは、返事を待たずに窓のカーテンを半分閉めた。髪は後ろで一つに束ねただけで、紺色の仕事着の胸元には、朝食のジャムらしい赤い染みがついていた。


ミレイユは口を動かしたが、言葉は形にならなかった。ティナは何も聞かず、背中へ枕を二つ重ね、スープをよそった。木の匙を持たせようとはせず、自分で一口すくってミレイユの唇へ運んだ。


「今朝は鶏肉と押し麦です。宿の料理人が塩を二度も入れようとしたので、一度目で鍋を奪いました」ティナは眉間へ皺を寄せ、匙のスープを少し吹いて冷ました。ミレイユは口を開き、ぬるくなったスープをゆっくり飲み込んだ。


塩気は薄かったが、煮崩れた人参が舌の上で甘かった。三口飲むと指先が動き、五口目で背中を自分の力で起こせるようになった。窓の下の中庭では、青紫色のデルフィニウムの横に宿の女将が洗った布巾を干し、端から順に木の洗濯ばさみで留めていた。


扉の向こうで、椅子が軋んだ。誰かが廊下にいるらしいが、急かすような足音も咳払いも聞こえない。ミレイユが熊を指さすと、ティナはスープの皿を膝から下ろした。


「王立記録院のイザーク・ロシュフォール様がお持ちくださいました。昨夜、お嬢様が眠ったあと、殿下が熊を取り上げて捨てろと命じたのです」


ミレイユの指が、掛け布団をつかんだ。王子なら、眠っている者の腕から物を奪うことにためらいはないだろう。以前もミレイユが会議中に眠ると、目を覚ましたときには彼女の資料が王子の功績として提出されていた。


「イザーク様が、寄贈品は王立記録院の検査が終わるまで処分できないと止めてくださいました。お嬢様が熊を離さなかったので、そのまま宿まで馬車に同乗なさったのです」ティナは説明しながら、熊の首に結ばれた白百合慈善院の札を裏返した。裏には王立記録院の赤い封印が押されていた。


ミレイユは廊下の扉を見た。人を二時間も待たせていると思うと、胸の下で固いものが縮んだ。すぐに起きて着替えなければならないと考えたが、足を床へ下ろしただけで頭が左右に揺れた。


「まだ起きなくてよろしいですよ。あの方は『二時間とは二時間であって、元気そうなら一時間に縮めてよいという意味ではない』と仰っていました」ティナは床へ落ちた毛糸の靴下を拾い、左右を確かめてからミレイユの足へ履かせた。片方の踵には小さな穴があり、昨夜の舞踏会用の絹靴下とは比べものにならないほど柔らかかった。


一時間後、ミレイユは自分で匙を持てるようになった。さらに三十分かけて顔を洗い、灰色の朝用ドレスへ着替えた。髪は結わずに肩へ垂らし、熊を抱えて暖炉のそばの長椅子へ移った。


約束の二時間が過ぎると、ティナが扉を開けた。廊下の椅子には、焦茶色の上着を着た青年が座っている。膝の上には本が開かれていたが、よく見ると本ではなく、宿の夕食献立表だった。


「お待たせいたしました。どうぞお入りください」ティナが声をかけると、青年は献立表を閉じて立ち上がった。黒髪は寝癖のように一房だけ跳ね、上着の袖口には青いインクがついていた。


「おはようございます、ミレイユ様。お話しになれますか?」青年は部屋へ入ったが、長椅子から三歩離れたところで止まった。ミレイユがうなずくまで近づかず、熊にも手を伸ばさなかった。


「はい。もう、大丈夫です」


「それはよかった。宿の昼食は豆の煮込みだそうですが、朝のスープを食べた直後にする話ではありませんね」


「二時間も、献立表を読んでいたのですか?」


「途中から値上げの理由を考えていました。去年より羊肉料理が銅貨三枚高くなっています」


ミレイユは熊の耳へ口元を隠した。王宮では彼女を待たされた者は、失った時間を大げさに数えて責めた。イザークは二時間待った話より、羊肉の値段のほうを気にしているらしい。


「昨夜は、この熊を守ってくださったそうですね。ありがとうございました」


「礼には及びません。寄贈品の処分には記録院の許可が必要です」イザークはそう答えたあと、少し間を置いて熊を見た。彼の右手には、長い指を保護するための薄い革手袋がはめられていた。


「ただし、昨夜の殿下が嫌いだったことは否定しません。眠っている人から物を奪うのは、三歳までに卒業しておくべきです」


「殿下は二十一歳です」


「十八年ほど遅れていますね」


ティナが咳払いをして窓へ顔を向けた。肩が二度揺れていたので、咳ではなかったのかもしれない。ミレイユは熊を膝へ載せ、腹の縫い目をイザークへ見せた。


「この中から、子どもの声が聞こえました。パンを返して、お母さんの熊を返して、と」


「残響聞きですね。あなたが王家の古い旗から声を聞き、偽造品を見破った記録は読んでいます」イザークは驚いて騒ぐことも、呪いだと騒ぐこともしなかった。上着の内側から小さな拡大鏡を取り出したが、まだ熊には触れなかった。


「診てもよろしいでしょうか?」


「はい。けれど、壊さないでください」


「できるだけ痛くしないようにします。患者が熊の場合、麻酔は綿一握りで足ります」


ミレイユが熊を差し出すと、イザークは両手で受け取った。まず片耳を触り、次に首の札を外し、最後に腹の縫い目へ拡大鏡を近づけた。灰色の糸を爪先で持ち上げると、その下から白い糸の切れ端が覗いた。


「これは白百合慈善院で使われている糸ではありません。慈善院は寄贈品を修繕するとき、施設の印である白い麻糸を使います」


「では、この灰色の糸は?」


「誰かが腹を開き、中へ何かを入れ、別の場所で縫い直したのでしょう。指で押すと、綿以外のものに触れます」


ミレイユも熊の腹へそっと指を当てた。柔らかな綿の奥に、角のある薄い板のような感触があった。昨夜は紙だと思ったが、何重かに折られた羊皮紙かもしれない。


「ここで開けられますか?」


「できます。ただし、私の診療所のほうが道具も明かりも揃っています」イザークは熊を膝へ座らせ、ずれた首をまっすぐに直した。窓の外では、女将が干した布巾の一枚を風に飛ばされ、デルフィニウムの鉢から引き抜いていた。


正午前、ミレイユたちは馬車で王都の西地区へ向かった。ミレイユは柔らかな青い外出着に着替え、帽子の代わりに灰色のリボンで髪をまとめた。朝の光はまだ目に刺さったが、隣に座るティナが窓布を半分閉めてくれた。


イザークの診療所は、パン屋と洗濯屋に挟まれた細長い建物だった。入口の看板には『ロシュフォール玩具修繕所』と書かれ、その下に子どもの字で『ぬいぐるみのおいしゃさん』と付け足されている。扉を開けると、乾いた布、蜜蝋、木屑、少し焦げた砂糖の匂いがした。


「砂糖の匂いがします」


「今朝、パンを焼こうとして焦がしました。焦げた部分は削れば食べられます」


「ぬいぐるみと同じなのですね」


「パンは綿を詰め直せないので、ぬいぐるみより難しいです」


診療所の棚には、片耳の兎、鼻先の焦げた犬、片目を失った黒猫が並んでいた。兎の首には『右耳裂傷、持ち主六歳』、犬には『暖炉へ落下、毛皮交換予定』と書かれた小さな診察券が下がっている。作業机の隅には飲みかけの紅茶と、苺ジャムを塗ったまま固くなったパンが置かれていた。


イザークは熊を白い布の上へ寝かせた。耳へ聴診器を当てるふりをしてから、真顔で診察券を取り出した。羽根ペンへ青いインクを含ませ、最初の欄で手を止めた。


「この熊の患者名は?」


「分かりません」


「年齢は?」


「それも、分かりません」


「好物は?」


「たぶん、パンです」


イザークは診察券へ『好物、パン』と書いた。次に持ち主の欄を空白のまま残し、熊の腹にある灰色の縫い目を指でなぞった。ミレイユがその手元を見つめていると、熊の足裏から青い刺繍糸が一本飛び出していることに気づいた。


「ここに、文字があります」


糸を傷つけないよう毛を分けると、左足の裏へ小さく『N』と刺繍されていた。イザークは拡大鏡で文字を確かめ、診察券の持ち主欄へ同じ文字を書いた。窓辺の赤いゼラニウムが風に揺れ、棚の診察券をかすかに鳴らした。


「名前の最初の文字でしょうか」


「そうかもしれません。分からないものを、分かったことにするのはやめておきましょう」


「では、この熊をどうするのですか?」


「持ち主を探します」


イザークは新しい白い糸を針へ通し、熊の折れた耳を指先で整えた。ミレイユの胸元で、朝から縮んでいたものが少しだけ緩んだ。役立たずと呼ばれた翌日に、自分の聞いた声を信じて動く人が、目の前に一人いた。


「では、持ち主を探すところから診察を始めましょう」イザークは診察券を熊の首へ結び、片耳の兎と焦げた犬の間へ座らせた。熊の名前はまだ分からなかったが、少なくとも今は、捨てられる寄贈品ではなく、迎えを待つ一人の患者になっていた。


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