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妖と行冥  作者: 書恩順
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一、妖行冥

中州の東北寄りの山々の中に、人里離れた小さな村があった。村の後ろには広大な天然の湖があり、その湖は非常に大きく、岸辺に立って対岸の木々を眺めると、まるで蟻が密集して並んでいるように見えた。湖の北と南にはそれぞれ小川が流れ、蛇行しながら下流へと続き、果てしなく伸びているようだった。夕日が西に沈む頃、湖面は鏡のように静まり返り、金色に輝く倒影を映し出した。


いつの頃からか、地元の人々はそれを「鏡湖」と呼ぶようになり、当然のごとく彼らの住む村も「鏡村」と呼ばれるようになった。時折、外地からわざわざこの壮観な湖を見に来る者もいたが、その数は少なく、毎年一桁にとどまった。遠い町から深山まで来て湖を眺める物好きは、そう多くはないのだから。


鏡湖の北と南にはそれぞれ一本の蜿蜒とした川が流れていた。北の川は「冷水河」と呼ばれ、南の川は「弯弓河」と呼ばれた。南の川は湖の近くで二股に分かれ、下流でまた一本に合流する様子が、やや引き絞られた弓のように見えたからだ。


いくつかの小さな村がこの二本の川を生業の源としていた。鏡村は湖の北側に位置し、地理的には嵐砦に近かった。嵐砦は中州の北寄りにある城下町で、安満家の主要領地だった。嵐砦城の四方を高山が取り囲み、まるで山々に守られているかのようで、空から俯瞰すれば大きな碗のように見えた。その城防は非常に堅固で、住人たちは自分たちの守りに強い自信を持っていた。


安満家の家紋は灰色の狼で、旗の地色は深い緑色だった。やや長い旗の紋章の上には古代文字のような符号が描かれており、「川」の字の真ん中に横棒が入り、上に三つの黒い点が並んだような形をしていた。嵐砦城付近の山々にはそのような旗が立てられ、領地の範囲を示していた。


鏡村の近くの山にも同様の旗が一本立てられており、風にはためいていた。旗にはいくつか穴が開いていて、村人たちはいつもあの旗はどうやってそこに立てられたのかと不思議がった。旗の周辺は一面の禿地で、足を置く場所すらなく、まして登ることなど考えられなかったからだ。


空は一面の青空で、雲一つ見当たらなかった。村に一人の妊婦が、いつものように鏡村の裏山の林の中へ野果を摘みに来ていた。


フラは数本の果樹を手入れしていた。自らの手で丹精込めて育てたこの果樹は、いつも他の場所より豊かな実をつけた。時折、動物に実を盗まれることもあったが、彼女は動物を追い払おうとはしなかった。動物たちが種を遠くまで運び、新たな果樹を育ててくれると知っていたからだ。この林を長年手入れし、村人たちも暗黙のうちにここが彼女の果樹園であると認めていた。


身重であっても、この山道は彼女にとって平坦も同然だった。夫は彼女がよくこの道を歩くことを知っており、毎日少し時間を割いて板を敷き、泥道を平らにならしてくれた。今では三人が並んで歩けるほどの山道になっていた。数時間後、半籠の野果が袋に収まり、新しい果樹にも肥料が施された。熟れすぎた果物を各樹の根元に埋めたのだ。汗を少し拭い、お腹を撫でながら彼女は家に帰る支度をした。


この道をもう二十年以上歩いてきた。どの木、どの石の位置も把握していた。下山する時、彼女はいつも習慣的に自分の住む村を眺めた。どこかに木が増えていたり、近所の家が増築されていたり、そんな小さな変化を見つける楽しみが、彼女を引きつけてやまなかった。


遠くの村が高い木々に飲み込まれていくにつれ、道程の半ばに達したことを知った。自然と足取りが軽くなり、今夜の夕食のことを考え始めた。人参スープに林檎を少し加えて、兎の脚肉も添えよう。それが村の家庭料理だった。


昨日の残りのじゃがいもをつぶして……そう思った矢先、黒い細長い生き物が飛び出し、彼女の思考を遮った。それは素早く向こう側の草むらへと潜り込んだ。フラは足をよろめかせ、横へ倒れ、ちょうど一本の木にぶつかった。お腹を押さえ、驚いて自分の胸を叩いた。胎児がぴくりと動いたような気がした。


少し痛む肩をもみほぐしながら、向かいの茂みを見つめた。尻尾が一本、草の中に消えていくのが見えた。すぐに、それは蛇の尻尾だと判断した。


「蛇?」フラは不思議に思っただけで、特に驚きはしなかった。村の近くには確かに時折蛇が現れる。村の入口の老人は蛇を捕まえて酒に漬けていたが、その臭いがひどくて飲もうとする者はほとんどいなかった。彼女も一口試したことがあったが、その味は今も忘れられなかった。時折、まだ口の中にあの胸の悪くなる生臭さが残っているような気がすることもあった。


その蛇は彼女に噛みつかなかった。まるで通り過ぎただけのようだった。蛇がこれほど人の近くに来ることはないはずなのに。彼女は蛇が消えた場所に近づき、本当に蛇だったのかを確かめようとした。そっと手を伸ばし、人の背丈ほどだが少しまばらな茂みをかき分けると、今度ははっきりと見えた。確かに半尺ほどの長さで、釣り竿ほどの太さの黒い蛇が、素早く遠くへと這っていた。何かから逃げているようにも、何かを追いかけているようにも見えた。


本来なら、あれはただの目立たない蛇で、特別なことは何もなかった。帰村しようと思ったが、その時、黒い蛇が懸命に前へ進む傍らから、もう一匹の土黄色の花蛇が飛び出してきた。二匹が争うかと思って興味を持ったが、そんな場面は起きなかった。花蛇はまるで黒い蛇と昔から知り合いであるかのように、二匹の蛇はそのまま並んで前へ進み、どこかへ向かっているようだった。


その光景はどこか奇妙だった。二匹の蛇の動きが一致し、まるで二本の蜿蜒とした平行な波線のようだった。フラはちょっと考えてからついていくことにした。村の中はあまりにも退屈で、何か面白いことが見られるかもしれない。二匹の蛇は攻撃する様子がなかったが、念のため安全な距離を保つようにした。


この辺りには道がなく、一面の未開拓の山地と人の背丈より高い雑草が広がっていた。幼い頃に確かにこの近くを探検した記憶があったが、それはずいぶん昔のことで、詳細はもはや覚えていなかった。


二匹の蛇の動きは速く、目的地も明確だった。後を追うフラはかなり苦労した。この辺りは全く手が入っておらず、突き出した枝が衣服に引っかかり、ほどこうとすると肩の部分が破れてしまった。足にも擦り傷ができたが、それでも足取りが止まることはなかった。


追い続けるうちに顔を上げると、いつの間にか蛇の数が三匹に増えていた。それでも動きは一致していた。フラは思わず笑いそうになった。やがて、三匹の蛇がようやく一斉に立ち止まった。彼女は懸命につま先を立てて中を覗こうとした。蛇たちの前方に山の洞窟があった。見覚えのある場所だった。子供の頃、数人の子どもたちと秘密基地にしていた場所で、特別なところではなかった。


洞窟の入口に目を疑った。あの二匹の蛇の他にも、そこには他の蛇たちがいたのだ。フラは数えてみた。合わせて十五匹もいた。それらは全て洞窟の入口に向かって半円を描くように並んでいた。まるで一幅の絵のようで、山洞は黒い太陽、蛇たちの体はそこから放たれる黒い熱波のようだった。


洞窟の入口は大きくなく、三人が並んで通れる程度、高さは二人分ほどだった。子供の頃はもっと高かったような気がして、天井が見えないほどだと思っていたが、今見ると大して大きくもなかった。洞窟の中の様子を思い出そうとしたが、記憶は全くなかった。


ある音が空気の中にゆっくりと漂い始めた。規則的で低く、何かを吹くような音で、聞いたことのない音だった。


フラの残された理性が強く近づくなと警告していた。毎日の変わらぬ日々の単調さのためか、子供の頃行った山洞の中を見たいという気持ちのためか、あるいは単純な好奇心のためか、何が二本の脚を動かしているのか彼女にもわからなかった。今の彼女の頭の中には一つの念しかなかった。中を一目見るだけでいい、たった一目だけ。慎重に近づいたが、どうやら考えすぎだったようで、蛇たちは彼女が見えていないかのように、依然として洞窟の入口を見つめ続けていた。


一歩立ち止まり、もう少し近づいてみた。やはり反応がなかった。その時、後ろから見れば、一人の女性と一群の蛇が洞窟の入口を囲んでいるという、さらに不思議な光景が広がっていた。蛇の中に立っていても、一匹として振り返ることはなかった。生まれてから今まで、これほど生きた蛇の近くに来たのは初めてだった。


よく観察すると、黒い蛇には三角形の頭があり、体に模様はなく、漆黒一色だった。他にも体全体が翠緑色の蛇、赤に斑点のある蛇など、様々な種類がいた。フラはこの山の蛇が全部ここに集まったのではないかと疑った。


漆黒の洞窟の入口を見つめると、好奇心がさらに募った。そこで彼女は迷いなく右足を踏み出した。数匹の蛇が瞬時に「シュー」という威嚇の声を上げた。背筋が凍り、寒気が心を突いた。脛が噛まれたような痛みが伝わったような気がして低頭すると、一匹の蛇も見当たらなかった。振り返っても、洞窟の入口に近づいた蛇は一匹もなく、ただ声で脅しただけで、まるで警告しているようだった。この場面は非常に奇妙で、一人の女性の両目と三十対の目が見つめ合い、小さな蛇たちはただ時折舌を出すだけで、動こうとしなかった。


フラは静かにというジェスチャーをしてみたが、彼女たちに理解できるかどうかはわからなかった。振り返り、洞窟へと踏み入った。中は光がほとんどなく、岩壁には無数の細かな亀裂があり、陽光がその亀裂を通して一条ずつ岩壁を照らし、暗闇の中に何本かの切れ目を作っているようだった。


わずかな光で洞窟の輪郭を見ることができた。子供の頃の記憶が少し戻ってきた。岩壁に手を当てながら一歩一歩確かめながら進むと、あの音がますます鮮明になってきた。落ち着いていてゆったりとした、何か巨大な送風機が休まず動いているような音だった。


角を曲がると、彼女はかつて頭に浮かべたこともないものを目にした。広々とした洞穴の中央に、巨大な生き物が盤踞していた。


最初に目に飛び込んできた時、フラは岩壁を誰かが雪白に塗ったのかと思った。よく見ると、それは一匹の蛇だった。搾りたての牛乳よりも純白で、一点の汚れもなかった。胴体はたくましく、彼女がこれまで育てたどの果樹よりも太く、大人が両腕を伸ばしても抱えきれないほどだと見当がついた。白い蛇は盤を巻いて立ち上がり、その高さはほぼ一階分に達していた。


そして、あの低くて長い音はその蛇の呼吸で、洞穴の中で響き渡り、ぶつかり合い、増幅し、共鳴していた。


「蛇……蛇……。」


フラの両足が崩れ落ち、湿った泥の地面に座り込んだ。片手でお腹を支え、もう片手で口を強く押さえた。


声を出すことができなかったが、体は震えが止まらなかった。その時、白い蛇がゆっくりと目を開け、真っ赤な瞳を現した。その目には敵意は感じられず、ただ冷たさだけがあった。一粒の塵を見るような目だった。フラは赤い血のような瞳の中に自分の姿を見た。まるで血の池に浸かっているようで、その衝撃で気を失いそうになったが、お腹の動きが彼女を正気に保った。死にたくはなかった。


フラの混乱した思考とは対照的に、その白い蛇はゆっくりと目を閉じ、再び休み始めた。フラは呆然とし、足のつま先から恐怖がじわじわと引いていった。あの白い蛇は確かに自分を見たのに、何の反応もしなかった。それが彼女に少しの勇気を与えた。フラは立ち上がろうとし、震える手で岩壁を掴もうとした。しかし次の瞬間、何の前触れもなく、腹部に引き裂かれるような激痛が走った。まるで誰かが内臓を引きちぎるような痛みだった。


「あ……。」思わず低くうめいたが、すぐに声を喉に押し戻した。それでもいくらかしゃくり上げる声が漏れた。


冷や汗が滴り落ち、痛みが炎のように急速に増した。お腹が千の刃で刺されたようで、半分立ち上がったところでまた湿った地面に倒れ込んだ。急速な呼吸が鼻から低いうめき声を生み出し、体が震え、全身が冷え、両手でお腹をきつく抱えた。顔は蒼白となり、胎気が動いたことを察した。最悪の事態だった。なぜここに来たのか?この呪われた洞窟には蛇がいるだけ、ただそれだけのことなのに。


白い蛇は再び目を開けた。あるいはただゆっくり休みたかったのかもしれないが、この人間がまだそこにいた。今回は赤い瞳がフラの上に長くとどまり、目の前のこの人間に見覚えがあるようで、思い出の中に沈み込んでいった。


「……。」


しばらく見つめてから、低い声がその口から流れ出た。それは男の声で、中年ほどの年齢、少し老成した感じがしたが、声は澄んでいて雑味がなかった。


「そうか……身ごもった人間か。」


フラの瞳が激しく揺れた。腹部の激痛と言葉を話す蛇、二種類の異なる衝撃が、彼女の頭を天地がひっくり返るほどの混乱に陥れた。


「胎気が動いたか……。」


白い蛇はわずかに思案した。その巨大な体がそっと動き、地面がかすかに震えた。フラは逃げ出したかったが、両足が自分のものではないようで、力が入っているのかさえわからなかった。彼女は家に帰って安らかに胎を養う自分を、夫と共に子供を抱く自分を、空想した。なぜこの呪われた山洞に入ったのか?


「女よ。」


白い蛇が口を開いた。声は低くて穏やかで、敵意はなかったが、抗いがたい威圧感を帯びていた。


「名前は何という?」


フラの喉は乾き、声が震えた。「フ……フラ……。」


女がその名を口にすると、白い蛇は沈黙に落ちたようだった。いつのことだったか?記憶が少し曖昧になるほど昔のことだ。これは本当のことか?蛇はよくこう思った。


「そうか……なるほど……。」


白い蛇の語調には何か解放されたような、そして少し寂しさのようなものが混じっているように聞こえた。ゆっくりと頭を下げて近づいてきた。動きは軽く、この小さな人間を驚かせないようにしているようだった。


フラの体は凍りついたようになった。巨大な蛇の頭が目の前にあり、この蛇が口を開ければ、自分と同じ体型の人間を十人は丸呑みにできると確信した。白い皮膚の紋様もはっきりと見えた。まるで一つの芸術品のようで、完璧すぎて目を奪われた。


彼女の想像とは異なり、白い蛇は口を開けるのではなく、舌をそっと出した。そして一息を吹き出した。それは春の微風のように優しく、緊張で冷え切った体を撫でていった。彼女はまるで花畑を散歩しているような、実り始めた稲田で陽光を感じているような、言葉では表せない心地よさを覚えた。数回呼吸するうちに、驚いたことに痛みが和らぎ、だんだんと遠のいていき、ついには完全に消えた。


フラは大きく息を吸い込み、深呼吸した。まるで生まれ変わったようだった。彼女の呼吸が次第に落ち着き、信じられない気持ちでお腹を見下ろした。白い蛇はすでに頭を引っ込め、再び元の場所に盤を巻いて戻り、まるで全く動いていなかったかのようだった。蛇は半眼でフラを見つめ、観察しているようだった。


フラはしばらくしてやっと顔を上げた。目の前の生き物への恐怖はまだ心の中にあったが、それとともに一種の畏敬の念が生まれていた。


「白……白蛇……大人……。」


彼女は小声で言った。「ありがとうございます……。」


白い蛇はすぐには答えなかった。しばらくしてから淡々と言った。「必要ない。」


「これも……輪廻というものか……?」


その声は穏やかで感情がなく、しかしなぜか心に温もりを感じさせた。まるで古い友人と話しているようで、フラはしばし呆けた。


「ここは……。」


白い蛇はゆっくりと言った。「美しい。」


その視線は洞窟の天井から差し込む光に向けられていた。光の条が斜めに岩壁を照らし、洞窟の中の星のようで、時間の流れとともに向きを変えていった。


「最後がこんなところとは……、運命というものだな。」その語調には、フラにも感じ取れる嘆きが込められていた。無数の季節の移ろいを経て、数えきれぬ生死を見てきた、悠長でありながら次第に忘れられていく歳月が、積み重なった重さだった。


「運命?」フラは小声で繰り返した。目の前の白い蛇の心境が理解できなかった。もちろん理解できるはずもなかった。百年にも満たない命と千年以上の命とを比べれば、まるで比較にもならなかった。


それは同時に、彼女が初めてその姿をはっきりと見た瞬間でもあった。赤い瞳は血石のように深く、白い鱗は水晶のように輝き、わずかな光の下で隠れた光を放っていた。千年埋もれた宝石のようで、美しさはこの世のものとは思えなかった。これほど美しいものを見たのは初めてで、ぼうっとしてしまった。


白い蛇は何も言わず、ただ顔を向けて再び目を閉じた。もう語りたくないというように。小さなフラはこれ以上聞けなかった。ゆっくりと立ち上がり、深々とお辞儀をし、一歩一歩後ずさりしてから向きを変えて去っていった。


洞窟の出口に差し掛かったところで、思わず振り返った。あの白い蛇は、依然として静かに暗闇の中に盤を巻いていた。まるでいつかの瞬間を待ち続けているようだった。


フラは視線を戻し、洞窟を出た。あの低い呼吸音が洞窟の中にゆっくりと響き渡っていた。洞窟の入口の蛇たちは彼女が出てくるのを見ると、態度が大きく変わっていた。何匹かの蛇が彼女に対して小さくうなずくような動作をした。数分前とは全く別人に対するような態度だった。あるいは「仲間」として見られているのだろうか?フラはそう思ったが、長居はしなかった。


家に帰ると、空はすでにうっすらと暗くなっていた。部屋の中には灯りが灯り、親しみのある温もりが迎えてくれた。それは「生」の気息で、死と隣り合わせだった後の再生だった。


夫のエンセイは先に帰宅しており、今は部屋の中に立って、精巧に編まれた赤ちゃん用のかごを手に持っていた。彼女が入ってきても様子の異変に気づかず、すぐに駆け寄ってきた。


「フラ、帰ってきたのか!」


笑顔で手のかごを差し出した。まるで戦利品を見せるかのようだったが、実はプレゼントだった。


「見てくれ、村の入口の編み物屋さんがくれたんだ。」


フラはかごを受け取った。細密な編み目、柔らかな裏地、そしてかすかな草の香りがした。その草はまた天日に干されたもので、陽光の匂いも混じっていた。制作者が大変な手間をかけたことがよくわかった。

口角が自然に上がった。それは未来への柔らかな笑みだった。しかしそれは数秒しか続かなかった。山洞の光景が脳裏に浮かんだ。巨大な体が白い光を放ち、赤い双眸が自分の視線と交わり、そして言葉が、この世界には人間だけがいるのではないと彼女に教えてくれた。


笑顔がひっそりと消え、それがようやく鈍感なエンセイの異変への気づきを促した。


「どうした?」彼はわずかに眉をひそめ、語調に気遣いを込めた。少しでも傷つけたくないという思いが伝わってきた。


「気分が悪いのか?」彼は無意識に手を伸ばし、そっとお腹の上に置いた。動作は慎重で、まるで世界全体を守るかのようだった。


フラは彼の目を見て、われに返った。そして静かに首を振った。「いいえ……大丈夫。」


しばらく迷い、視線を逸らさなかった。それがエンセイをさらに心配させた。妻が何かを見たか聞いたかしたことは確かだと確信した。


フラは心の中で葛藤し、結局今日のことを一から洗いざらい夫に打ち明けることにした。一生を共にしようと選んだ人だから。山洞から始まり、あの奇妙な呼吸音、そして白い蛇のこと、腹痛を止めてくれたこと、白い蛇の言葉まで。ゆっくりと、穏やかに語った。まるでこの全てが本当にあったことなのかを確かめるように。


エンセイは聞くうちに、表情が次第に硬くなり、驚き、信じがたい様子へと変わっていった。口を開こうとしたが、しばらく言葉が出なかった。もし他の誰かから聞いた話なら、作り話として流していただろう。夕食の席で何気なく話すか、隣人との世間話の一つにでもしていたかもしれない。しかしこれはフラだった。自分の妻だった。彼は妻の言葉を全て信じた。


「あれは……蛇の妖じゃないかしら?」フラは自信なさそうに言った。書物を読んだことはあまりなかったが、妖の伝説は聞いたことがあった。


エンセイは黙り込み、眉をひそめて深く考え込んだ。そしてふいに笑顔を見せた。安堵したような笑みだった。


「いや、それは妖じゃない。」


フラは驚いた。「違うの?」


「もちろん違う。」エンセイは確かな口調で言った。


「あれは神様だ。」


「神様?」フラは困惑した表情を見せた。


エンセイは頷き、当然のように言った。「考えてみろよ。」


「もし妖なら、おまえはとっくに食われていた。」


「俺はまだおまえと子供に会えるのか?」


フラは呆けた。脳裏に白い蛇の姿が浮かんだ。やや冷淡な目差し、敵意のない声、そして妖らしくない優しい息吹で命まで救ってくれた。悪意のある妖にはできないようなことばかりではないか、なぜ気づかなかったのだろう?


考えすぎだったのだと彼女は思った。逆に、頭の単純な夫の方がより単純に、しかし核心をついた考え方をしていた。


「……確かに……そうかもしれない。」彼女は同意してそっと言った。


「だろう?」エンセイは笑いながら言った。「あれはきっと神様だよ。」


「鏡村を守りに来てくれたんだ。」


彼は言えば言うほど確信を深め、わずかに興奮さえ帯びてきた。鏡村の誰もが神様を見たことなどなかった。彼の父も、父の父も、ただの労働者にすぎなかった。普通の人間が伝説の神様に一生のうちに会えるはずがなかった。


「これは大事だ!」エンセイは興奮して机を叩いた。


「村長に知らせて、皆が神様の邪魔をしないようにしなければ!」そう言うと、向きを変えて出て行こうとした。


「待って!」しかしその時、フラは急いで彼の手首を掴んだ。エンセイの体は重く、彼女の体が前に傾いてしまった。エンセイは慌てて支え、お腹を撫でながら心配そうに聞いた。「どうした?」


フラは彼の目を見て、真剣な顔で言った。「あなたが行けば、皆必ず誤解する。」


「万が一、人食い蛇妖だと思われたら、どうするの?」


エンセイは頭をかき、少し気まずそうな表情をした。


「確かに……そうだな。」


「俺は……うまく話せないんだ。」彼は少し恥ずかしそうに笑った。彼は生まれつき鈍感で、求婚さえもフラの方から聞いてくれてようやく成り立ったほどだった。そうでなければ村で唯一一生独身を通した男になっていたかもしれない。


「やっぱりおまえが話す方がいいな。」


「俺の嫁は賢いな。」


フラは苦笑いした。エンセイのことをよく理解していて、この真面目な一面が好きだったが、心の奥の不安はいまだに消えなかった。


二人は躊躇することなく、燭火を消して外に出た。外は少し暗く、村にはただの松明があるだけで、灯油が高かったからだ。フラは足が軽く、お腹の重さも随分と楽になったと感じ、足取りが速かった。


「奥さん、ゆっくり歩いて。」エンセイは並んで歩いた。


「大丈夫、感じが……とてもいいの。」フラは生まれてから今まで、これほど軽やかな体を感じたことがなかった。妊娠前よりも体が楽に感じられた。


二人はすぐに村長の家に着いた。それは二階建ての家で、村で唯一の建物だった。屋根の瓦には赤い塗料が施され、村の中では目立っていた。皆が村長のために建てたもので、村長は何度も断ったが受け入れてもらえなかった。


エンセイが扉を叩くと、中から足を引きずる音が聞こえ、やがて扉が開いた。長い白い髭の老人が現れた。髭は腹近くまで垂れ、頭髪も真っ白でまばらだった。顔のしわは深く、身に纏っているのは簡素な布衣で、灰色の長袍を羽織っていた。


「村長殿。」エンセイが挨拶し、フラも軽く礼をした。


「どうした?こんな夜更けに。」老いた目でたくましいエンセイを見ると、顔に笑顔が浮かんでいたが、フラの顔には心配そうな様子があることに気づいた。


「その……少し事が……。」エンセイは一歩引いてフラを前に出した。一言でも間違えたくなかったからだ。


「大事なことがあって、中でお話しできますか?」フラが尋ねた。


村長は頷き、二人を屋内へ招き入れた。屋内は至ってシンプルで、長い木のテーブルに椅子が六脚、傍らには低い棚が階段の脇に置かれていた。二人を座らせると、自ら茶を注いだ。


「さあ話してくれ、どうした?」村長は穏やかな語調で、少しの気遣いを込めて聞いた。


フラは心の中で整理した。道すがらそうしていたのに、今になっても切り出し方がわからなかった。どこから話せばいいか、妖の存在を受け入れられる人間がいるかどうか心配だった。


夫に目をやると、彼は俯いて両手でお茶をすすっていた。緊張を隠そうとしているようで、自分だって同じだと思った。深く息を吸い込み、山洞で胎気が動いたところから話し始めた。穏やかに、筋道立てて、ゆっくりと語った。「妖」という言葉は意図的に避けた。


「あの方がいなければ、子供も私も、もうここにいなかったでしょう。」フラは最後にそう締めくくり、二度繰り返した。


村長はもともと気軽な様子でお茶をすすっていた。今年最大の出来事は年明けに旅人が一人来たことだと思っていたくらいだ。


しかし話の途中から、眉がだんだんと寄り始め、額に三本の横しわ、眉間に縦に三本のしわが刻まれた。聞き終えると、さらに自分のカップに茶を注ぎ、大きな一口を飲もうとしたが、熱さにむせ込んでしまった。髭にも茶がかかった。フラは急いで傍の棚から清潔そうな布を取り、差し出した。


「あ……ありがとう。」彼は布を受け取り、ゆっくりと髭を拭いた。


フラは心配そうに彼が俯いて拭う様子を見ていた。村長の心中はすでに嵐が吹き荒れていた。できることなら髭を長く拭えばいい、それで聞いたことを全て忘れられればと思った。


「村長殿?」フラが静かに呼びかけた。


村長はやっと我に返った。「ああ、そうだ、どうした?」とちょっと戸惑いながら問い返した。


夫婦二人は目を見合わせ、エンセイはフラの肩を叩き、安心させるような目を向けた。「つまり、あの……白蛇は……神様だと思うか?」と彼は少し気まずそうに言った。


村長はどう答えていいかわからなかった。俯いて深く考えた。眉間のしわはずっとほぐれなかった。フラの語りから判断すれば、あれは妖に違いなかった。これほどの年齢になっても、妖を見た者は誰もいなかった。以前の村長たちも妖を見たことはなかっただろう、と心の中で思った。


「あなたの言ったこと……本当のことか?」すでに話の大方を聞き終えていたが、それでもまた確かめたかった。目を上げてフラを見た。嘘をついているかどうかを確かめたかったが、こんな嘘をついて何の意味があるのか?


「本当です。」フラは確かに頷いた。


「もしかして……胎気が動いて目がかすんだのでは?」村長は聞いた。


「そんなはずがない、本当に見たのです、あの白い蛇を。」


「もし、信じないなら、今すぐ一緒に見に行けます!」フラは声を高めた。


村長は骨と皮だけの手を空中でそっと押さえるように振った。「いや、信じないわけでは、ただ……。」

「私たちは誰も妖を見たことがなくて……。」


「そうだな、エンセイ、小林と大森を呼んできてくれ。」


エンセイはしばらく呆けてから、心の中でその二人の顔を思い浮かべ、力強く頷いて向きを変えて外へ出た。しばらくすると、同じく年老いた二人の老人が急いでやって来た。一人は頭頂部が禿げて短い髭、もう一人は半白の髪に中程度の長さの髭をたくわえ、手に杖をついていた。見るからに適当に木を削って作ったものだった。


「村長、何事だ?そんなに急いで呼ぶなんて?」


「そうよ、道中でエンセイは何も教えてくれなかったが。」


二人は不思議そうに口を開いた。村長は座るよう促してから、フラに先ほどの経緯をまた細かく話すよう頼んだ。三度目だったが、多くの細節を思い出していた。洞窟の前にいた小さな蛇たちのことも含めて。

彼女の語りとともに、二人の表情は次第に変わった。困惑から驚き、そして隠しきれない不安と緊張へ、最後は揃って眉をひそめた。村長とエンセイは数分前の自分たちを見ているようで、二度目だったが今も衝撃は消えず、しかし気持ちは随分と落ち着いていた。


「二人を呼んだのは、あの……白蛇……様をどう扱うかを相談したかったからだ。」


村長が話す時、思わず左右を見回した。どこかから赤い瞳が自分を見ているような気がして、あるいは蛇が舌を出す音がするような気がして。相手は妖なのだから、どんな不思議な能力があるかも確かめようがなかった。


「妖……なのか?」大森は自分の禿頭を掻き、語調に迷いがあった。


傍の小林は指で髭を巻きながら俯いて考え込んだ。三人の中では年長で見識が最も広かった。村長の決断に反対することはほとんどなかったが、村の大事なことについては往々にしてこの三人で共同決定を行っていた。


「本当に妖がいるの?」小林が聞いた。


「信じるよ、本当のことだ。信じないなら今すぐその山洞を見に行こう。」村長は言った。


「いや、いいです、信じます、信じます。」小林は急いで手を振り、思わず身震いした。


「でも……もし妖なら……それはちょっと……良くないような……。」小林はつぶやいた。何せ妖であり、野獣と同じで、何を考えているかは誰にもわからない。或いは何か目的があって人を救ったのかもしれず、良い妖かどうかは誰にも断言できない。


村長はため息をついた。若い頃から老いるまで四十余年、小林の語気の意味はよくわかった。「私たちにどうにかできるのか?」と無力に言った。


二人は顔を見合わせ、同時に無言で俯いた。小林も妖を追い出そうとしても絶対に不可能だとわかっていた。村の人々が持つ唯一の武器は木を切る斧で、装備の良い兵士でさえ妖の相手にはなれない。まして芙拉の言う白い蛇の体型は、脳内で想像しきれないほど巨大だった。


「村長、あなたの意見は?」大森はいつも村長の意見を先に聞いてから、より良い選択肢がないかを考えた。三人の個性は異なり、思考方法も違い、互いを補い合う三角関係を作っていた。村長の個性は三人の中で最も果断で、長い年月のうちに二人が彼を主とするようになっていた。


村長はしばらく黙り込んだ。難問だった。以前の村長たちは絶対にこれほど厄介な問題には直面しなかったはずだと思えた。気がつくと場の空気がだんだんと重くなり、悪い方向へ向かっているようだった。鈍感なエンセイはたまりかねて口を挟んだ。「あれが俺の妻を救ってくれたんだから、あれは良い妖だ。」と彼は単純にそう思っていた。その単純さが問題をさらにシンプルにした。


「でも俺はやっぱり神様だと思うがな。」エンセイはひとりごとのように言った。三人は答えなかった。

大森はそれを聞き入れたものの、幼い頃から長老たちが繰り返し語っていた妖の話を思い出した。妖は狡猾で、老いて死ぬまで実際には誰も妖を見たことがなかったが、大森はその言葉を永遠に覚えていた。だから彼は言った。「でも……妖というのは、聞いたところでは、みんな狡猾で、もしかして……。」


「違います!」フラはすかさず遮った。語調に焦りが混じり、すぐに失態に気づいて口を押さえた。三人の老人は彼女の無礼を気にする様子はなく、ただ蛇妖の行く末について考え続けた。それは些細な礼節よりはるかに重要なことだったから。


この全てを経験したフラ自身も、もちろん心配したり、恐れたり、絶望したりした。しかしあの一息が彼女の命を救い、全ての懸念を吹き飛ばしていた。


「あの方は……本当に優しかったです。自分の目で見ました、本当のことです。」フラの声には懇願が混じり、救ってくれた白い蛇のことを誰かに誤解してほしくないという強い気持ちが伝わってきた。


村長はゆっくりと頷き、心の中にはすでに答えが出ていた。咳払いをして、語調は低く、態度は揺るぎなかった。「実のところ、あれをここから追い出したくても、私たちには力がない。ましてあれを怒らせでもしたら、どんな結果になるかは想像を絶する。」


屋内は再び沈黙に包まれ、空気が重くなった。これまでの村のどんな決断も、今回のように村全体の生死を左右するほどの重大さはなかった。この小さな屋内にいる一人一人が、白い蛇の妖を怒らせた時の結末を想像できなかった。家の孫はまだ成人していないし、息子は街に出たまま帰っていない。皆の思考が空中で混乱しているようだった。


村長は以前外地から来た旅人のことを思い出した。旅人の言葉から、神への供え物について聞いたことがあった。男神、女神、そしてその中に蛇神も含まれていた。思考が次第に明確になり、二兎を得る方法が浮かんできた。白い蛇は神ではないかもしれないが、人間の世界における仙と見なすことはできるかもしれない。


考えを巡らせてから、やっと口を開いた。「いっそ……蛇仙様として祀ることにして、ここに安心して居てもらおう。」


村長の語調は少し探りを入れるような、また期待を込めるようなものだった。「もしかしたらあの方を満足させることで、本当に村を守ってくれるかもしれない。」


大森と小林は顔を見合わせた。思考を尽くしてもどんな方法も満足のいくものにはならなかった。自分たちの短い生涯の中で得た思考の限界があり、妖との共存を完璧に処理できる方法は一つも思いつかなかった。


彼らにとって、人間と妖の差は余りにも大きく、村の全員が自分たちを含めて、ただ安穏に一生を過ごしたいと思っているに過ぎなかった。村長の提案する蛇仙信仰は、明らかに人々の安心感を高めることができるものだった。


「それならば……。」


「そう決めよう。」


大森と小林は同意した。同意せざるを得なかった。老いた頭ではこれ以上の方法が思い浮かばず、ただ同意するしかなかった。


「でも……念のため、何か備えも必要ではないか?」大森は聞いた。やはり妖を完全に信じることができず、長老の言葉が夢うつつのようにまだ耳元で響いていた。


村長は頷き、同意を示した。考えながら言った。「警戒線を一本引いて、村まで繋ごう。万が一の時には、すぐに村の人々を避難させられる。」


小林が補足した。「木の上に何枚か網を張るのもいいかもしれない、少し時間を稼げる。」


「それは良い考えだ。」


村長は脳内であまり詳しくない林を思い浮かべた。フラはこれを余計なことだと思ったが、あの方を良い妖だとずっと思っていた。しかし、こういう結果になったことには十分満足していたため、三人の老人の考えを否定しなかった。


翌朝早く、村長は招集の鑼を打ち鳴らした。村人たちは鑼の音を聞いて不思議に思ったが、村の中央へと集まってきた。全員と言っても、二百人に満たない人数だった。村の中央は比較的広く、木製の台が置かれていた。普段はそこに古いものが置かれ、必要な人が持っていけるようになっていた。時折村長がそこで話すことがあったが、十余年で二度だけで、一度は外来の旅人が物々交換を望んだ時、もう一度は嵐砦の城主が税を増やしたい時だった。


「今日はどうした?何か大事があるのか?」一人の男が言った。まだ割りかけの薪を手に持っていた。置いてくるのを忘れたようだ。


「まさか税金がまた上がるんじゃないよね?」子供を抱いた婦人が聞いた。


「きっとそんなことはないでしょう、三年前に上がったばかりで、また上げたら子供も養えなくなる。」別の婦人が少し不満げに言った。


「咳咳、皆さん、少し静かにしてください。」村長は鑼を軽く叩き、いくらか音を立てた。ようやく皆が静まり返った。


「今日実は……。」


村長の言葉が喉に詰まったように、突然声が出なくなった。大森が軽く咳払いをしてはっとさせた。


「あの……フラさん、皆さんご存知でしょう?」村長はそう言いながら、フラに手招きした。


彼女は妊娠したお腹を撫でながら、人群れの中からゆっくりと出てきた。エンセイが傍に付き添った。


「フラって果物の木を育てている人だっけ?」ある中年の男が聞いた。ぼさぼさの髭をたくわえ、声が低かった。


「そう、そうそう、彼女だ。」傍の婦人が答えた。男の妻と見え、声がやや甲高かった。


「では……フラさんに皆さんに話してもらいましょう。」村長は一歩引き、フラを中央に立たせた。実は本当はそうしたくなかったが、やはり言い出せなかった。当事者に話させた方が説得力があるかもしれないとは思っていたが、それは自分の弱さから目を逸らす言い訳だと心の中で自覚していた。


フラは台に上がった。村長の意図は見え見えだったが、これが最善の手配かもしれないと思った。胸をぽんと叩き、冷静になろうとしたが、下の人々の視線を浴びると、心拍が自然と速くなった。


「どうしよう?この人たちは受け入れてくれるだろうか?」と心の中で思った。


「妖、あれは妖だ。」


「絶対に追い出せ!」


見知った顔が見知らぬ者のように感じられ、絶えず妖の存在を疑い、ここから逃げ出したいと思った。

「皆に知らせない方が、むしろ良いことかもしれない。」


「でも誰かが偶然発見したら?どうすれば、どうすればいい?」


フラは目眩を感じ、全ての視線が自分に向けられていた。突然、大きな手が彼女の手を握った。温かく力強かった。我に返ると、夫のエンセイがいつの間にか台の上に立っていた。


「安心しろ、おまえと……子供の命を救ってくれた蛇仙様だぞ。」彼はフラの膨らんだお腹を見ながら、自分の言葉を固く信じていた。


「そう、確かにそうよ。」フラは白い蛇の姿を思い出した。妖らしくない優しさ、食べようとしていれば、こんなことをする必要はなかったはずだ。


深く息を吸い込み、小さな蛇を見たところから話し始めた。皆はもともと小声で話し合っていたが、神木ほど大きな白い蛇のところになると、場内が水を打ったように静まり返った。聞こえるのは村に吹く風と、鑼が木の柱に当たる鈍い音だけだった。彼女はまるで語り部のように物語を語り、それは妖ではなく、命を救った蛇仙の話だった。


もしこれがただの物語なら、非常に面白い話だっただろう。しかし皆はフラのことを知っており、村長がこんな方法で皆をからかうはずがないとも知っていた。白い蛇の妖は本当に存在し、鏡村に、子供の頃に皆が行ったことのある山洞の中にいるのだ。


フラは人に対してとても親切で、エンセイは体格の良いぶっきらぼうな男だった。村人たちの目には、これは実直な夫婦だと映っていたが、それでも相手は妖だった。


「妖……妖なの?本当に妖がいるの?」数人の婦人がガタガタと震えながら互いに聞き合った。


「妖だと言ったのか?」男たちは少し甘く見ていた。妖も殺せると天真爛漫に思っており、木を切るための斧を握り直した。


「お母さん、白い蛇妖は子供を食べるの?」何人かの子供が無邪気に聞き、傍の母親は眉をひそめた。


村人たちの議論を聞いて、フラは思わず数歩後退した。妖を受け入れられる者はいなかった。特にこんなに近い場所にいるとなれば。あるいは夜のうちに子供が食べられてしまうかも、あるいは気分が良ければ牛や羊しか食べないかも?彼女はそこまで考えていなかった。ただ単純に、白い蛇が自分の命を救ってくれたと思っていた。しかしあの方が人間の命を気にかけているかどうかといえば、あの目を思い出し、フラには白い蛇が人間の命を全く気にしていないとわかった。


村長は深くしわを刻み、何か言おうとしたが、皆の議論や恐怖の声を聞いて心が揺れた。やはり蛇妖を追い出すべきかもしれない。大森と小林の方を向くと、二人も何も言っていなかった。


エンセイは震える妻が哀れで、台下の人々を見渡し、決心した。傍の小さな鑼槌を取り上げて何度もその哀れな小さな鑼を叩いた。当、当、当という音が響いたが、鑼が吹き飛んで地面に落ち、雑多な音を立てた。しかし人々の声はほんの少ししか収まらなかった。


「静かに!」エンセイが怒鳴った。


「あの方は俺の妻と子供を救ってくれた!」


「それで十分だ!」


「俺の妻の恩人に手を出そうとする奴は、俺が最初に許さない。」


力強い両足で木製の台を踏み鳴らした。鑼の金属音よりも大きな音が響き、場内が一瞬にして静まり返った。エンセイの顔は熟れたリンゴのように真っ赤になっていた。フラは彼の背中を見てふと安心感を覚え、エンセイの手首を引いて落ち着かせた。


フラはゆっくりと前へ歩み出て、無数の目を見渡した。洞窟の前の小さな蛇たちと、白い蛇の赤い瞳が目に浮かんだ。お腹を撫でながら、ゆっくりと口を開いた。


「夫と私は、やっと子供を授かりました。」


「この子をとても大切にしています。」


「でも、自分の体のことは自分が一番よくわかっています。」


「子を身ごもることは、母の体にとって大きな負担です。」


「でも母親として、子供に最善のものを与えます。たとえそれが命であっても。」


「私はもう少しで子供を失うところでした。夫は私を失うところでした。」


「白い蛇様が、私に二度目のチャンスをくださいました。」


「誰もがあの方を敬うことを求めはしません。でも私の心の中で、あの方は命の恩人です。」


フラはゆっくりとお辞儀をした。涙がそっと地面に落ちた。二度目の命と子供のことに感謝した。場内は依然として静かで、婦人たちは自分の子供を抱きしめた。母親の重さは彼女たちにはよくわかっていた。もし自分の子供が命の危機に瀕していて、誰かが、あるいは何かが命を救ってくれたなら、母親として、たとえ一生をかけて恩返しをしても惜しくはないと思うだろう。


この感情は伝染病のように広がり始め、やがて誰かが旅人から聞いた伝説の話を始めた。どこかの神への信仰、伝説の仙のことを。


「もし人を救えるなら、良い妖ってことでしょう?」ある婦人がそう言った。二人の子供を抱いていた。一人は赤ちゃん、もう一人は五六歳ほどだった。


「妖だなんて、私は蛇仙様と呼ぶわ。」別の婦人が言った。


「うちの子が毎日病気がちで、蛇仙様にお願いして体を丈夫にしてもらわないと。」また別の婦人が言った。


「チェッ、女たちよ、ただの蛇じゃないか。」鍬を持った男が少し馬鹿にした様子で言った。彼らは信仰にそれほど強い感情を持っておらず、稼いだ銅銭こそが現実だと思っていた。


「何を言ってるの?」傍の婦人がつま先を立てた。どうやら妻のようだ。


「あなたが不器用で、毎日傷だらけなのに、私は山に行って蛇仙様にあなたの無事を祈ろうとしていたのよ、知ってる?」婦人は男の耳を引っ張り、体格はずっと小さいのに男は全く抵抗しなかった。


「知ってる知ってる、そうだ、そうだ、蛇仙様だ。」男は命乞いするように言った。


「蛇仙様、蛇仙様!」数人の婦人が叫び始めた。子供のためなら何でも捧げられる、ましてこのような信仰なら。フラはその様子を見て涙を拭い、微笑んだ。


村長はフラの肩を叩いた。「申し訳なかった。」と言った。


「一人の女性に……負担をかけてしまって。」村長はため息をついた。先ほどの沈黙した自分を恥じた。

「そんなことを言わないでください、村長殿。」


「私が直接経験したことですから、直接見なければ信じられないのは当然のことです。」フラは村長の手をぽんと叩いた。


その後数日で、村長が人々を率いて山洞へ続く道を二人が並んで歩ける小径に切り開き、山洞の周りの木には縄が結ばれ、一本一本がつながって結界のように半円を囲んでいた。それらはただの普通の縄目で伝説のような法力はなかったが、確かに人間と山洞内の未知の存在を隔てた。村人たちは注意深く作業し、洞窟の入口の蛇たちを刺激しないように気をつけた。しかしこれらの蛇は、誰にも近づかず攻撃もせず、ただ静かにそこにいた。これに作業者たちは舌を巻き、暇があればこれらの蛇の話をするようになり、だんだんと白い蛇への信仰が深まっていった。これこそフラが最も見たかった結果だった。


村長は人を手近に立たせ、長い縄を村まで伸ばした。道案内のようで、上にはいくつかの鈴が付いており、風が吹けば軽やかな音が鳴った。何かあれば、番人が縄を引っ張るだけで素早く知らせることができた。それはいざとなれば命からがら逃げるための警告だった。この道の木の上にはいくつかの大きな網もあり、木に縛られた縄を引けば網が落ちた。役に立つかどうかはわからなかったが、少なくとも見ていると安心できた。


最終的に規則が定められた。誰も蛇仙様がお休みの場所に近づいてはならず、まして中に入ることなど言語道断だった。しかしそれでも多くの婦人が夕日が沈む頃、洞窟の入口付近まで来て、中に向かって両手を合わせて願いを唱えた。子供が平安に育ちますように、夫が健康でいられますように、など。中の白い蛇は何の反応も示さず、安定した呼吸音が響き続けるだけだった。


フラだけが洞窟に入ることを許されていた。かつてあの方に命を救われ、蛇仙様からの信頼の証でもあった。


全てが完成した数日後、フラはついに勇気を出し、再び蛇の群れをくぐり抜けて山洞へと踏み入った。あの馴染みのある暗闇と、心の奥底まで届く呼吸音は依然としてそこにあり、白い蛇も元の場所に、まるでずっと動いていなかったかのようにいた。


「蛇仙様……。」


彼女はそっと口を開いた。「何か……必要なものはありますか?」


「何でも……。」フラの語調には期待が込められていた。毎年蛇仙に近づくことを許された唯一の人間なのだから。


白い蛇は目を開けなかった。ただ淡々と一言言っただけだった。「必要ない。」


「……。」


そして再び眠りに落ちた。まるでこの世の全てが自分には関係のないことのように。フラはその場に立って、しばらく無言だった。ふとあることに気がついた。あるいはこの「蛇仙」は村を守りに来たのではなく、ただここで何かを待っているだけなのかもしれない。


数ヶ月後、鏡村へ続く山道に、一人の旅人が現れた。


「ふう……このあたりのはずだ。」


それは一人の青年で、年齢はさほど多くなく、二十歳そこそこだった。しかし表情は年齢に似合わず、眉間に沈着内省の気があり、まるで風雪の洗礼を経た後にだけ残るような落ち着きで、この年齢には似つかわしくない様子だった。


彼は低い声でひとりごとを言った。まるで誰かに話しかけているようで、また単なる習慣的な確認のようでもあった。「早めに着いた方が……安全だろう?」


青年は肩の斜めがけの小さなバッグを引っ張った。それは素朴で、質素とも言えるような荷物で、しかし軽快で機能的で、長旅に慣れた者のようだった。


少し先に、牛車を引く老人がゆっくりと進んでいた。二人の視線が空中で短く交わり、老人は爽やかな笑顔を見せた。薄いシャツがもう汗で濡れ、背中と胸に密着し、ズボンのすそには泥がついていて、道中の疲れが見て取れた。


「ほう?外地からの旅人かね?」


「こんな場所には珍しいな。」


青年は軽く頷き、穏やかな語調で言った。「こんにちは、私は隆駈から来ました。」


「隆駈?」老人は少し詰まり、眉をひそめながら記憶の中を探った。しばらくして断片的な噂から印象を掻き集めてきたようで、顔に驚きを浮かべた。


「それはずいぶん遠いな!」思わず驚きを上げ、改めて青年をまじまじと見た。頭の天辺から爪先まで丁寧に確認した。「そんなに若いのに、こんな小さな村に来るとは珍しい。」


青年は淡々と微笑んだ。「まあ、旅と思えばいいですよ。」


老人はそれを聞いて思わず笑い声を上げた。若い頃、彼も外の世界を想像したことがあった。遠くの町、見たことのない景色。しかし瞬く間に年を取り、両足はこの土地を一歩も踏み出したことがなかった。

「若いっていいな。」彼は低く嘆いた。「私たちのような者は、一生村から出たことがない。」


牛車はゆっくりと進み、木の輪が土の道を転がり、規則的で鈍い音を立てた。この道を、もう七十の夏を歩き続けてきた。全ての轍が記憶に刻まれているようだった。


「隆駈は大きな都市だよな?」


「ええ。」青年は頷いた。「海港都市で、大きいです。」


老人は遠くを眺め、視線は少し空虚だったが、かすかな光を帯びていた。頭の中で見たことのない海を描こうとした。あるいは鏡湖のようなものかもしれない?ただそれよりも大きく、際限がない。


しかし遠い海よりも、目の前の青年のことがより気になった。外来者はほとんど見たことがなく、せいぜい数人の中年商人が荷物を持って行き来するくらいだった。しかしこの若者は違っていた。荷物は少なく、落ち着いていて、全く商人には見えなかった。その少し幼さの残る顔は、かえって判断を難しくした。


「隆駈の商人かな?」老人は自信なさそうに聞き、額の汗を拭いた。


青年は首を振った。「商人証を取るのは難しいので。」


「そうなのか?証明書が必要なのか。」


「大きな都市の商人は証明書がないと詐欺師扱いされます。」青年は言いながら、隆駈の商会の大門を思い出した。左右に龍頭人身の像が立ち、三階建てほどの高さの拱門が中央に立っていた。


中州に位置する隆駈は陵尾家の領地で、この代の城主は三十代の男で能古という名だった。深緑の髪を持ち、女性的な顔立ちで、多くの人が彼は母親と龍王の間に生まれた子供だと噂していた。隆駈の海港には、龍頭人身と白地の旗が多く立てられていた。


他の海港都市と比べて、隆駈の漁獲の種類はより多く、交易する商船も非常に多かった。そのため様々な違法な営業場所も多く、陵尾家がその違法ビジネスにも関与しているから見て見ぬふりをしているという話もあった。


「でも私たちの村の人も大きな都市で取引したことがあるけれど、そんな話は聞いたことがないな……。」老人は思い出していた。以前村に来た商人からも聞いたことがなかった。


「それはあなたたちが行く場合、城外でしか取引できないからです。」


「少し……その、いろいろな人が混じっているような場所です……。」青年は少し申し訳なさそうに老人を見た。自分が上から見下ろしているような印象を与えたくなかった。


老人は気にせず、頷いて言った。「そうなのか、なるほど。」


「若者よ、商人でもないし、学者にも見えないが。」


「こんな小さな村に何の用だ?」老人は息をついたが、足は止めなかった。老いても一息で村まで歩ける自信があった。


青年は黙って老人を見た。どこまで話すべきか計っているようだった。山道を風が掠め過ぎ、彼は顔を上げ、相手の目を見据えた。


「老人さん。」


「妖がいると信じますか?」


言葉が落ちた瞬間、老人の表情が彼の目の中で固まった。


それは単純な困惑ではなく、もっと深いもの、逡巡、忌避、さらには隠れた恐怖が、皺の刻まれた顔の上に隠しようもなく浮かんでいた。


青年はわずかに微笑んだ。その笑みは薄く、しかし年齢に似合わぬ鋭い洞察を帯びていた。相手の目の中に、ある種の見覚えのある影を見た。それは「妖」について知っている者だけが見せる反応だった。

「見たことが……?」彼は静かに聞いた。


「な、な、な、ない!」老人はすかさず否定し、声がやや急いでいた。「こんな小さなところに、な、なんの妖が……ははは。」


笑い声は乾いて硬く、まるで無理やり絞り出したようだった。青年を見ることができなくなり、急いで視線を逸らした。足取りが知らず知らずのうちに速まり、牛を引いて村の方向へ歩いて行った。まるで十分速く歩けば、後ろの者を振り切れるかのように。


視線を逸らしたその一瞬の動作は、本能的な逃避のようでもあり、見透かされた後の罪悪感のようでもあった。薄いシャツはすでに汗でびっしょりで、今また冷や汗が加わり、背中に貼りつき、ねっとりと冷たかった。後ろから足音がぴったりとついてきた。急ぎでも緩くでもなく、まるで影のように振り払えなかった。振り返らなくても、あの若者がまだいることはわかった。


催促もせず、再び口を開くこともなく、ただ黙ってついてきた。だからこそ、そのプレッシャーはかえって深かった。老人はその視線を感じた。針が背中に刺さるように、思わず足取りを速めた。しかし速めれば速めるほど、みっともなさが増した。


青年は内心で少し安堵した。今回の仕事はもっと難儀だと思っていた。もしかしたらかなりの努力が必要かもしれないと。しかし今は、こんなにも早く運に恵まれたことで、ずっと楽になるかもしれないと思った。


決心したからには、もう多くを問わず、ただ静かについて行くだけだった。沈黙が二人の間に広がり、目に見えない縄のように一端が彼に結ばれ、もう一端が前の老人に縛りついていた。

老人の足取りはますます速くなり、ほとんど逃げるようだった。しかし手の中の牛が突然低い鳴き声を何度も上げた。粗々しく不満げで、この絶え間ない急かしへの抗議のようだった。一日中歩いてもう休むべき時に、強引に引き続けられていた。足取りも鈍くなり、この牛の鳴き声が老人をよりみっともなく見せた。


二人はそのまま前後して、それ以上言葉を交わさず、塵土を踏みながら、ついに村の入口に到着した。

忙しくしていた何人かの村人が顔を上げ、老人を見ると手を振って挨拶した。自然な笑顔で、日常のごく普通の光景のようだった。ただ後方の見知らぬ青年に視線が移ると、笑みが少し収まった。外地からの旅人がこんな時に来るとは思っていなかったのだ。


「あの人は誰?」


視線はすぐに青年に集中し、囁き声と議論が交わり始めた。好奇心に少しの警戒が混じっていた。こんなに辺鄙な村にとって、外来者は本当に珍しかった。


彼らは青年をじっくりと眺めた。先ほどの老人と同じように。青年は墨緑色の上衣を着ていた。綿製品で、ズボンはおそらく麻製で、靴も素朴で模様もなかった。大きな都市から来た旅人には見えず、荷物も何もなく、小さなバッグがあるだけだった。


子供たちは手作りの木の笛を吹いていた。木から手で削り出したもので、穴が三つだけあった。元気よく吹いて楽しいメロディーを奏でていた。それは東方の童謡で、海神が赤ちゃんを連れてきた、命をもたらしたという内容だった。この子供たちは外来者を初めて見て、吹くのをやめ、好奇心いっぱいに眺めた。

「隆駈から来たと言っていた。」老人はひと言だけ答え、顔の表情をしかめた。何か暗号を送っているようだったが、周りの者は意味がわからず、腹でも壊したのかと思った。


老人には、この村でずっと生活してきた隣人たちが自分の表情を読めるかどうかもわからなかった。向きを変えて青年に言った。「若者よ、……適当に見て回れ、私は先に行くから。」


本来なら鏡湖の場所を教えようかと思ったが、道中に蛇仙様への小径を発見されるかもしれないと思い、余計なことは言わなかった。外来者が正しい心の持ち主かどうかはわからなかった。


彼はこっそり相手を一瞥し、すぐに頭を低くして足取りを速め、村の中のある方向へ去って行った。それは村長の住む方向で、村で唯一の二階建ての家があった。


こんな素朴な小さな村では、嘘をつくのがあまり得意ではなかった。声の震え、視線の逃がし方、急いで去って行く足取り、全ての細節が「自分は妖を知っている」という四文字を顔に書いているようだった。青年はその場に立ち、口元がわずかに弧を描いた。思わず笑い出しそうだった。


ゆっくりと息を吐き、視線がゆっくりと周りを巡った。


「あまりにも直接的……やぶをつついて蛇を出してしまわないだろうか?」彼の声はとても低く、ほぼ喉の中を滑り落ちただけだった。


「若者よ。」一人の婦人が竹かごを編んでいて、額の汗を拭いた。


「あなたは……商人ですか?」彼女は青年の服装を見て、自信なさそうに聞いた。


「違います。」青年は首を振り、笑いながら言った。


「ここには、妖がいますか?」彼は聞いた。


青年はこの婦人の顔の変化を仔細に観察した。少し前に見たのと、老人と全く同じ表情だった。彼女も妖を見たのか?


「妖……妖?な……なんの妖?」婦人の手の半分だけ編んだかごから、一切れの竹が飛んで地面に落ちた。

「ああ、いないはずですが。」青年は言った。


「そう、そうよ、いないわ、もちろんいない。」


傍の村人たちは彼の言葉を聞いて、急いで顔を逸らし自分の仕事に忙しそうにした。しかし青年には明らかに、彼らはただ仕事をするふりをしているだけだとわかった。しかも一人や二人ではなく、全員が同じ行動をとった。これには青年は大変驚いた。


「ここには妖はいないけれど、蛇は……。」一人の子供が言いかけたが、言い終わる前に別の婦人に口を塞がれた。


「子供はもう家に帰りなさい、こんなに遅くなって。」


青年は空を見上げた。ちょうど正午を過ぎたばかりで、全く遅くはなかった。子供たちも同様に困惑した表情を浮かべた。他の数人の婦人もそれぞれ自分の子供を連れて行き、彼らが余計なことを喋る機会を全く与えなかった。


「彼らは自分を警戒しているようだ。」


青年の思考が動き始めた。焦った推理ではなく、冷静で素早く、まるで刃のように各細節を切り離していった。無数の視線を気にせず、好奇心の、警戒心の、微かな敵意さえ帯びた視線を体に受け止めた。


こういう目は何度も見てきたが、今回は少し違った。妖を三度見てきた、三度とも命に関わるほどだったが、どれも今回のように自分を防備する対象が妖でも天狗でもなく、人間であることはなかった。


しかも、この人々の目には、あの老人だけでなく、他の村人も含めて、単純な恐怖ではなく、掩蔽と躊躇が交じった警戒心があり、何か知っているのに言い出せないような様子だった。


「……見たことがある。」ある直感が脳内に次第に形成されていった。


一人ではなく、村全体で。青年はゆっくりと息を吐き、目に喜びが隠しきれなかった。謎の答えを当てた子供のように。


「彼ら皆が知っている。」


「きっとそうだ。」


思考中、突然遠くから騒動が伝わってきた。扉の大きな衝突音、物が落ちて砕ける音、そして雑然とした足音。


続いて、一人の男が屋外に飛び出してきた。腕に顔の青ざめた妊婦を抱いており、表情は狼狽して、後ろにはさらに中年の婦人がついてきた。


「蛇仙様!蛇仙様だけが彼女を救える!」男は走りながら焦って大声を上げた。村に旅人が来ていることには全く気づいていなかった。


遠ざかっていた老人はその声を聞き、頭を重い一撃を受けたようにくらくらさせた。急いで振り返り、表情が驚きを隠せなかった。慌ててこれ以上動こうとしない老牛を木の杭に繋ぎ止め、それから全身の力を振り絞って、あの二階建ての家へと走って行った。他の者も顔色を変え、同時にあの若者に目を向けた。

「蛇仙様?」青年は耳が微かに動き、その言葉をはっきりと聞き取った。


敏感にも、これがこのたびの目的のものだと察した。そのため青年も後を追った。後方の数人の村民が顔を見合わせ、ある種の黙契を達成したようで、それぞれ手の仕事を置いた。噂話の中でしか聞いたことのなかった蛇仙様、そしてこの外地から来た青年、それが彼らの誰も気にしないようなこの小さな村で起きているのだ。


しかし多くの者が老人の去った方向へ走って行った。村長に知らせに行くようだ。そして他の者は青年の後ろにこっそりついてきた。


男は汗だくになりながら、妊婦を抱いて遠くの湖の方へと走って行った。足取りはよろめき、妊婦と胎児の重さが精悍な筋肉を浮き上がらせたが、離す気はなかった。腕の中の妻は自分の命より重かった。

青年は後を追いながら思った。「あの人はどこへ行く?あの蛇仙様とやらは湖の中にいるのか?」その後ろにはまた何人かの村民がついてきており、ほとんどが手の仕事を置いてきていた。


遠くに鏡のような湖面が静かに空を映していた。まるで碧蒼の空と湖面が繋がって仙境のような絵を描いているようだったが、青年には今それを楽しむ余裕はなかった。


彼の視線は木の上の縄に引き寄せられた。縄は数メートルごとに鈴をぶら下げ、村まで延びていた。風が吹くと軽やかな音がした。周りをよく観察すると、木の梢にはいくつかの大きな網もあった。こんな小さな村がこのような配置をするとは想像もできなかった。何かを防備しているのだ。それは決して狼のような生き物ではない。


青年は走りながら考えた。彼らの態度は恐怖とは違っていた。これは一時的に理解できなかった。


湖畔まではまだ遠かったが、男は慣れた様子で角を曲がった。そこは小さな径で、最近開墾されたばかりのようで、傍にはまだいくつかの道具が置かれていた。板敷きの道が林の中へと延び、ここにも縄と鈴が木に括り付けられていた。青年は細節を一つも見落としたくなかった。


ぼんやりとだが、遠くに自然の山洞が見えてきた。さほど大きくない洞口の外には、白い縄が半円を描いていた。最も奇妙に感じたのは、結界のような半円の中にも大小様々な色の蛇がやはり半円を描いていることだった。縄の外側には二人の見張りがいて、明らかにあの蛇たちにあまり近づきたくない様子だった。


男の走る姿が縄の外側に到着し、躊躇なく膝をついて座り込んだ。膝が地面と擦れる音がした。痛みは感じなかった。


「蛇仙様!蛇仙様!妻を助けてください!」口の中で大声を上げ、洞窟の中にいる者に聞こえるよう願った。声が洞窟の中で響き、また伝わって出てきた。


「だ、だめ……。」そのとき、腕の中の女性が弱々しく口を開いた。「邪魔をしては……蛇……蛇仙様に……。」


明らかに激しい苦痛に堪えていたが、それでも声を低く抑えようとしていた。彼女の意志の強さは相当なものだった。その足から血が数滴地面に落ちた。


「でも……でも……。」


青年は数歩近づき、洞窟の入口に視線を落とした。白い縄が風に揺れ、洞内から低くて規則的な呼吸音が伝わってきた。まるで何か巨大な生き物が眠っているような音だった。


「妖気?やはりここにいる。」


その気息は洞内からゆっくりと溢れ出ており、精純で濃厚で、無視できない妖気を帯びていた。まるで見えない潮のように空気の中に滲み入っていた。


青年は人群れの外に立ち、静かにその気息を感じながら、洞内へ直接踏み込むべきかどうか考えていた。相手は死に瀕していたが、それでも妖であった。どんな人間もどんな妖も軽く見てはならない。


彼は動かず、その場に足を止めた。目の前のこれら村民の顔色が彼を迷わせた。妖に対するべき反応ではなく、恐怖もなく、狼狽もなく、さらには本能的な排斥さえもなく、むしろほぼ敬虔に近い尊敬だった。これが最も不自然なところだった。


「……なぜ?」青年は人群れの中に立ち、目がわずかに沈んで、この全てを見ていた。


その時、見張りの二人の壮漢に外来者の顔がはっきりと見えた。「お前は何をするつもりだ?」


彼らは躊躇なく前に出て、青年の前に立ちはだかった。体格は高い壁のように、目の前の陽光を遮った。後からついてきた数人の婦人も素早く寄り集まり、乱れているが確固たる防衛線を作った。


「お前は……お前たちは……?」


地面に跪いている男が皆の視線を辿って振り返り、初めて見る青年を発見した。顔色は一瞬にしてさらに不安な色に染まった。


「お前は誰だ?」


青年は少しはっとして、すぐに気を取り直し、薄い笑みを浮かべた。懐から一枚の木の牌を取り出した。古朴な彫刻で、上には「冥」という文字が刻まれ、周りを八卦の紋と四種の異獣の図様が囲み、何とも言えない気息をかすかに放っていた。


「私の名は麿神です。」


声は高くはなかったが、明瞭で安定していた。


「妖行冥、死に瀕した妖を引き渡すことを専門としています。」


少し止まり、視線を皆に向けた。


「聞いたことが……ありますか?」


皆は顔を見合わせた。こんな名前は、この辺境の村にとってはあまりにも馴染みがなく、ほとんど荒唐無稽にすら聞こえた。


「どうやら聞いたことはないようですね。」麿神は気にせず、ただ軽く木の牌を収め、語調はいつも通りだった。


こういう反応は見慣れすぎていた。これが正常だった。だから彼らが妖を知っていたことは絶対に異常だった。視線は人群れを越えて洞窟の入口に向いた。


「中にいるのは……あなたたちの言う蛇仙様でしょう?」


彼は少しつま先を立てて、中の様子を見ようとした。一人の壮漢がすぐに横に一歩出て、彼の視線をまた遮った。


「お前……外地の者だろう?」


壮漢の語調は低く、圧迫感があった。「外地の者は近づくな。」


麿神は怒らず、ただ平静に相手を見た。ごく自然なことを見ているように。


「あなたたちの言う蛇仙様は、数百年、いや、もしかすると千年以上修行した蛇妖のはずです。」


語調は依然として平淡で、まるでごく普通の当たり前のことを言っているかのようだった。


「そしてその命は……もう尽きかけています。」


皆の顔色がその言葉の末尾で変化した。


「妖も死ぬの?」この問いは皆の心に浮かんだが、誰も声に出さなかった。


「妖は不老長寿ではないの?」皆が心の中で同じ疑問を持ったが、口に出す者はいなかった。場は大変默契よく沈黙に包まれた。


「本当に中にいるのは蛇妖なの?」一人の婦人が思わず口を開いたが、すぐに間違いに気づき、口を押さえた。両目が麿神を見つめた。この若い男は年齢は大したことなかったが、成熟していて危険なオーラを放っていた。


麿神は頷き、語調は非常に確かだった。「そうです。」


「これほど濃い妖気は、大妖のものに違いない。」


婦人たちは顔を見合わせた。フラと比べると、目の前のこの若者を信じることはできなかった。この期間、皆が蛇仙様に祈ってきたが、ずっと応答がなく、皆の前に姿を現したことも一度もなかった。しかしこれらの日々が過ぎ、全員が確信していた。あの方は誰も傷つけないと。それを思うと、彼女たちの目には警戒と不信感が満ちた。


「では……妖を退治しに来たの?」


跪いている男の声が震えた。もしこの人が妖を殺しに来たなら、一体誰が妻を救えるのか?


「違います。」麿神はほとんど間を置かずに否定した。


「私は妖退治師ではありません。」


この言葉に男は一息ついたが、次の言葉でまた心が張り詰めた。


「何もしなくても、あの方はもうすぐ死ぬのです。」


「私が来たのは、ただ引き渡しのためです。」


人群れが再び騒ぎ始めた。この若者が「妖の死を待つために」遠路はるばるやって来たというのは、荒唐無稽にも程があった。


「妖にも善悪がある。」


麿神は皆の考えなど気にせず、ただ自分で口を開いた。語調は依然として平静で、まるで既成事実を述べているようだった。


「もしあの方が悪い妖だったなら。」


その目が突然鋭くなり、まるで鎌が麦を刈るように、瞬時に皆を掃いた。


「あなたたちは、もうとっくに死んでいた。」


その場の全員が思いもしなかった。ひと言がこれほど重くなれるとは。相手は妖で、人間でない生き物だ。いや、正確には生き物と言えるのだろうか?誰にもわからなかった。


皆が知っていたのは、死がこれほど近いということだった。枕元にいるほど近くて、「蛇仙」という呼び名のせいでそれを忘れることを選んでいた。それは紛れもなく妖なのに。


ちょうどその時、遠くから急いだ足音が聞こえてきた。さらに多くの村民が遠くから駆けつけてきた。砂埃が立ち上るほどで、どうやら村中の者が来たようだった。最前列を走っていたのは、息を切らした村長だった。


「蛇仙様の邪魔をするな!」村長は走りながら叫んだ。この外来者が中の蛇仙様を怒らせないかと心配して。


「村長!」


「この若者が……その……妖を……あの……。」


「屍を引き取る?」「妖退治?」「いや、妖を殺しに来たのか?」


その場の婦人、老人、子供まで一斉に話し始め、洞窟の外は大混乱になり、村長の心は喉元に上がってきた。縄の向こう端には蛇仙様がいて、こちらは昼間の取引市場よりもひどい有様だった。


「静かに!」大森が低く一喝したが、すぐに恐る恐る口を押さえた。洞内から「静かに、静かに……」という声が響き渡ってきた。皆は同時に押し黙った。それが初めて、中にまだ蛇仙様がいることを思い出した。


皆がさっきまでしゃべり続けていた口を塞いだ。場は数秒間、誰も話さず、動こうともしなかった。風が吹き過ぎ、鈴の音が遠くから伝わってきた。洞内の低くて安定した呼吸音が、こんな時に特別に鮮明に聞こえた。さっきの騒ぎには気がつかなかったようだった。


皆はやっと一息ついた。村長は目でとがめるように大森を見た。彼は恥ずかしそうに頷いた。この時、小林が麿神を上から下まで改めた。語調は戒備に満ちていた。「若者よ、お前は誰だ?」


麿神はわずかに微笑み、少し前の言葉を繰り返した。「私の名は麿神、妖行冥、命の尽きかけた妖を引き渡すことを専門としています。」


「引き渡し……妖?」村長は眉をひそめた。


「簡単に言えば。」麿神は少し止まり、最も簡単な言い方にしようと決めた。「妖の遺体の世話をする人間のことです。」


「遺体の世話?」村長は少し呆けた。


「人が死ねば埋葬が必要なように、妖も同じです。」そう言って麿神の語調は突然冷たさを帯びた。「もし処理する者がいなければ、非常に深刻な事態になります。」


皆は表情を引き締めた。この若者はただ話しているだけで、高い声でさえなかったが、場の気温がいくらか下がったように感じた。何人かの壮漢もこの言葉の重さを感じ取った。どんな結果になるかは誰にも想像できなかったが、相手の語調が、それは彼が見てきた中で最も深刻な事態かもしれないと示していた。

「じゃあ……妖を殺すのか?」さっきついてきた人群れの中から、同じ質問をする者がいた。


「違います。」麿神は首を振り、非常に辛抱強くまた口を開いた。「妖は殺しません。」


「ただ死んだ後、送り届けるだけです。」


村長は彼の言葉の中から素早く要点を掴んだ。「つまり……蛇仙様はもうすぐ死ぬということか?」掩蔽しなかった。目の前の若者は何の敵意も感じさせず、言っていることは本当かもしれない。

「そうです。」麿神は頷き、語調はやや重かった。「だから私が来たのです。」


「あの方もきっと私が来ることを知っていると思います。」


「先にこれをやめてくれ!」突然、まだ地面に跪いていたエンセイが大声を上げた。語調は非常に焦っていた。「先にフラを助けてくれ!」腕の中の妊婦の呼吸は急促から今や微弱になり、いつ心拍が止まってもおかしくない様子だった。


全員の目がそちらに集まり、フラはすでに気を失っていることに気づいた。状況は万が一の危機だった。

麿神はしばし考え込んだ。この男の行動がどこか変だと思った。相手は妖で、人間は妖に恐怖を感じるはずなのに、この男が見せているのは違った。その場の全員と同じで、自分が彼らに中の白蛇が妖だと明確に告げているのに、恐怖の様子がなかった。


村長はこの青年の疑惑に気づき、肩を叩いて言った。「蛇仙様は、この妊婦を助けたことがあるのです。」


「なるほど。」


「だから彼女の体に微弱な妖気があるのか。」


麿神は合点がいったが、次の問いがすぐ出てきた。なぜ?なぜ蛇妖が普通の女性を助けるのか?理解できなかった。


「連れて入れ……。」


ちょうどその時、低くて悠長な声が彼の思考を遮った。その声は大きな鐘のように、全員の神経に当たった。皆は瞬時に硬直し、続いて身の毛がよだった。互いに顔を見合わせ、聞き間違いでないことを確認した。それは人間の声だったから。中に、本当に妖がいた。これまで洞口に向かって何度も祈ったが、今日初めて返答があった。


「蛇仙様が許可されたなら、中に入れましょう。」麿神はこの静寂の中で口を開いた。語調は依然として平静だった。「まだ方法があるかもしれない。」


村長は驚きをもって目の前の青年を見た。何があっても動じないようで、自分と比べると差が大きすぎた。自分の年齢を少し恥ずかしく思った。気持ちを立て直そうとして、少し命令口調で言った。「エンセイと産婆以外は外で待て、中に入るな!」


その場の全員が心を張り詰めた。村長がこれほど厳しい語調になるのを見たことがなかった。「じゃあ……彼は?」一人の壮漢が麿神を指した。


村長はちらっと彼を見て、多くを考えることなく言った。「彼は……普通の人間じゃない、中に入らせよ。」そして自ら白縄を解いた。


村長は踏み出して蛇の輪に近づこうとしたが、足を止めた。あの蛇たちは振り返らず洞窟の入口を見つめていた。安心して先へ進んだ。半円を囲む蛇たちはゆっくりと左右に動いて一本の道を作った。皆は感嘆の声を上げたが、村長や他の者は手のひらに汗をかき、心拍も速くなった。どこかの蛇に噛まれないかと恐れた。混じっていたのは多くの毒蛇だったから。しかし麿神は相変わらず何の表情もなく、それらの蛇を見ようともせず、まるで存在しないかのようだった。


村長は表面上は平静を装っていたが、内心はすでに嵐が吹き荒れていた。老齢になってからこんな感情はずいぶんなかった。今に至っても、所謂「蛇仙様」を実際に見たことはなかった。全てフラの口述でしか知らなかった。


低い鳴動が山洞の中に響いており、麿神はそのリズムある音を聞いてあの方の大限はまだ来ていないとわかり、少し安心した。まだ十分な時間があった。


角を曲がると、村長の足が明らかにひたっとした。壮観な一幕が瞳に映り込んだ。大きな白い蛇が盤を巻いており、まるで休んでいるようで、体の鱗は璀璨たる宝石のようで、陽光に当たって白い光を放ち、この山洞の中で特別に目を刺した。あの音はその蛇の呼吸で、岩壁の中に絶えず響いていた。


「蛇……蛇仙様……。」村長はもう何の疑いも残っていなかった。老化した脳内で精一杯言葉を組み立て、恐る恐る礼をした。


呼吸音が明らかに半拍止まり、それからあの巨大な白い体がゆっくりと動いた。頭を上げて目蓋を開いた。村長とエンセイは無意識に息を止めた。赤い瞳の視線がいく人かを掃って、麿神の上に止まった。

空気の中で嗅いだ。「……人間、しかし微かな妖気がある。」


「来たか。」


「妖行冥。」


麿神は頭を低くした。「はい、白蛇の先輩。」


白い蛇がまた口を開いた。「そんなに改まらなくていい、私の名前を言おう、私は白衣錦という。」

「ああ、白衣錦の先輩。」麿神は言い直した。礼儀よく頭を下げたが、明らかにそれは下から上への態度ではなく、見送る者の敬意だった。


村長はその時不思議と心が落ち着いてきた。この青年が蛇仙様を見た反応は、彼の想像と全く違っていた。人を欺く役者ではなかった。つまり相手の言っていることは本当かもしれない。蛇仙様の遺体の世話のために来たのだと、心の中でそっと受け入れた。


「お前は……随分早く来た。」


「ええ、それは……。」


麿神はしばし止まって、やはり目の前の白い蛇に事実を打ち明けることにした。ため息をついて、「実は……千件先生が天狗を見たのです。」


本来麿神は言いたくなかったが、白衣錦を見てから考えが変わった。あの方には名前がある。妖に名前があるということは、想像を絶する大妖だということだ。妖が自分で名前をつけることはできない。術法で名前を刻印してのみ、妖に命名できる。そして名前の重さに耐えられるのは、妖気の膨大な妖だけだ。


このような大妖の魂晶は百年以上経った美酒のようなもので、貪欲な天狗を引き寄せる。特に魂晶を吸い過ぎた天狗は、魂晶の影響を受けて意識が次第に消え去り、自分が誰かさえ忘れ、ただ魂晶への渇望だけが残り、魂晶を吸収することだけが満足感をもたらすようだった。


数日前にすでに仲間に知らせていたが、麿神は天狗に対応できるか確信が持てなかった。白衣錦は死に近づいていたが、それでもまだ妖だった。純粋に術法を使える人間や天狗と比べると、差はまだ相当なものだった。大量の魂晶を吸収した天狗でもその鴻溝を越えることはできない。


白衣錦は聞いてわずかに黙り込んだ。「そうか……。」


「あなたたちの予言師か?」


「そうです、彼は天狗の出現を予言しました……。」


「念のため仲間も向かっています。」


「ではお前たちに迷惑をかけるな。」


白衣錦はやや老成した様子で言った。言葉の中には極めて微かな死気があり、以前は大妖で愚かな天狗など殺してやったこともあったが、命の終わりに、その自信ある力はもはやなかった。


「これはもともと私がすべき仕事です。」麿神は微笑んで言った。一人の客に奉仕するかのように、行動挙止に卑屈さはなく、しかし恭しさが満ちていた。


「あとだいたい数ヶ月だろう、待っていてもらうことになる。」白衣錦は続けた。妖の無念といえば、自分の大限の日を知っていることだ。


「大丈夫です、村で待ちます。」


「この女は難産か?」白衣錦は苦しむフラを見て一言聞いた。


村長はちょうど一妖一人の対話に見入っていたが、白衣錦が突然向きを変えて問うのを聞き、しばし呆けてから我に返り、すぐに頷いて答えた。「はい、蛇仙様。」


「やれやれ。」


「あの時、胎気が動いたから、一息貸してやったのだが。」


「それでもそのうちの一人は助けられないか?」


村長には白衣錦の言葉が理解できなかった。傍の麿神に視線を向けた。二人の対話を聞き、村長はとっくにこの青年を普通の人間とは見なしていなかった。白衣錦と普通にコミュニケーションができる唯一の存在で、思わず心の中で感服した。


「先輩は、死産になると言っているのですか?」


「いや、彼女は双子を妊娠している。」


「胎気が動くと、一人は死ぬ。」


「一息貸してやれば助かると思ったが、どうやら無理だったようだ。」


麿神は眉をひそめた。思考を整理しながらフラを見た。腹の中に双子がいて、一人しか生きられなかった。もう一人はたとえまだ死んでいなくても、もう間に合わなかった。自分は医者ではないので、沈黙に陥った。


「もう一人生き延びた子も……障害が出るかもしれない。」


エンセイはフラのことを話しているのを聞き、自分の子供のことも含まれることに、妻も死ぬことさえあり得ると、胸の中の何かが押しつぶされたような感覚を覚えた。顔色は一瞬にして蒼白となった。「蛇仙様に救ってください!蛇仙様に救ってください!」白衣錦に向かって何度も頭を下げた。


「方法はありますか?」麿神は平静に聞いた。心の中では自分が学んできた全ての秘法を一通り思い浮かべていたが、それらは軽々しく使えるものではなかった。全ての術には代価があり、それは物であったり、生霊であったり、命であったりした。


白衣錦は目を閉じて考え込んでいるようだった。麿神は急かさず、ただ静かに待った。エンセイもこの時は静かになったが、絶え間なく擦り合わせる両腕と両足が、彼の極度の緊張を隠せなかった。しばらくして、決心したようで、とうとう目を開いて麿神を見た。


「ある。」


「私の魂晶の半分を彼らに渡す。」


「彼らを契子にする。」


麿神の表情がついに変化した。これが彼が村に来てから初めて驚きを見せた瞬間だった。契子の意味を彼は知っていた。契子になると、命が相手と結びつき、相手が死ななければ契子は助かる機会があった。しかし白衣錦はすでに命の終わりを迎えようとしていた。もし直接契子にすれば、白衣錦が死んだ日に、助けられたはずの契子も死んでしまうかもしれなかった。


もし自分の魂晶を分け与えるなら、意味は全く異なった。契子は独立した個体となり、結びついた主契とは何の関連もなくなる。つまり白衣錦が死んでも、契子は死なないということだ。全ての術には代価があり、そうすることの代価は、白衣錦が不完全な魂魄のまま冥界へ行くことになる。その後何が起こるかは、あの方自身にもわからないかもしれなかった。


また、魂晶に関する術法はそう簡単ではなかった。まず魂晶の持ち主が自ら進んで魂晶を差し出さなければならない。強引に取り出せば効果は大きく落ちる。白衣錦はまさに魂晶を献じるつもりなのだ。次に、魂晶を分割する苦痛は、想像を絶するものだった。自らの霊魂を両断するようなものだから。


「先輩……。」


「なぜそこまでするのですか?」


白衣錦は感情なく、淡々と答えた。「以前の縁だ。」


「それだけで十分。」


麿神は考えたが、やはり理解できなかった。百年あるいは千年も生きてきた大妖が、なぜ一人の人間の女性にここまで心を砕くのか。これまで多くの妖を見てきたが、妖にとって人間の寿命はその悠長な歳月の中のほんの一瞬の記憶に過ぎず、ましてや自分の魂晶を献じるなどということは。


しかしそれはあの方自身の決定だった。麿神は頷くしかなかった。「わかりました、先輩がそうおっしゃるなら。」


彼は随身の小さなバッグから巻かれた柔らかい定規を取り出した。掌ほどの大きさで、布のように見えたが、麿神が剣指で引くと、元々へたっていた定規が瞬時に固くなった。まるで一本の剣のようで、長さは一尺半ほど、幅は指二本分、剣身には紋路があり、ある種の目盛りのようだった。尖端はなく、全体が翡翠の緑色で、材質はある種の玉のようだった。


「これから法陣を描き始めます。」彼は言った。


続いて、麿神は柔らか定規の剣を使って白衣錦の前の地面に描き始めた。まず四角形を描き、次に円を、それから四角形、最後に最外側の円を描いた。これが最も基本的な陣型だった。


各角に符号を描き始めると、村長とエンセイは目が回りそうになった。見たことのない符号ばかりで、村長は伝聞に聞く陣法や符咒の類だとわかった。この年齢になって初めて術法を目にした。目の前の青年の顔と年齢のギャップは大きすぎた。


麿神はこの時かなり汗をかいており、最後の字符を描き終えてようやく法陣が完成した。二つの同心の大きな円の中に、二つの四角形が合わさって星のような図案を形成し、八つの角に八卦の符号があり、円と円の間には字符が隙間なく書かれていた。


「この法陣で魂晶と赤ちゃんたちの契合度を安定させます。」


「なにせ、まだ子供ですから。」


「白衣錦先輩が特別に抑制しているとしても……。」


「それでも万が一があり得ます。」


「彼女をこの法陣の中央に置いてください。」麿神は額の汗を拭いながら言った。


エンセイはすでに口を開いて驚いていたが、反応できず、まるでさっきの言葉が自分に言われたものではないようだった。村長が急いで彼を一押しした。「エンセイ、早く!」


彼は我に返って開けた口を閉じ、急いで指示通りにフラを下ろした。彼女の呼吸はまたいくらか弱くなっていた。


「あなたは子供たちの父親ですから、先に……はっきりと結果を伝えておきます。」


「魂晶の契約は百パーセントではありません。」


「法陣で魂晶を安定させるよう最善を尽くします。」


「しかし……。」麿神は迷った。子供の父親として、失敗した場合の結果を受け入れられるかどうか確信が持てなかった。


エンセイはこの若者を見た。自分よりずっと年下だったが、妻と子供のために今まで心を砕いてくれた。

右手で胸を叩き、少し声を詰まらせながら言った。「あなたと蛇仙様が、私たちのために……見知らぬ私たちのために……こんなにも尽くしてくれている。」


「あなたたちがいなければ、私は最愛の家族が死ぬのをただ見ていることしかできなかった。」


「これは天から降ってきた機会だ、後悔しない!」


「妻も、まだ生まれていない子供も、後悔しないと信じている。」


「ただあなたと蛇仙様に感謝するだけです、二人にどうかよろしくお願いします!」


そう言ってエンセイは跪こうとしたが、麿神がすぐに手を伸ばして止めた。しかし力が強くて、もうすでに半膝ついていた。


「今はまず彼女たちを助けることを優先します、お礼は後で。」


エンセイは動作を止め、苦しむフラを見て、思わず目が赤くなった。彼は頷いて立ち上がった。


産婆はこの時もフラを心配して、急いで出産用の布を準備し、盆の水もほぼ半分こぼれていた。目の端で白衣錦も見えて、思わず息が荒くなった。


「心配しないでください、白衣錦先輩はあなたたちを傷つけません。」麿神は安心させるように言った。産婆はこの時初めて、目の前のこの青年が年齢の割には信じられないほど若いことに気がついた。


「蛇……蛇仙様。」フラはこの時うっすらと意識が戻り、目の前にぼんやりと蛇の形が見えた。あの時の白い蛇だとわかった。彼女は申し訳なかった。命の恩人に迷惑をかけてしまって。


「話さないで、楽にして、きっと大丈夫です。」麿神は言い、エンセイにフラを傍で宥めるよう目で合図した。


「では始めましょう、白衣錦大人。」


麿神は白衣錦とフラの頭の間に座り、フラの頭の方を向いた。産婆は足元で待機し、傍にエンセイがフラの手を握っていた。


彼は両手で印を結び、口の中で念を唱えた。咒語は深く難解で、途中、右手をわずかに上げると、白衣錦の蛇頭の上に、非常にはっきりとした苦痛の表情が現れた。しかしあの方は声を上げず、止まるつもりもなかった。続いて、ほぼ拳半分ほどの大きさの魂晶が、張り開いた口からゆっくりと漂い出てきた。その魂晶には黄色と白色の光があり、周りには薄い白い気が漂っていた。それはゆっくりとフラの上方へと漂っていった。この時、麿神は白衣錦の体の死気がまた濃くなっているのを発見し、虚弱な様子を見て、思わず心配の表情を浮かべた。


「心配するな……大丈夫だ。」


「続けてくれ……。」白衣錦は言った。


麿神はしばし躊躇しただけで、手の結印を変えた。手のひらを押し下げると、結晶の周りの白い気がフラの体に降り落ち、お腹に引き寄せられるように、膨らんだ腹の中へと潜り込んだ。同時に、フラの腹部に激痛が走り、思わずうめき声を上げた。


その魂晶を見て、麿神は心の中で内心驚いた。「まさか……霊魄……。」


大妖の修練を経て、魂晶には幽精、霊魄、煉光の三つの等級があった。最初に凝集したのが幽精で、魂晶を持つ妖はそう多くなかった。やっと魂晶を持てた妖も、死ぬ日まで、ほとんどが幽精だった。


次が霊魄で、百年あるいは千年以上修練した妖が、自分の魂晶をより高い等級に凝煉するチャンスを得られた。人間を食べたことのない妖の方が霊魄を凝煉しやすかった。人間の霊魂は欲望を持っており、魂晶の雑質を増やすからだ。


最後は、ほぼ不可能と言われる煉光で、千年以上修行した大妖でも必ず煉光を凝集できるとは限らなかった。少なくとも麿神が読んだ書冊の中では、煉光を持つ大妖が記載されているのは二体だけで、一体は八つの頭を持つ大蛇、もう一体は九本の尾を持つ狐だったが、この二匹の妖はもう何世紀も前の妖で、すでにこの年代には存在していなかった。


この時の麿神はすでに汗だくになっていた。この術は何度も練習したが、使うのは初めてで、心の中にいくらかの不安もあった。しかし法陣は何度も確認済みで、問題はないはずだった。

フラは太い手のひらをきつく握り、エンセイは傍で絶えず彼女の名前を呼び続けた。彼女が持ちこたえられないかと恐れて。


「フラ、頑張れ、頑張れ。」体格の大きな男だったが、今は顔中が涙で濡れていた。フラの手首と腕の上に落ち、急いで手を伸ばして拭いた。


「産まれた!産まれた!」産婆はこの時嬉しそうに大声を上げ、両手で慣れた様子で滑り出てきた小さな命を受け止めた。傍の清潔な布の上に丁寧に置き、丁寧に拭いた。


「もう一人いる!」麿神の手の結印はまだ終わっていなかった。急いで声を上げて注意を促した。彼の両手からカチカチという音がした。骨が出す音だった。


彼の掛け声に産婆は急いで手を伸ばし、もう一人の子供もフラの体内から産まれてきた。

二人の子供が産まれると、麿神の結印が変化し、先ほどの魂晶が瞬時に真っ二つに分かれた。下の法陣は魂晶の影響でかすかな光を放ち始め、二つに割れた魂晶はそれぞれ二人の赤ちゃんの胸のあたりに落ちた。しばらくすると、光がゆっくりと消え、点々とした微光が空中に漂い始めた。これで麿神はやっと一息ついた。


「よ……やっと……。」彼は荒い息をつき、頭を地面に埋めた。両手が法陣の後遺症で地面を打つようにしていた。


「少なくとも……生き延びた。」白衣錦は平淡に言い、先ほどの虚弱さからすでに回復しているようだった。


女の子が二人、双子で、ほとんど瓜二つだった。産婆が優しく小さな背中を叩くと、次の瞬間、二つの澄んで力強い泣き声が同時に上がり、洞窟中に響き渡り、岩壁を伝って洞外まで届いた。

「産まれた!」「産まれた、産まれた!」「やはり蛇仙様だな!」


洞外の村人たちは赤ちゃんの泣き声を聞いて、最初は呆けたが、すぐに抑えられない歓声が湧き出た。先ほどのフラの危急の状況は皆が見ていた。それが無事に子供を産んだとなれば、「蛇仙様」への信仰がまた深まった。


「では名前をつけましょうか?」麿神はまだ地面に座ったまま、しかしこの時はすでに体を起こしていた。


エンセイはもともと満面の喜びだったが、突然少し困った表情を浮かべ、乾いた笑いをして言った。「これは……私は、名前をつけるのが苦手で、まだ考えていなくて……。」


「どうやって父親になるんだ、こんな大事なこともちゃんと準備していなかったのか。」村長は傍で優しくたしなめたが、語調には喜びが隠しきれなかった。


「私は……本を読んだことがあまりなくて……。」エンセイは頭をかいて、少し気まずそうだった。

ふと何かを思いついたようで、急いで白衣錦に向かって頭を下げた。「では……蛇仙様に命名をお願いできますか?」


白衣錦は答えなかった。むしろわずかに頭を向けて麿神を見た。この時麿神は顔の汚れを拭っており、少し狼狽えた様子だった。


「咳咳……では、姉の方は芙雫、妹の方は芙華にしましょう。」麿神は少し考えてから言った。

彼は苦労してバッグを開き、紙と筆を取り出したが、うまく握れずに筆を地面に落とした。


エンセイが急いで拾った。この時初めて、目の前の若者の両手が全く動けないことに気がついた。心の中でとても申し訳なく思った。


「大丈夫ですか?」エンセイは心配して聞いた。


「大……大丈夫です、数日休めば治ります。」彼は筆を受け取って三本指で挟み、不思議なことにその筆は墨をつけなくても字が書けた。


わずかな光の中で麿神は少し苦労しながら名前を書いて、エンセイに渡した。「こう書くのです。」

「先に産まれた方を姉にしましょう?」


「芙雫、芙華……。」エンセイは紙切れを見た。上には流れるような書体で字が書かれており、力の入り方が不均等で三本の線がはみ出していたが、それでも相当見事な毛筆の字だった。


彼は低く繰り返し読み、すぐに満足そうな笑顔を見せた。「よし、いいな、本当にいい!ありがとう、えっと……。」


「私は麿神です。」


「ありがとうございます、麿神様、蛇仙様!」エンセイはそう言い、二人が断る前に、両膝を地面につき、麿神と白衣錦に向かって三回頭をついた。この時の麿神にはそれを止める力が全く残っておらず、ただ見ているしかなかった。


エンセイは力強く頭をついた。洞窟の中に鈍い音が響いたが、命救いの恩に対しては、こんなことは何でもなかった。


芙雫と芙華は、この日平安に誕生した。二人の子供はすぐに村の宝物になった。ほぼ全ての人が彼女たちを見ると笑顔を浮かべた。皆が信じていたから。彼女たちは蛇仙様に祝福された子供たちなのだと。

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