99話 怪盗からの忠告
それなりにのんびり長風呂したつもりだったんだが、俺が風呂から上がって部屋戻ってきて、一時間くらい経ってもまだ女性陣は誰も上がってこない。のぼせたりしないだろうか。
女性陣が長々と長風呂している間、こうして俺は部屋の窓を開けて、ぼんやりと湯冷ましをしているわけだが……暇だな、先に武器の手入れだけしておこう。
手荷物から砥石を取り出し、部屋の片隅に立て掛けていたロングソードを鞘から抜いて、刀身に当ててシャコシャコと。
研ぎながらも、ここから先のことを思い浮かべる。
ここからは険しい登山道を数日かけて登り、そこを越えて山頂部の町に着き、ようやく国境線、帝国領内に入ってまた数日歩いて、そしてようやく帝都だ。先はまだ長いな。
アンドリューさんが古巣に一旦帰るために帝都へ向かっているわけだが、そこから先はどうするのだろうか。
まぁ……そこは帝都に着いて落ち着いてからでもいいか。
そんなことを考えていると。
「とぉぅっ!」
何か声が聞こえたと思った次の瞬間には、開けていた窓から誰かが飛び入って来た!?
「おわっ!?」
「あ、やばっ、いたんだ」
赤い髪に目元のマスク、真っ赤なマントに真っ赤な正装……このド派手な格好、ついこの間も見たぞ。
「あんたは……確か、怪盗ハートクイーン」
「おや、そう言うキミはこの間の。ふふふ、また会いましたね」
「その節はどーも……で、あんたこんなとこで何やってんだ?」
「すまない、少々急いでいましてね。とある筋からの情報で、近々この辺りを闇ギルドの息がかかった冒険者集団が通過するらしいのです」
「闇ギルドが?」
闇ギルドと聞いて警戒する。
「その通り。故にこの怪盗ハートクイーン、悪事が起きると分かっていて、見過ごすことなど出来ないと言うものです」
「はぁ、そりゃご苦労なことで」
義賊ごっこに随分熱心なことだ。
「あ、物のついでにひとつ良いかな?」
急いでいるんじゃなかったのか?
「何だ?」
「キミ達、これからここの登山道を通るのでしょう?行き先は帝都?」
「まぁ、そうだが。それがどうかしたのか?」
同行させてほしいとかそう言う話か?いや、急いでいるなら違うな。
「ふむふむ……もし帝都に向かうのなら、『ゼリウス・マーリド』伯爵と言う人物に気を付けた方がよろしいかと」
「伯爵?帝国の貴族か?」
「そう。あの男、最近傭兵やら私兵やらを使って、何か企んでいるそうで。闇ギルドの連中とも繋がりがあるとかなんとか」
闇ギルドと関わりのある貴族か……ネオライトのグリードのことを思い出すな。
「ゼリウス・マーリド伯爵、か。ありがとう、覚えておく」
「どういたしまして。ではワタシはこれにて失礼、さらばッ!」
トゥッ!と身を翻すと、マントをなびかせながら屋根から屋根へと飛び移り、夜空の闇へ消えていく。その最中にも「はーっはっはっはーっ!」と言う高笑いも忘れずに。
……さっきのこと、アンドリューさんに報告しておくか。
アンドリューさんが借りている部屋に上がり、さっき起きたことを包み隠さずそのまま話すと。
「ゼリウス・マーリド伯爵か。名前なら知っているぞ」
「知ってるんですか?」
「うむ。帝国貴族の中では若輩者ながら、その能力の高さから一目置かれている、と知り合いから聞いたことはある」
だが、とアンドリューさんは声のトーンを落として。
「同時に、腹に何を抱えているか分からないところもあるらしい」
「野心家ってことですか?」
「いや、そうではない。富や権勢への欲望、帝への忠節、いずれも感じられない、と言うのがオレの知り合いの所感だ」
アンドリューさんって貴族とも関わりのある人なのか?
十年に一度くらいは帝都に帰ってるって言うから、その辺りの伝手とかもあるのだろう。
「王都に限ってのことかもしれませんけど、俺が思う王族とか貴族って言うのは、揚げ足の取り合い、難癖の付け合い、濡れ衣の着せ合い、王子や公爵は婚約破棄に忙しく、令嬢や聖女は他人を蹴落とすのに余念がない、みたいな印象があるんですが」
「それはまた随分偏った印象だな……一体どこの伏魔殿だ?まぁ、叩けばいくらでも埃が出てきそうな印象がある、と言う点ではその通りかもな」
「けど、少なくともアイリスと、彼女の御家は違うと思ってます」
アイリスの人柄を見れば分かる、彼女は他人を蹴落として保身を謀るような人物ではないし、御家であるエイルブルー家も、完全にクリーンでは無いだろうが、清廉潔白と言われるだけの誠実さはあるだろう。
「ハッハハッ!そうだな!」
そう言っていつもの高笑いを上げるアンドリューさん。
けれど次の瞬間には目を細めて、声のトーンを落とした。
「しかし、闇ギルドの連中がこの辺りを通るのか。油断は出来んな」
「そうですね、また何かに巻き込まれたくはないですし」
こっちにその気が無くとも、向こうから仕掛けてくるんだからどうしようもない。
まぁ、先に手を出してくるならこっちは遠慮なく殴り返させてもらうだけだが。
ふと、女性陣の声が聞こえてきた。風呂から上がったようだな。




