92話 星空の下で
筋肉痛でガッタガタのバッキバキになっていた日をゆっくり休みつつ、非常事態宣言発令中のため、もう二日ほどビヤバンの町で過ごす。
すると今朝方、ビヤバンの町のギルドから、非常事態宣言が解除されたと、エトナから告げられた。
ギルドの調査隊曰く、もう一匹のギガスコルピオンは、人里から離れた地下空洞に腰を落ち着けており、日中の内に外へ出る気配も無いらしい。
先日に日中の砂漠に出没していたのは、同種同士による縄張り争いが原因ではないかと仮定されているが、昨今の大陸各地で発生している風土悪化や異常気象にも何か影響を与えている可能性もあるとして、慎重に調査を進めているようだ。
故に、非常事態宣言は解除しつつも、警戒は怠らないように、と言う形で決定したとのこと。
そんなわけで、今朝の商隊は急いで店仕舞いをして出発準備だ。
俺やアイリス、シャルルも、数日休んだおかげで筋肉痛はすっかり取れたので、体調は万全。
リーゼさんも、神経毒は完治し、もう何とも無いそうなので、戦線復帰。
ムイは冒険者ではないが、戦闘員として数えられているため、前方は俺とシャルル、後方はアイリスとリーゼさんと言う基本陣形は変わらないが、万が一四人の中で誰かが怪我をしたり体調不良で動けなくなった際、ムイがそこ代わると言う予備戦力的な扱いとして、馬車の中で待機だ。
進路は、ここからさらに北西に向かって砂漠を渡って、バビロード登山道の麓近くの町に向かうのだが、今からビヤバンの町を出発しても、バビロード登山道の麓に着くまでは二日かかるし、道中に町や集落もないため、今晩は野営になる。
砂漠の夜は冷え込むから、今夜の不寝番は大変そうだ……
「よーし、出発するぞ!冒険者各員は所定の位置に就いてくれ!」
アンドリューさんの号令の元、俺とシャルルは前方に、アイリスとリーゼさんは後方の守りに就く。
いざ出発だ!
数日前に初めて砂漠に踏み入った時は、とにかく暑くて仕方なかったが、今はこの暑さにも身体が慣れてきたのか、それほど苦に感じない。
一定間隔で水を飲みつつ、ビヤバンの町で購入した塩漬けの梅を食べて塩分もしっかり補給すれば、意外と長いこと砂漠の中に居られるものだな。もちろん、いつまでもいられる立っていられるわけではないが。
道中で何度か岩陰で馬車馬を休ませたり、魔物との戦闘で足を止めることはありつつも、どうにか日が暮れる前にオアシスを見つけ、そこを野営地とすることが出来た。
ギガスコルピオンは本来夜行性なので、寝静まっているところに出会す可能性があるのではないかと懸念はあったものの、調査隊が確認した地下空洞は、商隊の進路とは反対側の位置にあるらしいので、ギガスコルピオンの活動範囲を鑑みても出会すことはほとんど無いと見てもいいだろう。もちろん、遭遇してしまった際の想定もしているが。
今晩の夕食、シャオメイは砂漠の冷え込みも考慮して、いつもより少し強くスパイスを効かせたチャーハンとサンラータンを作ってくれたおかげで、身体もポカポカだ。
さて夕食の後は、各々馬車の中で寝袋や毛布にくるまりながら寒い夜を過ごす中、俺と、不寝番を買って出てくれたアイリスはこれから一晩中起きて過ごさなくてはならない。
アイリスと二人、焚火を前に並んで、毛布を羽織るようにして着込んで座り込む。
「アイリス、寒くないか?」
「いえ、大丈夫です。焚火も暖かいですし」
問題なさそうで何より。
薪を何本か焚火に放り込んで、火を強くする。
パチパチと薪や枯れ葉が弾ける音を立てる中で。
「もう、一ヶ月になるんですね……」
はぁ、と白くなる息を吐くアイリス。
「一ヶ月って……あぁ、冒険者になってからか」
「はい。フルス第一王子から婚約破棄されて、王都を追放されたのが、昔のように感じます」
アイリスにとってこの一ヶ月は激動の日々だっただろう。
濡れ衣を着せられて第一王子から婚約破棄され、王都から追放されて、アンドリューさんの商隊に拾われて、冒険者を志して、俺と一緒に依頼を受けたり、カイツールからネオライトへ、ネオライトではグリードとも戦って、ネオライトからメルキューレへ、メルキューレからビヤバンの町へ、ギガスコルピオンとも交戦して……盛りだくさんか。
「思えば、王都からここまで冒険者として生きて、今は砂漠で不寝番をしているなんて、少し前の私が聞いたら正気を疑ってしまいそうです」
くすくすとおかしそうに笑うアイリス。
「そりゃ、公爵令嬢様が冒険者になるどころか、こんな砂漠の真ん中で一晩中起きてるなんてこと、そうそう無いだろうしな」
「えぇ、だから今の自分が何だかおかしくて」
ふと、アイリスは夜空を見上げたので、俺もそれにつられて夜空を見上げる。
空気が冷えて澄んでいるから、星がよく見える。
「私が公爵令嬢のままだったら、こんなに綺麗で素敵な星空を見ることも、ありませんでしたし」
星空か。
リーゼさんは星の運行がおかしいとか何とか言っていたが、こうして見上げると綺麗なものだ。
「リオさんの、おかげですね」
「ん?何がだ?」
「あの時、野盗に襲われていた私を助けてくださって、冒険者になりたいと言った私にもご指導してくださって、一緒に商隊の冒険者になって……」
不意に、アイリスは俺に向き直って、
ニコリと自然な笑顔を見せてくれた。
「だから、ありがとうございます。これからも、よろしくお願いいたします」
「……こちらこそ、だ」
星空なんて霞むくらいのアイリスの笑顔は、俺にとって眩し過ぎるものだった。




