91話 お礼のキス
――次に目を覚ました時には、もう昼前頃だった。
「くぁ~……よく寝、ぅおっと」
背伸びした瞬間、バキビキベキボキと全身の骨が鳴った。あいててててて。
でも、さっきよりは筋肉痛も幾分かマシになった気がするな、外に出たら軽くストレッチでもするか。
肩を回しながら部屋を出て、そのまま宿屋を出る。
馬車の停留場に来ると、天幕を張った日陰の中にテーブルと椅子を置いてデスクワークをしているエトナを見かける。
「おはようエトナ。二度目だけどな」
「おはようございます、リオさん。身体の調子はどうですか?」
「まだバッキバキだけど、さっきよりはマシだな。他のみんなはどうしてる?」
「アイリスさんとシャルルさん、ムイちゃんはバザーへ買い物へ、シャオメイさんは昼食の準備、リーゼさんは先程戻ってきて、馬車の中で隊長とお話をしているところです」
三手に別れている感じか。
「リーゼさんが戻ってきてるのか。なら、顔を見に行っとこうかな」
「分かりました」
ぺこりと一礼してから書類に目を戻すエトナの脇を通って、アンドリューさん用の馬車の中へ入る。
「アンドリューさん、リーゼさん、おはようございます」
二人が幌の中で地製図を挟んで話し合いをしている横から声をかける。
「おぉ、リオか。おはようさん」
「おはよう、リオくん」
リーゼさんの顔を見てみるが、特に顔色に問題無さそうだ。
「リーゼさん、身体の方はもう大丈夫ですか?」
「おかげさまでね。……私としたことが、最後の最後で油断しちゃった。みんなが助けに来てくれなかったら、きっと私はギガスコルピオンに喰われてた。ありがとうね」
それに、と続けて。
「リオくん、身体が麻痺して動けない私をお姫様抱っこして町まで運んでくれたんでしょう?意識は朦朧としてたけど、君に抱き上げられてるって感覚だけは覚えてたかな」
「はい。神経毒にやられてるなら、急いで治療を施さないと後遺症とか残るんじゃないかと思って、必死に走りましたね」
おかげで今朝から身体中バッキバキです、と冗談めかして言うと……リーゼさんらしくない、気遣わしげな顔をした。
「ごめんね、私のために……」
「そんな、謝らなくていいですって。とにかく、リーゼさんが無事で何よりでしたから」
じゃぁ俺はこれで、と馬車を出ようとしたら、
「あ、待ってリオくん」
呼び留められたので、「はい?」と振り向いたら、
「ちゅ」
振り向き様、左頬に何やら生暖かい感触……これ、リーゼさんが俺にキスしてないか!?
そっとリーゼさんの唇が離れると。
「ありがとうね、お礼のキスだよ♪」
「は、はい、どう、いたしまして……」
それだけなんとか返して、逃げるように馬車を後にした。
びっくりした……マジでびっくりした……
まさかお礼とは言え、リーゼにキスされるとは思わなかった……
人気のないところまで来てから、軽く体操して筋肉や間接をを動かし解していく。
が、さっきのあのリーゼさんの唇の感触がまだ左頬に残っていて……
と言うかなんだよ、今日のリーゼさんは。
いつものあの人なら、助けられたことだって「美人エルフのお姉さんのあんなところやこんなところを、合法的に触り放題!ラッキーだったね♪」とか言うところだろうに、今日に限ってどうしてあんな、
……意識してしまうだろうが。
リオが逃げるように馬車を後にするのを見送ってから。
「……あらら、リオくんにはちょっと刺激が強かったかな?」
感謝も兼ねてリオの頬にキスを落としたリーゼだったが、リオの"不慣れ"な反応に……ちょっとだけ罪悪感が残った。
「リーゼさんよ、あまり健全な青年をからかってやるなよ」
横合いから、アンドリューが苦笑した。
「からかったつもりは無いんですけど。リオくんってば、真っ直ぐで純情ですから」
「ハッハハッ!まぁな」
しかしだな、とアンドリューは真顔になると。
「純情さで言えば、お前さんも大概じゃないか?」
「……どう言う意味です?」
「アイリスお嬢さんやエトナもそうだ。あの二人もすっかりあいつに夢中になっている」
その自覚はまだ無いかもしれんがな、と付け足して。
「私が、アイリスさんやエトナちゃんと、同じと?」
「さてな、それはオレが答えることじゃなくて、お前さんが自分で決めることだ」
「意地の悪い物言いですこと……私自身、今のこの感情が何なのか、理解出来ていませんし」
「理解なんぞしなくていいんだよ。"ここ"で感じろ、"ここ"でな」
そう言ってアンドリューは、リーゼに見せつけるように右拳でどんと左胸を叩いた。
「人間もエルフも、"ここ"は同じだからな」
「……そう、でしょうか」
人間とエルフは違う。
見た目こそ似ているが、耳の長さなどが異なるし、内に保有出来る魔力量も大きく差がある。
それだけ違う部分があれば、感じ方や感性も異なるだろう。
しかしアンドリューはそれに何を言うでもなく、
「そうさ、違わない。だから、お前さんのその感情は至極当然のものだ」
ただ、肯定した。
「至極当然、か……そうかもしれませんね」
人間かエルフかの違いはあれど。
この胸に芽生えた想いはきっと、人間にもエルフにもあるものだろう。
「ありがとうございます、アンドリューさん。おかげで少しは、自信が持てそうです」
「おぅ、そりゃよかった」
それだけ頷き合うと、二人は再び地製図に向き合って、ここからの進路について確認し合う。




