90話 筋肉痛は寝て待て
翌朝。
昨日はサンドロ砂漠に足を踏み入れてから、リーゼさんのスカルゴンの足跡追跡、ギガスコルピオンとの遭遇、撤退戦、ムイの商隊入りまで、何かと慌ただしい一日だったが、ようやくゆっくり休むことが出来た。
目が覚めて、ベッドから起き上がろうとしたら、
「うっ、ぉっ、がっ……」
痛 て ぇ 。
考えるまでもない、筋肉痛だ。
昨日は長時間砂漠を渡った上から走って、リーゼさんを抱えたまま砂漠を走って……そりゃこうなるわ。
「おぉ、リオ。おはようさ……おいおい大丈夫か?」
同じ部屋で寝ていたアンドリューさんは既に起きていたようだ、が……俺としてはそれどころじゃない。
「お、おはようございます……アンドリューさん……」
「一体どうした……って、筋肉痛か?」
「そぉです……っ」
やっべぇ、全身バッキバキのガッタガタだ。
昨日はじっくり風呂に浸かって、ゆっくり眠ったと思ったんだが……いやちょっと待てこれ、マジでシャレになってない。
「歩けそうか?支えはいるか?」
「だ、大丈夫、です……」
キツめの依頼を達成した、翌朝と同じ状態だ。
全身が……全身の筋肉が悲鳴上げてやがる。特に膝は、悲鳴どころか発狂してる。
軽く肩を回すとバキバキ、軽く足を上げるとビキビキ、欠伸をかますとベキベキ、背伸びするとボキボキ……
「慌てずゆっくり歩いていいぞ、どのみち今は非常事態宣言で、町からは出られんからな」
アンドリューさんに気遣われてしまった。すいません。
商隊のみんなと朝食を食べに、宿屋食堂まで降りてくると。
「うぅ……足が痛いです……」
「あたしも……膝痛いっての……」
アイリスとシャルルも、大腿部や膝と言った下半身の筋肉痛を訴えていた。
砂漠を渡るだけでも疲れるのに、長時間走ったり戦闘もこなしたんだ、俺じゃなくてもこうなるわな。
「あ、リオサン、おはようございマス。お身体は大丈夫デスか?」
最初にシャオメイが挨拶してくれた。
「あぁ、おはようシャオメイ……これが、大丈夫に見えるか?」
「あァ、リオサンも、キンニクツウ、ナンですネ……」
俺の様子を見て察してくれたシャオメイ。
「……冒険者のお三方がこの有り様で、リーゼさんもギルドの医務室で休んでいるなら、どのみち今日は町を出られませんね」
エトナがそう結論付けた。
戦力である冒険者が全員まともに動けないんだから、仕方ないと言えば仕方ないんだが。
「うむ、やむを得んな」
アンドリューさんが頷くことで、今日は安息日に決定。ありがとうございます。
いてて、あいててて、と言いながらもなんとか食堂の席に着くと、ムイがぴょこんと向かいの席に座った。
「リオさま、おはようございます!」
「おはよう、ムイ。ムイは筋肉痛は大丈夫か?」
「きんに、くつう?よく分かりませんけど、多分大丈夫です!」
筋肉痛って知らないのか?
……いや、それ以前にスライムって筋肉あるのか?
「……そうか、大丈夫ならいいんだ」
今は考えるのは止しておこう。多分ムイのことだから、筋肉とは何なのかの説明をするのに時間がかかりそうだ。
朝食後は、宿屋にもう一泊分の代金を払って、今使っていた部屋をそのまま使わせてもらい、午前中は二度寝するつもりだ。
一度起きたとは言え、朝食でいい感じに腹が膨れたので、すぐにでも眠れそうだ。
おやすみ。
………………
…………
……
「イ"ヤ"ア"ア"ア"ア"ア"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"!?」
聖女として宛がわれた自室で、カナコ・ホシノは声にならない――発狂したかのような悲鳴を上げながらベッドから飛び起きた。
「はーっ、はーっ、はーっ……ゆ、ゆ、め……?夢か……いや、夢?正夢?それとも予知夢……!?」
忙しなくキョロキョロ部屋を見渡すが、自分以外の誰もいないし、何もおかしいところはない。
恐る恐るベッドから降りて、カーテンを開けると、朝の日射しが優しく燦々と降り注ぐ、穏やかな光景。
決して――元公爵令嬢のアイリスの運命の番が"御礼参り"に来て、王族貴族を皆殺しにした挙げ句の果てに、自分も苦痛と言う苦痛を与えられ、死なない程度に殺されていたわけではない。
不意に部屋の外からバタバタと足音が近付いてくると、
「聖女様っ、いかがなされましたか!?」
お付きの侍女がドンドンと部屋のドアをノックしてきた。
さっきの発狂したような悲鳴を聞き付けたのだろう。
「あ、あぁ、大丈夫です、大丈夫」
すぐにドアを開けて、無事な姿を侍女に見せる。
「聖女様、今の悲鳴は一体?」
「大丈夫……ちょっと、怖い夢を見ただけですから」
「それなら、いいのですが……」
悪夢を見ただけだったと言われて、侍女はほっと胸を撫で下ろす。
大丈夫、大丈夫、夢だから、と何度も自分にそう言い聞かせるカナコ。
そうしなければ、あのアイリスの運命の番――恐ろしくおぞましい、黒い虹色の邪龍が、明日にでも襲い掛かって来そうな気がしてならないから。
「さて、今日も朝のお祈りをしませんとね」
努めて明るく振る舞って、カナコは侍女を部屋の外に出してから、寝間着から聖衣へと着替えていく。
今日も王都は爽やかに晴れ渡っている。
こんな天気の良い日に、邪龍なんて襲ってこない。
――我が運命の番たるアイリスを虐げていたのは貴様らか。ならば是非もない、死ね――
邪龍なんて襲ってこない……邪龍なんて……
…………………………




