89話 一人はみんなのために、みんなは一人のために
それからアンドリューさんの質疑応答に対して、ムイがあれやこれやと応じていけば。
「ふむ……ムイよ、最後にいいか?」
「なんでしょう?」
「お前さんは、『リオへの恩返しがしたい』と言う理由で、オレの商隊へ入りたい……で、間違いないな?」
「そうです!」
それが一番大事ですと大きく頷くムイだが、すぐに「も、もしかしてダメですか……?」と不安そうな顔をする。
「いいやそうじゃない。ダメではないし、むしろオレとしては歓迎したいくらいだ」
だがな、と付け足して。
「お前さんは元々スライムだから、分かりにくいところはあるかもしれんが……オレの商隊に入るのなら、『自分はリオに尽くすだけ、他の事は知らん』と言う自分勝手な道理は通らん。商隊長たるオレの命令や決定には従ってもらうし、他の仲間とも助け合わねばならん」
それは確かにそうだ。
ムイが俺のために尽くしてくれると言う、その気持ちはありがたいが、その尽くす気持ちを俺だけじゃなく、他のみんなにも向けなければならない。
「そしてお前さんのことも、"一匹のスライム“としてではなく、"一人の人間“として扱うことになる。人間として扱う以上は、"人として当たり前のこと“は守ってもらわねばならん。厳しいことを言うようだが、人間社会とはそう言うものだ」
「は、はいぃ……」
アンドリューさんの言葉に聞き入っているムイ。
老練なこの人が言うと、言葉の重みが違うな……
「それを踏まえた上でだ。ムイよ、オレ達の力になれるか?もちろんオレ達みんなも、お前さんの力になる。一人はみんなのために。みんなは一人のために、だ」
「一人はみんなのために。みんなは一人のために……」
その言葉を反芻するムイ。
ややあって。
「リオさまだけにではなく、商隊のみんなも、ですね。分かりました!」
「よぉしいいだろう、採用!」
採用。
人の姿になれるスライムと言う、前代未聞のケースだが、ムイならきっと上手くやれるだろう。
ムイの面接が終わり、契約関係も無事終了した頃には、もう辺りは日が沈み始めた頃だったので、集会所を後にして馬車の停留場へ戻ってきた。
彼女はどのような雇用形態なのかと言うと、"商隊内における何でもお手伝いさん及び戦闘員“として落ち着いた。
基本は雑用などをこなしつつ、有事の際には戦力としても活躍してもらうのだ。
しかし複数の、それも体系が異なる魔術を使いこなし、スライムとしての力も強いともなれば冒険者として活躍させてもいいのではないか、と言う意見も挙がったが。ムイの存在は極めて特殊かつ、かなりグレーなのだ。
魔物ではあるのだが、人間として溶け込むことも出来る、しかし元が魔物であれば【テイマー】スキル所持者の制御下にあるべきか、それとも一冒険者として扱うべきか、ギルドとしては判断に悩むところだろう。
そう言った理由もあって、アンドリューさんはハッキリと「ムイは人間として雇用し、いかなる時も人間として扱う。みんなも彼女のことは人間として扱うように」と明言し、ムイ本人とも同意の上だ (文字の読み書きはまだ出来ないようので、契約書の内容はエトナに読んでもらい、同意のサインも代筆してもらう形ではあったが)。
ギルドの医務室で治療を受けていたリーゼさんは、神経毒による後遺症などは見られず、本人曰くは「もう大丈夫」だそうだが、大事を取って一晩は医務室のお世話になるそうだ。良かった良かった。
そして。
新たに商隊の一員となったムイの最初の仕事にして最初の懸念は、シャオメイの質問から始まった。
「ムイサンは、食べタラダメな食べ物とかハ、大丈夫デスか?」
俺には無縁のことなのだが、人によっては好き嫌いのそれではなく、体質の問題から食べると身体が拒否反応を起こしてしまうもの――アレルギーと言うらしい――があるらしく、ムイが元々スライムなので、人間とはアレルギー関係が異なるのではないか、と思ったらしい。
それに対してムイは、
「ムイは野良のスライムだった頃から何でも食べていたから、大丈夫です!」
……だそうだが。
いや確かにスライム種は雑食性だが、人間になったからには勝手が違うと思うんだが……分からん。
「ソレなら良かったデス。あ、デモもしダメなものがアリましたら、すぐに言ってくださいネ?私の料理を食べテ身体をコワしたなんテ、隊長サンからクビにされちゃイますカラ」
「はーいです!」
「ではまずムイサンには、包丁の使い方カラ覚えテもらいマス」
シャオメイから調理器具の取り扱いをレクチャーされていくムイ。
雑用全般がムイの主な仕事なので、炊事も含まれるのだが、シャオメイと言うプロの料理人が教えるなら大丈夫だろう。
「また賑やかになりそうですね」
夕食の準備を始めていくシャオメイとムイの様子を眺めていると、アイリスが声を掛けてきた。
「だな。……しかし、あの時サンドイッチを分けてやったスライムが、こうしてやって来るとは思わなかったよ」
「リオさんの人徳が為せる業、でしょうか?」
「よせよせ、人徳なんて柄じゃない」
おかしそうに小さく笑うアイリスに、俺は苦笑するしかなかった。
「…………可愛いらしい女の子ばかりが増えていくのは、何故でしょうか」
ふと、アイリスが何かを呟いたようだが、よく聞こえなかった。




