87話 スライムの少女
時間を少しだけ遡らせて。
リオが動けないリーゼを抱き上げてビヤバンの町へ撤退するのを見送りつつ、アイリスとシャルルはギガスコルピオンには自ら近付かずに、フラッシュレイとチャクラムの投擲による遠距離攻撃を行って、時間を稼いでいた。
最上ならこの場で撃退したいところだが、現状それはほぼ不可能だと二人とも理解している。
故に、攻撃はするものの積極的には行わず、あくまで遅滞戦闘に徹する。
フラッシュレイの小さな光がギガスコルピオンの甲殻を浄化し、投擲されたチャクラムの刃が脚を斬り裂くが、ギガスコルピオンからすれば文字通り蚊に刺された程度のダメージしかないだろう。
遠巻きにチクチクと攻撃され、しかし反撃しようにもすぐに逃げる人間二人に、ギガスコルピオンはさらに怒り狂う。
「……そろそろ、私達も撤退しましょう」
「だね。問題は、あたしらが逃げ切れるかどうかってとこっての、っと!」
そろそろ撤退すべきと進言するアイリスと、それに頷くシャルルは、降り下ろされてきたギガスコルピオンの鋏を躱しつつ、ビヤバンの町へ向けて踵を返す。
追い掛けてくるギガスコルピオンを背に、アイリスとシャルルはひたすら走る。
途中で岩陰に隠れながら、水分補給はしているものの、座り込んで休む暇はない。
「どうですか?」
「ダメ、真っ直ぐこっちに向かってきてるっての」
「早く、諦めてほしいところですが……」
今のギガスコルピオンは完全に怒り狂っており、外敵と見なしているアイリスとシャルルを排除しない限りどこまでも追い掛けてくるかもしれない。
ともかくは次の岩陰まで逃げるしかない、と二人は岩陰から飛び出そうとするが、
不意にギガスコルピオンの注意が明後日の方向を向いた。
その方向からは、プキュープキューと鳴き声を上げながら、黄色と焦げ茶色のスライム――乾燥地帯の亜種である『デザートスライム』の群れがギガスコルピオンに向かって突撃していた。
「スライムの群れ?一体どうして……」
岩陰から身を乗り出そうとしていたアイリスは、デザートスライムの群れが次々にギガスコルピオンに取りつき、体当たりや噛み付きなどで攻撃していくのを目にする。
ギガスコルピオンほど危険な魔物なら、弱いスライム種ならむしろ逃げ出すはずなのに、何故彼ら(?)は果敢にもギガスコルピオンに立ち向かっているのか。
「ここはあの子達に任せて、早く逃げてください!」
「「えっ?」」
ふと、アイリスとシャルルの背後から、別の声が聞こえたので思わず振り向くと、水色の髪の女の子がいた。
こんな砂漠の真ん中で、武装していないところ冒険者では無さそうな女の子が、一人で何をしているのか、あの子達と言うのはデザートスライムの群れのことなのか。
「大丈夫です、あの大っきなサソリはあの子達が町から遠ざけてくれます!」
状況がいきなり過ぎて理解が追い付かない二人だが、先にシャルルが応じた。
「あたしら、これから近くの町まで逃げるんだけど、あんたは?」
「わたしもそこまでお供します!」
「よしっ。アイリス、逃げるっての!」
「え?あ、は、はい!」
細かいこと、考えることはとりあえず後回し。
ギガスコルピオンがデザートスライム達に気を取られている内に、三人は岩陰を飛び出して真っ直ぐにビヤバンの町へ駆け出す。
リオがリーゼを抱えて集会所に転がり込んで来たのとほぼ同時に、三人はビヤバンの町に辿り着いたのだった。
「以上が、事の経緯です」
アイリスが代表して、ここまでの経緯を説明する。
彼女が説明を終えるなり真っ先に挙手したのはエトナだった。
「ムイさん、と言いましたか。あなたは、ギガスコルピオンはデザートスライム達が町から遠ざけてくれている、と言っていましたが……確証はあるんですか?」
「確証……ですか?」
キョトンとしたように目を丸くしてから、「うーん……」と思考するように目を閉じるムイ。
「ありません!」
無いのかよ。
自信満々にそう言ってのけるムイに、その場の全員がズッコケかける。
「…………無いのでしたら、まだ警戒を解くわけにはいきませんね」
頭痛を訴えるように片手を額に置くエトナ。
「まぁまぁ良かろう!オレとしてはみんなが無事で何より!ギガスコルピオンに関しては慌てずに対応すればいいさ、そうだろう?」
そこにアンドリューさんが明るく声を張り上げる。
ギガスコルピオンへの懸念はまだあるが、リーゼさんもアイリス、シャルルも、全員無事だったことにまず安心だ。
冒険者ギルドとしては、これから残るもう一匹のギガスコルピオンの動向を具に見て調査し、その如何によって取るべき対策も変わることから、忙しいことになるだろう。
それはそれとして……ムイのことだ。
「えーと、なんだ。俺が前に、サンドイッチを上げたスライムが君だった、と言うわけだが……どう言うことなんだ?」
確かにムイの髪の色は、スライムの体色に似てはいるが、それだけでは信じようもない。
「それは、ムイは今、人間の姿になっているからです」
人間の姿になっている?
それはどう言うことかと訊ねる前に、ムイの身体が淡く輝くと、その身体が縮み始め――
「プキュー!」
見慣れたスライムの姿になった。
……マジか。




