85話 ギリギリの撤退戦
ギガスコルピオンが二匹いると言う、前代未聞どころではない事態。
それが一匹だけなら、リーゼさんでも一人で対処出来るかもしれないが、二匹いるのなら話は別だ。
万が一挟み撃ちに遭ったら、リーゼさんの命は無いだろう。
とは言え今、ビヤバンの町は非常事態宣言を発令中だ、無断で町を出ることは許されていない。
が、事態は一刻を争うので、非常事態宣言を発令しているギルドへの説き伏せはアンドリューさんとエトナに丸投げして、俺、アイリス、シャルルの三人は手荷物と装備を整えてすぐにビヤバンの町を飛び出した。
ギガスコルピオンの姿が認められた地点は、地勢図上ではここから徒歩で二時間ほどの距離、行き帰りと、発見地点を中心にリーゼさんの捜索、もし戦闘になった場合を考慮すると、手持ちの水の量は少し心許ない、ギリギリだろう。
ともかくまずはギガスコルピオンの発見地点に向か――おうと思って、すぐに前方に異変が見えた。
「ねぇっ、アレがそうじゃないの!?」
シャルルが指差す前方。
砂丘と陽炎の向こう側に見える、黒紫色のバカデカいサソリ……あれがギガスコルピオンか。案外早く見つかったな。
それだけじゃない、鋏を砂丘に叩き付けながら、青くて長い髪の女性を追い掛けて、
「……って、リーゼさん!?」
おいおいどういう状況だ、リーゼさんがギガスコルピオンに追われているじゃないか。
いや、とにかく今は助けなければ。
しかし突然、リーゼさんがビクンと仰け反ったと思った瞬間、倒れて動けなくなってしまったのが見えた。
しかも、ギガスコルピオンが今にもリーゼさんにトドメを刺さんとばかり迫っている。
間に合うか?――いやっ、間に合え!!
「私に任せてください――フラッシュレイ!」
アイリスは走りながらも魔法陣を顕現、フラッシュレイをギガスコルピオンに向けて放った。
小さな光の塊が奴の顔面に着弾、炸裂すると、驚いたように動きを硬直させるギガスコルピオン。
……驚いただけで、あまり効いているようには見えないが、ともかくはギガスコルピオンの注意がリーゼさんからアイリスに切り替えさせることに成功した。
「リオッ、リーゼさんをお願いっての!」
そう言いながらも、シャルルは背中から双振りのチャクラムを抜いて、二つ同時に投げ付ける。
放たれたチャクラム一対は、ギガスコルピオンの前肢の鋏を捉え――弾き返されてしまったが、注意を分散させる。
「おぅさっ!」
その間に、俺が倒れて動けなくなってしまったリーゼさんを救出だ。
ギガスコルピオンが耳障りな鳴き声を上げながら、ギョロギョロとアイリスとシャルルに目を左右させている内に、リーゼさんをお姫様抱っこにして担ぎ上げる。
「リーゼさん、大丈夫ですか?」
今大声を出すと、ギガスコルピオンに狙われてしまうかもしれないので、声量を落として呼び掛ける。
全身が痙攣し、声も出せない辺り、完全に身体が麻痺してしまっている――見れば、リーゼさんのローブの、左肩辺りが裂けていた。
恐らくはギガスコルピオンの毒針を掠め、裂けたローブの隙間から神経毒を浴びてしまったのか。
ともかくは、リーゼさんを連れて離脱だ。
アイリスとシャルルも、ギガスコルピオンの注意を引かせるだけ引かせたら、適当なタイミングで撤退してくれるはずだ。
「ちょっとしばらく我慢してください、よっと!」
ローブや髪に汗が染み込んでいるせいか、思ったよりも簡単には運べそうにない、勢いよくリーゼさんを担ぎ直して――その瞬間にリーゼさんの素晴らしいお胸が俺に押し付けるような形になったが、その感触を意識している場合ではない――、ビヤバンの町へ走る。
ギガスコルピオンはアイリスとシャルルが引き付けてくれると信じて、後ろは振り向かない、振り向いている暇はない。
まずは、リーゼさんをビヤバンの町に送り届け、その後でアイリスとシャルルがまだ戦ってそうなら、すぐに援護に戻らなくては。
しかし、
「はぁっ、はっ、くっ、ふぅっ、はぁ……っ!」
想 像 以 上 に こ れ が キ ッ ツ い !
このクソ暑い中を走って、水も飲まないままこうしてリーゼさんを担ぎながら走って、ただでさえ足腰に負担を掛ける砂地の上から、さらにアップダウンのある砂丘も乗り越えるのだ。
唾液で喉の渇きを誤魔化して、悲鳴を上げる膝に鞭打って、とにかくひたすらビヤバンの町へ急ぐ。
アイリスとシャルルのことも心配だが、神経毒に身体を侵されているリーゼさんも心配だ。
特に、非常事態宣言を発令しなきゃならないほど危険な魔物の毒だ、受けたのはごく微量かもしれないだろうが、長時間放置していたら回復しても身体に障害が残るかもしれない。一刻も早く、適切な処置を施してもらわなくては……!
「ぜー、はー、ぜー、はー……!」
やっとこさビヤバンの町に戻ってこれたが、まだだ。
リーゼさんを担いだままギルドの集会所に駆け込んで、床に寝かせる。
「おぉリオ、無事だったか!」
アンドリューさんとエトナ、シャオメイが駆け付けてくるが、俺は遮るように。
「リーゼッ、さんがっ、神経毒をっ、受けてるんだ!誰かっ、治療出来る人!」
喉がへばりつきながらもそう叫んだことで、ギルドの受付嬢達がすぐに対応に来てくれた。
「スミマセン、コノ人に、水ヲ飲ませてアゲてくだサイ!」
すると俺の状態を汲み取ってか、シャオメイが水を頼んでくれた。すまんな。




