84話 ★もしかしたら、私は
断続的なヘイルブリザードによって、ギガスコルピオンが凍り付き始めて――
やがて、完全に動きが止まった。
「――はぁ……これで、十分かな……」
魔力の放出を止めて、大きく息を吐き出した。
いくら私がエルフで、それも【暗黒魔術師】スキルによって氷属性魔術を最適化していても、上級魔術を断続的に発動しようものならさすがにキツい……けど、キツかった分の結果は出た。
物言わぬ氷像となったギガスコルピオン。
外回りだけ凍らせたのではなく、外殻や関節の隙間に氷の礫が突き刺さり、そこから身体の内部も凍結させたのだ。
この砂漠の気温が気温だけあって、完全凍結に至るまでには随分時間と魔力を消費したけど、あとは自然解凍を待って、魔石を剥ぎ取れば討伐証明完了。
一息つくために、懐からボトルを取り出して、水を飲む。
「んく、ん……っふぅ」
生温い……水分は補給出来ても、体感温度は下がらない。
あぁ、こう言う時、たっぷりの氷で割ったウイスキーとか飲みたい……
なんて、気を抜いたのが前触れだったのか。
「……ッ!?」
異様な気配に振り向けば、揺らぐ陽炎の向こう側から黒紫色の巨体……
――もう一匹、ギガスコルピオンがいた。
「嘘でしょ……二匹目!?」
これは全く予想していなかった……!
ギガスコルピオンほどの危険な魔物が、同地帯に複数現れるなど、聞いたことがない。
「まずい……」
一匹目のギガスコルピオンを仕留めるために、すぐに使える魔力はほとんど使ってしまった。
今からこの二匹目のギガスコルピオンもヘイルブリザードの連発で凍死させるよりも、私の魔力が底を叩く方が先だ。
討伐に持ち込むことは出来なくとも、撃退に……持ち込むのも厳しいかもしれない。
……ヘイルブリザードでは魔力の消耗が大きいため、中級のアイシクルブレードならまだ何とかなるか?
「――アイシクルブレード!」
迷っている暇はない、即座にアイシクルブレードを放ち、複数の氷の刃をギガスコルピオンの節の隙間を狙って突き刺していく。
けれどヘイルブリザードほどの威力は無いため、ギガスコルピオンは驚くように仰け反ったものの、すぐに煩わしげに体躯を振るわせて、突き刺さったアイシクルブレードを排除する。
「くっ……――アイシクル ブレード……!」
もう一発アイシクルブレードを放つものの、思ったよりも早く、魔力が尽きてしまい、振り絞った魔力のアイシクルブレードでは、ギガスコルピオンの強固な甲殻に跳ね返されるだけだった。
「……っ」
これ以上は無理。
強引に魔術を行使しようものなら、今度は体力を余計に消耗する。
私の中で即座に"撤退“と言う選択肢が浮かぶが、ただでさえ気が立っている上からアイシクルブレードを喰らって、怒りに怒り狂ったギガスコルピオンだ、近くの町に逃げ込んだとしたら、今度はその町がギガスコルピオンの脅威に曝されることになる。
なら、ギガスコルピオンが諦めるまで逃げ回る?こんな砂漠の真ん中で?
それでは私が干からびる方が先なのは、考えなくても分かることだ。
……唯一この状況を打破出来るとすれば、ここからビヤバンの町へ逃げて、町の騎士団がギガスコルピオンを足止めしている内に、ヘイルブリザードを連発出来るまでの魔力を回復すること。
問題なのは……ここから徒歩で数時間の距離にあるビヤバンの町まで、逃げ切れるかどうか。
私はすぐさま回れ右をして、ビヤバンの町の方角へ駆け出す。
それを見て、ギガスコルピオンは耳障りな鳴き声を上げながら追い掛けてくる。
走る。走る。とにかく、走る。
水を飲んでいる暇はない、その上からギガスコルピオンが追い掛けながら、鋏やら尾の毒針で攻撃してくるので、それらを何とか躱して。
「ふっ、はぁっ、ふぅっ、はっ……!」
けれどこの灼熱の気温は、想像よりも遥かに私を消耗させる。
それよりも足の負担がもう限界。
沈み込むような砂の海は、歩くだけでも負担を強いると言うのに、走るなんて以ての他。
転べば即座に鋏で潰死か、毒針に刺されて毒死するかのどちらか……どっちも最悪、と言うかどのみち死ぬことに変わりはない。
しかし私の粘り勝ち――には、まだ早いけど――、ようやくビヤバンの町並みがぼんやりとながら見えてきた。
その瞬間、
ビッ、と何かがローブの左肩を掠め、その部位が裂け――
「はぅ ぁ ッ !?」
左肩がビリッとし――たと思った瞬間には、それが頭の上から足の裏まで、感電したかのような不快感が突き抜けた。
それは、ギガスコルピオンの毒針による神経毒だと理解するまでもない。
「ぁっ、かっ、きっ、ぃっ……ッ」
全身の筋肉が弛緩し、足どころか目も口も動かせられないまま、砂に倒れてしまう。
なのに、砂の熱すら感じられない、感覚すら麻痺してしまったらしい。
ギヂギヂギヂギヂィ、とギガスコルピオンが迫り来るのが見える。
ここで、死ぬ?
今までにも、数えきれないほど死ぬような目には遭ってきたけど、今度こそ死ぬかもしれない。
それを悟った瞬間、真っ先に思い浮かんだのは――リオくん。
ついからかいたくなるくらい真っ直ぐな男の子で、でも時々、胸の奥を揺さぶるようなことを口にしたり。
エトナちゃんやアイリスさん、シャオメイさん、シャルルさん、それにアンドリューさんも、何だかんだ言って彼を頼りにしていて。
そんな私も頼り甲斐があると思っていて、他の冒険者の男の子達とは違ってどこか魅力的に見えて、
……もしかしたら、私は
「――フラッシュレイ!」
――薄れゆく意識の中、アイリスさんの声が聞こえた気がした。




