82話 足跡の先に
「さて、と……」
一時商隊から離れた私は、懐に備えたボトルを手に取って飲料水を一口飲んでから、まだ埋もれていない足跡をなぞるように、スカルゴンを追跡する。
商隊の守りは、リオくんがいれば大丈夫。
だから私はこうして、先んじて脅威を取り除く。
スカルゴンと言う魔物は光属性が弱点だけれど、基本的に魔術攻撃全般に弱いので、私のブラッディランサーなら、直撃で無くとも三、四発当てれば問題なく倒せる。
不意討ちを狙えるなら、上級魔術の『ネガティブバースト』を叩き込んでもいいかもしれない。
どうやって手早く処理するかの算段ばかり立てていたけど、そのためにまずはスカルゴンを捕捉しないことには始まらない。
尤も、スカルゴンの発見すら出来ないケースもあるので、見つからなければそこまでとして、合流予定地点のビヤバンの町に向かえばいい。
ともあれ油断はしないように、と自分に言い聞かせながら、スカルゴンを追跡する。
足跡を追うこと一時間弱ほどが経った頃。
「ん……?」
陽炎で揺らぐ視界の向こう側に、不自然な白い小山が見えた。
腰に備えたセプターを抜き、いつでも魔術を使えるように魔力を流してから、その白い小山に近付いてみると。
この砂漠と言う砂の海に沈みかけた、巨骨の数々と、その巨骨の中に見え隠れしている魔石。
粉々に破壊されてしまったものがほとんどだけれど、まだ原型を残している巨骨の形状を見る限り、スカルゴンの成れの果てだと言うことはすぐに判明出来た。
……が、それはそれとして、別問題が発生した。
ここにスカルゴンの成れの果てがあり、しかも魔石が遺されていると言うことは、冒険者によって討伐されたものではない。
冒険者が討伐して、魔石を回収し忘れた可能性もゼロでは無いけど、それは些か希望的観測が過ぎる――ほぼあり得ないとして除外しておく。
それはつまり、スカルゴン以上の脅威となる大型の魔物がいる可能性が極めて高い、そしてソレと遭遇する可能性もまた同様に仮定する。
危険度は金級以上と推定――この乾燥地帯に出現する中で該当する魔物は……
「――ッ」
不意に、背筋に不快感が走る。
一拍遅れて、砂を踏む音が届く。
もう一拍遅れて、視界が陰る。
「――『シャドーボール』ッ!」
振り向き様にセプターを振るい、闇属性の初級魔術であるシャドーボールを発動、闇属性の球状エネルギー体を投射、同時に後方に跳んで距離を取る。
放ったシャドーボールは着弾、炸裂はしたものの、怯んだ様子はない。
身構え直しつつ、背後にいたソレの全容を視認する。
黒紫色の体表、多節の八本脚、巨大な鋏状に発達した前肢、複数の節の先にある鋭利な毒針を持つ尻尾。
『ギガスコルピオン』
元々、乾燥地帯に棲息する小型の魔物として『スコルピオン』が存在し、その中でも長い間突然変異を繰り返して生まれたとされる、大型の魔物。
その凶暴性と、毒針から分泌する猛毒の危険性から、存在が確認され次第、周辺の町や村には非常事態宣言が発されるほど。
推奨階級は白銀級――私が単独で討伐可能な、ギリギリのライン。
スカルゴンを蹴散らしたのは、このギガスコルピオンと見てもいい。
しかしそれよりも疑念がある。
「……どうして、ギガスコルピオンがこんな昼間に?」
スコルピオン及びギガスコルピオンは、本来は夜行性。
こんな昼間に活動を行う生態ではない。
ギヂギヂ、ギヂギヂィ、と耳障りな鳴き声を上げながら、癇癪を起こした子どものように鋏を砂に叩き付けているのを見る限り――かなり気が立っているように見える。
シャドーボールをぶつけられたとは言え、けれどそれだけが理由では無いように思える。
それに……どことなく弱っているようにも見える。弱っているからこそ、気が立っているのかもしれない。
縄張り争いが原因か、あるいは……
とは言え。
「発見してしまった以上は、排除するしかないかな」
ここで私が踵を返して逃げれば、ギガスコルピオンは近くの人口密集地――ビヤバンの町を襲うかもしれない。
大型の魔物に備えた構えでは無いけれど、ここは私がやるしかない。最低でも撃退には追い込まなければ。
尻尾をユラユラと揺らし、鋏をギチギチと鳴らす――明らかに私を獲物と見定めているギガスコルピオンを前に、セプターを構えつつ氷属性の魔法陣を広げる。
「――『ヘイルブリザード』!」
放つは氷属性の上級魔術。
この砂漠にとってはある意味で恵みかもしれない猛吹雪を発生させ、ギガスコルピオンへ叩き込む。
極低温の風に無数の氷の礫を乗せた猛吹雪は、氷属性が弱点であるギガスコルピオンには有効のはず。
鋏で顔面を守ろうとするギガスコルピオンだが、そうでない部分――特に可動域のある節と節の隙間に氷の礫が突き刺さり、凍結していく。
「このまま、押し切る……!」
ヘイルブリザードを継続、このままギガスコルピオンに何もさせずに凍死させるか、そうでなくとも無力化出来るまで猛吹雪を放ち続ける。
「――ヘイルブリザード!――ヘイルブリザード!――ヘイルブリザード!」
人間と比べても膨大な魔力を持つ、エルフの私だからこそ出来る力業。
カチカチカチカチ、とギガスコルピオンの外殻や脚の節目の表面が凍り付き始め――




