81話 砂の海を往く
メルキューレを出発してから数日が過ぎた。
道中で何度か夜営しつつ、時には村や集落、小さな町の世話になって、その日の日中。
「見えてきたな……あれがサンドロ砂漠だ」
アンドリューさんは、進路の先を見据えてそう言った。
街道脇の植物の中に徐々に乾いた砂が見え始め――やがて緑が見えなくなる。
足元から込み上げるような暑さに、とにかく汗が止まらない。
視界の先が何だかぼやけるような揺らぐように見える……これが"陽炎”って現象か。
「うへー……あっつーい……」
シャルルは暑さのあまりに頭巾とマフラーを脱ぎ、ジャケットのボタンもいくつか外して前をさらけ出してしまっている。
ジャケットの下は下着……ではなくインナーだが、身体にフィットしているせいで、彼女のしなやかでスレンダーなボディラインがピッチリ強調されている。
……目に毒だな、ちょっと物申させてもらおう。
「……シャルル」
「なに、リオ?」
「その、なんだ。全部閉めろとは言わないが、せめて少しくらいは戻してくれ」
「えー?暑いからいいっしょ」
良くねぇわ、主に俺が。
「いいから戻すんだ」
グリードのお眼鏡にかかっていたくらいだから、自分が魅力的な美少女だってことを自覚してほしい。俺の口からは絶対に言えないが。
「もう、なんだっての……はーい」
渋々ジャケットのボタンを閉じていくシャルル。
それでもインナー越しの胸元の谷間のラインが見え隠れして……ダメだこれじゃむしろ逆効果だ!?
「ハァ……」
いかんいかん、心頭滅却心頭滅却。
ただでさえ暑いのにこれ以上体温上げてたまるか。
「…………ん?」
心頭滅却していて少しは頭が冷えてきたためか、前方に不自然な凹みが見えた。
小走りでその凹みに近付くと、それが何かの足跡であることが分かった。
「リオ、どうしたっての?」
後を追ってきたシャルルも、その足跡に気付く。
「あ……これ、魔物の足跡よね?」
「あぁ。それに、砂で埋もれてないってことは、まだ近くにいる可能性が高そうだ」
近くに魔物がいるかもしれないと聞いて、シャルルはすぐに目を戦闘のそれに変える。
それにこの面積の広さ、少なくとも中型以上だろう。
「二人とも、どうした?」
すると、アンドリューさんも追ってきた。
「アンドリューさん、魔物の足跡です。しかも、まだ近くにいる」
「ぬっ、魔物の足跡か……エトナ、来てくれ!」
【鑑定】スキルで足跡の主を鑑定してもらうために、アンドリューさんはエトナを呼ぶ。
呼ばれてすぐに馬車を出てきたエトナは、即座に自分の周囲に魔法陣を展開、その足跡の情報を読み取っていく。
「……鑑定結果、これは『スカルゴン』の足跡です」
「スカルゴンか……」
その名を聞いて、アンドリューさんは眉をひそめる。
スカルゴンの名前なら俺も知っている。
大型飛竜が餓死した後、残された魔石の魔力が骨に宿り染み付き、魔石を核として骨だけの姿で再び動き始めたと言う、アンデッド種に属しそうだが、れっきとした飛竜種の魔物だ。
確か、推奨階級は銀級以上、それなりに危険な相手だと記憶している。
「足跡の進路を見る限り、鉢合わせする可能性は五分五分と言ったところかと」
足跡が続いている方向と、商隊の予定進路を見比べるエトナ。
ちょうど、商隊の予定進路を横切るような形で足跡が続いているので、このまま予定進路を進むとしても、スカルゴンの動向次第で遭遇する確率は乱高下する。
このまま予定通りの進路を進むか、それとも少しだけ回り道を取ってスカルゴンとの遭遇率を少しでも下げるか、とアンドリューさんが思案していると。
「私単独で足跡を追跡して、そのまま討伐しましょうか?」
ふと、リーゼさんがそう意見した。
「リーゼさん?いや、単独行動は危険だ」
アンドリューさんはその意見を取り下げようとするが、
「スカルゴン程度なら問題なく討伐出来ます。合流予定地点さえ明確にしていただければ、スカルゴンを討伐した後で合流することも可能です」
「む……」
メルキューレの沖に出没するらしいシーサーペントとは違い、こちらはあくまでも地に足を付けた戦いが出来る、と言うリーゼさん。
リーゼさんの実力なら、スカルゴンにも遅れを取らないとは思うが……
もしスカルゴンを発見出来なかったとしても、それはそれで「スカルゴンは見つからなかった」と言う情報は手に入る。
しばし考えるアンドリューさん。
とは言えそれほど長く悩むことはなく、頷いた。
「……分かった。だがなリーゼさん、決して無茶はするなよ」
合流予定地点はどうするかと言うと。
「一応、合流予定地点は、今日に立ち寄る予定の『ビヤバンの町』にしておこう。遅くても日が暮れる前には戻ってきてくれよ」
「ご心配なく。スカルゴンをサッと処理してくるだけですので♪」
お茶目にウインクしてみせるリーゼさんだが、こんな砂漠の真ん中で単独行動か。いくら白銀級とは言え、心配は心配だな。
手荷物を整えて、セプターを手にしたリーゼさんは「じゃ、行ってきま~す」とひらひら手を振りながら、スカルゴンの足跡を追跡していった。
……まぁ、リーゼさんなら大丈夫か。




