80話 過酷な旅路
騎士団の詰所で事情聴取やら何やらを受けて解放されても、時間帯はまだ真夜中。夜明けまで数時間はかかる。
馬車を停留場にまで戻して、さてこれからどうしたものかと、ランプを灯して今後の方針会議だ。
シャオメイと炊事担当の隊員達が温かい飲み物を淹れて、そのまま早めの朝食の準備もしていく中で。
「やはり陸路で行くしか無いだろうな」
開口一番、アンドリューさんのその言葉に、首を横に振れる者はいなかった。
港の封鎖解除がいつになるかの見込みが無い現状、帝都へ向かうにはもう陸路しか無い。
「ここから陸路で帝都へ向かうに当たって、およそ一ヶ月半から二ヶ月ほどの長旅。そして、道中は砂漠と登山道を越える。ハッキリ言おう、かなり過酷な旅路になる」
故に、とアンドリューさんは隊員や同行者達を見渡す。
「無理強いはしない。いつになるかは分からんが、メルキューレで待っていれば、いずれは水路で帝都へ向かえるようになるだろうからな。だから、覚悟がある者だけでいい、オレに付き合ってくれ」
専属冒険者である俺、アイリス、リーゼさん、シャルルの四人は、この場で契約を解約しない限り、この過酷な旅路に付き従う義務がある。
しかし、エトナやシャオメイのような非戦闘員、同行者などはここで"降りる”ことも出来る。
話し合いの結果として、商隊の同行者達はこのままメルキューレに留まることを選び、残ったのは元から商隊に所属している隊員だけになった。
非戦闘員であるエトナとシャオメイも商隊に残ったのだが、
「せっかく厚待遇で契約しているのに、それをみすみす手放したくは無かったので」とエトナ。
「隊長サンにハよくしてモラっていマスし、コノ商隊にも愛着がアルので」とシャオメイ。
確かにエトナはギルド受付嬢の資格を持つ鑑定士として、アンドリューさんとはかなり厚待遇で契約しているし、専属料理人として気に入られているシャオメイも同様だ。
夜が明けて、町並みが目覚め始めると同時に、陸路で帝都へ向かうための準備に取り掛かる。
特に砂漠を何日も渡る関係から、飲み水や暑さ・寒さ対策は必須だ。
砂漠の中にも村や集落はあるだろうが、食料はともかく、水の補給などはあまり期待出来ないかもしれない。砂漠では水が貴重だろうからな。
それら準備の合間にも、俺達冒険者は依頼を受けて資金を稼いでおく。
そうして二日かけて砂漠越えの準備を整えたら、いざ出発だ。
今回は同行者らがいない分、商隊としての規模は小さくなったのもあって、外部から護衛の冒険者は雇っていない。尤も、メルキューレから帝都まで、一ヶ月半から二ヶ月と言う長期間を旅しながらと言う条件では、誰も受けたがらないのは分かりきっているからと言うのもあるんだが。
とは言え配置は普段とそう変わらない。
前方は俺とシャルル、後方はアイリスとリーゼさんで、それぞれ守りにつく。
まずは北西に向かって進み、サンドロ砂漠へ踏み込み、砂漠を越えたらバビロード登山道だ。
なるべく夜営を避け、道中の町や集落で宿を取れるといいんだが。
魔物や野盗などを警戒しつつ、北西へと歩みを進めていると、後方からアイリスとリーゼさんの会話が聞こえてくる。
「砂漠って、とても暑いのですよね?」
「そうだよ。日差しも強いし、空気が乾燥しているのもあるから、喉が渇いてるって自覚が無くても定期的に水を飲まないと、冗談抜きで死ぬからね?」
「そ、そんなに……」
冗談抜きで死ぬと言うリーゼさんの言葉に、戦慄するアイリス。
リーゼさんがカイツールのギルドマスターとして勤務していた時期がどれくらいかは分からない (しかも長寿種のエルフなので下手すると100年以上ギルドマスターをしていた可能性がある)が、白銀級冒険者にまで上り詰めただけあるのか、砂漠での戦闘経験もあるようだ。
「リーゼさんの言う通りだぞ、お嬢さん」
そこに、アンドリューさんも加わってきた。
「何のために飲み水と塩をいつもより多く積んどると思っているんだ?もし魔物や盗賊に出会した時に、お前さん達が干からびて戦えなくなっていたらおしまいだ。だから砂漠では水と塩だけは絶対に腹に入れておけ、これは隊長命令だからな」
「わ、分かりました」
強い口調で言い付けるアンドリューさんに、アイリスは神妙に頷く。
「砂漠って、そんなにやばいんだっての?」
俺の隣で歩くシャルルも、砂漠越えの経験は無いようだ。
「俺も砂漠は初めてだが、アンドリューさんがあんなにも口酸っぱくして言うなら、大袈裟なことじゃ無いんだろうな」
正直俺も、メルキューレで準備を手伝っていた時、飲み水のタンクをいくつも馬車に積載していて、「こんなに必要か?」と思いはしたが。
しかし商隊を率いて五十年近くのアンドリューさんが「これでも足りないかもしれん」と言っていたくらいだ、それほどまでに砂漠と言う環境は過酷なんだろう。
「そっか、あたしも気を付けなきゃ」
先達の言葉を侮ったりせず、素直に聞き入れるシャルル。
俺もスラム時代から飢えや渇きには慣れているつもりだが、油断せずに気を付けよう。




