75話 陸路で行くか、海路を待つか
一旦、話を切り上げて集会所を後にして、アンドリューさんとエトナに現状を報告しに戻る。
海水温度の上昇によって、大変気が立っているシーサーペントが沖に出没しているせいで、船が出せない、と言うことを報告すると。
「ふむ……それは困ったな」
珍しく神妙な顔つきを見せるアンドリューさん。隣にいるエトナも同様だ。
「帝都に行くには、船で帝港に行くのが一番安くて手っ取り早いんだがなぁ。討伐依頼は出ていないのか?」
アンドリューさんの問い掛けに、リーゼさんが応じる。
「あるにはありますし、私がそれを受けてもいいんですけど、確実に討伐出来るかの保証はありません」
海の上で対魔物用の討伐船に乗って戦う以上、剣のような近接武器はほぼ役に立たない。
弓矢やボウガンのような飛び道具や、魔術攻撃の他には、討伐船に装備された弩砲や大砲による砲撃でダメージを与えるのが基本らしい。らしい、と言うのは俺自身、討伐船の事は知っていても乗ったことはないからだ。
リーゼさんが難色を示しているのは、シーサーペントとの戦闘だけでなく、討伐船の操舵や、船が損傷した際のダメージコントロールなども全て冒険者一人でこなすことは出来ない、と言う理由から。
船のことは船乗りに任せればいいと思うところだが、大型の魔物と立ち会う以上、よほどベテランの船乗りで無ければ、魔物との戦闘になった際に畏縮してしまう可能性が高いため、下手に船乗りに任せるよりは、討伐船の乗船経験のある冒険者の方がマシとのこと。
故にリーゼさんは、自分が攻撃役に専念するとしても、サポート役として最低でも銀級以上で尚且つ討伐船の乗船経験のある冒険者がもう二人ほど欲しいと言うのだ。
俺自身は銀級だが、討伐船に乗ったことはない。
アイリスとシャルルは階級が足りないので論外だ。
つまり、
「現状、メルキューレから船で帝都に向かうのはほぼ不可能、と言うことですね」
淡々とエトナはそう結論付けた。
「アンドリューさん、陸路で帝都に向かうとなると、どれくらいになりますか?」
海路が無理なら陸路を使うしかないが、地理的にはかなり遠大なルートになるはず、と俺はアンドリューさんにそう訊ねると、アンドリューさんは目を閉じて首を捻る。
「…………まず、メルキューレから北西に向かって進み、『サンドロ砂漠』を渡る。そこから『バビロード登山道』、及びアバローナ王国とエンペラル帝国の国境線を越えて、帝都に着く」
が、と溜め息混じりに続けて、
「砂漠を渡るのは簡単じゃない、登山道も険しい、その間の道中も長い。となると……どれだけ早くても、一ヶ月では足りんな」
うわ、マジか。
どれだけ早くても一ヶ月以上はかかるってことは、最低でも一ヶ月半近くはかかるってことかよ。
そこに、アイリスが挙手する。
「あの、素人意見で申し訳ないのですが、陸路で帝都に到着するのと、シーサーペントを討伐可能な冒険者が現れるのを待つとでは、後者の方が早いと思います」
「それはそうなんだがなお嬢さん、問題はその『シーサーペントを討伐可能な冒険者がいつ現れるか』なんだ。さすがに何週間も待つことは出来ん」
それが可能なリーゼさんでさえ、確実に遂行出来るとは限らない。不確定要素があるのは当然だが、"よほどのことが起きない限り、まず失敗しない、もしくはほぼ確実に遂行可能“な状況下と言う一定の目安はある。
しかも今回確認されているシーサーペントは、海水温度の上昇もあって気が立っており、かなり危険な状態――ギルド推奨の階級は金級だが、実際は白銀級は必要だろう。
素直に陸路で目指すか、海路の安全確保を待つか、商隊の中でも意見が割れそうだ。
どうしたものかと額を突き合わせていると。
「なぁ、そこのあんたら」
ふと、俺達に声をかける人がいたので、振り返ってみると。
頭に頭巾を巻き、くたびれたジャケットを羽織った、いかにも水夫らしいガタイのいい男がいた。
「聞き耳立てて悪いんだが、船が欲しいって聞いたぞ?」
「あんたは?」
アンドリューさんが一歩前に出るのを見て、俺は警戒を強める。
船は出せないとギルドが公言しているのに、「船が欲しいのか」と訊いてくるとは、どういうつもりだ?
「俺は『ロゾック』、ただの船乗りさ」
「さようか。で、ロゾックさんよ、オレ達に何か用か?」
「今、シーサーペントが沖で暴れていて危険だから、船は出せないってのは知っているつもりだ。けど、俺んのところの船と航路なら、シーサーペントを躱して沖を通ることが出来るぜ?」
「……ほーぉ?」
アンドリューさんの声と目付きは、明らかに訝しげだ。
「まぁ確かに、ちょいとアコギなやり方になるんだがな。でも、それならほぼ確実にあんたらを帝港まで運んでやれる」
「アコギなやり方、か。先に訊いておくが、見返りはなんだ?」
「単純に金だ。普通と比べても割高にさせてもらっているが、どうだい?悪い話じゃないと思うんだが」
怪しい。
割高と言っているが、実際はどれだけ吹っ掛けるつもりだ?
それに、広大な活動範囲を持つシーサーペントを躱して沖を通るなんて、本当に出来るのか?
「……詳しい話を聞かせてもらおうか」
ひとまず話を聞くらしいアンドリューさんは、俺達に向き直ると。
「夕方までには戻る。それまでは各自自由行動でいいぞ」
とりあえずは解散、詳しい話は後でアンドリューさんから話してくれるだろう。




