73話 ★模擬戦と、……白
「――ん……?」
気が付いたら眠っていたようだ。
眠い目を擦って、幌の隙間から見える空色を見て――そろそろ夜明け頃の藍色をしている。
せっかく起きたんだ、顔でも洗いに行くか。
他に眠っている冒険者を起こさないようにそっと馬車から降りて、外へ出る。
「く、あぁ~~~~~……っふぅ」
地平線の遥か向こう側に見える朝焼けを眺めながら、大きく欠伸しつつ背伸び。
ようやく意識が覚醒してきたと思うと、
「あ……リオさん?」
別の馬車から、アイリスが出てきた。
「おはよう、アイリス」
「おはようございます。リオさんも、お早いですね」
「まぁな。顔でも洗いに行こうと思ってるんだが、アイリスも行くか?」
「はい、ご一緒させていただきますね」
アイリスと二人並んで、村の中にある井戸から水を汲んで、バシャバシャと。
朝の冷たい空気によって冷えた水が、眠気を吹き飛ばしてくれる。
頭を振って水気を振り払う俺とは違い、アイリスはタオルで丁寧に水気を拭き取っている。……育ちの差って奴かね。
――何故か、アイリスの腰にいつものレイピアが提げられているのを見て、何となしに訊いてみる。
「まさか、朝練か?」
「えっ、そうですが……どうして分かったのですか?」
「帯剣してるからな、顔を洗いに行くのに剣はいらないだろ?」
「……さすがリオさん、よくお分かりで」
敵いませんね、と苦笑するアイリス。
「リオさんさえ良ければ、私に付き合ってくれませんか?」
「軽い模擬戦か。いいぞ」
朝飯前のちょうどいい腹ごなしと思って、いっちょ付き合ってやるか。
馬車からロングソードを持ってきて、村の中でも比較的広い場所に移動してから。
「それじゃ、お互い怪我には気を付けるとしようか」
「よろしくお願いします」
双方向き合って、一礼。
同時に俺はロングソード、アイリスはレイピアをそれぞれ抜き放ち、しばし睨み合い。
すると、先にアイリスが駆け出してはレイピアの切っ先を突き出してくる。
「ふっ!」
なかなか素早く鋭い刺突だが、俺はすかさずロングソードを寝かせて構えてレイピアを弾き返し、キンッと金属同士が打鉄音が鈍く響く。
「っと!」
弾き返し、即座に軸足を入れ換えて短く踏み込んで、寸止めするつもりで一閃。
対するアイリスは瞬時に脇を締めて身構え、レイピアの刀身でロングソードを受ける。
が、
「うっ!?」
ガードする際の踏ん張りが効いてなかったせいか、アイリスは転ばないように慌てて後退りするが、そこを見逃してはやらない、肩から体当たりをするようにロングソードの腹をレイピアにぶつけて弾き飛ばす。
「ぁっ……」
レイピアを手放してしまったアイリスの目の前に、ロングソードの切っ先を突き付ける。
「ガードする時は低く構えて重心を据えないと、簡単に防御を崩されるぞ。そこはちゃんと留意するんだ」
「は、はいっ!」
ロングソードを引き下げると、アイリスはすぐにレイピアを拾い、身構え直す。
さぁもう一勝負だ、かかってこい。
キンッ、カッ、カキンッ、キッ、と打ち鳴らされる二人の剣戟音は、自然と眠っていた者達の起床を促していく。
「ん……?」
朝が来たしては不自然な音を耳にしたエトナはすぐに起き上がり、女性陣の寝床の中にアイリスだけがいないことに気付き、
「(まさか、襲撃?)」
村の中にいるとは言え、野盗が入ってこないとは限らない、偶然起きていたアイリスが迎え撃っているのではないか、とエトナは幌の中から顔を出して辺りを確かめると、
離れた所で、リオとアイリスが剣を打ち付け合っている――模擬戦か何かをしているのを見つけ、「襲撃じゃなくてよかった」と胸を撫で下ろす。
何度か打ち合う内にアイリスの手からレイピアを飛ばされ、リオのロングソードの切っ先が突き付けられる。
会話は遠くて聞こえないが、何かしらの教訓やアドバイスをしているらしく、アイリスは頷いてからすぐにレイピアを拾いに行き、そしてまた模擬戦を始める。
何となく、もう少し近くで見ていたいと思ったエトナは、馬車から降りてそこへ近付く。
実戦さながらに剣を打ち付け合う二人――けれど気が付けば、リオの方にばかり視線が向いてしまう。
アイリスの動きに注視しつつ、傷付けないように反撃もしてみせる、リオのその真剣な表情に目を奪われてしまう。
「………………」
カイツールにいた頃、拉致された挙げ句制服を破かれて、しまいにはもっと酷いことをされるのではと恐怖したあの時、助けに来てくれた強さ。
気が抜けて思わず泣いてしまった時も、寄り添ってくれた優しさ。
いつからだろうか――リオのことを目にする度に、胸の奥に静かに灯るものがあることを自覚する。
よくは分からないけれど、もっとリオのことを見ていたいと思うようになった。
もっと近付いてみたいと、一歩、一歩と歩みを進めて――
キィンッと一際甲高い音が鳴り響き、
アイリスの手からレイピアを弾き飛ばしたと思ったその瞬間、視界の端にエトナがいて、弾け飛んだレイピアが彼女に向かっていたことに気付いた俺は、咄嗟に叫んだ。
「っ、エトナッ!!」
「えっ」
俺の声に足を止めたエトナ――の、すぐ足元にアイリスのレイピアがザンッと音を立てて勢いよく突き刺さった。
「きゃぁっ!?」
驚いて尻餅をついてしまったエトナだが、もう一歩でも進んでいたら、彼女の足にレイピアが突き刺さっていたかもしれない。間一髪だった。
「エトナッ、大丈夫か!?」
「エトナちゃんっ、大丈夫ですか!?」
俺の声とアイリスの声がほぼ重なる。
「は、はい、大丈夫で、あっ!?」
尻餅をついているエトナだが、その制服のスカートの丈で尻餅は、その、色々とまずい。
――敢えて言うなら、白だった。




