72話 聖女のお怒り?
その日の夜。
馬車の中で、他の冒険者達と並んで雑魚寝する形で寝ることになったのだが、なかなか寝付けないでいた。
夕食前にリーゼさんが言っていた、"戦争“。
それが頭にチラついて眠れない。
少し前に遡る――
――とんでもないこと……戦争になると言うリーゼさんの言葉にあまりにも現実味が無さすぎて、俺もシャオメイもすぐに反応出来なかった。
「……どういうことですか?」
風土悪化と戦争がどう繋がるのか、と言うニュアンスで訊いてみると。
「まず、風土の悪化から。恐らく風土悪化は、ネオライト領だけじゃなくて、大陸各地……うぅん、いずれ全世界で起きることだと思うの」
風土の悪化はネオライトのことだけじゃない?
俺がそれを問う前にリーゼさんは説明を続ける。
「風土悪化は何故起きるのか、その原因は何なのか。……私の見立てが正しければ、これは自然発生したものではないの」
自然発生ではない=魔物による環境被害ではない と言うことだ。
であればこれは、人の手によるものなのか、と訊くと。
「そうとも言えるし、そうじゃないとも言える、微妙なところだね。……王都に、聖女が召喚されたって話は聞いたことないかな?」
すると今度は、王都の話になった。
王都のことを知らないシャオメイは首を横に振る。
「確か……王都で、俺がアンドリューさんの商隊の護衛依頼を受ける数日前くらいに、後宮に聖女が召喚されたって話は、アイリスから聞いたことがあります」
その聖女が召喚されたのもあって、アイリスはフルス第一王子から冤罪を擦り付けられ、婚約破棄された挙げ句に王都を追放されたって話もな。
「まさか、その聖女が風土悪化を引き起こしているとか、そう言う話ですか?」
「………………結果的には、そうなる、かな?」
ものすごく端切れの悪い答え方だ。
「結果的にハって、その、セージョサンは、環境破壊しヨウと思っテいるワケじゃ無いってコトですか?」
聖女と言う肩書きではなく、セージョと言う名前の女性だと思っているらしいシャオメイ。後で聖女のことも簡単に説明してあげた方が良さそうだ。
「『聖女に愛された国は永きに渡って繁栄と豊穣をもたらす』ってお伽噺があるんだけど、過去の歴史を紐解いてみれば、どうやらそれは本当らしいの」
いかにもな感じのお伽噺だな。
「……ん?だったらおかしくないですか?王都には聖女が召喚されて、そのお伽噺が本当だって言うなら、どうして大陸各地で風土悪化が起きるんですか?」
聖女のお伽噺が本当のことだとしたら、何故真逆のことが起きているのか。
「そこが分からないんだよねぇ。王都で聖女が召喚されたことは間違いないんだけど、その召喚された聖女と、風土悪化はまた別問題の可能性もあるし……」
リーゼさんの知識を以てしてもそこは分からないらしい。
するとシャオメイは「アッ」と何か思い付いたように声をあげた。
「もしかシテ……風土ノ悪化は、セージョサンが怒っているカラじゃないでショウか?」
聖女が怒っているから風土悪化が発生するのでは無いかと言うシャオメイ。
「シャオメイ、どう言うことだ?」
「ホラ、ネオライトは領主サマが悪イことをシテいたから、ソレに怒ったセージョサンが、罰トして風土を悪くシタ、んじゃナイかなと」
あぁ、なるほど。グリードが圧政を敷いていたから、それを見かねた聖女が制裁として風土悪化を引き起こしている、と言いたいのか。
シャオメイの意見に対するリーゼさんは。
「んー……強ち間違いとは言い切れないかな。聖女が何かしらの手段でネオライトの情勢を知って、それで制裁のために風土悪化を引き起こした、と言うのは、聖女の神格化を鑑みれば、都市伝説くらいの信憑性はあるかもね」
都市伝説、ねぇ。
聖女の存在がそもそも都市伝説みたいなものだろうに。
「ただ、『聖女が制裁として何か起こした』と言うことは、過去に前例が無いね。当時の聖女がそうする必要性を感じなかったのか、それとも今の聖女特有の力なのかは、まだ分からないけど」
結局のところ、今は分からないことだらけで、何故風土悪化が発生するのかも、都市伝説レベルの憶測でしか言えない状態だ。
ひとつ言えることがあるとすれば、とリーゼさんは最初の話に戻った。
「このまま大陸全土で風土悪化が続くようなら、いずれ各地で不満を爆発させた暴動が始まり、それがやがて国家間の戦争になる。ひとつの町のデモ運動が、大陸全土を巻き込んだ戦争にまで膨れ上がったことも、過去にはある」
……そうか、だから戦争になる可能性があると、リーゼさんは言うのか。
――と言う話を、どうしても思い出してしまうのだ。
ダメだ、いつか戦争が起こるかもしれないなんてネガティブなことを考えるから眠れないんだ。
よし、ここは楽しいことを考えよう。
そうだな、永住地を見つけて、それからの生活を考えよう。
冒険者を引退して、どこかのどかで小さな村や町の片隅で、畑を耕したり、狩りをしたりして過ごして。
その時、俺の隣にいる人はどう言う女性だろうか。
何となく、真っ先に思い浮かんだ姿は――




