225話 行ってきます
それからもう数日――俺達が王都入りしてから一週間が過ぎて。
「もう行くのだな」
「寂しくなるわねぇ」
エイルブルー家の屋敷の正門で、お義父様とお義母様に見送られている、俺とアイリス。
たった数日とは言え、ぽっと出のスラム出身の孤児である俺を、実の息子のように扱ってくれたことは、感謝しても感謝しきれない。
「次にここへ帰ってくるのは、何年後になるかは分かりませんが……商隊長さんと相談して、五年以内には、なんとか」
アイリスは大雑把に答える。
場合によってはもう何年かかるかもしれないが、それでも十年を越えるようなことにはならないはずだ。
すると、お義母様が歩み寄り――アイリスをそっと抱き締めた。
「どんなに遠くに離れても、あなたのお家はここよ。いつでも、帰ってきなさい」
「お母様……はい」
アイリスからも、抱き締め返して。
その光景に、胸が暖かくなるものを感じていると。
「リオ君」
お義父様に声をかけられたので、そちらへ向き直って。
「君を産んでくれた女性にはすまないが、私もリコリスも、君のことは本当の息子だと思っている。……親らしいことをしてあげられた時間は、短かったがね」
「いえ……俺も、お義父様のことは、本当の父のようだと思っています」
気を遣っているつもりはない。
これから先、父親や母親は誰かと訊かれたら、迷わずにこの二人の名を挙げるつもりだ。
それくらい、お義父様とお義母様は、俺に愛情を向けていてくれたと思っている。
「ありがとう、そう言ってくれて嬉しく思う。……娘を、どうかよろしく頼む」
「はいっ」
男同士の約束は交わした。あとは一生をかけて果たし続けるだけだ。
お義母様とアイリスのハグも済んだところで。
「では、お父様、お母様……行って参ります」
涙を拭って、アイリスはハキハキと「行ってきます」を告げるのを見て、俺も「行ってきます」と続く。
いってらっしゃい、と言う言葉と共に見送られて。
王都の内門前に来ると、既に商隊のみんなが出発準備を終えて待ってくれていた。
それだけでなく、ルイン達【紺碧の刃剣】の三人も、見送りに来てくれている。
「忘れ物はないか?」
アンドリューさんがそう訊ねてきたので、「大丈夫です」と返すと。
「よぅし、出発だ!まずはカイツールを目指すぞ!」
アンドリューさんの号令と共に、エトナ、シャオメイ、ムイ、レウィシア第一皇女は馬車の中へ、アイリスとリーゼさんは馬車の後方へ、そして馬車の前方はシャルルと、
「悪い、ニーリン。代わってもらって」
「なに、気にすることはないですよ。キミは安心して養生したまえ」
ニーリンである。
俺自身はまだ、複数箇所の骨折が治っていないので、ニーリンは俺の代役だ。
ギルドの医務室で治療を受けたとは言え、骨折ばかりは自力で治すしかないが、最短で二週間……つまり、港町メルキューレに到着する頃には治るかどうかと言ったところだが、一度船に乗ればまず戦うことはない。
船に乗ってから、動けるかどうか確かめつつ、身体を慣らして、落ちた体力を戻しつつ……としている間にも帝港に着くだろう。
それまで、俺は戦えない冒険者――ただの穀潰しになるわけだ。
いや、そりゃいざとなれば、骨が折れてようがなんだろうが無理矢理でも戦うつもりだが、その心配はまずないのは、ここまでの旅路が既に物語っている。
まぁ……ウダウダ言っても骨折が早く治るわけじゃないんだ、せめて不寝番くらいは全うしよう。
「またな、リオ」
「達者でなー」
「アイリスさんと、仲良くね」
ルイン、スコット、ヒルダからの見送りの言葉はシンプルだ。
いつか、また会えるからな。
まずは二日夜営して、三日目の夕方頃に流通都市カイツールに到着し、二日ほど滞在。
カイツールを出発してから三日夜営して、歓楽街ネオライトへ到着、ここも二日ほど滞在 (と同時にアイリスのドレスをゴンザレスさんに返して)。
ネオライトを出発して、二日夜営、一日ファムル農村でお世話になって、メルキューレに到着。
メルキューレで一晩休んだら、帝国からの迎えである、護衛艦付きの客船に乗り込む。
ようやく骨折が回復したので、客船に乗っている間、調子を確かめつつ、ロングソードを素振りしたり、トレーニングをしたり、フリーダと組み手をしたりして、体力と感覚を取り戻していく日々を過ごしつつ。
そうして、明日には帝港に帰港し、フリーダとレウィシア第一皇女を凱旋させて、任務完了するであろう、その晩。
風呂から上がって、宛がわれた船室に戻ってきた俺は、ばふりとベッドの上に寝転ぶ。
入浴は女性陣から優先されるので、男の俺やアンドリューさんは自然と後回しになり、今ようやく上がってきた頃には、もう深夜とも言える時間帯だ。
鍛練の疲れもあって、心地好い疲労感に身を任せてこのまま朝までぐっすり……
と、思った瞬間、コンコンとドアノックが聞こえてきたのですぐに起き上がって。
「ん?誰だ?」
「リオさん、アイリスです。入ってもいいですか?」
「アイリス?あぁ、いいぞ」
誰かと思えばアイリスだったので、入るように催促すると、そっと開け、ドアの隙間に入り込むようにアイリスが入室してくる。
「し、失礼します……」
「なんでそんな他人行儀なんだ」
パタリとドアを閉めて。
「その、隣に座ってもいいでしょうか?」
「どうぞ」
ベッドに腰かけていた位置をズラして、座るように勧めると、すとんとすぐ隣にアイリスが座る。
何だろうな、晴れて恋人同士になったとは言え、こうも至近距離だと意識してしまうんだが……
「明日は、もう帝都に着きますね」
「そうだな」
帝都から海路経由で王都までおよそ一ヶ月、王都で一週間ほど過ごして、王都から帝都までまたおよそ一ヶ月……長かったようで、一瞬だった二ヶ月半だったな。
するとアイリスは過去を懐かしむように。
「あの日……半年前、フルス第一王子から婚約破棄を告げられて、王都を追放されてから今日まで、ずっと目まぐるしい日々を過ごしていたような気がします」
「ま、色々あったもんなぁ……」
それは、俺も言えることだ。
半年前を振り返ると――




