218話 蚊帳の外では
「カナコ!どこだ、カナコー!」
聖龍アウラオーレと邪龍ダンケルハイトの戦いの蚊帳の外で、フルスはカナコの名を叫びながら、燃え盛る後宮内を駆け巡っていた。
もはや燃えていない場所の方が少ないほどに延焼しつつあり、後宮内に留まっている方がむしろ危険だと言うのに、フルスはカナコを捜して回っている。
「どこだ……どこにいるのだ、カナコ!私が、私が君を溺愛してやらなければ……!」
――既にカナコはアイリス達と一緒に後宮の外に出ており、聖龍と邪龍の戦いの決着を見届けていることに気付くはずもなく――
カナコを溺愛する。
それ以外は何も考えない、考えられない。
自分でも何故それしか考えられないのか不思議でもあり、その"何故“すらもすぐに頭から抜け落ちる。
しかしどれだけカナコを捜しても、部屋と言う部屋を見て回っても、それらは全て燃えている。
四方八方、どこを見ても真っ赤な炎しかない。
このままでは自らの進退すら窮まると言うのに、
「私が!カナコを!カナコは!私の!」
それでもなおフルスは自分がカナコを救って溺愛しなければと奔走し――
火災によって支柱部分が焼け崩れ、床が抜け落ち沈んだ。
それに足を取られたフルス、しかもその足を取られた先は、先ほどにアウラオーレが押し潰した城壁、それが焼け崩れて崖のようになっており、
「お、おあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!?」
炎に焼かれながら、フルスは城壁から落下し――
一方その頃。
リオ達の後宮内部への突入を見送ったルイン達【紺碧の刃剣】の三人は、来た道を戻って、下水路から外――川に繋がる堀のすぐ近くに出てきたところだった。
アウラオーレとダンケルハイトが戦っている間、下水路の中にいた彼らは、両龍の決着がついたことなど知らずいた。
「……大丈夫かねぇ」
スコットは、そうぼやいた。
リオ達なら上手くやりおおせるはずだと信じているが、それでも先行きが見えない不安は拭えないものがある。
「そうね……でも、私達に出来ることはもう無いわ」
後は彼らを信じるしかない、とヒルダは言う。
信じるしかないのはスコットにも分かっている。
「まぁ、最悪でも死ぬことはねぇだろう。あいつは、あれでしぶとい奴だからな」
不安そうな二人に対し、ルインは努めて気丈に振る舞う。
スラム時代、自分達と一緒に意地汚くもしぶとく生きてきたリオのことだ、たとえ何があろうとそう簡単にくたばるとは思わない、必ず生き延びるだろうと。
ルインがそう言うならば、とスコットとヒルダも不安を拭おうと前を向く。
すると――どぼん、と何かが着水したような音が聞こえた。
「あ?今、なんか落ちなかったか?」
音の方向からして川ではなく、城の堀の方だろう。
気になったルイン達は川を上り、堀の近くまで来ると、
焼け焦げたような正装を身に着けた青年が一人、堀に浮かんでいた。
「…………………………終わったのか」
ぁあ……なんか、身体が変だし、血の巡りがなんかおかしい、目玉が飛び出そうだ、頭も痛ぇ、ってか、なんか口から鉄の味がするんだが、吐血してるってか、内臓損傷してないかこれ……?
『うむ、終わったな』
終わったな、じゃねぇよこの野郎バカ野郎、俺の身体が終わりそうだよちくしょう。
姿勢を低くして首を下ろすダンケルハイト。降りろってか。
のろのろとダンケルハイトの首から降りて地面に立……あ、ダメだこりゃ立ってられねぇ。
なんとか仰向けに転がって倒れると。
「リオさん!」
「んんぅ……?」
アイリスの声が聞こえたので、首だけ動かしてその方向を見やれば、ドレスを着てることなんて忘れているかのように駆け出してきては、すぐに俺を介抱してくれる。
「えっ!?リオさん、その顔……それに、血が!?」
「あー……ちょっと身体のあちこち、どっかが痛いだけだ、飯食って風呂入って寝れば、その内治る……」
「いえっ、そうではなく!顔が、顔がすごく腫れてますよ!?」
顔がすごく腫れている?
左手を動かして自分の顔を触ってみるが、感覚が薄れているせいか、よく分からない。
アイリスに遅れて、アンドリューさん、フリーダ、レウィシア第一皇女、聖女カナコもやって来る。
「おいおい、随分な男前になっちまってまぁ」
俺の顔を見たアンドリューさんが、おかしそうに、でも心配してくれているのが分かる声音で、笑った。
「笑い事じゃありませんよ商隊長さん!リオさんがこんなにひどい顔になっているのに!」
ひどい顔とはひどいな、アイリス。
「なぁに、落ち着けお嬢さん。これはな、竜騎兵をやってる人間によく起こることなんだよ」
アンドリューさんが言うには。
"重力加速度“なるものに対する肉体への強い負荷が原因であり、急加速や急停止、急旋回などを頻繁に繰り返すと、内出血を起こして打撲傷に似た様相になると言う。
アンドリューさんが、他の大陸の国で竜騎兵を使った式典の曲芸飛行などを行う兵士の顔を覚えていたから、今の俺とよく似たことになっていると当てはまったらしいが、……俺にはよく分からん。どうやらそう言うことらしい。
「恐らく、骨も何本か折れてるか罅が入ってるだろうな」
「マジかぁ……」
骨折複数って結構な大怪我だよなぁ。
「……ムイちゃんのヒールで、顔の腫れはすぐに治るかもしれませんが、骨折は魔術で治せませんよね」
俺の怪我の原因を知って、とりあえず治る見込みがあり、後遺症の心配も無いと知って、アイリスは安堵に息を吐く。




