217話 伝説の終わり
「これは……勝負あったな」
アウラオーレの喉元に深々と喰らい付き、抵抗出来ないように両翼爪を頭部に食い込ませるダンケルハイト (とリオ)の姿を見て、アンドリューはもはや決着はついたものと見た。
ここからアウラオーレが逆転出来る可能性は、カナコがアウラオーレに力を貸そうとするか、ダンケルハイトが情けをかける以外に無いだろう。
とは言えカナコは現状、アウラオーレに味方するような素振りを見せず、ただレウィシアの後ろで震えているだけだ。
「しかし、不可解です。いくら聖龍アウラオーレの力が、3000年前の当時と比較して幾分か落ちていたとしても、邪龍ダンケルハイトにあそこまで一方的に打ちのめされるとは思えません」
フリーダは、この一方的とも言える決着に疑念を覚えていた。
聖女伝説における両龍は、七日七晩戦い続けてもなお決着がつかなかったほどに拮抗していたものだったと言う。
当時と今とでは3000年もの開きがある以上、アウラオーレも当時と同じ力を発揮できるとは限らない、とフリーダも理解しているが、そうだとしてもこれはあまりにも一方的過ぎる。
「リオ殿に、何かあるのでしょうか……?」
「いいえ、フリーダ姉様。リオさんは普通の冒険者ですよ」
リオに何か、邪龍に力を与えるような特別な何かがあるのかと思ったフリーダだが、アイリスはそれを肯定しなかった。
「持っているスキルがちょっと特殊なだけの、普通の……男の子、です」
ちょっとだけ、恥ずかしそうにそう言った。
彼の【タイム連打】スキルは、リオの口から聞いた限りでは、確かに一般的なスキルとは少々異なる能力を持つが、ルインから見たそれは「ハズレスキル」扱いされてしまう程度のものでしかない。
「その通りだ、お嬢さん。オレはあいつの【タイム連打】とやらがどういうスキルかは、正直よく分からん。だが、それを抜きにしてもあいつは正直で、誠実で、そして強い」
ニカッと笑って見せると。
「お前さんも、あいつのそう言うところに惹かれたんだろう?」
「あっ……それは、その……はい、そうです……」
好いた男の好きなところを挙げられて、アイリスは頬を赤らめて縮こまってしまう。
その乙女心全開な反応に、アンドリューはいつも通り「ハッハハッ!」と笑い、レウィシアは「あらあらまぁまぁ」と微笑み、フリーダは「惚気てるわね……」と苦笑する。
・・・発動解除発動解除発動解除発動解除発動解除発動――【タイム連打】、解除……
どう、なった……?
なんか、こう……意識はあるんだが、視界は正常なのに身体の向きが逆さまになっているような、なんか血の巡りが逆流しているような、変な感覚だ。
確か……ダンケルハイトの言う通り、首にしがみつきながら、無我夢中で【タイム連打】の発動と解除を延々と繰り返していたような気がする。
感覚の薄れた手の甲で目を擦り、視界に見えている光景を確かめてみると、ダンケルハイトがアウラオーレの喉元に喰らい付いている、その眼前。
うわぁ……おもっくそ喉笛に牙を突き立ててんな、おいおいこいつ死んだわ。
『私は、聖龍……こんな、ところで……私、は……ッ』
熱に浮かされたように繰り言を吐くだけのアウラオーレ。
いや、ここからお前が勝てる見込み、もう無いと思うぞ。
『聖龍よ。貴様亡き後の世、聖女の庇護を失おうとも、今を生きる人間は愚かながらもしぶとく生きるであろう』
ガチガチと牙を鳴らしながらも、ダンケルハイトはアウラオーレに語る。
『ま、待て、邪龍よ……貴様が屈したあの日、聖女マリアンヌは封印を言い渡した!ならば、屈した私もまた何処かの地へ、封印されるべきであろう……ッ!?』
尤もらしいことを並べるアウラオーレだが……これ、ようするに「お前あの時見逃してやったんだから、お前も俺を見逃すべきだろ」って命乞いしているようなものだよな。
しかしダンケルハイトの判決は。
『それは貴様と聖女マリアンヌが、勝者として驕ったが故の結果であろう?』
それに、と続けて。
『貴様が今世の聖女を守護っていたからこそ、世は乱れた。・・・乱れは、正さねばなるまい』
『なっ……な……!?』
うん、ダンケルハイトの言うことに何一つ反論出来ないな!
聖女カナコが、 (本人の悪意の有無は別にして)王都周辺以外の土地から豊穣を奪い取っていて、アウラオーレはそれを助成していたようなものなんだ。
そうして、世界が今そんなことになっていると分かっているのなら……判決はもう決まったようなものだろう。
『なに、貴様も龍だ。たとえ肉体が滅びようとも、幾億年もすれば、魂は次の肉体へと受け継がれるであろう。それまで永劫の眠りに就くがよい』
ガギッ、とダンケルハイトは顎の力を強め、
『や、やめ』
アウラオーレの首を、半ばから喰いちぎった。
胴体から切り離された龍頭は、黄金色の龍眼をかっ開いたまま、重力に従って地に落ち、ゴコン……と転がった。
ダンケルハイトは、落ち転げたアウラオーレの龍頭を後ろ脚で踏み潰し、残った胴体は火炎ブレスで焼き払い――残った灰は、夜風に消えていった。
――3000年ぶりの両龍の戦いは、邪龍に軍配が上がった。




