212話 友よ
『不可解だとは感じていたのだ。聖女の祈りは世に豊穣をもたらすにも関わらず、世は衰退の一途を辿るばかり……それは何故かと思えば、答えは単純であったか』
アウラオーレの黄金色の瞳が、カナコに向けられると。
『聖女よ、貴様が全ての元凶であったか』
「ヒュッ」
アウラオーレの敵意と怒りに、カナコは声を失う。
『聖女としてこの世に生を受けながら、その恩恵を独占する……実に卑しく浅ましい、愚劣の極みではないか』
「待ってください、聖龍アウラオーレ!カナコさんは悪意で祈りを捧げていたわけではなく、少しでも世の中を良くしようと言う善意からのものです!」
レウィシアはカナコを庇う。
『聖女自身が、祈りによる恩恵を独占すること、それ自体は大した罪ではない』
だが、とアウラオーレは続けて。
『貴様の最大の罪は、受けるべき咎を他者に押し付け、自らは弱者であると宣ったことだ!』
「っ、アイリスが邪龍と共に復讐に来ると言うのは、ただのカナコさんの勘違いで、」
『とは言え、偽りの聖女を運命の番であると誤認していた私にも非はあろう。ならばせめてもの償いだ、私の手で偽りの聖女を葬ってやらねばな』
バチバチと、フルス第一王子に威嚇したものと同じ光弾をいくつも生み出した。
『滅せ――』
「まぁ、ちょっと待て」
今にも光弾が放たれてレウィシアもろともカナコを消し飛ばさんと言うその寸前、アンドリューが両者の間に立って仁王立ちする。
『……なんだ、貴様は』
「オレはアンドリュー、しがない商人だ」
アンドリューは仁王立ちの姿勢を崩さないままに続ける。
「聖龍アウラオーレよ。そこのカナコさんとやらが、お前さんが思っていた聖女と違ったと言うのは分かった。でも、だからと言って殺してしまうのはどうかとオレは思うんだ」
『これは私の贖罪、貴様には関係無かろう。一度しか言わぬ、そこをどけ』
「出来んな」
さもなくば貴様もろとも滅すると言うアウラオーレに、アンドリューは一歩も退くことはない。
「まぁ確かに、カナコさんの祈祷によって発生していた、大陸各地の風土悪化や異常気象は、オレもオレの知り合いもみんな困っていたし、そのせいで闇ギルドの連中が跳梁跋扈し、王国と帝国は一触即発の状態だった」
『であれば、』
「けどな、過ちを認めて、それを償うために生きることもまた、人間には必要なことなんだ」
お前さんは人間じゃないから、分かりにくいことかもしれんがな、付け足して。
「手前のケツくらいは手前で拭かにゃならんと言う、お前さんの言いたいことも分かるとも。だが、」
『言いたいことはそれだけか』
アウラオーレは一発だけ光弾を放ち、それをアンドリューの足元に落とした。
「おっと」
反射的に飛び下がるアンドリュー。
『次は外さぬ。もう一度だけだ、そこをどけ』
「やれやれ、ジジイの冷や水くらい聞いてくれてもよかろうに」
まぁ仕方あるまい、とアンドリューは懐に手を伸ばすと、"ソレ“を取り出した。
「殴り合いがご所望なら、お前さんの"喧嘩相手“に頼むとしようか」
『喧嘩相手?……貴様、それはまさか』
アウラオーレは、アンドリューの手に握る"黒い虹色のオーブ“を見て、ソレが何なのかを悟る。
「出番だぞ、ダンケルハイト!」
この瞬間、帝国領の北端――ソンブルーヨ島で激震が走った。
地盤を突き破り、横倒しになったままの女神像を粉砕し、宵闇の空を漆黒の翼が、風よりも疾く駆け抜け――
突如、ズドガアァンッ!!と言う凄まじい轟音が響き、赤絨毯の床を震わせた。
「きゃぁっ!?」
「ぐわっ、なんだ、何が起きた!?」
震動に足を取られて転んでしまったアイリスを助け起こしつつ、何が起きたのかと辺りを見回す。
フリーダは即座に女神像の聖堂の扉を蹴破り、ジャベリンを抜きながら踏み込む。
「何事です!姉様っ、商隊長殿っ、ご無事であられますか!」
俺もアイリスの手を引きながら、フリーダに続いて女神像の聖堂に踏み込むと。
ぽっかりと、天井に穴が開いていた。
その穴のすぐ下にいるのは、ついこの間も見た、虹色にも見える漆黒の巨躯。
『呼んだか、友よ』
――邪龍ダンケルハイトだ。
アンドリューさんが呼んだのか?
「おぉ、急に呼び出してすまんな、ダンケルハイト。だが、お前さんの助けが必要と思ってな」
『うむ。・・・して、これは何のつもりだ――聖龍よ』
ダンケルハイトの龍眼が、アウラオーレに向けられ直す。
……なんだこれ、邪龍と聖龍が同じ場所に立ってるって、御伽噺そのものじゃないか。
『何のつもりだ、はこちらの台詞だ、邪龍よ。何故、その者に加担する?』
アウラオーレの言う「その者」とは、アンドリューさんのことのようだ。
『フン、知れたことよ。友が助けを求めるならば、それに応えてみせるが友と言うものだろう』
ズズン、ズズンと地響きを起こしながら、ダンケルハイトとアウラオーレが対峙する。
そこへ、轟音を聞き付けた王国の衛兵が押っ取り刀で駆け付けに来たが、
「ド、ドラゴン……!?」
「なんでドラゴンが、しかも二頭もいるんだよ!?」
「こ、こんなの、勝てるわけねぇ……退け!退けー!」
即座に踵を返して逃げ出した。何しに来たんだあいつら。




