211話 聖龍アウラオーレ
――惑わされるな、聖女よ――
不意に、どこからか厳かな声が聞こえた。
何だどこからだと周りを見回してみるが、声の主の姿は見られない。
――そのアイリスこそが、邪龍の番。そなたが最も恐れる、復讐を目論む存在ではないか――
「私が、邪龍の番……?どういうことです?」
姿は見えないが、声は通じるだろうかとアイリスは声を張り、アイリスの声を聞いて聖女カナコがまた怯え始める。
――聖女がいつも繰り言のように口にしていた。「婚約破棄により追放されたアイリスが、運命の番たる邪龍と共に報復に現れる」と。貴様が、そのアイリスとやらか――
アイリスが邪龍――ダンケルハイトの番?
なんだ、どう言うことだ、コイツは一体何を言っているんだ?
「声の主よ、お前は一体何者だ?姿を見せてくれんか?」
アンドリューさんが、声の主に対して姿を見せろと言う。
すると、女神像のすぐ手前の床に金色の魔法陣が顕現し――目映い光が放たれた。
何秒か、何十秒かの後、瞼の裏から感じる光が弱まるのを見て目を開けると、そこにいたのは、
――全身を白金色の龍鱗で包み、雄々しく、そして神々しい龍翼。
龍角や翼爪は黄金色に輝き、龍眼もまた同じ黄金色に輝く――
『私は、聖龍アウラオーレ。即ち、聖女の番にして、聖女そのもの』
聖龍アウラオーレ。
邪龍ダンケルハイトの対存在とも言える、御伽噺の存在。
目の当たりにしただけで分かる――俺達とは何もかも違う、天上の存在。
戦ったところで勝てるはずもないと、他ならない本能が告げている。
「なるほどな。お前さんが、聖龍アウラオーレか」
ダンケルハイトの時と同じく、アンドリューさんは腕組みしたままの不遜さで向き合う。
『左様』
対するアウラオーレは、その龍眼をアイリスに向ける。
『邪龍の番アイリスよ。貴様の存在が、聖女を怯えさせた』
「待ってください。私は邪龍の番などではありません」
アイリスは一歩前に出て、アウラオーレが言うところの、ダンケルハイトの番であることを否定した。
『されど、聖女は怯えている。婚約破棄された貴様は、運命の番と共に復讐に来ると』
……なんか勘違いしてないか、こいつ。
「確かに私は、フルス第一王子によって一方的に濡れ衣を着せられ、婚約破棄された末に王都を追放されました、それは間違いありません」
ですが、とアイリスは続けて。
「私は邪龍ダンケルハイトの番ではありません。私はただの冒険者、アイリス・エイルブルーです」
聖龍だろうと毅然と向き合い、自分の意志を放つ。
強いな、アイリス。俺なんか気を抜いたら膝が震えそうになってるってのに。
けれど、
『では、邪龍の番ではない貴様に、聖女が怯えているのは何故だ?』
「それは、私にも分かりません。カナコさんにお訊きするしか」
そのやり取りに、この場にいる全員の視線が、聖女カナコに向けられる。
それを感じて身体を強張らせる聖女カナコに、レウィシア第一皇女は彼女の背中に手を置いた。
「カナコさん。あなたが何を勘違いしていたのかは分からないけれど、アイリスは邪龍の番でも無ければ、あなたに報復を考えたりもしていないわ」
「……本当、ですか?」
「えぇ、本当よ」
安心させるように、断言するレウィシア第一皇女。
と言うか……そもそも、アイリスに濡れ衣を着せて婚約破棄、王都から追放したのはフルス第一王子であって、聖女カナコは何も悪くないはずだよな?
聖女カナコがアイリスを邪険にしていたのならまだ理解できるが、アイリスから聞く分には、聖女カナコとはそれなりに仲良くしていたはずだ。
なのに、どうしてその矛先が自分にまで向けられると思い込んだのか、それが本当に分からない。
「大丈夫、誰もあなたのことを悪く思ったりしないし、傷付けたりもしないから」
怖がる子どもをあやすように声をかけ、背中を撫でるレウィシア第一皇女。
やがて、聖女カナコの身体の強張りが解けていく。
どうしたものかと思ったが、ようやく話し合いに持ち込めそうだ。
女神像の間に備え付けられたテーブルと椅子を並べたら、レウィシア第一皇女と聖女カナコ、それと立会人とも言うべきアンドリューさんと聖龍アウラオーレを除いて、俺達は一旦席を外す。
あとは、レウィシア第一皇女の交渉次第だ。
双方、アンドリューと聖龍アウラオーレを背に、レウィシアとカナコは席について、正面から向き合っていた。
紅茶のひとつでも用意したいところだったが、聖女以外に余計な存在を挟ませるわけにはいかない、今ここが千載一遇の好機、逃す手はない。
レウィシアは最大限柔らかく噛み砕いた言い方で、カナコの祈祷によって世界にどのような影響をもたらしたか、それら根拠と事象の数々を、ひとつひとつ説明する。
カナコのことを否定せず、それでいて彼女に何を求めるのかを、理解してくれるまで言葉を変えつつ、説明し続けるレウィシア。
子どもに言い聞かせるような、世界情勢の如何についての説明と、カナコへの要求を伝え終えると。
「………………待って、ください」
すると、先程まで落ち着いていたはずのカナコは、再び怯えだした。
「それ、ってつまり……私はやっぱり、偽聖女で……それが明るみになったら、魔女として……断罪」
「っ、ちょっと待ってカナコさん。あなたのせいだとか、そう言う話ではないの。だから、」
「アハハッ、アハハハハハッ!やっぱりそうなるんだ!聖女で転生して婚約破棄イベが発生した時点でこうなるってハッキリわかんだね!」
怯えながら狂ったように嗤うカナコに、レウィシアはどうにか落ち着かせようと、
『・・・そうか』
ここまで黙して事の推移を見守っていたアウラオーレが、その龍眼を開いた。




