203話 ★お返事は、少しだけ待ってください
「はっ、はいっ」
聞いてほしいことがあるんだと言ったら、アイリスは即座に背筋を伸ばして畏まった。
そんなに畏まられても困るんだが……
深呼吸をひとつ、挟んでから。
今日の内に必死に考えた、口説き文句を反芻する。
「前に、俺はフリーランスの冒険者として、あちこち旅をしながら永住地を探すんだって、話したよな」
カイツールの、アンドリューさんの商隊の専属冒険者になるかどうかを決めた時のことだ。
「はい、王都から出来るだけ離れたところで、静かに暮らしたいと」
よく覚えているな。
「そうだ。その時にアイリスが言ってたよな、「その永住地探し、私にもお手伝いさせてください」って」
「言いましたね」
・・・ここが、正念場だ。
唾をひとつ、飲み込んでから。
「これから先、その永住地を見つけたら……俺と一緒に来てくれないか?」
「――ぁっ」
俺と一緒に、と言う言葉の意味を汲み取ってくれたらしい、アイリスの目が見開く。
「あの、リオさん、それって……ぷ、"プロポーズ“、でしょうか……?」
え、あれ?
「プロポーズ?……プロポーズゥ!?」
ちょっと待てちょっと待てちょっと待て!
なんか話が飛躍してないか!?
「ち、違うのですか?」
「いやっ、プロポーズのつもりじゃなくてだな!俺と、恋人として付き合ってくれって言う意味で……!」
「ですけど、一緒に来てくれないかって……どう考えてもプロポーズでは?」
慌てる俺に対して、アイリスは何だか冷静だな……!?
……いや、アイリスのことだから、きっと公爵令嬢として過ごしていた時から、言い寄られたことなんて何度だってあったんだろう。
「あー、えーと、つまりだな……」
まずい、考えていた口説き文句が全部台無しになってしまった……えぇぃっ、こうなりゃ正面切るだけだ!
もう一深呼吸を挟んでから。
「好きだ、アイリス」
「ッ!」
捻りも何もない、直球。
「俺と、付き合ってくれ」
そっと、アイリスの手を取る。今の俺の手、汗ばんだりしてないよな……?
手を優しく握りつつも、妙な心配をする俺を前に、アイリスは、
「………………」
何度も何度も、俺の顔と手を見比べている。
ややあって。
「嬉しい、です」
今にも泣き出しそうな、それでいて純粋な笑顔。
「リオさんから、そう言ってもらえるの……とっても、嬉しいです」
言い感じの反応だ、これならきっと、すんなりと……
「……でも」
「ん?」
「お返事は……少しだけ、待ってもらえませんか?」
えっ……
「ど……どうしてだ?やっぱり、俺なんかじゃ、ダメか……?」
嬉しいはずなのに、今ここで頷いてくれてもいいはずなのに?
「違うんです!私も……リオさんのことが好き、です……ッ」
一体どういうつもりなのかと、頭の中が焦燥と混乱に溢れるが、そこはなんとか踏み留まって。
「…………何か、理由があるんだな」
アイリスのことだ。
少しだけ待ってくれと言うからには、相応の理由があるはずだ。
「はい……実家のことで、少し」
実家のことで、と言うアイリスの言葉を聞いて、「それもそうか」と頭が冷静になってくる。
彼女の両親からしたら、可愛くてたまらない一人娘が、ちょっと見ない内にどこの馬の骨とも分からぬ冒険者と添い遂げたいと言い出すのだ。
それ自体は「娘が自分で選んだ男だから」と許容してくれるかもしれないが、だからと言ってご挨拶も無しに"拐われる“のはさすがに納得しかねるだろう。
「まずは両親の無事を確認して、リオさんのことを紹介して……お返事は、それからでもいいですか?」
きちんと筋を通して、お付き合いするのはそれからですと言いたいらしい。
律儀だなぁ……アイリスらしいと言えば、アイリスらしいし、俺も彼女のそう言うところが好きなんだけどな。
「分かった。それなら、待てる」
待ってほしい理由がちゃんとあるなら、俺としても文句はない。
「はい、必ず……お返事は、必ずしますから」
アイリスも、返事は必ずすると約束してくれた。
それなら、安心だ。
それは、それとして。
「……もう少し、寄っていいか?」
返事はまだと言うだけで、俺とアイリスが両想いなのは分かった。
なので、物理的な距離をちょっと詰めたい。
「ど、どうぞ……」
俺の意図を察してか、アイリスは緊張しながらも受け入れてくれた。
お互いの肩先が触れそうな間合いで、座り直す。
「こ、これくらいなら、いいか?」
「も、もうちょっと寄ってもいいかとっ」
「そ、そうか。なら、もうちょっと……」
とん。
俺の右肩と、アイリスの左肩が触れ合うと。
「んっ……」
ぴくん、とアイリスが肩を竦ませた。
「わ、悪い、近付き過ぎたっ」
慌てて間合いを取ろうとするが、「まっ、待ってくださいっ」と止められた。
「わ、私の方から近付けば、なんとか……」
「お、ぉ……」
今度はアイリスの方から距離を詰めてくる。
小動物を肩に乗せているかのように、そーっと、そーっと……
ぽす。
もう一度、お互いの肩先が触れ合う。
「い、いかがでしょうか?」
「いかがでしょうかって、言われてもな……最高です、って正直に言えばいいか……?」
「そ、それは大変よろしかったですね……っ」
そっと寄り添い合うだけなのに、俺達二人は一体何をやっているのか。
けれど、そんな何をやっているのか分からないこの瞬間が、この上なく幸せだった。




