145話 皇女達の陰謀遊戯【後編】
リリナの言う"若返りの薬“の案件を聞いて、フリーダはすぐに、「自分がその魔法薬師と話を付けてくる」と買って出た。
馬が使えて、なおかつ第二皇女と言う立場、ついでに道中に魔物や破落戸と出会しても力尽くで押し退けられる武力もある自分であれば、最も早く安全に事を運べるはずだと。
レウィシアとリリナからもお願いされ、各方面に許可を得てから、フリーダはその日の朝から馬を飛ばして国境線を越境し、夕方頃になってようやくバビロード登山道の山頂部の町に到着した。
そこでエルフの魔法薬師のショーンや商隊の隊長アンドリュー、商隊専属冒険者のリオと出会い、若返りの薬ではないが、義母上の悩みによく聞く特効薬の素材である落日草を求めて、リオと共に旧国境線に赴いて落日草を集め、ギガントオークと交戦し、これを撃破した。
しかし一番驚いたのは、アンドリューの商隊に再従姉妹であるアイリスが、それも冒険者になっていたことだった。
彼女は、王国に聖女が降臨したのを機にフルス第一王子から一方的な婚約破棄を突き付けられ、そればかりか一族郎党に濡れ衣を着せられて、自分は後宮を追放され、家族や親族もまた爵位を取り上げられたと言う。
一体、王国の後宮内部はどうなっているのか。
風呂場で積もる話を話し尽くして、翌朝になってショーンの店の開店に合わせて再度訪ねて、無事に魔法薬――惚れ薬を入手し、その日の午前中に出立、今日の夕方頃には帝都に帰還――
する、はずだったのだ。
国境線を越境し、帝国領に入ってから少し馬を休ませてから、またすぐに飛ばす。
この分なら、日が暮れる前に帝都に帰還出来る。
一刻も早くこの惚れ薬を義母上に飲ませてあげたい。
――まぁ、父上共々、今夜は久々に張り切るだろう。もしかしたら、もう一人弟か妹が生まれるかもしれないが。
そうして、帝都の町並みと外壁が見えてきたので、馬の足を遅めさせて、ゆるりと門へ近付こうとして、
「……外門に、兵がいない?」
何故か、外門に門番兵がいない。
いくら門を閉じているとは言え、無用心が過ぎる。
不審に思ったフリーダだが、ともかくは門を開けてもらおうと声を張り上げる。
「騎士団団長のフリーダです!ただいま戻りました!開門を!」
もしかしたら何かトラブルが起きたのかもしれないが、騎士団長の自分が戻ってきたと聞けば、すぐに門を開けてくれるはずだ。
けれど返ってくる声も無ければ門が開けられる気配もなく――
「ハッ」
視界の端から、矢が飛来してきたのが見えたフリーダだが、矢はフリーダではなく、彼女が乗っていた白馬の顔面に突き刺さった。
顔面に矢が刺さった白馬は悲鳴を上げながら暴れだし、騎乗していたフリーダを振り落としてしまう。
「ぁぐっ……な、何っ、一体何がっ!?」
落馬して地面に身体を強打したフリーダだが、すぐに起き上がって、矢が飛んできた方を見上げ――
城壁の上には弓矢をこちらに向けて構えた数人の兵士と、その中に――
「リリナッ!?これは一体どう言うこと!?」
何故か、リリナがいるのだ。
フリーダは大声で何のつもりだと呼び掛けるが、リリナはそんな声など聞こえていないかのように右手を上げると、兵士達は向けていた弓矢をフリーダに向けて放ち始める。
「リリナ!くっ、どうして!?」
飛来してくる矢を躱すなり、ジャベリンで弾き飛ばすなりして防ぐフリーダだが、
「行け!フリーダ第二皇女を捕えろ!」
「「「「「おぉぉぉぉぉ!!」」」」」
背後から雄叫びのような声と足音が多数近付いてくるのを耳にして振り向くと、数十人の帝国兵が武器を手に突撃してきている。
考えるまでもない、伏兵であろう彼らの狙いはフリーダの身柄だ。
「何がっ、どうしてっ、リリナァッ!!」
まさかリリナは裏切ったのか、いやそんなはずがない、けれど……と混乱するフリーダだが、しかしこのまま捕まっても良いことは無いだろうと即断し、取り囲もうとしてきた兵士達を蹴散らして血路を切り開き、この場から逃げ出す。
夕立の雨が降り頻る中、フリーダはひたすら林道を走り続ける。
「はぁっ、はぁっ、ふっ、はぁっ、はぁっ……」
追手が来ないとも限らないのだ。
しかし騎兵が追撃してくるのなら、その馬を奪って……とも考えたが、追手らしい追手は来ない。
だからと言って足を止めるわけにもいかない。雨に紛れて追手がすぐそこまで来ているかもしれないのだから。
「(追手は来ない……でも、このまま逃げ続けたところで、これからどうすればいい……?)」
こうなってしまった以上、帝都には戻れないだろう。
理由は分からないが、リリナは自分を排除しようとしたのだ。そんなところへノコノコ戻ってきたらすぐにでも捕まってしまうだろう。
後先はともかく、近隣の町や村に身を寄せてひとまず身体を休ませたい。
だが、そこにリリナが放った刺客がいたら?
そう考えると、迂闊に町や村に立ち寄ることも出来なくなってしまう。
「(どうすれば……どこへ、行けば……)」
帝都から逃げるように迷走し、どうすればいいか分からないままに、四日が経った。
手荷物にあった食料は既に食べてしまっており、ろくに食べも飲みもしていない身体は、もう限界だった。
分からない。
惚れ薬を手に帝都に帰還するはずだった、四日前の自分はどこへ行ったのか。
何故、リリナは自分を裏切るような真似をしたのか。
そして自分は今、どこで何をしているのか。
何も、分からなくなってしまった。
身体も頭もろくに働かない、このままでは餓死するだろう。
手荷物にあるのは、ショーンから処方してもらった、惚れ薬の入った瓶が五本。
滋養強壮効果もあるこれを飲めば、まだ身体が動くはず、しかしこれは義母上のために、
「義母上……ごめんなさい……」
意を決して、フリーダは惚れ薬の瓶をひとつ開けて、それを飲み干した。
飲んでから程無くして、意識が朦朧とし始め、身体中が熱を持ったかのように火照りだす。
「ハァ……ハァ……フ、フゥ……ハァッ……」
どこか、テントのようなものに入って、ベッドらしいものに倒れ込んで――そこからの意識がない。




